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68. 夏季大会前のガールズトーク異世界風味



 練習の休養日を利用して、愛は亜蘭に頼んで、異世界の『最果ての村』に連れて来てもらっていた。

「去年掛けた魔獣除けの結界だけど、そろそろ調整した方が良いかな、と思って。ついでに畑と牧場も祝福しとこうかな」

 通常、聖女がガチで張った結界が一年で解ける筈はないのだが、これには村の事情が多分に絡んでいる。


 最果ての村の前身は、人間側の橋頭堡として設置された砦であり、旧魔王領のど真ん中にある。

 魔王の討伐完了により役目を終え廃墟となっていた処に、リトとアーレンのふたりが住み着いたのが村の始まりであった。

 ふたり暮らしの期間はわずかで、魔王領の崩壊により生活基盤を奪われた半魔族がこの地を頼り、保護するに到って、数十人の集落となった。


 聖女の魔法は基本的に神サイドのそれであり、多くの魔族にとっては毒となり得る。

 結界を強力にしてしまうと、魔獣だけでなく住民である半魔族まで弾いてしまうため、かなりの微調整、主に手加減を加える必要があったのだ。




 魔獣退治は、攻撃魔法の遣い手であるアーレンの役目だった。

 村を取り囲むように張った結界を点検するべく、女子3人連れ立って、村外れをぐるっと回る。

「で。魔獣除けはきちんと作動してくれた?」

「もっちろーん」

 愛の問い掛けに、アーレンが満面の笑みで応えた。


「いやー、さすがは聖女、良い仕事してくれたよ。魔獣の被害はびっくりするくらい減ったのに、半魔族のみんなへの影響はゼロ。絶妙の匙加減だったよ、こりゃあ真似出来んわ」

「えへへ、結構頑張ったからね。でも良かったぁ」

 多少照れながら結界を微調整している愛の横顔を、亜蘭はじっと見つめていた。




「どうしたの、亜蘭」

 視線に気付いた愛が、魔法の手を休めずに話し掛ける。

「なんね、愛はすごかねーと思って」


「うーん――聖女だから?」

「うんにゃ、そいだけじゃなくて、ピアノはプロだし、野球だって最近はレギュラー獲れそうち聞いたよ」

「レギュラーじゃないよ、背番号は12になったけど」

「敬が言ってたもん。愛は上手くなった、キャッチャーが愛だと投げやすか、っち」

「へえ……嬉しい事、聞いちゃったな。でも今やってる聖女の魔法はともかく、ピアノと野球はいろいろまだまだ中途半端だよ?」


「うんにゃ、そんな事なかもん。愛のピアノ聴いてあたし、どげんくらい感動したか……なんも出来んあたしから見れば、愛は眩しくて仕方なかよ」

「なんも出来ん? 何言ってんの、亜蘭」

 魔法を掛けていた愛の手が、ピタリとやんだ。


「亜蘭は、車椅子になったドーセツを、二年も面倒みてたでしょ、しかもほとんどひとりで。それって、フツーの中学生に出来る事じゃないよ」

「なーん、あたしは別にいっちゃが……」

「いくない。今だって毎日の食事は亜蘭が作ってるでしょ、学校行きながら、民宿の仕入れを手伝って、自分のとこの買い出しもして、ドーセツの栄養管理もきちんとやって、さ。それって充分に凄いと思うよ、亜蘭がなんも出来ん子だなんて、私には到底思えない」




「――てゆうか、ここでするような話じゃなかったね。ごめんねアーレン、気を悪くしなかった?」

「ううん、そんなこたない」

 

 愛がそんな発言をしたのは、理由がある。

 戦災孤児だったアーレンは魔法使いの師匠に拾われ、年端も行かぬうちから修業を積んでいたし、リトは辺境の村から出稼ぎに来て、軍隊の雑用係から叩き上げで一流のガーディアンへと出世を遂げた。

 さらに半魔族の子どもたちは、最果ての村に保護されるまでは、文字通り生死の瀬戸際を彷徨っていたと聞く。

 そんな境遇の人々を前に、18歳の「おとな」が親に食わせてもらいながら学校に行き、些細な悩みを口にしている、そういう図式になるからだった。


「愛はさ、もうすぐ学校卒業だって話だけど」

「うん」

 アーレンは話題を変えたがっている風だったので、愛もその流れに乗る。

「卒業したら、どうするの?」

「ピアノ一本に絞る。先生からは音大受験も勧められてるけど、楽譜読めないからちょっと無理かなあ」


「えー。愛は野球てげ気張っとるとに、やめちゃうのけ? 勿体なかねえ」

「私はプロのジャズピアニストになる。野球じゃ絶対プロになれない、単純な話だよ」


「その割り切り方と一途さ、懐かしいなあ」

 ふたりの遣り取りにアーレンが微笑みながら呟いた。

 ――シーナだった頃を思い出すなあ、根本は変わってないのね。




 愛のメンテナンスも一段落付いたようだった。

「さて、と。これで一年後にもいちど調整したら、向こう10年くらいは大丈夫になるよ」

「わぁ、それは助かる。ほんとありがと、恩に着るよ」

「何言ってんの、お安い御用よ――むしろこれだけでいいの? 村を広げたいんなら、追加で結界張っとくけど」


「あー、それは要らない。リトとも話したんだけど、これ以上村を大きくすると、あたしたちの手に余る。つか目立っちゃマズいんだ」

「――半魔族の村、だから?」

「うん」


 魔王との戦争の余波で、この世界の人々の魔族嫌いは相当なものであり、半魔族でさえも、魔王領と遠く離れた王国や帝国では、間違いなく迫害される。

 公国の辺境ではそこまでひどくはないが、それでも最果ての村が発展を続け、数千人の半魔族を擁するようになれば、謀反や再侵攻といった嫌疑まで掛けられるとも限らない。

 リトもアーレンも、数十人規模の村長で収まるような器ではない事は、愛も重々知ってはいるが、異世界人が口を挟む事ではないだろう。


「ノルドグレン辺境伯とのお付き合いは、続いてる?」

「細々と、ね。中継地を作って、そこで等価交換してもらってる。しばしば卿直々に来てくれてね、シーナもアランも元気してるって教えたら、すごく喜んでたよ」

「そうなんだ……以前お世話になった時も、友人として接してくれたなあ――卿の度量と義理堅さには、つくづく頭が下がるよね」

 跡継ぎであるふたりの息子も、卿の美点を色濃く受け継いでいて、辺境伯との繋がりを保っておけば村も安泰だろう。




「ヤキューはもう少しで終わりなの?」

「うん。来月に最後の大会がある。甲子園まで行けたらもう一ヵ月延びるけど」

「ふうん。敬もドーセツも、最近こっち来ないのはヤキューが忙しいのかな?」

「それもあるとは思うけど、どうなんだろうね……」


 プロ注目の投手に成長した敬については、野球に集中している理由もあるが、転移魔法そのものに難色を示していた。

 亜蘭のような美少女と抱き合い、転移すると結果的に素っ裸になってしまうのは、普通の男子高校生にとって刺激が強すぎるのだろう。


 道雪といえば、野球も変わらず頑張っているが、暇を見つけては親方の船に乗せてもらい、しばしば漁に出掛けていた。

 昼は学校と野球、夜は漁となれば、村へ顔を出す時間などなくなるのは当然である。




「あたし、ドーセツんこと、よう分からんくなってきた。あげん野球好いとったとに、漁ばかりしとって」

「――その事については、きちんと話した?」

「うんにゃ」

「ダメだよきちんと話さなきゃ。何も言わなくても分かり合えるなんて、幻想に過ぎないんだから――まあ中には、例外も居るんだけどね」


 そう言ってアーレンは、愛をチラッと見遣り、愛もそれに目配せで応えた。

 聖女の力で魂が見える愛には、他人の考えているおおよそが読み取れてしまうのだが、現し世ではそれは兄の敬にも内緒にしている。

 自分の考えを読み取られても平気でいられるほど、人々の心は寛容ではない。




 三年生になってからは互いに多忙で、しょっちゅう部屋にやってくる亜蘭を除いては、串馬と古諸の交流もめっきり少なくなっていたが、それでも道雪について愛が感じていた事があった。


 ――ドーセツ、全力を出し切れてないんじゃないかな。


 現し世に戻ってから二年、車椅子生活から脱した道雪が、どれほど努力し研鑽を積んできたかは、一緒に暮らしてない愛でも、手に取るように分かっていた。

 しかしそれは皮肉にも、女神より授かった勇者の力――超人的な身体能力――を高める結果になってしまった。


 これは推測になってしまうが、現在の道雪が本気を出して投球すると、160km/hを遥かに超えるストレートを叩き出してしまうのではないか。

 そのストレートを武器に、野球で無双するのもひとつの道ではあるが、道雪の性格上、そんな事はしないだろうし、第一そんなボールを捕れるキャッチャーも居ない。

 全力を尽くして野球が出来ない絶望感を、道雪はどれくらい前から抱いていたのだろう。


 一方、漁では大自然が相手だし、道雪の超人的な働きを観察する者もほとんど居ない。

 船の中で活き活きと飛び回っている道雪の姿を、愛は想像していた。




 亜蘭が問い詰めれば、きっと道雪は『お前と一緒に暮らしていけるよう、手に職をつけるんじゃ』的な応えをするだろう。

 それはけして嘘ではないのだが、道雪のほんとうの心はどこにあるのか、苦しんではいないのか、そしてそれを癒やす事は出来るのか。

 愛は異世界の柔らかな風を受けながら、道雪への思いを馳せていた。


幕間的なパートでしたが、わりとデリケートな内容になったので、

かなり慎重に書く羽目になりました。

というわけで、お待たせしました。

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