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66. 長野県春季大会決勝戦(vs佐久長姫)



 長野の春季県大会決勝は、古諸vs佐久長姫。

 東信地区予選決勝と同じ顔合わせとなった。

 勝ったチームが春季北信越大会への切符を手にする、甲子園には直結せず注目度も低い一戦ではあったが、両校それぞれに勝ちたい理由があった。


 古諸高は何と言っても、ようやくベスト4の壁をぶち破り、創部以来初めての決勝進出を果たした。

 この一戦に、県レベルでの大会の初優勝が懸かっている。

 夏の甲子園に出場するためにも、ここで勝って弾みを付け、北信越大会で経験を積んでおきたい処である。


 甲子園の常連校、佐久長姫にとっても、古諸高のエース染矢敬を攻略する、という大命題があった。

 古諸高とは同地区、さらには両校ともMIRAIリーグに加盟している関係もあって、この二年間で対戦が激増した。

 ここ半年での古諸戦は2勝4敗と負け越していて、敬相手には何と全敗。

 公式戦では2戦連続で完封負けを喫し、しかもバットが木製になるMIRAIリーグでは、91球でノーノーを食らうという屈辱を受けている。

 甲子園を狙う長姫にとって、敬は越えなければならない高い壁であった。




 佐久長姫の4番を打つ野辺山のべやまは、ネクストサークルで待機しながら、マウンドの敬をじっと見つめていた。

 一回表、2アウトランナー無し。

 わずか5球でふたりを打ち捕られ、迎えた3番打者もタイミングを狂わされて1ボール2ストライクと簡単に追い込まれている。

 強打を誇る長姫打線が、ただのお得意様と化していた。


 ――プロになる選手ってきっと、こういうヤツなんだ。

 幾度もの対戦を経て、野辺山はひしひしとそう感じざるを得なかった。

 

 まず成長力がケタ違いである。

 対戦するたびに、下手すれば1ヵ月ほど遭わないうちに、フォーシームが速くなっている。

 二年前には110km/hちょっとの変化球投手だったのが、今や130km/h台のストレートで空振りを奪っている。

 そしておそらくであるが――対戦するたびに球種が増えている。

 血の滲むような努力で対策を講じても、敬は常にその上を行ってくるのだ。




 MIRAIリーグでの試みのひとつに、試合後の感想戦がある。

 対戦した両チームの選手が集まって、プレーの良し悪しや、その時に何を考えていたかなどを話し合うのだ。

 同地区のライバルだけに、すべてを話せはしないのは承知のうえだが、野辺山は敬に、どのような練習をしているのか訊いた事があった。


 返ってきた応えはまず、キャッチボールを真剣にやる事。

 それと毎日片道5kmの登下校を、インターバル走で通っているという。


 往復10km程度なら野辺山だって毎日走ってはいるが、ただのインターバル走ではない事は、古諸の地形を考えれば容易に想像がついた。

 市街の中央に挟まれた千曲川の周囲はアップダウンがきつく、200mくらいの勾配差があって、車で上るのも大変な常識外れの坂も存在する。

 敬の強靭な足腰も無尽蔵のスタミナも、そんな道を毎日走っていれば肯けるものであった。


 小柄な敬がマウンドで躍動する。

 ウイニングショットのシンカーが決まり、バットが空を切った。




 一回表をわずか9球で三者凡退に抑え、ベンチに戻ってくる敬を、背番号18の捕手はブルペンから眩しそうに見つめた。

 ――お兄ちゃん、今日も安定してるね。

 この春季県大会から選手登録され、晴れてベンチ入りとなった愛である。


 第二捕手の愛は背番号10の宮田みやだとコンビを組み、キャッチボールの真っ最中だった。

 リリーフ登板に備えて軽く肩を作らせているのだが、敬のこの調子だと、今日も宮田の出番はなさそうである。

 そして――多分、愛も。




 愛がベンチ入りしてから、これで4試合めであるが、まだ出場はなく、宮田ともどもずっとブルペン待機である。

 同学年である宮田との付き合いも、長くなった。

 ここ一年くらいは、敬よりも宮田のボールを受ける機会が、遙かに多くなっている。


 第二投手とはいえ、宮田の実力は、エースの敬に比較すると歴然だった。

 フォーシームの球速は今や敬の方が速いくらいだし、コントロール、手持ちの球種などは圧倒的である。

 中学時代には互いに切磋琢磨する間柄だったのが、あっという間に引き離され、ライバルと言うのもおこがましい差がついてしまった。


 しかし宮田ものんべんだらりと野球部生活を送っていたわけではない。

 球速はあまり伸びなかったが、打者のインコースに活きた球を投げる、その技術だけは培ってきた自負がある。

 そしてそれはバッテリーを組む愛との二人三脚というよりむしろ、愛の提案とアドバイスに宮田がついて行く形で、ようやく完成に漕ぎ着けた感があった。




 試合は五回裏を終了し、0対0。

 チャンスどころかヒットもほとんど出ない投手戦で、古諸にとってはいつもの事である。

 敬の投球術は相変わらず冴え渡り、まだ60球しか投げていないが、一応のリリーフ登板に備えて、宮田も本格的に肩を作る事にした。


「ナイスボール。この調子でどんどん来て」

 マスク越しに届いてくる愛の声が、宮田には何とも心地良く感じられる。

 ――見てろよ、構えたとこにきっちり、投げてやるからな。

 愛の声を聞くと、そう思えるほどの自信と勇気が、不思議なくらいに湧いてくるのだった。


 強豪と当たるたびにノックアウトされ、自信を失っていた宮田を励ましてくれたのも、愛だった。

 そしてこうして、わずかながら誇れる武器も持つようになり、じっくりを牙を磨いている。

 ――愛のリードなら、愛と一緒なら、今の俺は長姫相手にだって、通用するかも知れない。

 兄である敬よりも心が通じ合っているんじゃないか、錯覚なのは分かっていたが、この瞬間はそんな感覚まで抱いていた。


「良いボール来てるよ。調子最高なんじゃない、宮田」

 ああ、そうだよ。

 愛、お前のお蔭で、俺は絶好調だ。




 七回裏、古諸の攻撃に、2アウト一二塁とようやくチャンスらしいチャンスが巡ってきた。

 迎えるは4番の主砲、土屋。

 低めのストレートを逆らわずセンター前に弾き返し、待望の先取点が入る。


 そして今日の敬には、この1点で充分だった。

 凄みさえ感じさせる投球内容で三塁を踏ませず、2安打無四球の完封勝利。


 古諸高校初優勝の瞬間、ブルペンでずっと待機していた宮田と愛は、歓喜の声を上げながらマウンドに真っ直ぐ走っていった。


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