表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/92

53. アラン、復活



「ドーセツ、ドーセツっ」

 こめかみから血を流し、ぐったりしている道雪を抱きかかえながら、シーナは必死に『治癒』を掛けて蘇生しようとする。

 しかしその手を掴んで邪魔する者が居た。

 リーファである。


「何を慌ててるんだ、シーナらしくもない。こいつは勇者なんだろ、『女神の奇跡』持ちじゃないのか?」


 『女神の奇跡』というのは、勇者が致死的なダメージを受けた時にそれを無効にしてしまう、つまり死んでしまった筈なのに無傷で復活するという、掟破りと言って差し支えない技能である。


「ううん、ダメなの。向こうの世界で、魔王と戦った時に、一度使っちゃったの……」

 何度倒しても生き還るという事は勇者は不死身、万が一勇者が悪者であった場合、世界が滅びてしまう。

 そんなわけで『女神の奇跡』は一度きり、というのが人間界の常識だった。




 それでもリーファに、動じる様子はまったくなかった。

「なんだあいつ、ろくに説明してなかったのかい。妹からの『女神の奇跡』は使い切っちまったけど、勇者が神に見放されてない限り、他の女神が奇跡を起こしてくれるのさ。つまり奇跡は女神ひとりにつき一回ずつ、てのが本来のルール。支えてくれる女神の数だけ、勇者は復活が可能なのさ」


「うわあ、そいつぁ反則だよ……」

「何べん死んでも大丈夫って、始めっから魔王に勝ち目、なかったんだね……」

 リトとアーレンが心なしか青ざめた顔を見合わせた。

「何べんでも、てのは語弊があるねえ……お前たちをサポートしてたのは妹と、せいぜい補佐のもうひとりくらいじゃないかな。他のヤツらは野次馬だよ、ただの野次馬」

 知りたくもない神界の裏事情まで暴露されてしまった。


「で。ここに居るじゃないか、元とはいえ女神が」

 リーファが照れ臭そうに、自らを指差した。




「リーファ、『女神の奇跡』起こせるの?」

 涙に濡れた瞳を上げて、シーナがじっと見つめる。


「闇に堕ちちまったけど、力は落ちちゃいないよ。それはあたしと戦ったお前が、いちばん分かってるだろ?」

 シーナは涙をぽろぽろこぼしながら、泣き笑いになって肯いた。




 身を横たえた道雪の胸の上で、リーファが両手を重ねる。

 それはちょうど、シーナが強力な『浄化』を掛ける時と、同じポーズだった。

 そのポーズのまま、んっんっ、とリーファが咳払いをする。

「女神の御業みわざなんて、久しぶりに使うよねえ……恥ずかしいから、みんな後ろ向いててくれないかい」


 言われた通りに一同が後ろを向くと、やがて白い奇跡の光が、周囲を包み込んでいった。

「もう、いいよ」

 リーファの言葉を受けて振り返ると、今まさに奇跡が行われている最中だった。


 横たわった道雪の全身が、奇跡の白い光で輝いていて、わずかながら腕や脚が動いている。

 やがてそれははっきり目に見えるほどに動き始め、人の形をした白い光が、ゆっくりと起き上がっていった。


「ドーセツっ」

「やったかっ」

 道雪を覆う白い光は次第に拡散し、辺りを眩しいくらいに照らし、一面を白い世界へと変えた。


 奇跡の光がやがて消え、復活した勇者の元へみんなが駆け寄っていく。

「ドーセツ?」

「あれれっ??」


 そこに居たのは道雪ではなく、金髪碧眼の美丈夫――つまりアランだった。




「――死んだ親父に会ったの、こいで三度めやっど。『お前何べんけ死ねば気が済むと』ち、呆れとった……リーファけ? 奇跡起こしとったの。まっこちありがとな」

 超イケメンのお国訛りは、ちょっとカッコ良かった――イケメンは何をやっても絵になってしまう。


「お? おお? お?」

 頭を掻こうと髪を触った道雪が異変に気付き、両手でぺたぺた顔を撫で回し始めた。

「ないで俺、アランになっとると?」


「へえ、興味深いねえ。こっちの世界じゃ、無属性の魔法使うと、向こうにいた時の姿になるみたいだね」

 リーファは、アランに変わってしまった道雪をチラとだけ見て、そんな事を呟く。

「あ――そしたら私が、転移した途端シーナになっちゃったのも……」

「転移魔法も、無属性だからねえ」

 これで突然シーナに変わってしまった謎が、あっさり氷解してしまった。


「ねえリーファ。私たち、元の姿に戻りたいんだけど――」

「アランもシーナも、今のは向こうでの、仮の姿だろ? 多分そんなに長い間、保ってられないさ。せいぜいまる一日くらいで、何もしないでも元に戻ってくれるだろ」

「そう……よかった……」




 安堵のため息を吐くシーナを尻目に、リーファは、アニキを閉じ込めている氷の柱を、愛おしげに撫でていた。

「悪かったね……お前の大切にしてるもの、全部奪っちまってさ……お前はよくやってくれたよ……」


 リーファが両手を合わせ、祈る時のようなポーズを取ると、アニキからリーファへ、じわじわと黒い何かが移動していった。

「リーファ? 何してるの?!」


「あたしが昔してた仕事を、ここでもやってるだけさ」

 問うまでもなく、シーナには分かっていた。

 あれだけ汚れていたアニキの魂が浄化され、綺麗になっている。

 かつてリーファが穢れ神だった頃そうしたように、魂に宿った恨み辛みのすべてを、リーファが吸い取って引き受けているのだった。


「――そんなことしてリーファ、大丈夫なの?」

「今さらたったの40人分、穢れが増えたとこで、どうってことないさ。最後の罪滅ぼしだ、こいつら全員の魂を綺麗にしてから、死ぬことにするよ」


 そう言ってリーファは、寂しげに苦笑した。

「――この世の中、善人になったからといって、良い人生が待ってるわけじゃあ、ないんだけどね」




「『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや』親鸞上人の教えです」

 拘束したヤクザたちを境内に連れてきた浩輔さんが、合掌をしながらリーファに近付いた。

「悪事を自覚し、迷い苦しむ者を、仏さまはけして見捨てたりはしません。リーファさん、あなたが救われますように」

 そう言うと浩輔さんは南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と言いながら再び合掌してお辞儀した。


「神官の方か?」

「いえ、僧侶にござりますれば」

「――神の味方では、ないのだな?」

「拙僧は仏に仕える身。仏さまはすべての生けとし生きるものに、その御手を差し伸べます」


「そうか……それではあたしがこれまで奪った命、それから死んでいった魔王ならびに仲間の魔族に、そなたの祈りを捧げてはもらえまいか」

「うけたまわりました」

 浩輔さんはおごそかに合掌し一礼すると、本堂へと歩いて行った。




「リーファ。ここに残って仲間たちの供養をする、というのは、どうなの?」

「あたしはあまりにも、多くの命を奪い過ぎた。魔族の復興という、大義の下にな。その意味について、誰も居ない処でじっくり考える事に、するさ――」


 シーナを見つめるリーファの眼が、わずかだが険しくなる。

「だいたいシーナもだな、お前いったい向こうの世界で、どれだけの魔族を殺してきたと思ってるんだ? お前だって、あたしと同じなんだぞ」

「――あ、そうだね……」

 リーファを直視出来ずに、瞳を潤ませながら俯く。

「ごめん、リーファ……あたし、なんて無神経なこと……」

「いや、お前を責めるつもりは、ないよ」

 そう言ってリーファが遠い目をする。


「種族間の争いごとに、大義はあっても、正義なんかどこにもないのさ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ