51. 伏兵
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森の中でアーレンは、浩輔さんと清司さんを先導しながら、慎重に歩を進めていた。
もしも銃を持ったヤクザが残っていて、不意打ちを食らえば大ごとになる。
アーレンは攻撃魔法のエキスパートであるが、防御系のレパートリーは極めて少ない。
個人的には腕ずくで襲い掛かられるのがいちばん怖かったが、ふたりの生身の人間を護る意味でも、突然の銃撃だけはとにかく避けたかった。
――拳銃の射程って、25メットって言ってたよね。
半径30メット先に『探索』を張り巡らせ、生きて動いているものに反応するようにして、なるべく足音を立てないよう歩く。
今の処、森の中に居たのは、魔法のダメージを受けたか、シーナの罠で雁字搦めになって、横たわっているヤクザばかりであった。
浩輔さんはともかく清司さんは手慣れたもので、迅速かつ静かにヤクザを拘束していく。
石段出口近くの森に潜みながら、ヤクザのアニキは辺りの様子を窺っていた。
実はこの戦闘で、若頭であるアニキだけが唯一、リーファの操作魔法に支配されていない。
お前は戦い慣れしてるから、自由にやって良いよ、というわけである。
アニキは第二次の展開作戦にも参加せず、森の中で息を殺して、チャンスが来るのを待っていた。
誰でも良い、ひとり仕留めれば戦況は逆転する、アニキにはそんな計算が働いていた。
ここに居る敵は全員、おそらくシーナの大切な仲間。
そんな仲間に一発でも銃弾を食らわせ、瀕死の重傷を負わせれば、シーナがそいつの治療に手を取られるのは確実である。
この戦いは1対4、リーファの実力が突出していて、それに敵の4人が協力して立ち向かう図式である、とアニキは分析した。
敵側のひとり、あるいはそれ以上を戦闘不能にさせる事で、このパワーバランスは、こっち側に大きく傾いていく。
つまりシーナを戦闘に専念させないだけでも、手下としての役割は果たせたと言って良い。
それさえ出来れば、あとはリーファ「様」がすべてを蹂躙してくれるであろう。
しかしここまでは手も足も出ない状況だった。
第一次の展開作戦は備え付けの罠に掴まり全滅、銃撃してもおかしな魔法の柱が邪魔をして、ほとんど敵側に届いてくれない。
第二次の展開作戦も、こっちの射程外から魔法の飛び道具で各個撃破され、不発に終わった。
こっち側で生き残っているのはおそらく、リーファとアニキだけである。
シーナの離脱と道雪の戦闘参加は、はっきりと戦況に変化をもたらした。
これまでが静かなマナの投げ合いだったのに対し、道雪の『雷切』とリーファの『魔弾』は衝突する度にドッカンドッカンである。
その衝撃と爆風で、防御柱の大半が倒壊し、ずいぶん見晴らしが良くなった。
――これなら近くに来たヤツを狙撃出来る。
アニキはこの戦いで初めて、チャンスらしいチャンスが巡りつつあるのを肌で感じ取っていた。
そんな時である。
アニキから見て右手の森の中を、足音をひそめながら歩いてくる人影があった。
空手の道着に身を包んだ、ショートカットの少女である。
――あれは確か、魔法使いのガキか……上玉だな。
まだ幼いが無傷で捕らえれば、いくらでも使い途がありそうな顔と身体をしていた。
――勿体ないが……あいつなら撃てる。
アニキは銃を構え、亜蘭の身体を借りているアーレンに狙いを付けた。
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辺りを警戒するようにあちこちを見回しながら近付いてくるアーレンであるが、身を潜めているアニキに気付く素振りはまったくない。
――もう少し。
あと10、いや5メートルもあれば射撃が届くだろう距離になったその時、アーレンの表情が一変し、アニキと眼が合った。
――こんな距離で、なんでバレた。
言うまでもなくアーレンの『探索』に引っ掛かったのである。
真っ正面を向いたアーレンは竹箒をかざすと、その柄の先から氷塊を作り、躊躇なくアニキに向けて飛ばしてきた。
アニキは腹を括り、引き金を引いた。
ぱぁん。
乾いた銃声が響いたが、道雪とリーファの凄まじい戦闘音にかき消される。
銃弾は飛んできた氷塊に命中し、砕かれた氷の欠片がぱらぱらとアニキに降りかかった。
頭よりも身体が先に動いた。
アニキが次に選んだ行動は、一目散に逃げる事だった。
あの魔法には正面から対抗しても勝てない、本能がそう告げていた。
アニキの背後から氷のつぶてが2個、3個と襲いかかってくる。
――こいつに掴まったら、終わりだ。
ジグザグに走りながら必死に逃げ、森の左側に回り込み、可能な限り奥まで入ってバタリと倒れ込む。
これで逃げ切れた……わけではない。
おそらく徐々にではあるが、魔法使いは近付いてきて、アニキを捉えるであろう。
しかもアーレンの放った氷の欠片が、服ごと背中に張り付いていて、神経に食い込みそうなほど痛い。
アニキに残された時間は、きっと多くはない。
痛みを堪えながら立ち上がったアニキは、森と境内の境界部分へよろよろと向かって行った。
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「リトっ! ひとり残ってて、取り逃がした! 森の右側に逃げて行ったよっ!!」
鳴り響く轟音の中、アーレンの叫び声をリトは聴き取った。
「分かった! アーレンは今の作業を続けろ。森の奥から回り込んで来るヤツが居たら教えてくれ!」
「りょー!!」
ふたりにはこの会話だけで充分だった。
敵が右手に逃げて行ったからといって、森の左側が安全とは限らない。
身を潜めるには敵が一度捜索した場所が良い、というのは鉄則のひとつである。
しかもこちら側の致命的な欠陥は、人数の少なさ。
一度調べた場所を再び調べ直す、人数的余裕はない。
しかしリトはそれでも、敵は右の森に居ると大胆に予測した。
こちらと同様、敵も全滅に近い形まで戦力を削られ、余裕はない筈である。
アーレンの『捜索』をかい潜って左に回り込むにはリスクが生じ、それを敢えて行える人員は、もはや割けないだろう。
そこでリトは、シーナを抱えながら左手に身を寄せ、道雪に向かって叫んだ。
「ドーセツっ! 森の右手に伏兵が居る! 左に回り込んで戦え!」
一方、境内のど真ん中で派手にドッカンドッカンやり合っているリーファと道雪であるが、戦いながらとんでもない言い争いをしていた。
「この邪魔者が、早く死んじゃいなさいよっ。あたしと戦っていいのは、シーナだけなんだからっ」
「勝手なこっ抜かしちょんなっ。お前こそこん世界に、なんしに来たかっ」
「そうなのよー。シーナまでこっちに居るなんて、これは何かの運命ねっ。シーナの処女は、あたしが美味しくいただくよ」
「このあんぽんたんが。シーナは処女じゃなかど」
「――えっ?!」
リーファの顔が、これまでにないほどに歪む。
「まさか、お前……お前……そんな冗談みたいな丸い顔して……」
「丸顔は生まれつきじゃっ、失礼なこっ抜かすなっ」
「やったのねっ、シーナがお前なんかに、もごもご……やったのねっ!」
「ああ、やったど。そいがどげんしたか」
「よくもよくも……どうせ騙して縛って、身動き出来ないとこを無理やり」
「ほがねーわっ、互いにラブラブの、純愛じゃっ!!」
会話の内容は低レベルだが、高速で移動しながらの大規模な闇魔法と稲妻の応酬で、戦闘だけは超ハイレベルであった。
「何言ってんの、あの人たち……」
聞いていたシーナの顔が、見る見る真っ赤になっていく。
「なあ、シーナ。お前とリーファって、どういう関係……」
「敵。フツーに、敵だよ」
「だよな……」
やれやれというふうに首を振りながら、リトが片手で顔を覆った。
「シーナをっ、よこせーっ」
「誰がやっか、あんぽんたーん」
「いいから、よこせーっ」
「やらーん」
道雪とリーファの戦闘はますます激化し、語彙は単純化の一途を辿った。
「私、ドーセツを助けに、行かなきゃ……」
「大丈夫か? シーナ」
心配そうに差し伸べたリトの手をそっとほどき、シーナは微笑んだ。
「リーファが魔族になる前、神さまだったって噂、ほんとだって私は思ってる。その証拠にこっちの世界でも、どうやら聖女の私でしか、リーファは斃せないみたい」
なるほど、道雪の稲妻でダメージを受けた筈のリーファであるが、戦闘中に自然治癒し、傷ひとつない綺麗な身体になっていた。
「リト、ありがと。少し休めたから、トドメの『浄化』は打てるよ。それに――」
シーナは道雪たちの戦闘を見遣りながら、かるいため息を吐いた。
「あのふたりの口論、いい加減に止めさせたいもん……」
立花道雪の『雷切』は、刀で雷『を』切るんですが、
ドーセツの『雷切』は、雷『で』切ってますね。
再現ちょっと失敗ですが、もちろんこのまま行きます。




