49. 開戦
*
「ドーセツ、そろそろ素振りするの、やめよ?」
いつまで経ってもぶんぶんバットを振っている道雪に、シーナが声を掛けた。
「おう、すまん、うっかり集中しとった」
道雪もまた、異世界で10年間戦い続けてきた歴戦の雄であり、今何をするべきかは熟知している。
みんなと一緒に初期配置に就いて、敵の出方を見守った。
「2個めの『哨戒』で確認したのは人間14、アンデッド9、それとリーファ」
「ずいぶん減ったな。他のヤツらは森に入ったか?」
「アンデッドを森に潜伏させて戦力になるとは思えないから、シーナの罠に掛かった脱落組もいるんじゃないかなぁ。シーナ、やったね。少なくともアンデッド1体はやっつけたよ」
「思ったより引っ掛かってくれたよね」
リトが、女神の張ってくれた結界を見回して、呟く。
「それにしても見事な結界だよな。明るさだけじゃなく、寒さまで調節出来る結界なんて、初めて見たよ」
「じゃっど。寒くなかのは、俺には助かっが」
道雪の地元は南国らしい。
――あとでドーセツにいろいろと話を聞きたいな、シーナは思った。
「そーだよね、さすが女神さま……でもさ、シーナの作る結界だって、このクオリティは保てるんじゃないの?」
「多分出来るけど、魔力が一時的にスッカラカンになると思う。それに女神さまのは周囲の空間を大きく曲げて、時間の操作までしてるから、とてもかなわないよ」
そんな話をしているうちに、石段の方で動きがあった。
「うぉぉらぁぁ」
「死ねやぁぁぁ」
物騒な言葉を吐きながら、3人のヤクザと1体のアンデッドが、こっちを目掛けてやって来る。
そのうちふたりは、鉄パイプを振り回してない方の腕をだらんと垂らしたままで、銃を持っている残りひとりは、股間を押さえつつ歩き方が頼りない。
アンデッドは向こうの世界と同じように、無表情でゆっくり歩いていた。
「罠に掛かった戦力外を、偵察に使ったみたいね」
「股間の罠、見事に命中したみたい。うぷぷっ」
必要以上に喜んでいるアーレンであったが、4人の強者たちは即座に視線で意思疎通を図った。
この偵察隊は簡単に一掃出来るが、問題は誰がやるか、である。
少人数ながら敵は武装していて、しかもアンデッドまで居る。
浩輔さんと清司さんには、もちろん任せられない。
大盾のシールドを張るべく待機中のリトも、ここに居るのが最善である。
残るは3人だが、道雪はもちろん、アーレンがしゃしゃり出るのも、追加戦力そして女神からの助力を向こうに勘付かれる。
それならばシーナが出れば良いのだが、シーナは結界の魔法で余力がない、と思われている。
シーナが元気いっぱいだと、ならばこの結界を張ったのはいったい誰だ、という事になる。
結論。
誰が出て行っても、女神の関与はリーファに悟られる。
「それなら、いちばん手間が掛からないのが良いよね? 私が行く」
シーナが大鐘の前に出て、敵の偵察隊を迎え討った。
*
勝負――というより、駆除は一瞬のうちに片付いた。
シーナ、『浄化』一閃。
それだけで操作魔法の解けたヤクザたちは、全身の力が抜けたようにその場に倒れ伏し、アンデッドは跡形もなく消滅した。
大鐘の前で仁王立ちする、シーナ。
周囲の森で、何かが一斉に動く気配がして、それを察したシーナが軽く念を込める。
「ぎゃああああっ」
「ぐわぁああああ」
森の中からいくつもの白い光が立ち上り、ヤクザどもの悲鳴が響く。
仕掛けていた『浄化』『拘束』のトラップ、発動。
少しすると不穏な気配はやみ、ヤクザの低い呻き声だけが残った。
「――待ち伏せ隊、全滅?」
アーレンはリトに囁きかけた。
「の、ようだな」
「んもー、あたしたちの出る幕、ほとんどないじゃん」
アーレンが可愛らしく膨れっ面をする。
「そっちの方がいいじゃねえか。銃を持ってるヤツはまだ居るし、コースケとキヨシを護る、って重要な仕事も、俺たちにはあるんだからさ」
――どうやら全部仕留めたみたいね。
ドーセツのアドバイス、聞いといて良かった……シーナはわずかだけ肩の力を抜いた。
森に仕掛けた『浄化』の罠は、魔の存在に呼応して発動するよう仕向けておいた。
立ち上った光の柱は、全部で20本。
そのうちの半数近くは、道雪の勧めで追加した場所だった。
罠に掛かったヤクザどもは、シーナの操作魔法も解け、今頃は『拘束』の光の輪に雁字搦めにされ、身動きすら出来ない状況だろう。
これでおそらく、拳銃を使える人員は10名前後まで減少した。
先制パンチとしては、まずまずの成果である。
シーナは大きく息を吸い込むと、石段の入口に向かって声を放った。
「リーファ。今度こそ決着、つけましょ」
石段の向こう側から、長い黒髪がふわりと現れ、次いで眼だけはまったく笑ってない妖艶な微笑みが、そしてリーファの全身が、薄明の中に浮かび上がった。
ちょうど両膝が見える長さの紅いドレスを身に纏い、無尽蔵の魔力を誇示するかのように、浮遊魔法で移動してきて、そのまま宙にとどまっている。
「やってくれるじゃないか」
微笑みをたたえたまま、リーファが眼光鋭くシーナを睨み付ける。
「可愛いシーナ。あんたが相変わらず綺麗で、嬉しいよ」
そして右手を水平にかざすと、5本の指先から『魔弾』を解き放った。
黒くちいさな魔法の塊で、文字通り魔の力を持った弾丸。
リーファにとっては遊び半分のような魔法だが、命中すれば普通の人間は絶命する程の威力である。
シーナもまた右手を水平にかざし、リーファの『魔弾』を迎撃すべく、指先から五つの『浄化』を発射させた。
5本の黒と白の残像は、中空で打ち消し合って完全に消滅した。
「ふん」
リーファは目を見開いたままニヤリと笑い、今度は両手を水平にかざし、10個の『魔弾』を同時に発射させた。
先程のものより塊が大きく、しかも外側のふたつは大きく外に逸れて、カーブを描きながらこちらを襲ってくる。
シーナも同様に両手をかざし、全弾命中でまたも排除した。
「シーナ。この結界、あんたが張ったんじゃないね? あいつ――女神のヤツが一枚噛んでるだろ」
リーファは今や、浮遊魔法であちこちを飛び回り、『魔弾』を雨あられと投げ付けてくる。
「――答える義務は、ないわ」
シーナは大地をしっかり踏みしめて、リーファを大鐘の向こうへ行かせないよう牽制しつつ、『浄化』で丁寧に迎撃していった。
*
「――ねえ。リーファの今の攻撃、どう思う?」
大鐘の後ろで、アーレンがリトに問い掛けた。
リーファの攻撃は一見苛烈に見えるが、聖女シーナにダメージを与える類のものではない。
いわば敵の足を止める、ボクシングに例えるならジャブのような性質のそれである。
「時間を稼いでるんだろ、再配備のための」
即答したリトが、大鐘の周囲に半球状の『大盾』を発動させた。
「アーレン、仕掛けてた防御柱、立ててくれ――そろそろこっちも、手の内を明かす時が来たようだ」
「りょーかいっ」
リトの話では、残ったヤクザどもは人間が10人前後、アンデッド8体。
アンデッドは武器を使える知能が消失しているので、そのまま正面から侵攻してくる。
そして人間どもは拳銃で陽動しながら森の中を進み、側面を突く作戦だろうと予測した。
そして案の定、宙を飛び回るリーファの背後からアンデッドどもが顔を出し、アーレンが防御柱を発動して間もなく、パァンと乾いた銃声がいくつか響き、ゲル状の柱に弾丸が突き刺さって止まった。
「リトの言った通りになったね、すごーい」
アーレンのわざとらしいぶりっ子ポーズにも、リトは眉ひとつ動かさなかった。
「リーファとは何度か戦ってるし、今回は地形も条件も比較的単純だからな――さて、次の手をどうするか、だ。アンデッドは引き付けて叩けば良いが、うろちょろしてる人間の方をどうにかしたい」
「じゃあ、俺が行っが」
「待て」
大鐘の後ろから飛び出そうとした道雪の肩を、リトが掴んだ。
「ドーセツはうちの切り札だからな、切り札の在処を知らせるのはぎりぎり最後で良い。シーナがせっかく敵さんを減らしてくれたんだ、アーレン、お前ひとりでも大丈夫だろ?」
「ういーっす。待ってましたっ」
「念のためだが……コースケの頼みだ、殺すなよ」
「分かってるってば。じゃあ、行くよっ!」
杖代わりの竹箒を片手に、アーレンは『大盾』の外へ飛び出していった。
リーファからの指示があったのだろう、シーナを狙っていた銃撃が、一斉にアーレンに向かう。
しかし大半の弾丸は防御柱に吸い込まれ、わずかに届いたそれを、アーレンは難なく躱していく。
「『氷結』」
森に隠れたヤクザを目視したアーレンは、竹箒の先から氷塊のマナを放出した。
マナは軌道を少しずつ変えながら防御柱を避け、ヤクザへ向かって勢い良く進んでいく。
ヤクザの右手に命中したマナは見る見る氷結し、拳銃ごと右手を凍らせる。
これで拳銃を無力化。
「えいっ」
次いで投げ付けたマナが氷の粒となって、ヤクザの両眼に突き刺さった。
「目がっ、目があっ」
ヤクザは叫び声を上げて、その場に崩れ落ちた。
「へへっ、いっちょ上がりぃ」
にんまり笑ったアーレンは、銃撃を躱しつつ、次の攻撃態勢に入った。
リーファは波状攻撃を繰り出しながら、アーレンの様子を上空から見ていた。
「あのシールドに、氷結魔法……見覚えあるね……シーナあんた、向こうの世界から仲間呼んだだろ」
シーナは無言で、リーファの攻撃を打ち消していく。
「それにしてもこっちの魔法使いは、ずいぶん可愛らしいじゃないか。あたしの好みだねえ」
右手を伸ばしてアーレンへの攻撃に転じようと、リーファが溜めを作った、一瞬の隙をシーナは見逃さなかった。
すかさずシーナが両手を重ね、渾身の『浄化』を、リーファに向かって解き放つ。
「うおっ」
攻撃を取りやめたリーファは空中で仰け反り、済んでの処で回避した。
ドレスの一部が吹き飛び、右肩に両太腿が露わになる。
「浮気はダメよ、リーファ。他所の女の子に気を取られてる暇なんて、あるのかしら?」
シーナの言葉にリーファの邪悪な笑みが一層強くなり、全身を黒いオーラが覆い始めた。
「――生意気な口、叩くようになったじゃないか。今すぐその口、優しく塞いであげるよ」
黒いオーラが再び、リーファに向かって集束していく。
そうしてリーファの身体と同じサイズの巨大なマナを、シーナに向けて発射した。




