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45. 浩輔と清司、ふたりきりの戦い



 シーナの申し出に浩輔さんと清司さんは顔を見合わせ、やがて同時に深く肯いた。

「事情は拙僧から話そうね」

 浩輔さんは真剣な顔付きでシーナ、次いで敬、そして道雪と亜蘭に視線を巡らせた。


「――敬くんは、拙僧の話が聞けるようになってるかな?」

「ああ。俺のせいで外には出て来れないが、大丈夫だ」

「亜蘭ちゃんもしっかり聞き耳立ててるよーん」

 リトとアーレンが間を置かずに応える。


「そう、良かった――それじゃあ何から話そうかな……椎名タカさん、つまり敬くんと愛ちゃんのお父さんには、拙僧はずいぶん世話になったんだよ。道場の兄弟子としてだけじゃなく、拙僧が東京の高校に入った時には、まだ新婚だったのに、保護者代わりにもなってくれた。君たちふたりが産まれたのは、それから間もなくだったよ」

「私はさすがに記憶にないけど、お父さんお母さんから、浩輔さんの話は聞いてたよ」

「そうだね。拙僧が東京に居たのは高校の3年間だけで、愛ちゃんが2歳の時にお寺の修行に入ったからね……椎名さんは空手の達人で、東京では拙僧の師匠でもあった。お母さんの美也子さんからも弟のように可愛がってもらって、拙僧にとっては初めて味わった家庭の雰囲気だったんだ」


 そう言えば浩輔さんがこうして昔話をするのって、滅多になかったわね、今さらながらシーナは気付いた。

 兄妹と同様、いやそれよりも早い時期に両親を喪い、寺の住職だった祖父とふたり暮らしだったと聞く。

 その祖父も亡くなり、若くして祥倫寺を継いだその経緯を、浩輔さんが語った事は今までになかった。




「君たちも薄々勘付いてたと思うけど、椎名さんは普通の会社員ではなかった。警察官、その中でも公安警察という組織に所属してたんだ。ここに居る清司も、実は現役の警察官、公安なんだ」

「浩輔さんも公安の人なんですか?」

「いや、拙僧は見ての通りで、一介の僧侶だよ。清司は東京に居た頃の、空手の兄弟弟子でね。椎名さんの部下として再会した時は、驚いたよ」


 話はようやく本題へと入っていく。

「椎名さんと清司はコンビを組んで、暴力団の捜査をしていた。愛ちゃんも知ってる、君たちを襲った例の組だ。連中がどうして組同士の抗争に目もくれず、暗殺まがいの汚れ仕事を引き受けているのか、背後のつながりを突き止めるのが、当初の目的だった。そしたら――これは拙僧も詳しくは知らされてないんだけど、とんでもない超大物に辿り着いちゃったんだよね」

「――総理大臣とか、そんなのですか?」

「いいや、もっと上。この世の中には表に出てこない超大物がいて、裏から政財界を、彼らの言葉では『調整』してるんだよね」


 怪訝そうな顔のシーナを尻目に、浩輔さんの話は続く。

「総理大臣も頭が上がらないような超大物が相手では、一介の警察官じゃとても歯が立たないし、そういう存在を悪として排除してしまえば良い、という単純な話でもないんだよね……そのポストに外国からの手が伸びてしまうと、下手すりゃ日本が滅んでしまう。国益をかんがみて、ある程度の証拠が揃ったら、暴力団との関係を解消してもらうよう、上層部の方で手打ちする、そう話が落ち着きかけたとこで椎名さんがね、とある事件の尻尾を掴んでしまったんだ」




「――人材派遣会社の贈収賄なんだけどね……規模が問題だった。当時の総理大臣を始め、与党の主だった政治家、財界のトップまで名前が連なるような、膨大なものだったんだ。当然ながら、例の超大物も色濃く関わっていた」

「そんなの、あったんですか? その割には大騒ぎになってないような気がするんですけど」

「キーマンのことごとくが『自殺』や『行方不明』になってしまった上に、警察にも圧力が掛かったらしいね……表立った捜査はそこで沙汰止みになったけど、水面下では椎名さんに、なおも捜査を進めるよう指令が飛んだ」


「表向きには正義を遂行するためとか、いくらでも言えるけど……何の事はない、証拠つまり弱味を握って、権力闘争を優位に運ばせたい。そういう意図の元に、そう考えたヤツが、椎名さんに虎の尾を踏むように、命じた」

 吐き捨てるように話す浩輔さんの瞳には、明らかな憤怒の色があった。


「問題の企業に、社員というかたちで潜入した椎名さんから清司に、決定的な証拠を掴んだとの知らせが届いて、すぐだったよ……椎名さんが死体になって発見されたのは……」




「――お母さんはどうして殺されたんですか? 話を聞いただけだと、お母さんは無関係のように思えるけど」

「その……美也子さんはね……」

「美也子さんは、椎名さんからの暗号を俺や浩輔さんに伝える、連絡役だったんだ」

 いきなり歯切れが悪くなった浩輔さんの代わりに、清司さんが応えた。


「民間人の浩輔さんが巻き込まれないように、という椎名さんの配慮だったけど、民間人の美也子さんが犠牲になってしまって……公僕の俺が、こうして美也子さんに守られる形になってしまって……」

 清司さんがギリギリと発する歯ぎしりの音が、少し離れたシーナにも聞こえてきた。


「連中の魔の手がいつ、残された敬くんと愛ちゃんに伸びてくるのか、分かったもんじゃなかった。それで俺は身分を隠し、浩輔さんと一緒に祥倫寺に居座って、君たちと、椎名夫妻が命を懸けて入手した証拠物件を守る事にした。君たちの苗字が変わったのも、連中の目を眩ませるためだったんだよ」


「――話してくれて、ありがとう……」

 シーナは人差し指で目の下を擦って、わずかにこぼれた涙を拭う動作をみせた。




「あのね、部外者で申し訳ないんだけど――質問、いいかな?」

 優しくシーナの背中を撫でさすっていたアーレンが、小首を傾げた。


「どうぞ」

「お話聞く限りだとさ、コースケにキヨシは、国を相手に戦ってるように思えるんだけど」

「うん。そう受け取ってもらって、良いかもね」

「決定的な証拠を持ってて、それで……勝算はあるの? あたしたちの世界で言えば、悪い王様を退治するみたいな話で、一個人がどんだけ声を張り上げても、握り潰されちゃいそうな気がするんだけど」


「鋭い質問だね」

 浩輔さんがアーレンをじっと見据えた。

「この2年間は、敬くんと愛ちゃんを無事に保護するのが第一目的だったけど、証拠をどうやってヤツらに突き付けようか、試行錯誤の連続だった。拙僧は捜査のプロじゃないから、そこんとこは清司に頑張ってもらったけどね」


「残念ながら現時点では、警察さえ信用出来ない――椎名夫妻は警察に、見殺しにされたも同然だからね。でも」

 清司さんが立ち上がり、胸の前で拳をパン、と叩いた。


「リーファが暴力団を引き連れてやって来るのは、俺たちにとってまたとないチャンスになる。実働部隊のヤツらを壊滅に追い込めたら、パワーバランスが変わってくるからね。付け込む隙が生じてくる」




「ふむ。リーファの消滅と、暴力団とやらの壊滅が、俺たちに課せられた仕事だな。暴力団は殺しても構わないのか?」

 リトは興味深そうに拳銃を手に取って眺め回しては、たどたどしい道雪の説明を仰ぎながら、拳銃の構造や威力についての動画を、次々とチェックしていた。

「出来れば無力化程度に止めてほしい。身柄を拘束さえすればどうにでもなるし、叩けばいくらでもホコリの出るヤツらだから」


「そうか……こっちの世界の流儀に従おう。殺さない程度にダメージを加える方法を、考えてみるよ」

「すまない、恩に着るよ」


「どっちにしろ、拳銃という未知の武器が向こうにあるせいで、敵さんの出方が、俺の想像してたのとは大きく違ってくるなあ」

「大丈夫け、リト?」

「遠距離の強力な武器が増えたってだけで、人間の強さに大きな変わりはないんだろ? 雑魚を掃討してからリーファを斃す方針にしたい……シーナ、俺たちが暴力団を片付けるまでは、1対1でリーファを食い止めててくれ」

「分かったわ」


「拳銃の流れ弾には、くれぐれも気を付けてな……アランと俺、アーレンで雑魚を料理したら、シーナに加勢する。その方針で行こう」

「拙僧たちは、何をすればいいかな?」

「暴力団を拘束したいんだろ。俺たちが片付けたヤツらを、身動き出来ないようふん縛っててくれ。50人分だからな、意外な重労働だぜ」

「引き受けた」




 リトがすっくと立ち上がった。

「アーレン、来てくれ。森から寺への射線に防御壁を作って、拳銃を出来る限り使えないようにする。コースケ、寺の大鐘を取り外すので、一応だが見ててくれないか? キヨシ、対拳銃のアドバイスを聞きたい。俺の作戦におかしなとこがあったら、遠慮なく言ってくれ」


 軽く肯き合い、次々と立ち上がって、外に出て行く面々。

 道雪とシーナも立ち上がって、付いて行こうとする処を、リトに押し留められた。

「俺も、行っど」

「お前らは主戦力になるんだろ? 少しでも良いから休んどけ……準備が終わったら、起こすよ」


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― 新着の感想 ―
[一言] おお、ここで両親が殺された地理由が判明したと。 穴埋めしてよかった。 後はどう決着が付くかかな。
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