42. リト、そしてアーレン
*
「あたしの、身体を、貸す……」
アーレンの申し出に、亜蘭は不安げな瞳を、じっと敬に向けていた。
そんな亜蘭を、敬はしばらく見つめていたが、やがてアーレンたちの方に向き直った。
「僕らに選択肢は、なさそうに感じますが……おふたりに身体を貸してる間、僕たち――つまりこうしてる、僕たちの魂は、どうなるんですか?」
敬の問いに応えたのは、リトだった。
「それはもちろん、君たちの身体に戻る。だから敬くん、君の身体の中には、俺と君ふたつの魂が同居する事になるんだ。申し訳ないんだけど、俺が身体を借りてる間は、敬くんの魂は意識の深いとこで、大人しくしててもらう事になっちゃうけどね」
「そう、ですか……」
敬は再び亜蘭に視線を移した。
「うん……うん……がんばれ、あたし……」
亜蘭は眼を閉じて両手を胸に当て、何やら自分に言い聞かせていた。
そして顔を上げると、今までになく強い眼差しでまず敬を、次いでリトとアーレンを見つめた。
「敬くん、愛ちゃん助けたかでしょ。日本もヤバそうだし、あたし……あたしの身体で良かったら、どうぞ使ってくださいっ」
「すまんな。ありがとう」
「よく決心したね。偉いぞ」
そう言ってリトとアーレンが再び視線を敬に送る。
「で、敬くんは?」
「ぼっ、僕も……OKです。お願いします」
ふたりは優しい笑顔で敬に応えた。
*
「俺が敬くんの身体を、そして嬢ちゃんの身体はこいつが借りる。逆はダメなんだ」
「そ。ドーセツくんとあたしが、魔法でシーナのとこに転移するからね。リトはガーディアンだから、魔法使えないのよ」
「アーレンはこう見えて、魔法のエキスパートなんだ」
「こう見えてって、なによ失礼ね」
「アーレンさんは魔法使いで、リトさんは……ガーディアンて、何ですか?」
「俺か? 俺は攻撃より防御が得意なんだ。大盾に体内のマナを集中させて、仲間をダメージから護るのがガーディアンの仕事さ」
アランとシーナ、リト、アーレンの4人パーティの戦いぶりだが、雷切(雷光剣)を操る勇者アランは、ほぼ攻撃専門。
そして意外な事に聖女シーナも、得意の空手で前衛の攻撃担当であった。
「リトが相手の攻撃を受け止めてる間に、アランとシーナが魔の者をやっつけてね……あたしはリトに護られながら、魔法で援護してたんだよ」
リトとアーレンが女神経由で掴んだ情報では、染矢愛がシーナであると、リーファにばれるのは時間の問題だった。
リーファは気付き次第、即座に行動に移すだろう――つまりシーナを殺すために、古諸の祥倫寺まで攻めて来る。
そしてリーファとシーナの一騎打ちでは、シーナに勝ち目はない。
それがリトとアーレンの一致した見解だった。
「リーファとシーナって、魔法の質が聖と魔で、コインの裏表みたいなもんでね、純粋に魔法と魔力の強い方が勝っちゃうのよ。シーナの魔法は人類史上最強と言われてて、リーファにも負けなかったけど――魔力の量が、長く生きてたリーファに及ばなかったのよね……」
「生身の人間が魔族、しかもリーファとほぼ互角ってだけでも、充分すげえんだけどな、実は」
「そだねー。あたしだったら瞬殺されてたよ、きっと。魔王城前の乱戦でリーファと一騎打ちになって、シーナはボロボロになりながらも、一昼夜持ちこたえていた。あれはカッコ良かったな、同性だけど惚れちゃったよ」
アーレンは、こちらをじっと見つめている亜蘭に気付いた。
「シーナのピンチに颯爽と駆け付けたのが、アランさ。渾身の雷光剣がリーファの一撃を撥ね返し、そのままリーファに直撃して身体を焼いた。その隙を衝いてシーナの聖なる波動が、トドメを刺したんだよ――アランも負けずにカッコ良かったなあ」
それを聞くと亜蘭は分かり易く破顔した。
「あれでリーファは、死んだと思ったんだけどな……」
たくましい腕を胸の前で組みながら、リトが呟いた。
*
「これからの話だけど、リトが敬くんの、あたしが亜蘭ちゃんの身体を借りて、それぞれシーナとアランの処に行く。そしてあたしとアランが転移魔法を使って、リトの居るとこに行く。リーファが攻めてきた瞬間、女神さまが準備してた結界が発動するようになってるから、向こうの世界の被害は最小限にするし、周りの時間も止める。だから心置きなく戦えるけど、出来るだけ人の居ないとこにリーファを誘導してね」
「あ、それは大丈夫だと思います」
祥倫寺の周囲は森だけで、人家はない。
残るは浩輔さんと清司さんだが、あのふたりに避難しろと言っても多分聞いてくれないし、ふたりとも空手の達人なのでなんとかなるだろう。
「リーファって今、トーキョーてとこに居るらしいんだけど、トーキョーからシーナのとこまで、どのくらいかかるの?」
「そうですねえ……車を飛ばせば3時間、てとこかなぁ……」
「軍団組んで来るなら、それにプラス1、2時間てとこね」
「単独だったら転移魔法で一瞬だ。リーファは敬くんと会ってるんだろ?」
「シーナなら持ち堪えてくれるでしょ」
「――取りあえず急いだほうが、いいかな。それじゃそろそろ行こうか」
「そうね。アランとシーナにまた逢えるの、楽しみ」
まるでピクニックにでも行くような会話の後、リトが敬の肩に手を置き、アーレンが亜蘭の腕を取る。
亜蘭はしばらくきょろきょろと、みんなや辺りを見回していたが、やがてすべてを理解したのか、敬に向かって微笑んだ。
「それじゃ敬くん、またね」
そう言って亜蘭はぴらぴらと手を振った。
「うん。また逢おうね」
敬が亜蘭に微笑み返した次の瞬間、身体ごとふわっと浮かぶような感覚が再び起きると、目の前のすべてが白い靄のようなものに包まれて、何も見えなくなった。




