36. 宮崎県秋季大会一回戦 (vs都之城3)
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六回表、0対9、カウントは2ボール2ストライク。
気合いいっぱいで本由さんが振りかぶって投げた八球めは、道雪がこれまで経験した事のない軌道を取ってきた。
150km/h近い快速球が、内角のさらに内、道雪目掛けてやって来る。
このまま真っ直ぐ来たら道雪にブチ当たる、死球となるようなコースだ。
しかしこのボール、スライダー回転している。
おそらくベース手前でギュイインと曲がって、内角いっぱいを突くボールなのだろう。
いわゆるフロントドアの高速スライダー、プロでも放れる人は少ない高等技術だ。
実は後で知った事だがフロントドアの高速スライダー、本由さん自身も実戦で使うのは初めてだったらしい。
道雪の気迫に引っ張られた形で、自分の力を超えたボールが投げられた、そんな事を話していたそうだ。
このスライダーが思ったより曲がらなければ、道雪にブチ当たってくるだろうが、ここは本由さんを信じよう。
きっとえげつないほど曲がって、ストライクのゾーン内に入ってくる筈だ。
当たったら当たったで、パーフェクト阻止という事で良しとしよう。
そう思って道雪は、逃げる事なくバットを出していった。
本由さんの投げた快速球は、ベース近くになっても変わらず道雪を目掛けて来た。
道雪に避ける素振りはまったくない。
そしてベース到達目前で、ボールはギュイインと曲がって、内角ぎりぎりいっぱいのコースへと変化した。
――よしっ。
腰をしっかり回転させ、ややアッパー気味のスイングで、ボールを乗せるようにバットを振る。
タイミングはドンピシャの筈だったのに、インパクトの瞬間、本由さんがボールに乗せた気迫が、道雪のバットを弾こうとした。
――なんちゅー、化けもんボールじゃ。
わずかに差し込まれたような気もしたが、そこは勇者のパワーで無理やり振り抜いた。
ガキーーン。
もの凄いバットの音を残して、白球はセンターへ高く舞い上がった。
「うおおおっ」
「こりゃ、でかかぞ」
「入れーーっ」
普久島ベンチの歓声を乗せて、打球はぐんぐん伸びていく。
都之城のセンターは背走に背走を重ね、フェンスに背中をべっとり付ける。
道雪は打球を目で追いながら全力で走り、一塁を回った処で、蒼空の向こうにキラリと光るものを見つけた。
「なんちなっ!!!」
叫び声が上がった瞬間、道雪の姿がダイヤモンド上から、スッと消えた。
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――本由の最高のスライダーを打つとか、あの一年、マジかよ。
都之城のセンターは打球を追いながら、半ば驚き半ば呆れていた。
下半身不随から奇跡の復活を遂げたばかりで、まだリハビリの途中だったと聞いているのに、恐るべき打撃である。
――こいつがスタメンで出てたら、楽な試合にならんかったかもな。
ボールは全然落ちてこようとしない。
これはホームラン、だな。
少し諦めかけたその時、ボールのさらに向こう、蒼空のてっぺんで何かが光った。
その後は何が起こったのか、良く分からなかった。
突然目の前が白くなって何も見えなくなり、ほとんど間を置かず、ドゴォーンと地を揺るがるような轟音が鳴り響く。
世界の終わりってこういうやつか、一瞬思ってしまった。
その直前だった。
肩に手が掛かったかと思うと、この終わりの光景から引き剥がそうとする凄い力を感じて、センターは前につんのめりながら勢い良く吹っ飛ばされた。
「うをををををっ」
すべてがコンマ何秒かの間の出来事で、受け身を取る暇もなく、グラウンドの芝に思い切り顔を擦り付けるセンター。
芝に突っ伏したままわずかに顔を上げたセンターが見たのは、グラウンドに踏ん張って何やら構えた、背番号13の背中だった。
光の正体は、文字通り青天の霹靂としか言いようのない、青空の向こうから突然産まれた雷光であった。
そして背番号13の持ち主、道雪は、右手から伸びた剣のようなものを横凪ぎに振り払って、雷を真っ二つに斬っていた。
――こいは……ほんもんの雷切じゃあ……
バチバチバチッと激しく飛び散る雷光の中、雄々しく立ち向かう道雪の後ろ姿は、さながらいにしえの武将、立花道雪その人であった。
突然の稲光が雨雲を呼び寄せたらしく、ポツリ、ポツリと雨が落ちてきて、やがて本降りの雨となった。
道雪に斬られた雷はセンター周りのフェンス付近をチロチロと焼いていたが、その火も雨によってかき消された。
「すんません、手荒な真似になっちまいました。怪我、なかとですか?」
差し出された手をセンターが見上げると、苦笑いの道雪の顔があった。
「――うんにゃうんにゃ、あんたこそ大丈夫け?」
ひりひりする頬を擦りながら、道雪に手を借りてゆっくりと起き上がる。
見ると道雪のユニフォームはあちこちが焦げて、降り出した雨に打たれてプスプスと音を立てていた。
「いやあ、互いに無事で良かったとです」
そう言って道雪は屈託なく笑った。
*
球場は大騒ぎになった。
遠目には誰かが雷の直撃を受けた、そのようにしか見えなかったからだ。
審判や選手も含め、スタッフ総出で消化器や担架を持って駆け付けた時には、火もすっかり消え、一塁ベースを回っていた筈の道雪がいつの間にかそこに居て、都之城のセンターと呑気に談笑していた。
「ドーセツ、お前ほんとに大丈夫なのけ?」
「ああ、ピンピンしちょっが」
「じゃっどん、何ごてセンターまで来たと?」
「いやあ、咄嗟に脚が動いて」
取りあえず野球のルール上では、道雪は守備妨害でアウト。
ホームラン確実の打球ではあったが、一連の大騒ぎで、誰もボールの行方など気にも留めなかった。
直撃した雷のせいで、球場の電源がすべて落ちてしまい、放送事故レベルで試合中継も中断。
さらには小火の後始末やら、芝やフェンスの点検やらで試合どころでは無く、五回雷雨コールドという、滅多にお目に掛からない結果で、普久島は敗戦となった。
五回裏の攻撃までが記録に残り、道雪の打席は幻となった。
そして本由さんは五回参考ながら、完全試合を達成した事になる。
「ドーセツくん、大丈夫かの?」
声のする方を道雪が振り向くと、本由さんであった。
「いやあ、完璧に打たれたよ――フロントドアのスライダー、読まれてたのう」
そうか、あれはフロントドアのスライダー、ちゅうのか。
取りあえず配球を読めてはいなかったし、一瞬だがボールの気迫に押し負けそうになったので、完璧なバッティングでもなかった。
「本由さんならコントロールミスしないと信じて、バット振ったとです」
「ははははっ。また野球やろうな」
「はいっ」
道雪は本由さんと、固く握手を交わした。
「何にしても驚いたのう。いい天気だったのに、いきなり雷なんて」
「いやーっ、はっはっは」
道雪は笑ってごまかす。
勇者アランだった頃、道雪は必殺の雷光剣で、多数の魔を屠ってきた。
雷を自在に操りダメージを与える、とどめの一撃である。
今回の雷も、本気になった道雪が呼び寄せてしまった事は間違いなく、それは口が裂けても言えなかった。
――野球がしたかったら、勇者のパワーは封印せないかんなあ。
ひとり秘かに反省する道雪であった。
注釈入れ忘れてました!
これ少し嘘書いています。
降雨コールドについて、ざっくり言うと通常は五回裏終了で成立なんですが、
高校野球に限っては、実は七回裏終了時点で成立なんです。
高野連独自のルールだと思うんで、なんだか闇を感じますね。
本来なら再試合なんでしょうが、フィクションなので悪しからず。




