表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/92

36. 宮崎県秋季大会一回戦 (vs都之城3)



 六回表、0対9、カウントは2ボール2ストライク。

 気合いいっぱいで本由さんが振りかぶって投げた八球めは、道雪がこれまで経験した事のない軌道を取ってきた。


 150km/h近い快速球が、内角のさらに内、道雪目掛けてやって来る。

 このまま真っ直ぐ来たら道雪にブチ当たる、死球となるようなコースだ。


 しかしこのボール、スライダー回転している。

 おそらくベース手前でギュイインと曲がって、内角いっぱいを突くボールなのだろう。


 いわゆるフロントドアの高速スライダー、プロでも放れる人は少ない高等技術だ。


 実は後で知った事だがフロントドアの高速スライダー、本由さん自身も実戦で使うのは初めてだったらしい。

 道雪の気迫に引っ張られた形で、自分の力を超えたボールが投げられた、そんな事を話していたそうだ。




 このスライダーが思ったより曲がらなければ、道雪にブチ当たってくるだろうが、ここは本由さんを信じよう。

 きっとえげつないほど曲がって、ストライクのゾーン内に入ってくる筈だ。

 当たったら当たったで、パーフェクト阻止という事で良しとしよう。

 そう思って道雪は、逃げる事なくバットを出していった。


 本由さんの投げた快速球は、ベース近くになっても変わらず道雪を目掛けて来た。

 道雪に避ける素振りはまったくない。

 そしてベース到達目前で、ボールはギュイインと曲がって、内角ぎりぎりいっぱいのコースへと変化した。


 ――よしっ。

 腰をしっかり回転させ、ややアッパー気味のスイングで、ボールを乗せるようにバットを振る。

 タイミングはドンピシャの筈だったのに、インパクトの瞬間、本由さんがボールに乗せた気迫が、道雪のバットを弾こうとした。

 ――なんちゅー、化けもんボールじゃ。

 わずかに差し込まれたような気もしたが、そこは勇者のパワーで無理やり振り抜いた。




 ガキーーン。

 もの凄いバットの音を残して、白球はセンターへ高く舞い上がった。

「うおおおっ」

「こりゃ、でかかぞ」

「入れーーっ」

 普久島ベンチの歓声を乗せて、打球はぐんぐん伸びていく。


 都之城のセンターは背走に背走を重ね、フェンスに背中をべっとり付ける。

 道雪は打球を目で追いながら全力で走り、一塁を回った処で、蒼空の向こうにキラリと光るものを見つけた。

なんちなっ(何てこった)!!!」

 叫び声が上がった瞬間、道雪の姿がダイヤモンド上から、スッと消えた。




 ――本由の最高のスライダーを打つとか、あの一年、マジかよ。

 都之城のセンターは打球を追いながら、半ば驚き半ば呆れていた。

 下半身不随から奇跡の復活を遂げたばかりで、まだリハビリの途中だったと聞いているのに、恐るべき打撃である。

 ――こいつがスタメンで出てたら、楽な試合にならんかったかもな。


 ボールは全然落ちてこようとしない。

 これはホームラン、だな。

 少し諦めかけたその時、ボールのさらに向こう、蒼空のてっぺんで何かが光った。


 その後は何が起こったのか、良く分からなかった。

 突然目の前が白くなって何も見えなくなり、ほとんど間を置かず、ドゴォーンと地を揺るがるような轟音が鳴り響く。

 世界の終わりってこういうやつか、一瞬思ってしまった。


 その直前だった。

 肩に手が掛かったかと思うと、この終わりの光景から引き剥がそうとする凄い力を感じて、センターは前につんのめりながら勢い良く吹っ飛ばされた。

「うをををををっ」

 すべてがコンマ何秒かの間の出来事で、受け身を取る暇もなく、グラウンドの芝に思い切り顔を擦り付けるセンター。


 芝に突っ伏したままわずかに顔を上げたセンターが見たのは、グラウンドに踏ん張って何やら構えた、背番号13の背中だった。




 光の正体は、文字通り青天の霹靂としか言いようのない、青空の向こうから突然産まれた雷光であった。

 そして背番号13の持ち主、道雪は、右手から伸びた()()()()()()()を横凪ぎに振り払って、()()()()()()()()()()()()


 ――こいは……ほんもんの雷切(らいぎり)じゃあ……

 バチバチバチッと激しく飛び散る雷光の中、雄々しく立ち向かう道雪の後ろ姿は、さながらいにしえの武将、立花道雪その人であった。




 突然の稲光が雨雲を呼び寄せたらしく、ポツリ、ポツリと雨が落ちてきて、やがて本降りの雨となった。

 道雪に斬られた雷はセンター周りのフェンス付近をチロチロと焼いていたが、その火も雨によってかき消された。

「すんません、手荒な真似になっちまいました。怪我、なかとですか?」

 差し出された手をセンターが見上げると、苦笑いの道雪の顔があった。


「――うんにゃうんにゃ、あんたこそ大丈夫け?」

 ひりひりする頬を擦りながら、道雪に手を借りてゆっくりと起き上がる。

 見ると道雪のユニフォームはあちこちが焦げて、降り出した雨に打たれてプスプスと音を立てていた。

「いやあ、互いに無事で良かったとです」

 そう言って道雪は屈託なく笑った。




 球場は大騒ぎになった。

 遠目には誰かが雷の直撃を受けた、そのようにしか見えなかったからだ。

 審判や選手も含め、スタッフ総出で消化器や担架を持って駆け付けた時には、火もすっかり消え、一塁ベースを回っていた筈の道雪がいつの間にかそこに居て、都之城のセンターと呑気に談笑していた。


「ドーセツ、お前ほんとに大丈夫なのけ?」

「ああ、ピンピンしちょっが」

「じゃっどん、ないごてセンターまで来たと?」

「いやあ、咄嗟に脚が動いて」


 取りあえず野球のルール上では、道雪は守備妨害でアウト。

 ホームラン確実の打球ではあったが、一連の大騒ぎで、誰もボールの行方など気にも留めなかった。

 直撃した雷のせいで、球場の電源がすべて落ちてしまい、放送事故レベルで試合中継も中断。

 さらには小火の後始末やら、芝やフェンスの点検やらで試合どころでは無く、五回雷雨コールドという、滅多にお目に掛からない結果で、普久島は敗戦となった。


 五回裏の攻撃までが記録に残り、道雪の打席は幻となった。

 そして本由さんは五回参考ながら、完全試合を達成した事になる。




「ドーセツくん、大丈夫かの?」

 声のする方を道雪が振り向くと、本由さんであった。

「いやあ、完璧に打たれたよ――フロントドアのスライダー、読まれてたのう」

 そうか、あれはフロントドアのスライダー、ちゅうのか。


 取りあえず配球を読めてはいなかったし、一瞬だがボールの気迫に押し負けそうになったので、完璧なバッティングでもなかった。

「本由さんならコントロールミスしないと信じて、バット振ったとです」

「ははははっ。また野球やろうな」

「はいっ」

 道雪は本由さんと、固く握手を交わした。


「何にしても驚いたのう。いい天気だったのに、いきなり雷なんて」

「いやーっ、はっはっは」

 道雪は笑ってごまかす。


 勇者アランだった頃、道雪は必殺の雷光剣で、多数の魔を屠ってきた。

 雷を自在に操りダメージを与える、とどめの一撃である。

 今回の雷も、本気になった道雪が呼び寄せてしまった事は間違いなく、それは口が裂けても言えなかった。


 ――野球がしたかったら、勇者のパワーは封印せないかんなあ。

 ひとり秘かに反省する道雪であった。


注釈入れ忘れてました!

これ少し嘘書いています。


降雨コールドについて、ざっくり言うと通常は五回裏終了で成立なんですが、

高校野球に限っては、実は七回裏終了時点で成立なんです。

高野連独自のルールだと思うんで、なんだか闇を感じますね。


本来なら再試合なんでしょうが、フィクションなので悪しからず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読者みんなが細かいルールを知っているとは限らない。 基本、興味が無いので高校野球のローカルルールは知りませんでしたし。 ある程度知っているのはプロ野球の試聴に必要な基本ルールくらいですし。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ