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24/92

24. 秋季大会東信地区予選二回戦 (vs上田南2)



 この試合、敬のコントロールは冴えに冴え渡り、得意のカーブが面白いように、狙ったコースにビシッと決まった。

 五回を終わって、与えたヒットはわずか2本、四死球なし。

 初回にエラーふたつを計上して敬の足を引っ張った守備陣も、落ち着きを取り戻たようで、五回表にはサードのファールフライをフェンスに当たりながらも好捕するファインプレーまで飛び出し、チームを盛り立てた。

 

 五回裏終了時点で0対0。

 この投手戦の立役者は、間違いなく敬である。


 敬が投げている間ずっと、愛の隣で清水さんが、相手バッターが何を考えているか、それに対応して依田さんがどんなリードをし、味方の守備体系に連携させて打ち捕る算段を立てているのか、ほぼ一球ごとに解説を加えてくれた。


「こんだけ狙ったとこにボールが来ると依田、リードしてて相当楽しいだろうな。敬は元々コントロール良い方だったけど、今日の出来は、正直驚きだよ」

 感心したように清水さんが腕組みする。


「ただ、な――茜、敬は何球投げてる?」

「五回で79球。そのくらい自分で数えなさいよ」

 さすが宮沢さん、即答である。


「球数、多くなってきたな」

 敬が絶好調と見るや上田南は、際どいコースはファールで逃れて、球数を稼ぐ作戦に切り替えてきた。

 こうして敬のスタミナ切れを待つつもりなのだろう。




 六回表、上田南の攻撃は1番からの好打順。

「んー、まだ粘ってくるかあ」

 追い込んだのは良いが、そこからファールみっつでなかなか打ち捕れない。


「愛、バッターが何狙ってるか、分かるか?」

「2ストライクまでは低めを捨てて失投待ち、追い込まれてからは全コースに対応しつつ、基本はストレート待ち、カーブとチェンジアップはカット――で、良いですか」

「100点だ」

 100点も何も、さっき清水さんが解説してくれた事そのまんまである。


「で、ここから。ファールで粘られてる左打者相手に、愛ならどうリードする?」

「えーと……さっきは外のストレートをファールされたから、次はカーブ……内角のボールからストライクになる、バックドアのコースで仰け反らせます」


「多分見逃してくんねえぞ、あのバッター、一打席めでそのボール見てっから。カーブは正解だろうな。俺ならストライクからボールになる大きい変化で、空振りを狙う」


 2ボール2ストライクからの八球めは果たして、真ん中高めから大きく外に逸れて落ちていくスローカーブだった。

「な、だろ」

「はい」

 タイミングを完全に外されたバッティングは、ボテボテのサードゴロとなる。

 俊足の1番打者との競争になったが、何とかぎりぎりアウト。


「おー、危ねえ危ねえ。この回になると敵さんも眼が慣れてきて、なかなか空振り獲れねえな――敬の持ち球が少ねえから、球種絞りやすいんだよ……速い変化球がもう1、2種あれば、打ち捕りやすいんだが」

「お兄ちゃん今、シンカー覚えてる途中です」

「おお、そりゃ良いな」




「ナイスピッチ。最後のボール、良かったぞ」

「ありがとうございます」

 依田さんに出迎えられ、グータッチを交わす敬。


 六回表、1番と2番のふたりに17球費やし、3番と4番の田本さんに連続ヒットを浴び、2アウト一三塁と今試合最大のピンチを迎えた敬だが、落ち着いたピッチングで強打の5番をライトフライに抑え、この回も無失点。

 しかしこの回で投球数は、ついに100球を越えた。


 裏の攻撃はラストバッターの敬から。

 休む間もなく打席に向かう敬の背後で、チームメイトたちが円陣を組んでいる。

「敬があれだけ投げてんだっ、俺たちが援護するぞっ!」

 何とも頼もしい声が飛んできた。




 上田南の先発は背番号10の平岡ひらおかさん、右のオーバースロー。

 ストレートとスライダーだけのピッチャーだが、180cm近い長身から振り下ろされるボールは球質が重く、古諸打線はここまで1安打1四球と完全に沈黙していた。

 小柄な敬に対しても、ほぼど真ん中のストレート、スライダーと攻めてきて、あっという間に追い込まれてしまう。

 バットを出すには出したが、ボールが前に飛んでくれない。


 相手のバッテリーにとって、敬はおそらく安全牌。

 高校初スタメン、小柄で非力そうな一年生と来れば、そう思われても仕方がない。

 きっと三球勝負、コースよりも勢いを重視したボールが来るだろう。


 決め球はスライダー、外から真ん中寄りに食い込んでくるコースだった。

 短くバットを持っていた敬はそれでも振り遅れたが、ボールを押し出すようにして、しっかり振り抜く事が出来た。


 カキーン。

 手応えのあった打球はショートの頭を越え、レフト前に転がっていった。

 古諸、この試合初めてのノーアウトでの出塁だ。


 送りバントで二塁に進んだ敬だったが、しかし後が続けず残塁、無得点。

 0対0のまま七回表のマウンドへ向かう。




 七回表もランナーを二塁まで進められるが9番打者を打ち捕り無失点、裏の攻撃はあっさり終わり、だんだんと攻守の時間に差がついてきた。

 迎えた八回表、上田南の攻撃は1番から、四巡めに入る。

「ふう……」

 投球練習をしながら、敬はマウンドで左肩をぐるぐる回した。


 疲れてないかと言えば、嘘になる。

 長い守備と短い攻撃、さらにヒットを打ったせいでランナーにもなり、肩を休める時間がほとんどなかった。

 だが、まだ投げたい気持ちの方が優っていた――出来れば最後まで、マウンドに居たい。

 敬は依田さんが出したカーブのサインに肯くと、残った気力を振り絞って、本日130球めのボールを投げた。




「あ――セーフティ」

「敵さん、ようやく仕掛けてきたな」

 初球、先頭打者がバントを三塁側に転がすのを、愛はスタンドから見ていた。


 打球処理は、ピッチャーの敬。

 しかし捕球したはいいが、一塁への送球がワンテンポ遅れてしまう。

「捕球ん時の足が、逆だ……練習じゃ出来てたから、やっぱ疲れてんのかな」

 隣で清水さんが、悔しそうに右の拳を左手で叩いた。


 一塁セーフ。

 内野安打で、とうとうノーアウトのランナーを許してしまった。


 1点勝負と判断したのか、続く2番打者は送りバント。

 敬ではなくファーストが捕り、1アウト二塁。

 そして3番打者に対する初球だった。

「あっ、馬鹿ッ、投げ急ぐな――」

 清水さんが叫ぶ間もなく、2塁ランナーがスタートを切る。

 無警戒だったのか、カーブでストライクは取ったが、完全にモーションを盗まれた形になり、三塁は余裕でセーフ。

 1アウト三塁と、一気に失点のピンチとなる。


「敬はサウスポーだからさ、二塁ランナーのリードは背中側んなって、あんま見えねえんだ。ひと息入れて依田が落ち着かせてやりゃあ、良かったんだが……」

 マウンドに集まった野手陣に対しても清水さんは、タイムを取るタイミングが遅い、と手厳しかった。

「お兄ちゃん、頑張って……」

 愛は両拳を膝の上で、ぎゅっと握りしめる。


 祈るわけにはいかなかった。

 元聖女の愛が祈ってしまうと、かなりの確率で祝福ブレスが発動し、祈りの気持ちが強ければ強いほど、試合の行方に影響を及ぼしてしまうだろう。




 マウンドには野手の先輩方が集まり、敬を励ましてくれた。

 ――交代かな。

 ヒットにしてしまったバント処理、そしてみすみす許した三盗。

 記録に表れない敬のミスが、ふたつ続いて招いたピンチである。


 敬は覚悟していたが、伝令に来た先輩からは、この回は敬に任せる、頑張れと声を掛けられ、歯を食いしばって強く肯いた。

「スクイズ、あるぞ。一球――いや、二球外して様子を見よう」

「はい」


 プレー再開。

 ふたつ続けて大きく外れるストレ-トを投げたが、相手に動きはない。

 四球め、右打者の内角に曲がるカーブを、相手は振り抜いた。

 カキーン。

 流し打った強いライナーがファーストを襲い、ジャンプ一番、キャッチ。

 ファーストのファインプレーで、2アウト、あとひとり。


「やったっ」

「あざっす」

「ナイス、ファーストッ!」




 依田さんは4番田本さんとの勝負を選び、敬もそれに肯いた。

 田本さんを敬遠したとしても、5番打者との勝負になり、古諸のレベルではどっちにしろ怖いバッターに変わりはない。


 ――集中だ。

 敬は、髪の毛一本のコントロールミスも許さないつもりだった。


 右バッターの田本さんに対し、まずは内角膝元に落ちるカーブで、ボール。

 さすがに四巡めになると、このカーブは振ってくれない。

 いずれにしろ、今のは見せ球である。


 ――次のボールで、ストライクを取りたいなあ。

 そんな敬の考えを推し量ってくれたのか、依田さんのサインは外角いっぱいのストレート。

 敬も肯いて、サインに応える。




 それなりに走ったストレートだったし、コースもアウトローの狙った場所に、寸分違わず行ってくれた。

 しかしそれを田本さんは、踏み込んで掬い上げるように、フルスイングした。


 カキーン。

 頭上を遥か越えてセンターに伸びて行く白球を、敬は振り返って見送る。

 深めに守っていたセンターがじわり、じわりと後退していくが、やがて背中を向けて両腕を下げるのも、敬は見届けた。


 その直後、フェンスを大きく越えた打球がバックスクリーンに突き刺さり、田本さんの特大ホームランを、敬は無言で見つめ、ちいさくしかし長く息を吐いた。


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