表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/92

12. 招待試合2 (栗夕月奈vs松本商、長野大日)



 第一試合、松本商業戦。

 試合前の礼が済み、先攻の栗夕月奈、不動の1番打者だったカナさんが、バッターボックスに向かう。

 そして愛は『夕張』と胸に大きく書かれたユニフォームを着て、ベンチ内に居た。


 志乃さんもベンチ入りしていて、これまた『YUUBARI』と大書された菫さんのジャージを着ている。

「いやあ、奈月さんの人使いが、なかなか荒くって」

 奈月さんには聴かれないよう、志乃さんがそっと愛に耳打ちしてきた。

「お疲れさまです」

 そしてふたりがじゃれ合っている間に、試合が始まった。




「こうして見ると香奈ちゃん、ほんと小っちゃいねえ」

 打席に入ったカナさんを見て志乃さんが呟く。

 カナさんは公称身長146cm、野球選手としては規格外の体格だ。

 これだけちいさいとストライクゾーンも狭くなるから、相手ピッチャーはストライク取るのも大変だろうなと思っていたが、さすが優勝校のエース、ポンポンとゾーン内に投げ込み、2ストライクと追い込んでいく。


 しかしここからが、カナさんの真骨頂だった。

 ファールで二球粘ってフルカウントまで持ち込んだ八球め、カナさんの膝がスッと沈む。

「うそっ」

 セーフティバントの構えを素早く取ったカナさんに、志乃さんが驚愕の声を上げた。

 コンッッ。

 勢いを殺したボールが、ピッチャーとサードの間に転がる。

 すっかり虚を衝かれた格好の松商守備陣は、ファーストに投げる事さえ出来なかった。


「うわぁ、驚いたなあ」

「カナさん、バント上手いですねえ」

「いやいや、驚くのはそこだけど、そこじゃないんだってっ」

 志乃さんが興奮気味に、わけの分からない事を言う。


「なるほど、バントがファールになっても2ストライクだと三振になるんですね」

「愛ちゃん初心者にも程があるわ、そういう基本的な事は、知っておかなくちゃダメだよ――とにかく2ストライクからセーフティなんて、度胸あり過ぎでしょ……」


 そこにぬっと顔を出したのが、ネクストに向かう処だったフクローさんだ。

「そだねー、カナなりの裏付けがあるんでないかな。カナ腕短いし、バットも軽いから、セーフティでも送りバントに近いフォーム作れるんだよねー」

 フクローさんは近くで見るとなかなかの美形で、志乃さんがやや呆けたように頬を染めながら見つめている。

「ふわわあ……い」

「そうなんですね」

 そう言えばカナさんも菫さんも、男子と違って木製バットを使っている。




「カナさん、盗塁するつもりなのかな」

 一塁ランナーのカナさんがリードを大きく取っている。

 魂の色は遠目だと良く分からないが、やる気に漲っていて、次の塁を完全に狙っている雰囲気だ。


 しかし志乃さんは軽く首を振った。

「んー。あれだけ大きくリード取ってると、バッテリーは当然警戒するだろうけど……きっと牽制球投げさせるのが、いちばんの狙いかな、と思うよ」

「牽制球、ですか……」

「うん。そうやって相手ピッチャーの癖を引き出していくのも、1番打者の仕事だからね」


 そしてカナさんは走らず、松商のピッチャーは牽制を立て続けに二度投げてきて、志乃さんが言った通りの展開になった。

「覚える事、たくさんあるんですね――」

「愛ちゃんは頭良さそうだし、ピアノあれだけ弾けるんだから、本気になりゃあすぐ覚えるよ」

 志乃さんは愛の肩を抱き寄せながら、微笑んだ。

 一回表、2アウトから4番ルイさんにタイムリーが飛び出してカナさんがホームを踏み、栗夕月奈は1点を先制した。




 一回裏、栗夕月奈の人々が守備に就く。

 第一試合の先発ピッチャー、エースのカナンさんがマウンドに上がった。

 低いフォームから投げられるストレートはべらぼうに速く、投球練習の段階で既にどよめきと歓声が上がっている。


 ブルペンでは万が一に備えて、栗川一年のノボくんが、堅田キョロちゃんさんを相手に肩を作っていたが、ピッチャーとしては兄の方が上だろうと思われた。

 愛の出番は、四回表から。

 八回裏から登板するカバちゃんさんのパートナーとして、ブルペンで球を受ける予定になっている。


 カナンさんのピッチングは控えめに見ても凄かった。

 ストレートで振り遅れさせ、それと同じくらいの球速のスライダーで、空振りを奪う。

 三回をパーフェクト、ほとんど前にボールが飛んで来なかった。


「――これが甲子園の優勝投手……」

 プルペンに行く準備をしながら、愛が呟く。

 間近で見るカナンさんのボールは、ちょっとしたカルチャーショックだった。




「したっけ愛ちゃん、頼むわぁ」

「はい」

 試合中とは思えないほどのんびりした雰囲気で、カバちゃんさんが肩慣らしを始める。


 まずは立ち上がったまま、キャッチボール。

 カバちゃんさんは投球フォームを確かめるように、ゆったりと愛の胸元にボールを投げ込んでいく。

 数分ほどして、カバちゃんさんが愛を座らせ、まずはストレートを投げた。

 やっぱり独特の回転で、不規則な変化をするクセ球だった。


「やっぱり愛ちゃん、ミットの構え方が、良いね。投げやすいさぁ」

「ありがとうございます」

 ――この二週間、清水さんにキャッチングをみっちり指導してもらったお蔭かな。

 古諸に戻ったら褒められた事、報告しよう。 




 松商のエースは六回を2失点と好投したが、カナンさんの出来がそれ以上だった。

 予定の七回を投げ、2安打無四球7三振、強打の松商打線に二塁さえ踏ませなかった。


 七回表、フクローさんがブルペンにやって来る。

「愛ちゃん、お疲れ。カバのボール受けたいから代わってくれるかい?」

「はい」

 これでこの試合、愛はお役御免となった。


「えー、フクローかよぉ。俺、愛ちゃんの方が良いなあ」

「馬鹿ヤロ、寝言は寝て言ってみれ」

 カバちゃんさんとふと眼が合うと、愛に向かって感謝のウィンクをしてくれた。


 八回裏から、カバちゃんさんが予定のリリーフ登板。

 カナンさんとはストレートの最速が20km/hほど違うが、良いコースにクセ球が決まり、二回を1安打1四球の無失点でまとめた。


 第一試合は3対0、栗夕月奈の完封勝利。

「カバちゃんさん、ナイスピッチングです」

「いやいやなんもなんも。愛ちゃんのお蔭で何とかなったさ」

 ベンチに戻って来たカバちゃんさんを、ハイタッチで出迎える愛だった。




 昼食休憩を挟み、第二試合は長野大日戦。

 先発はサウスポーの町谷マッチーさん、キョロちゃんさんとバッテリーを組む。

 この試合もカバちゃんさんは八回からリリーフで登板するので、第一試合と同じく、愛は四回表からブルペン入りする。


 愛がプルペンに行くと、ノボくんがフクローさん相手に投げ込みをしていた。

「ノボ、今のストレートは良かったぞ。その感覚で、も一度投げてみれ」

「はい」

 愛が見る限り、ノボくんはストレート以外のボールはほとんど投げていないし、それさえもコントロールが定まっていない。

 聞けば一ヵ月前からピッチャーを始めたという話であった。


「あー、今の全然ダメ。さっきとは指先の掛かり、違ってたの分かるか?」

「あ、はい……何となく……」

「何となくで良いんだぁ。感覚で覚えていけよぉ」

 どうやらフクローさん、試合を利用してノボくんにピッチング指導をしているようだった。


 愛に気付いたフクローさんが立ち上がると、マスクを外し微笑んだ。

 イケメンなので笑った瞬間、キラリーンと音がする。

「ワリいな愛ちゃん。他のピッチャーの球も受けささってあげたいけど、カナンはもうノースローだし、ノボは見ての通りだから。カバだけで我慢してくれ」

「いえいえ我慢だなんて、そんな。勉強させてもらってます」

「そーだそーだ、俺に失礼っしょやあ」

 例によってのんびりとカバちゃんさんが抗議した。




 親善試合という、ある程度の気軽さに加えて、栗夕月奈というワンチームでの、久々の試合。

 誰もが伸び伸びと、幸せそうに野球をやっていた。


 マッチーさんもさすがのピッチングで、七回を1失点に抑える好投。

 しばらくは0対1のビハインドで試合が進んでいたが、六回表にカナさんが内野安打、そしてすかさず盗塁。

 それが起爆剤となったのか、沈黙していた打線が爆発し、この回5得点。

 5対1でカバちゃんさんの登板となった。


「愛ちゃん、今日はありがとなぁ。いつもはキャッチャー足んなくてさ、ここまで念入りに肩、作れねえのさ。ほんと助かったよ」

 カバちゃんさんがのんびり微笑みながら、リリーフのマウンドへ向かう。

「こちらこそありがとうございました」

 愛は深々と頭を下げながら、カバちゃんさんの背中を見送るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 魂の色って遠くなると見えないのかぁ。 となると魂って心臓くらいの大きさで見えているのかな。 マンガじゃないけれど、体内人魂が宿っているイメージだったので。 それなりの大きさで見えるのか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ