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11. 招待試合 (試合前練習)



 明くる日、愛と志乃さんは指定されたホテルに赴き、ロビーで栗夕月奈の皆さんと初対面した。

「うわっ、カナンくんにフクローくんだ……テレビで観るより大きいし、カッコいいなあ」

 他の選手は志乃さんの記憶に残っていなかった。


 愛に到ってはそもそも、野球は兄が観ているのを横目で確認する程度だったので、個々の選手についてはほとんど知らなかった。

 しかし敬が、公立校のしかも連合チームが全国制覇を遂げた事を、かなり興奮気味に話していたのを思い出した。


「えーと、ところで長谷川さんでしたっけ――」

 志乃さんが不思議そうに、地べたに倒れ伏しているルイさんを不思議そうに見遣った。

「この人はどうして、奈月さんに踏ん付けられてるんですか?」

「それは気にしないでっ、さっ、バスが出るから乗ろっ」

 初対面の志乃さんと愛を見るなりアタックを掛けようとしたルイさんの顔面に、奈月さんの正拳突きが炸裂したのは内緒であった。




 バスに乗って、招待試合の会場である松本市球場へ。

 今日のスケジュールは八時から九時まで試合前の練習。

 グラウンド整備やシートノックを経て、十時から第一試合、松本商戦。

 昼食休憩の後、十四時から第二試合の長野大日戦を行う予定であった。


「高校入ってダブルヘッダーは初めてだよ。一日二試合も出来るなんて、夢みたいさぁ」

 女子更衣室で、菫さんがニコニコしながら練習用ユニフォームを渡してくれた。

「そそ、後輩がたくさん入ってくれたから、もうめんこくてめんこくて」

 そう言うカナさんこそ小動物感満載で、先輩である事を忘れてしまうほど愛くるしい。


 しかしふたりとも肩から背中にかけて、しっかりと筋肉が着いているのはさすがだと思った。




 奈月さん、志乃さんに連れられて、総監督の佐内先生に挨拶に伺う。

「かーっかっかっかっかっ、奈月お前ら、また勝手な事しやがって。まあなんだ、染矢さん、ケガしねえように頑張って来いやあ」

 佐内監督は愉快そうに笑っていた。

「はい」

「さっきな、古諸高校の山本先生に連絡取れたのさぁ。『いやーぁこれはこれはこれは、よろしくお願いしますっ』て、なまらたまげてたさ」

「あっ、はい――恐縮です……」


 4校連合のチームなので監督も4人居て、愛の面倒をみてくださるのは栗川高の佐藤監督だった。

「栗夕月奈の頃は、外野守備走塁を担当してたんだけどな、試合前だとあんまりやる事ねえのさ」

 ルイさん、スズさん、カナさんを中心とする外野陣は守備範囲の広い名手が多く、試合の時には何から何まで選手たちで片をつけてしまうので、佐藤監督はほとんど観ているだけで良いそうだ。


「まずは菫と組んでアップしてくれ。次のシートノックは外野に入ってもらうけど、ノック終わったらブルペン行こうな」

「はい、分かりました」

 佐藤監督がもの凄く怖い顔で愛を睨むので少々たじろいだが、魂の色に敵意はまったくない。

 後で奈月さんが、佐藤監督は緊張すると顔がおっかなくなるだけで、優しい顔の時の方が怒っているのだと教えてくれた。




 シートノックで愛は、カナさんと同じレフトに入った。

 全国レベルの守備を観察するという点では、これ以上ない特等席である。


 カナさんの守備は、俊足を活かした反応の早さに特徴があって、落下点までの移動に無駄がなく、しかも正確だった。

 捕球体勢もしっかりしていて、返球も早い。


 愛の番が来た。

 カキーン、少し深めのレフトフライ。

 やや左中間寄り、風はなし、しかし打球はここからレフト側にドライブが掛かってくる。


 ――このくらい、かな。

 目測で後ろに下がり、グラブを構える。

 実際にはそこから少し左に流れた位置で捕球し、ワンステップで中継のショートへボールを投げた。

『ナイスキャーッチ!』

 グラウンドに響く声が心地良い。




「愛ちゃんナイスキャッチ。捕った時の体勢が良いね、センスあるっしょ」

 カナさんとグラブタッチを、ちょこんと交わす。

「思ってたより左に流れました」

「バッターのクセとかでも打球は微妙に変わるからねー、今のは誤差範囲でないかい」


「香奈さんて、野球歴どのくらいですか」

「小三から始めたから、今年で9年めだねえ。ずっとピッチャーやってて去年、外野手に転向したんだぁ」

「え……外野手になって、まだ1年しか経ってないんですか?」

 カナさんの守備はどこから視ても歴戦のそれを想起させ、思わぬキャリアの浅さに愛は驚いた。


「うーん、何つーかさ。レベルの高いとこに放り込まれて鍛えられちった、てのはあるかもね。愛ちゃんは足が速そうだし、背丈も結構あるから、きっともっと上手くなるっしょ」

 再びカナさんの番が来た。

 カキーン。レフト前の打球に対し、カナさんはバックホームを狙うつもりだろう、仔リスの如くピュンと駆けて行った。




 やっぱりカナさん、すごく上手い。

 レフト前に落ちたボールを最短距離でキャッチすると、次の一歩を踏み出した時には、既にバックホームの送球体勢に入っていた。

 浅い位置から、ホームにストライクの返球。

 全身を使った投球のせいで、カナさんの身体が大きく前のめりになり、くるりっと空中で一回転したかと思うと、そのまま芝生の上に尻餅を突いた。


「ナイスレフトーっ」

「出たあっ、カナの『くるりんぱ』っ」

「こらーーっ、試合前なのに、あんまりハッチャキこくんじゃねえぞっ」

 チームメイトたちからは、意外な叱責の言葉も飛んできた。


「あははっ、ついついやっちゃったあ。愛ちゃんに良いとこ見せたくて、さぁ」

「だからそーゆうのは、試合ん時にやれっつーの」


 カナさんの身体能力にも驚いたが、あんな常識外れのプレーの後なのに周囲の反応がそれ程でもなく、普通に練習が続けられている事にも驚いた。

 どうやらカナさんのスーパープレイは、あの程度は栗夕月奈にとって日常茶飯事のようである。


 ――私、とんでもないとこに来てしまったかも知れない。

 思わず身構えてしまう愛であったが、よくよく観察すると、巧い人とそうでない人の差が、意外に大きい事に気付いた。

 栗夕月奈は、甲子園を経験してきた二年生以上が14人、入部してまだ間がない一年生が9人。

 一年生の多くは、上級生たちの高レベルな守備に付いて行くのがやっと、という風にも見えた。




 打撃練習に入り、愛はグラブをミットに持ち替え、ブルペンに向かった。

 バッテリー陣はピッチャー3人、キャッチャーふたりで、すべて二年生。

 その中には春のセンバツ大会で名を上げた道内№1右腕、穂波加南さんも居た。


 あれっ。

 初対面では気付かなかったけど、カナンさんの魂を覗いた愛は、少なからず驚いた。

 ――カナさんの魂に少しあった男の子、カナンさんだったんだ……


「カナンさんは、カナさんと血が繋がってるんですか?」

 唐突に話し掛けてきた愛に、カナンさんは少し変な顔をした。

「いやいやぁ、もちろん違うよ。でもどーしてそんな事、訊くのかい?」

「はーっはっはっはっは、名前似てるだけっしょ、全然違うんでないかい」

 愛の発した質問がおかしかったのか、周囲は腹を抱えて大爆笑した。


「愛ちゃん、なかなか鋭いんだよねー。俺とカナは誕生日一緒で、赤ん坊の頃から家族付き合いしてた幼馴染だから、血ぃ繋がってないけど他人じゃないのさぁ。ちっちゃい頃は似てない双子って、よく言われてたし」

「そーなんですね……」

 いくら仲良く一緒に過ごしていても、魂が混じり合う筈はないので、謎は深まるばかりであった。




 ブルペンでは3番手投手の月商二年、鈴野カバちゃんさんとコンビを組んだ。

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。カバちゃんて呼んでねー」

 カバちゃんさんは愛の緊張を解こうとしているのか、引っ切りなしに話し掛けてくる。


「カナと守備練してて、なーんか気になる事、あったかい」

「いいえ、特に。カナさんには優しくしてもらいました」

「カナはね、リスって呼ぶと怒るから気ぃ付けなよ」

「えっ、そーなんですか」

 危ない危ない、カナさんの事、仔リスみたいで可愛いって、ずっと思っていた。

「そーだよ怒るんだよぉ、こーんな頬っぺ膨らましてさ。お蔭でますますリスに見えるんだけどな」

「ふふふっ、おかしいですね」

 愛は、愛想笑いではない微笑みで、カバちゃんさんに応えた。




 シート打撃では第一試合先発のカナンさんがマウンドに立って、打撃投手を務めている。

「カナンのバカぁ、あまり本気で投げるなぁ。練習にならないっしょ」

「はははーーっ、肩が軽いぜぇ」

 親善試合という事もあるのだろうが、明るい声がたくさん出ていて笑顔も多い。


「みなさん、明るいですね。いつもこんな感じで練習してるんですか?」

 全国制覇の強豪チームと言うからには、もっと緊張感のある野球をしていると思っていた。

「うーん、そだなあ。今日は特にそうかも知んないねー。何つっても栗夕月奈再結成だからね、俺もだけど、みんな嬉しくって仕方ないのさ」

 そうだった、栗夕月奈は、いつもは離ればなれで練習している連合チームだった。

 やはり全員一緒でする野球は、格別なのだろう。




 ヘルメット、プロテクター、レガースを借り、新品のマスクを被りミットを嵌める。

 ご多分に漏れずヘルメットは異臭がしたので、浄化リフィックを掛けて臭いを取った。

「右バッターの外角投げるから、お願いねー」

「はい」

 古諸で清水さんに指導を受けた通りに身を縮め、ミットを捧げるようにして、カバちゃんさんに向けた。


「――これで良いですか?」

「もう5センチ外……2センチ下――オッケ、行くよぉ」

 セットポジションから右オーバースロー、カバちゃんさんの投球。

 ボールはギュルギュルとかなり独特な回転をして、外に流れて落ちてきたので、ミットを被せるようにして捕球した。


「サンキュ、このコースに、もう四、五球ストレート投げるよぉ」

「はいっ」

 ――このクセ球がストレートなのね。

 球速は遅いが、眼が慣れるまで時間が掛かりそうだ。


 それからカバちゃんさんは、カーブとチェンジアップも投げてきた。

 緩急が利いていてコントロールも良く、凄く打ちにくそうなボールだった。

 この人が三番手で、甲子園ではほとんど出番もなかったのだから、ピッチングスタッフは相当に充実している。




「愛ちゃん、キャッチングの構えが、なまら良いねー。すっげえ投げやすいよ」

「ありがとうございます」

「試合でもキョロの代わりに、愛ちゃんに受けてもらおうかなあ」

「いえいえ私初心者なので、キャッチング以外は全然出来ないです」

 社交辞令にも程がある、試合なんてまだまだとんでもない。


「そっかあ……」

 固辞する愛に、カバちゃんさんは心底残念そうな表情を見せた。


「どうだ鈴野。染矢さんのキャッチャーは」

 傍で様子を見ていた佐藤監督が、カバちゃんさんに話し掛けてきた。

「女子のキャッチャーって、新鮮ですね。彼女、キャッチング上手いですよ。初心者とは思えないです」

 カバちゃんさんの応えに、佐藤監督もうんうんと肯いている。


 そして佐藤監督は緊張したのだろう、怖い顔になって愛の元にやって来て、話し掛けた。

「染矢さん、今日の試合は、一緒にベンチ入りなさい。ベンチから試合観戦すると良いし、場合によってはブルペン手伝ってもらう事になるけど、それで良いかな?」

「あっ、はい――でも志乃さんは……」

「あの調子だし、一緒にベンチ入ってもらおうかな。親善試合だから、向こうさんには大目に見て貰うさ」

 シート打撃を見ると、志乃さんはまったくお客さん扱いされず、奈月さんの号令で練習補助に走り回っていた。


「じゃあ、選手ひとりにマネージャーひとり、追加だなあ。相手にも話しておくから、大丈夫だよ」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

 ベンチという特等席で観られるなら、願ってもない話である。

 再び顔が優しくなった佐藤監督に、愛は深々と頭を下げた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 初心者である愛がチートを使いながら野球というゲームに馴染んでいく様をじっくりと描いている点。 チートをしっかり封印していない以上は超人スポーツならともかく、高校野球のスポーツとは…明らかに…
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