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 魔界生活7日目。


「そろそろ諦めました」

「ネバギバとか言っていたのはどこのどいつだ」


 首ちょんぱ当日である。


「どこのどなたかは存じ上げませんが、相当なアホだということは分かります」

「遂に自分の頭がおかしい事を認めたか」

「ええ、まあ」


 クロエは笑わない。昨日の夜もあんなに独楽をぶっ転がし、果てには双六まで作ったのに案の定真顔で「上がりだ」とぬかしやがった。

 結果は何度やっても同じで、ボロ負けしたツカサは唇を口の中に収納してヒキガエルの鳴き真似で悲しみを表現する他なかった。

 ツカサは鳴き真似で潰れかけた喉に水分を与えつつ、クロエをじっと見つめた。


「クロエさんって今まで笑った事が無いんですか」

「あるにはあるがここ10年以上は笑った記憶がない」

「昔はちゃんと笑えてたんですね」

「まあそれも滅多にない事だったが」

「あちゃーそれは厄介ですね」


 そんなのものまね程度で笑う訳がないではないか。こんなことならもっと早く聞いておくんだったと今更になってツカサは後悔した。

 しかし過ぎたことはもう仕方がない。ツカサは「じゃあ今日が最後なんでせっかくだし思いっきり遊びましょう」と背中の陰から黄金に輝く剣を取り出した。


「チャンバラしましょう。クロエさんもお好きな剣を取ってきて下さい」

「おまえ玄関に飾っていたのを勝手に持って来たのか」

「ぴかぴか光っててかっちょいいなと思って。よく出来たレプリカですね」

「本物だ」

「なんでそんな危なっかしいものを剥き出しで飾ってたんです?」


 ツカサは「お返しします」と即座に金ピカの剣をクロエにパスした。クロエはそれを受け取ると「傷は付いていないようだな」と呟きつつ玄関に持って行った。


「クロエさんが傷とか気にするの珍しいな」


 クロエは高貴な見た目をしている割には微妙にお行儀が悪い。ものづくりをする時の手付きは繊細なのに、普通に地べたにあぐらをかいて双六しながら木の実をむしゃむしゃと丸かじりしているし、厨房に行くのが面倒な時はフライパンだけ持って来て手から火を出してその場で調理し、皿に移さずそのまま直で食べている。ツカサはその度に一人暮らしの男子大学生を見ているような気分になった。

 しかし背筋は常にすっと伸びているし、ひとつひとつの動きが洗練されているので元々の育ちは良いのだろう。人の目を気にしないでいいからのびのびしているだけで。ツカサはばっちり見ているが、どうやら人の目としてカウントされていないようだ。


「大切なものなんだろうか」


 傷ひとつないくらいにぴかぴかに磨かれた剣。地下の宝物庫にこっそり行ったことはあるが、ツカサが知る限り屋敷の中に金色の剣はあれしかなかった。


「…………」


 ツカサはくるりと背を向けるとてくてくとおもちゃ箱の方へ歩いて行った。その中には暇だからとこの1週間でクロエと一緒に作った沢山のおもちゃ達が詰め込まれている。


 クロエは、楽しんでくれていたのだろうか。


「自分は楽しかったですよ」


 少なくとも、ツカサが楽しんでいた事は確かだ。制作時点でここをああしてこうしようなどと話し合っている時だって楽しかったし、完成したおもちゃを使って勝負してボロ負けしたとしてもそれはそれで苦しゅうない。

 クロエも、おもちゃで対戦する時は容赦無く本気を出してくるしケチャップでハンバーグに絵を描くのを楽しみだと言ったりするし、きっと全く楽しんでいないわけではないのだ。ただどういう訳か笑えないだけで。

 クロエが笑えなくなったきっかけというのが何かあるのだろうか。ここ10年以上は笑っていないと言っていた、理由が。


「まあどうせ今日でお別れだし別にいっか」


 おもちゃ達は遊んで貰えるのを今か今かと待ち望んでいるように見える。ツカサはおもむろに箱からけん玉を取り出すと「安全な方の剣を持って来ましたよー」とクロエの姿を探した。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 ツカサは今日もクロエを誘って散歩に出掛けた。


「今日で見納めだと思うとこのヘンテコ動物達も愛おしいですね」

「そうか」


 禍々しく奇妙な鳴き声を上げる危険生物もクロエが居ればなんのその。ただのおもしろ動物でしかない。

 虎の威を借る狐ならぬ、クロエの背にしがみつくツカサ。何が来てもどんとこいである。


「クロエさん、次あっち行きましょ」

「楽しいか?」

「はい、とても」


「そうか」と一言だけ返し、クロエはずんずんと歩いていく。最初はただツカサがしがみついているだけだったが、今はお尻の下に手が回されてツカサが落ちないようにしっかりと支えられている。完全なるおんぶの体勢で、ツカサはふすーっと鼻息を吐き出した。


「クロエさんってなんだかんだで優しいですよね」

「俺は優しいか」

「まあまあ優しいと思います」

「まあまあか」

「たまに優しいです」

「ふむ」


「理由を聞こう」と言いつつクロエが身体を傾ける。

 ツカサの眼前に地面が迫った。そしてその地面からにょきにょきとミミズのようなものが生えてきたと思ったら、その先端がグパァッとグロテスクに開いた。細かい歯が幾重にも重なったそのグロ生物を至近距離で見つめながらツカサは言った。


「こういうことするとこが優しくないと思います」

「おちゃめだろう」

「クロエさん自分のことおちゃめだと思ってたんですか」

「思っているが」

「多分クロエさん以外の誰も思ってませんよ」

「そんなことはない。弟は俺と同じで自分をおちゃめだと言っていた」

「そっくり兄弟なんですね」

「弟は悪戯好きでよく父の部屋を魔法で浸水させて遊んでいた。とてもかわいい」

「弟さんだいぶ悪質ですね」

「そして俺は父の命で城から出ることになったのだが、弟は俺によく懐いていたためにごねてごねてごねまくった結果、城を半壊させて臣籍降下した」

「なるほど」


 ツカサはこくりと頷いた。そして思った。

 あれ?この人元王族じゃね?……と。

 サラッと爆弾を投下され、ツカサは珍しく続く言葉を失った。


「今は侯爵家の養子となり、同じくおちゃめな嫁を貰って孫も産まれて毎日楽しく過ごしているらしい」

「それはよかったですね」


 暫しの無言の後、ツカサは薄い口を開いた。


「弟さんと本当に仲が良いんですね」

「ああ。歳が近いのもあるが、母親が同じだからな」

「なるほど」


 あまり聞いてはいけないことを聞いたかもしれない。

 どうしたものかと考えているとクロエが勝手に喋り出した。


「もう一人弟が居るのだが、そいつは真面目な奴であまり羽目を外したりはしなかったな。勿論その弟のことも可愛がってはいたが、母親が違ったため立場上あまり表立って仲良くする事が出来ず、どうしても三男とばかりつるんでしまっていた。今となってはもっと次男と話しておけばよかったと後悔している」

「へぇ、三人兄弟だったんですね。下の弟さんの話しかしないから2人なのかと」

「妹も欲しかったが、正妃も次男を産んでからすぐに病に伏せたからな。男ばかりでむさ苦しくはあったが楽しかったと言えるだろう」


 クロエの背景が段々と見えてきた。クロエは側室の子で長男。更に三男とは母親が同じだが次男は正室の子、と。それはたしかに内政とかが絡んで来るしあまり軽々と仲良くは出来なさそうである。


「ここに来てクロエさんの新事実が色々と明らかになって、自分今割と戸惑ってます」

「言っていなかったか」

「聞いてませんね」

「そうか」

「自分ずっとクロエさんのこと手先が器用なおもちゃ好きのただのおっさんだと思ってました」

「ふむ」


 再度クロエの身体が傾いていく。ツカサはクロエにしがみつき「こういうとこ、こういうとこですよ」と非難の声をあげた。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 一通り魔王城周辺の観光ツアーを済ませた後。ツカサはぺたぺたと城の廊下を歩いていた。


 というのも先程、「クロエさんの私物が置いてる部屋は無いんですか」と尋ねてみたら3階の書斎にあたる部屋を私室として使っていることが分かったからだ。

 クロエは尋ねると答えてくれる。入ってはいけないとは言われていない。ツカサは意気揚々とクロエの部屋へと向かった。


「何かクロエさんを笑わせられるヒントになるようなものがあればいいんだけど」


 クロエは弟の話になると饒舌になる。もしかしたら弟ネタなら笑わせられるかもしれない。

 仏頂面のクロエが思わず笑顔になってしまうような思い出の手掛かりを求め、ツカサは最後の悪あがきに出た。


 まあまあ長めの螺旋階段を上り3階に来ると、これまた長い廊下が続いていた。その左右にはびっしりと扉がはめ込まれており、ずらりと部屋が並んでいる。その光景を前にしてツカサは「ふむ」と頷いた。


「書斎という事しか分からなかったからとりあえず片っ端から開けていこう」


 ドアノブに手を掛け、ガチャリガチャリと開けていく。少しは埃が舞うかと思ったものの、魔界では月日が経つということがないのでどの部屋も綺麗だった。


「掃除する手間が省けていいな」


 ガチャガチャとドアを開け続けて廊下の突き当たりの最後の部屋。扉を開くとそこには大量の本棚が並んでいた。


「わーお」


 そしてその全てが本で埋め尽くされ、入り切らなかった本が机の上に積み重なっている。

 ツカサは「お邪魔しまーす」と言いつつずんずんと中に入り、本棚を見上げた。


「小説が多いな」


 伝記や自己啓発本、料理に手芸などかなり様々なジャンルの本が並んでいるが、圧倒的に小説の割合の方が大きい。よほど暇なのだろう。

 新聞も数部あったが、魔界で人間界の新聞を読んだところで何もならないのか、壁にかかっているカレンダーよりかなり昔の日付けのものが傍らに放置されている。これに関してはどうやら飽きたようだ。

 ツカサはどっこいしょと椅子に腰を下ろすと、机の上で積読されていた本をひょいと手に取った。


「ある日突然化け物になってしまった男の話か。面白そうだな」


 その他にもラブストーリー、英雄譚、ミステリーなど。積まれている本だけ見てもかなりジャンルが幅広い。


「本の種類まで多趣味だな」


 この1週間、ツカサが一緒に過ごしていた間だけでもクロエは様々なことをしていた。

 昨日も突然ピーヒョロと笛を吹き始めたと思いきやトランプでピラミッドを作り始め、更にそれに飽きたのか羽子板の上で独楽を回し始めた。それが最早曲芸の域に達していて、正直芸人やってるはずのツカサより面白かった。ツカサはぱちぱちと手を叩いて観客に徹する他なかった。本当に器用な人だなと思う。


 小一時間部屋の中を探索した後、ツカサはふむと頷いた。


「さて、クロエさんの事はだいたい分かったしそろそろ出るか」


 壁に飾られた写真をぐるりと見回してから踵を返し、ツカサはまたぺたぺたと歩いて部屋を後にした。




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