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「ニワトリのものまねやりまーす。コケーッコッコッココケーッコッコッコ!!!」

「ふむ、今晩の献立は若鶏の唐揚げにしよう」

「……華麗にスルーしないで貰えます?」


 玉座に座って足を組み、じっとこちらを見つめる青年……魔王クロエ。

 艶やかな黒髪に恐ろしく整った顔面のこの男の、今日も今日とてピクリとも動かない表情筋を前にしてツカサは深い溜息を吐いた。


「ちょっとは笑って下さいよ。ほら、上手いだとか似てるだとか色々あるでしょう」

「上手い。似ている。だが別に面白くはないな。感心はする」

「いや、感心されてもなぁ」


「技術は評価する」と言いつつ、美しい動作でカップを指でつまみ口に持って行くクロエ。さらりと長い黒髪が揺れ、血のように赤い瞳に睫毛が影を落とす。

 ツカサは『今この瞬間笑わせたらあの紅茶を盛大に吹き出させる事が出来るんだろうか』などと考えながらその様子をまじまじと見つめていた。


 出雲司(いずもつかさ)。芸名、アルティメットツカサ(どり)。鳥類の鳴き真似は得意なのに鳴かず飛ばずのものまね芸人である。

 何故そんな売れない芸人がこんな豪華絢爛煌びやかな城に居るのかと言うと。


 家の物置で物真似の小道具になりそうなものを探していたところ、謎の装置を発見。どうせ動かないだろうと思ってポチッとスイッチを押してみたら西洋チックな異世界へ。である。説明終わり。


 ピコピコという間抜けな音の後に目を覚ましたら目の前にトンデモビッグな城があってツカサもまあそれなりに驚いた。

 それなりに、だ。アッパレハレルヤみたいなふざけた芸名のくせに全然アッパレな性格をしていない。発明好きだった祖父に似て表情が乏しいのだ。祖父の代からこれなのだから最早筋金入りと言っていい。

 故に、「ごめんくださーい」と躊躇いなく魔王城の扉を開けてクロエと初めて対面した時も「あっどうも初めましてツカサと申しま……あれっ、日本語通じます?ハローハワユーアイムファインー」といった具合だった。それに対しクロエも表情筋を微動だにさせないまま「通じている」と返した。同類の匂いがした。


「自分、今日入れてあと5日でクロエさんを笑わせなきゃ首切られちゃうんですよ。ちょっと協力して貰えませんか?口の端上げるだけでいいんで」

「笑えないな」

「笑えっつってんだろ」


 ちなみにツカサは現在残り5日の命である。


 魔王城にやって来た初日、クロエの「何者だ」という問い掛けにツカサは「自分は怪しい者では……!」みたいなことは言わず、馬鹿正直に「しがないものまね芸人です」と答えた。すると「芸人か。ならば1週間以内に俺を笑わせてみせろ。つまらん人間ならば首を切る」とのお達しが出た。突然の首ちょんぱ宣言だ。出来れば授業中教室の中に迷い込んで来てしまった鳥にするみたいにそっと外に逃がして欲しかった。


「早いとこ笑って貰えると有難いんですが」

「そうか。頑張れ」

「頑張りまーす」


 至極淡白な応援を受け、さて次はと腕を組む。

 クロエを相手に持ちネタを披露し続けて2日が経った。未だ抱腹絶倒ギャグを前にしても眉ひとつ動かさないこの男にツカサもそろそろ困って来たところである。

 ツカサは「ひとつ、残念なお知らせがあります」とクロエに向き直った。


「なんだ」

「この世界では人気タレントのものまねをしても誰も知らないので、必然的に披露するのは動物の鳴き真似になるんですが」

「ふむ」

「ネタが尽きました」


 ネタ切れである。初日から九官鳥から鶯、雀やら何やらを披露してお得意の鳥シリーズはニワトリを残して全弾放ってしまった。そして上手くはないけどまあまあ似ている気がしなくもないね、と言われる犬やら猫やらの鳴き真似をして反応を見た後、最後の切り札だったとっておきのニワトリをぶっぱなした。

 結果、かすりもしなかった。寧ろ感心された。腹ただしいことこの上ない。


「動物達、儚い命でした」

「元から絶滅危惧種だったのだろう?」

「レパートリーが少なくてすみませんでしたね」


 嫌味まで言われた。人気タレントのものまねが通じないここでは披露出来るネタの数など雀の涙である。


「ふむ、動物か。ならば魔物の森にでも連れて行ってやろう。活きのいい魔物がうじゃうじゃ居るぞ。いい発見がある事を期待する」

「嫌なふれあい動物園ですね」

「人間界の感覚的にはここから徒歩数分といったところだ」

「コンビニに行くような気軽さ」


 さあ行くぞとクロエと共に森に入る。因みに本当に徒歩数分の距離だった。ツカサはきょろきょろと辺りを見回し、「ほへぇ」と息を漏らした。


「凄い、いかにも魔物の森ってかんじですね」

「ここは瘴気も濃い。俺は慣れているので一人で歩いても問題無いが普通の人間は一人でこの森を歩くと自我を喪い、自分が誰かも分からぬまま永遠にこの森を彷徨うことになる」

「なるほど。置きざりにされそうになったら遠慮なくぶん殴りますね」

「自分の命が惜しければ俺を殴らず、決して俺を見失わないことだ」

「御意です」


 バサバサと音がして顔を上げると、黒く大きな鳥が頭上すれすれを横切っていった。ギャッギャッという鳥の鳴き声を早速習得し、ツカサは「特徴が捉えやすい。良い滑り出しだ」と頷いた。


「わぁ、あのうさぎもふもふしてて可愛いですね」

「アァンゴラッ!」

「あー……鳴き声はあんまり可愛くないみたいですけど」

「アンゴラウサギだな。ドスの効いた声で鳴く」

「ちょっと自分が知ってるアンゴラウサギとは違うみたいですね。あ、あのネズミの大群は」

「ヂュッヂュッヂュッ」

「ハツカネズミだな。生まれてから死ぬまでが20日の命だ」

「シビアですね」


 5日ネズミなツカサが肩を竦める。「代わりに繁殖力が凄まじいがな」というクロエの視線を追うと、なるほどツカサが見ていたのと反対方向にその倍の倍くらいの数のハツカネズミの群れが居た。

 ツカサが焦がした鍋の底のような目でそれらを見つめていると、ハツカネズミの群れが一斉に木に飛び掛り強靭な歯でバリバリと木の皮を剥ぎ落とし始めた。

 木はものの数分で忽然と姿を消した。


「こうして毎日1本ずつ森から木が消えていく」

「これって人間だったらひとたまりもないんじゃ」

「俺のそばに居る限りは襲われない」


 ハツカネズミの大群の目がこちらを向いた。ツカサは瞬時にクロエの背中にしがみついた。腕も足も絡みつけてがっちりホールドした。


「やめろ」

「やめません」

「降りろ」

「降りません」

「そうか」


 クロエは諦めたのか、ツカサを背に張り付けたままずんずんと歩き出した。


「あっ、トカゲ」

「違う。トカゲモドキだ。トカゲのフリをしているが明らかにトカゲではない鳴き声のせいでバレバレといういじらしい奴だ」

「なるほど。……ホポポポポ!!!」

「耳元でトカゲモドキの鳴き真似をするのはやめろ。耳がおかしくなる」

「こっちだってずっとこうしてしがみついてるのは大変なんですよ。我慢して下さい」

「それはご苦労なことだな」


 クロエ(バス)に乗りサファリパークを楽しむこと数時間。ようやく納得のいく数のものまねレパートリーを手に入れたツカサは満足げに頷き、「ありがとうございました」とクロエの背から降りた。


「思ってたより楽しかったです。今まで見た事もないエセ動物みたいなのがいっぱい居て」

「そうか。ならいい」

「自分、やっぱり重かったですか」

「見た目より重かったな」

「そうですか。自分から聞いといてなんですけど腹立つのでその喧嘩全財産出して買いますね」


「おらぁ」とポケットの中にたまたま入っていた百円玉2枚と十円玉1枚を握らせる。210円だ。クロエはぱちりと瞬きをひとつした後、「変わったコインだな」とそれを見つめた。


「あ、やっぱもしもの時のために三途の川の渡し賃にするんで200円返して下さい」


 クロエの手からひょいひょいと百円玉をつまみ上げる。クロエの手の平にはぽつんと十円玉だけが残った。


「これで何が買える」

「何も買えません」

「そうか」


 昔は棒状のスナック菓子が1本買えたらしいが、今は残念ながらこれ1つでは何も買えない。


「この硬貨の最も有効な活用の仕方は何だ」

「この世界ではそもそも使えないので飾って眺めるとかじゃないですかね」

「ふむ」


 クロエは暫くそれをじっと見つめた後、おもむろに大きく振りかぶって勢い良く投げた。


「えっ投げます?確かにここでは使えませんけど流石にお金投げるのは勿体な……」


 ツカサが十円玉の行く先を目で追った刹那、木の上に居た黒い鳥が「ギャッ!」と鳴き声を上げて落下した。


「おお……ナイスピッチング」

「今晩のメインディッシュがとれた」

「そういえば今朝鶏の唐揚げ食べたいって言ってましたもんね」


 撃ち落とした怪鳥の足を掴み、羽を毟っていくクロエ。手馴れてるなぁと傍らでそれを眺めつつ、近くに落ちていた十円玉を拾い上げる。十円玉にはべったりと怪鳥の血がこびり付いていた。ツカサはクロエの服の裾を摘んでこっそり血を拭いた。


「今何かしたか」

「いいえ何も」

「そうか」


「落ちてましたよ」と丸裸になった怪鳥の血を抜いているクロエに十円玉を渡す。振り向いたクロエの、返り血を浴びた白い肌に艶やかな長い黒髪と赤い血のコントラストが妖しく美しい。


「クロエさんって綺麗ですよね」

「おまえよりはな」

「ははは。クロエさん、スクラッチって知ってます?」

「知らん」

「こうするんですよ。……オラァ!!!」


 ツカサは十円玉でクロエの額をゴリゴリと削った。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 魔物の鳴き声も覚え、首ちょんぱが4日後に迫った。

 よくあのスクラッチを受けてその場で殺されなかったなと思う。寛大な人で助かった。

 しかし、依然としてクロエはものまねをしてみせても感心するだけで笑ってはくれない。せっかくレパートリーを増やしたのに、ものまねで凄い凄いと手を叩いて笑わないのならいったい何をしたら笑顔になるのだろうか。


「諦めたか」

「まあ半分ほど」

「そうか」


 3日間全力で笑わせにかかり、にこりともさせる事が出来なかった。ツカサはぶるると唇を鳴らした。


「クロエさんの仏頂面ー」

「おまえもだろう」

「表情筋壊死してるー」

「おまえもだろう」

「万年独身ー」

「おまえもだろう」

「やめましょう、全てが自分にも当てはまることで虚しくなってきました」


 こんなに共通点が多いのも困りものだ。相手に放った全ての悪口が自分に返ってくるため、迂闊に相手を貶したらもれなく自滅することになる。

 軽口を叩き合って「はっはっは、おまえもだろう」となるはずだったのが、にこりともせずに真顔で「おまえもだろう」と言われてただただ精神が抉られるだけで終わってしまった。無念だ。


「そういえばクロエさん」

「なんだ」


 3日間ここに居て思ったのだが、クロエは魔王と言いつつただ椅子に座っているだけで何か仕事をしているようには見えない。

 もしや。


「クロエさんってニートなんですか?」

「俺に分かる言語で話せ」

「暇なんですか?」

「暇だな」

「やっぱり暇なんだ」


「俺がここに居るだけで平和が保たれているからな」というクロエにツカサは「ほーん」と相槌を打った。大した自信である。


「最近は退屈さも幾分かましになったがな」

「へえ、そうなんですか」

「珍妙な生き物の世話に追われていてな」

「森の魔物達のことですねなるほど」


 あの変わった鳴き声の愉快な動物達に囲まれていればさぞ楽しいだろう。そう思ってこくりと頷くとクロエは憐れなものを見るような目をしていた。ツカサは首を傾げた。


「召使いとかは居ないんですか」

「昔は居たが目を離した隙に魔物に食われた」

「いきなり物騒だな」

「新しく呼ぼうかとも思ったのだが、大体の事は1人で出来るから必要ないという結論に至った」

「あ、じゃあ自分立候補しましょうか。三食昼寝付きなら洗濯と皿洗いくらいはしますよ」

「料理はしないのか」

「出来ますけどあんまり好きじゃないんですよね」

「おまえの図々しさにもそろそろ慣れた頃だな」


 魔王城に来て初日で「あ、お茶あります?出来れば緑茶で」などとぬかす面の皮の厚さ。遠慮などはなからない。ちなみに緑茶はあった。普通に美味しかった。


「そんなことより、抱腹絶倒ギャグとやらはもういいのか。完全に諦めたなら申し出ろ」

「まだ半分諦めずに残ってるので遠慮します」


 死刑執行まであと4日。ツカサは絶対にクロエを笑わせなければならない。そして同時に元の世界に戻る方法も見つけなければならないのだ。


「タスクが多いなぁ」

「俺に分かる言語で話せ」

「やることが多いって意味です。1週間以内に絶対に笑わせるんで覚悟してて下さいよ」


 ツカサにビシッと指を指され、クロエは少し眉を上げた。そしてふっと鼻から短く息を吐いた。


「期待している」

「今のとこ絶対『ふっ、面白い奴だ……』みたいに笑う空気でしたよ」

「何の空気だ」

「そういう空気です」

「どういう空気だ」

「仕方ないですね、景気付けにクロエさんのものまねをひとつかましてやりましょう。……笑えないな」

「似てないな」

「似てます」

「似てない」

「似てます」



お読みいただきありがとうございます。

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