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21-14. 無神論者のサルトル「実存が本質に先立つ」

21-14. 無神論者のサルトル「実存が本質に先立つ」


 【高校生のための倫理】サルトル(西洋思想)  miniいけ先生の倫政チャンネル

 https://youtu.be/VTsCl1c1-hQ?t=179


 サルトルが残した有名な言葉である。


 簡単に言うと、本質=役割は人間が生まれた後に決めるということだ。

 ナイフのように切るために作られた道具ではなく、車のように人やモノを運ぶための乗り物でもない。

 人は生まれながらに、何かしらの役割を持っているのではなく、生まれた後に役割を探すのだ。

 

 次に積極的な社会参加(アンガージュマン)である。

 主体的に自らを拘束し、積極的に社会に参加して作り変える事である。



 今日、これを初めて知って自分は感心した。自分の直感とは真逆だということを。


 霊的な考えでいうと、生まれながらに目的や宿題は決まっていて、社会に出なくても達成できるものがあるのだ。

 ゲームでいうと、トロコンにはマルチのトロフィーとソロ(ストーリーモード)のトロフィーは別である。マルチ=社会にでて改革するを達成した後は、ソロ=自分自身で見つめて解決するの達成を来世でするのだ。


 そして、生まれながらの性質はDNA(時代や地域や血族)に依存するが、目的=情熱=得意分野は最初から決まっていてそれに関してだけはブーストがかかる。


 ヒカルの碁では、ヒカルが囲碁板に偶然触れてsaiを通じて楽しさを知って勉強して伸ばしていく。こちらでは、生まれる時点で囲碁や将棋といった得意分野が決まっていて、他は普通の学生なのに囲碁だけは「時間を忘れて夢中になる不思議な趣味」になる。


 囲碁に出会わず寿命を終える人もいれば、小学生の頃に偶然親から教わって目覚める人もいる、さらに両親が野球選手で最初から野球の英才教育を受ける人もいる。

 残念ながらDNAレベルでは運動特性が他より良い位で特化はしていない。0.00001%位の「野球トロフィー抱えた意識体」が赤子に入ってくれれば、親子代々のプロ級選手となったりする。



 マッチョ夫婦の息子が自然にマッチョにはならない



 だが、寄生した意識体がマッチョ関連を望むなら子供は自然と興味を持つだろう



 蛙の子は蛙という言葉は、いつか意味が変わるかもしれない。



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