16-15. 離蝶屋の高橋裕也、異世界のおくりびとの稼業を継ぐ。死んだ魂が蝶のように観測できるよう進化した異世界住人は、死蝶を恐れ焼いた。前世のように亡き人の魂として弔うのは悪い事なのかよ!国王様!
16-15. 離蝶屋の高橋裕也、異世界のおくりびとの稼業を継ぐ。死んだ魂が蝶のように観測できるよう進化した異世界住人は、死蝶を恐れ焼いた。前世のように亡き人の魂として弔うのは悪い事なのかよ!国王様!
あらすじ: 高橋家の次男、高橋裕也は葬式屋を継いでいた。長男の勇樹は海外で結婚し、帰化して戻ってこなくなった。稼業を継いだ裕也は霊柩車に轢かれ死んでしまう。転生した異世界では、魔法が使え、人の魂が蝶となって見えるように進化した人類だった。裕也は前世の職業だった葬式屋を思い出し、離蝶屋の仕事を始める。死蝶は触れられず、49日後に消滅する。彼がこの異世界に来るまでは、恐怖の対象として蝶ごと火葬して厄払いをしていた。彼は既存の文化に反し、蝶は亡くなった人の魂と記憶であり、残った家族と共に49日間の供養するようになる。偶然王朝に目を付けられ、亡くなった女王を弔う。長女のメアリーは、裕也の優しさに触れ、元気を取り戻す。
オチ: 国王の長女と1年後に結婚する。2年後、裕也は謎の病気で倒れる。蝶に近づくことは、寿命を削る事だったのだ。放射能のように、一度触れたら回復はできず、ついに3か月後に亡くなる。国王は彼の功績をたたえ、異世界から来たおくりびと「ゆうや」として歴史を書物に刻んだ。
気づいた人はいるだろうか?
安堂維子里さんの、特蝶、バタフライ・ストレージの世界感をほぼそのまま持ってきている。
満喫で初めて読んだとき、物凄い共感を得た。自分が夢や直感で描かれた死生観に非常に近かったのだ。アクションも多くて面白いので、是非読んでみてほしい。
離蝶《リムーヴヴァタフリィ》という言葉はgoogle検索しても出てこない、完全な造語である。
人が死を迎え、90秒後に肉体から抜けて軽くなる現象を「離蝶:Richou」と定義した。
人の魂は21グラムと調べると出るが、これは昔の医師が結核で亡くなった5人の重量を比較して出した資料である。これが正確な結果かどうかは別として、霊魂学の存在が認められた後は、再びこのような魂の身体的実験は増えるであろう。
中二病のようにルビをふってもよい。とにかく、妄想と直感で超常現象の名前を大量に作る事である。
それが将来、霊魂学の発展と日本の復活につながると確信している。霊魂学が認められる20年後に、「20年前にすでになろう小説で幾多の似た事象とワードが残っている嘘だろぉ!?」と。
前にも書いたが、日本は得意分野で勝負すればよい。人海戦術と早さは中国、IT技術とハードとソフトはアメリカに任せて、出口戦略とエロ変態は我々が引き受けよう。
モノのソフト、ITのハードは実験や研究、資金力によって発展する。しかし、超常現象のソウルだけは、直感と仮説と奇跡の暴力でしか発展しない。
何故なら観測できないから。観測出来て再現できる前提の科学や物理学とは別次元だからである。さっさとカントの呪いを解き、学問の拡張をして、我々が死ぬ前にステータスオープンを見せてほしい。
特蝶の世界感にある蝶の仕組みを自分なりに解釈してみた。
人が死ぬと、魂の記憶として体から蝶が飛び立つ。蝶は49日になると自然と消滅するが、それまでは焼いても刻んでも復活する。国家は国民の蝶を凍結して一括管理し、年に数回家族が望めば数分対話できる。
蝶を束縛させまいと自由に解放する組織や、散る美しさに魅了された金持ち向けに売りさばくブローカーが暗躍する。
特蝶は、そういった国に蝶を預けずに私利私欲のために売買するブローカーを捕まえる政府の機関である。
正直言って面白い。日本でも49日は仏教用語で死後から次の生を受けるまでの期間と言われている。
アカシックレコードなどの海外のスピリチュアルについても、7つのオーラを7日で抜けきるから49日と言っていて、霊界における一つの単位として認知されている。
自分は、死んで肉体から抜けたら60年以上先の血族に行く魂と、未来過去400年以上離れて飛んでく魂に分離してその先々で結合して人として生まれると考えている。
魂自体は当然観測できないし、漫画のように蝶として見えて掴んだりケースに入れることはできない。だが、その死生観が漫画やアニメで広まるのを見ると、自分はワクワクする。
それが確かな正解とは言えない。だが、なろう好きの若者が直感や妄想で書き出した大量の死生観を束ねれば、それが40年後の研究資料として役に立つ。
小説家になろうのサイト自体が40年先でも残っているとは限らないから、実際は霊魂学研究者や霊魂ビジネス企業が、小説投稿サイトから抽出してデータ化してバックアップするのだろう。
自分は既に、中学校に書いた中二本で穴に入りたくなった経験がある。恐らく、ここに残したことの大半も30年後に消したくなる過去になるだろう。
前世が「直感を見えるところに残せ」としつこく言ってきたから、信じよう。
なろう小説を読んでる人、書いている人へ。
既存の死生観にとらわれず、自由に妄想して書き残して欲しい。
 




