一話
ちまちま投稿していきます。
長く地を領していた冬が老いて、どこからともなく春の息吹が漂ってくる季節。
新年度から晴れて魔法科高校生になる俺は、校舎に隣接する寮に入ることになっていた。
そして今日は、記念すべき入寮日だ。
入学式の前日とあって色々と忙しい日ではあるのだが、俺の心はぴょんぴょん跳ね上がっていた。
というのも、俺はこれまでの人生で〝学校〟というものに通ったことがない。
一般的な家庭に産まれた子供達からすれば、学校に通うことは日常であり、義務でもあるだろう。
が、俺にとっての日常とは与えられた任務を只管に遂行することだった。
俺は扱う魔法の特性から任務は常に単独で行うように言われていたから、いつも独りで戦地に赴いていた。
作業ゲームのように任務をこなし、上層部に報告を入れる。
そして帰宅後、独りシャワーを浴び、独りベッドで就寝する。
こんな毎日を延々と過ごしていたある日、俺はあることに気付いてしまったのだ。
ぼっちは辛い!
ということに。
よくよく考えれば、俺の周囲には立派な大人しかいない。
当然、話が噛み合わないのはもちろんのこと、俺は何処か彼等に遠慮している部分があったのも事実だ。
自分でも、その事には薄々気付いていた。
壁を作るまいと努力もした。
だけど、無理だった。
どう足掻いても、壁を感じてしまう。
壁の向こう側には沢山の人間がいる。
が、こちら側にいるのは俺一人のみ。
この壁だけは乗り越られなかった。
俺にとってはそれだけ、年齢という壁は大きかったのだ。
だから、探しにきたのだ。
この都市に。
友達という、同年代の存在を求めて。
馬鹿みたいな話だろう?
俺もそう思う。
だが、それほどまでに俺の本能は衰弱しきっていたのだ。
理性では何とでも言える。
が、本能はどこまでも正直者だった。
怖い。
辛い。
寂しい。
などなど、ダムが決壊したかのように本能が抱え込んでいた気持ちが溢れてきたわけだ。
それもまあ、当然のことだと思った。
物心つき始めた頃から戦地に赴き、殺戮を繰り返すことがどれだけ精神的な負担になっていたことか。
普通の子供ならとっくの昔に精神崩壊を起こしている。
が、俺は強靭な精神力を持ってしてその負担に耐え続けた。
結果、俺の心は変な方向にねじ曲がってしまい、精神崩壊を起こさなかった代わりに、とある欲求を生みだしてしまった。
それが、
友達欲。
だったのだ。
性欲、食欲、睡眠欲という人間の三大欲求に突如として割り込んできたこの欲求は、俺の任務に支障をきたすほどにまで暴走していた。
三大欲求は解消しようと思えば、いつでもできる。
が、友達欲はそうはいかない。
なんせ、友達が出来ない限り欲求不満は解消されないからな。
そして、この欲求が現れてからというもの、俺の魔法制御能力は著しく低下し始め、しまいには山脈一つを消し飛ばしてしまうという過誤を起こすまでになってしまった。
それを見かねた上司の一人が俺の相談に乗り、結果としてこの学園都市に飛ばされることになったのだ。
という風な経緯で、俺の心はぴょんぴょんしているのだ。
対魔獣学園都市。
それがこの都市の名前だ。
直径数百キロメートルに渡り張り巡らされている対魔獣結界に守護されているこの都市は、対魔獣戦線の本拠地であり、避難地でもある。
そのため、魔獣に故郷を追われた避難民が昼夜を問わず、この都市に足を踏み入れているそうだ。
ふと、地面に視線を落とす。
アスファルト舗装が施された道路。
その幅は広く、それに並行するように歩道が走っている。
その左右には整然としている建物群。
ゴミ一つ落ちていない清潔感溢れる街並み。
そして、失われつつある自然を取り入れた都市設計。
どこをとっても美しいと言わざるを得ない景観だ。
俺はそんな都市に徒歩でやってきた。
車の免許も無ければ、金もない。
かといって、あの上司に助けを乞うのは気が引けた。
ダル絡みされるのも目に見えているし。
幸いにも、この景観は見てて飽きないものなので特に退屈するような事はない。
そうこうしている内に、俺の住まう予定の寮が見えて来た。
汚れ一つ見当たらない純白の壁。
五階建て。
ベランダには風に揺れる洗濯物がちらほら。
その奥には個性溢れる多様な種類のカーテン群が顔を覗かせている。
この五階が俺の部屋だ。
荷物は業者に頼んで既に部屋に運んでもらっている。
後は部屋で家具等を整理すれば終わりだ。
その後は、偵察も兼ねて街中に足を運んでみようと思う。
特段、急ぎの用がある訳でもないし。
ちょっとだけ楽しみにしていることは秘密だ。
俺は沸き立つ心を抑えつつ、そっと寮に足を踏み入れる。
するとそこには、寮監のような出立ちの女性が一人。
俺の姿を確認すると此方に歩み寄ってくる。
中々の美人だ。
「新入生の方ですか?」
「はい」
「氏名と学科、部屋番号を教えてください」
「神代咲夜です。学科は魔法科で、部屋番号は510です」
そう告げると、女性の目が僅かに鈍く光る。
……生体認証魔法、か。
それに無詠唱は当たり前といったあの表情。
なるほど、かなりの使い手と見た。
「……確認しました。ふむ、丁度ルームメイトの方もいらしていますので相性の確認の兼ねて、一度顔合わせをしてみては?」
ん?
ルームメイト?
一緒に暮らす人間ってことか?
え、寮って一人部屋じゃないのか。
二人部屋なんて今初めて聞いたんだけど。
というか、相性ってなんだよ。
相性が悪かったら交換でもしてくれるのか?
「え、えっと? ルームメイトがいらっしゃるんですか……?」
「……? いらっしゃいますよ」
さっきそう言っただろ、と言わんばかりの表情を浮かべる女性。
完全に困惑している顔だ。
いや、俺の方が困惑してるんだけど。
うーん、と唸りながらどう質問したものかと悩む。
その時、背後から此方に近づく生体反応が二つ。
瞬間、弾かれるようにして生体認証魔法を発動。
追うようにして俺の瞳が鈍い光を放つ。
が、振り返ることはせずに波長のみで分析を始める。
この体型……男で間違いない。
身長の高い方の背中には剣、か。
で、もう一方は魔法杖を忍ばせているな。
俺に対する敵意は無し、っと。
そこまで分析すると、魔法を解除した。
そして漸く、後ろに振り返る。
そこには分析通りの男達がいた。
が、気になる点が一つ。
制服が真新しい。
……ああ、同じ新入生ね。
頭をぼりぼりと掻く。
流石に警戒しすぎ、か。
この癖は直さないと今後に支障をきたすかもな。
「すいませーん、入寮の手続きに来たんですけど……」
身長の低い男子生徒が片手を挙げながらそう言った。
どこか不安そうな面持ちである。
一方の剣を引っ提げた方は、めんどくさそうに足を鳴らしていた。
早く手続きを終わらせろ、と目で訴えかけているようだ。
どんだけせっかちなんだよ。
まだ入ってから一分も経ってないぞ。
「新入生の方ですか、すぐに対応します……神代さん、何か分からないことがあれば寮監室を訪ねてくださいね」
寮監は俺にそう耳打ちすると、そそくさと行ってしまった。
まだ聞きたいことがあったんだけどな。
まあ、いいか。
エントランスに一人取り残された俺は、取り敢えず部屋に向かうことにした。
緩慢な動きで、丁度一階に降りてきていたエレベーターに乗り込む。
そして、壁からぽっこり浮き出ている五階のボタンを押して暫くの間ぼーっとしていると、到着を示す音が聞こえると同時に浮遊感に襲われた。
その苦手な感覚に辟易しつつ、のらりくらりと扉を抜ける。
五階って意外と高いよな。
下から見た時はそんなに高く感じなかったんだけど。
まあ、景色も良いし空気も心なしか美味しい気がするから好きだけど。
ふと眩しさを感じて視線を外にやると、燦々と煌めく太陽が顔を覗かせていた。
その下方には白で塗り固められた建物が点在しているのが見える。
あれは、明日から俺達が通うことになる学校だ。
それが陽光を地味に反射して目が痛い。
もう少し配色に配慮をして欲しいものだ。
それを避けるように視線を廊下に戻す。
そこには直線上に等間隔で並ぶ、一、ニ、三……計十個の扉。
手前側が501号室になっている。
となると、510号室は一番奥か。
よし、個人的には当たり部屋だ。
小さくガッツポーズをすると、歩を進める。
廊下には俺の靴音だけが寂しそうに木霊していた。
それで、どこか当たりなのかと言うと単純に窓が多い。
日差しがより多く差し込むのは勿論のこと、昼間は電気代を節約できる。
ケチくさいって?
そりゃケチにもなるわ。
なんせ、俺が誤って消し飛ばした山脈って魔鉱石ががっぽがっぽ取れる山脈だったんだと。
当然、めちゃくちゃ叱られたし、かなりの借金も負ってしまった。
まあ、これまで積み重ねてきた功績で殆ど免除になったんだけれども。
てなわけで、借金完済のためにルームメイトとやらがどうこう言おうが、俺の節電戦略に異議申し立ては認めない。
ちなみに、それプラス俺の友達になって貰うつもりだ。
さっきから友達欲がうるさくてね。
友達を作れ、と俺の心中で叫びまわっているところだ。
性欲より厄介だな、これ。
重いため息を吐くと、部屋の前に立つ。
すると、扉が半開きになっていることに気付いた。
恐らくルームメイトがいるのだろう。
そう思って、ドアノブを捻り部屋に入った。
瞬間。
悍しい程の殺気が、
「――――――ッ!?」
反射的に体を退け反らせる。
頬を掠めて扉に突き刺さったのは、
包、丁……?
つぅっと一筋の血が俺の頬を伝う。
殺気は未だ健在。
次いで、
――チャキンッッ――
と抜刀する音。
そして、
神速で迫り来る殺意の塊。
視線の先にいたのは、
蒼い瞳に殺気を滲ませた、少女。
彼女の目は――――
――本気だった。
「侵入者は――――
「ちょ、まっ――
――――極刑ですッ!」
――ッ、【加重】ッッ!」
高速詠唱完了――。
刹那。
空中に漆黒の魔法陣が現出。
そして、
上段から放たれた必殺の一撃が、
俺に迫る。
が、
――超重力空間生成完了。
俺の方が速い。
「――――ッ、がッ、はッッ!?」
――ガシャァァアンッッ!――
目と鼻の先まで迫る刀は床に叩き付けられ、
少女も又、床に這いつくばっていた。
まるで、重力に押し潰されたかのように。
「な、何をしたの、ですかッ。まさか、侵入、者如きに遅れ、をとる、とはッ……!」
溢れんばかりの、憎悪。
いや、違う。
これは、
嘆き、か。
そんなことよりも、
釈明。
「いや、俺、ここの住民だから」
沈黙。
そして、
「……………………は、い?」
困惑。
失笑が漏れる。
指を鳴らして魔法を解除する。
と、空気が弛緩を始める。
殺気は既に霧散していた。
やっぱり、そういうことか。
超重力から解放された少女は徐に顔を上げる。
と、俺を睨みつける。
「し、証拠を提示してください。出来なければ潰します」
少女は身体を起こしながら、そう言った。
視線は床に落ちたまま。
影が差している、ような?
表情は上手く見えない。
が、恥辱と悔恨が織り混ざっているようにも感じられる。
……仕方ない。
「証拠、ねえ……ってか、潰すってなんだよ。あ、ほらこれ、学生証」
ポケットを弄り、一枚のカードを取り出すと少女に投げ渡した。
ひゅるひゅると回転する学生証。
そのまま一直線に滑空を決め、少女の額に激突。
あうっ、と可愛らしい声が聞こえてくる。
恐らく、超重力の影響が抜けきれていないのだろう。
「も、物を投げ渡さないでください。まったく、常識の欠片もありませんね」
「あんたにだけは言われたくない」
初対面で躊躇無く包丁を投擲し、刀で両断しようとするなど言語道断だ。
俺以外の人間なら確実に死んでいる。
これのどこに常識が備わっていると言うのか。
常識の『じ』の字すらお見えにならなかったぞ。
まったく、親の顔が見てみたい……
って、ちょっと待てよ。
「なあ、あんたって女、だよな?」
「唐突になんですか、どこからどう見ても女でしょう」
いつの間に拾い上げたのか、俺の学生証に目を落としている少女は訝しげな声音を上げる。
まあ、そうだよな。
栗色のストレートヘアー。
柳眉。
碧眼。
スッと筋の通った鼻。
今にも溶けそうな頬。
妙に生々しい唇。
単純に、美しいと思った。
この美貌はそうそうお目にかかれるものではない。
いや、一つ訂正。
暴力を振るうから美貌じゃなくて、美暴だ――。
「――ッ!?」
風が吹いた。
学生証だ。
俺の学生証が扉に突き刺さっている。
恐る恐る学生証が飛んできた方向へと視線をスライドする。
そこには案の定、ジト目で俺をみる少女がいた。
その表情にはもう、影は差していない。
……なるほど、ね。
「今、失礼なことを考えていませんでしたか」
「いえそんなことは全く」
「ならいいです。学生証、お返しします」
今ので返却したつもりだったのか。
思いっきり殺意を感じたのは俺の気のせいか?
「もっと穏便に返せないの?」
「何か文句でも?」
ギロリ、と俺を睨む。
おお、怖い。
「……で、どうだった? 俺の潔白は証明されたのか?」
「神代咲夜さん。魔法科所属で、部屋番号は510。確かに侵入者では無かったです。謝罪します」
そう言って、少女は形式的に頭を下げた。
まったく悪びれた様子がない。
まあ、気にしてないからいいんだけど。
「じゃあなんだ、あれか、あんたがルームメイトなのか?」
「不本意ながら、そのようです」
不愉快さをできるだけ表したいとでも努めているような表情を浮かべる少女。
それを見た俺は苦笑を漏らす。
こうも明け透けだと怒りすら湧いてこない。
「男女でシェアハウスとか正気の沙汰じゃないな。色々と問題が起こってからじゃ遅いだろうに」
「問題になることをするつもりなのですか? 潰しますよ?」
と、少女は先程とは打って変わって怜悧な笑みを浮かべると、手をわきわきさせる。
「いやしないけど! てか、その何かを潰すジェスチャーやめてくれない? 実感がこもってて怖いんだけど」
これは、何人か殺ってるな。
迂闊に手を出すと子孫繁栄の道が断たれかねない。
気を付けよう。
そういや、この子の名前聞いてなかったな。
「あんた名前は?」
「そういえば、教えていませんでしたね。私は月嶋美影です。これからよろしくお願いしますね、神代さん?」
少女は笑みを浮かべる。
それは、作り笑いのようで機械的な笑顔だった。
何も感情の籠もっていない空っぽの笑み。
その笑顔を目の当たりにした俺は、何故か寒気を感じて視線を逸らした。
「ああ、うん……よろしく」
こうして、怒涛の展開を迎えた俺と少女のルームシェア生活が始まったのだった。
< to be continued >
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