エマージェンス キャンサー
「回収班との通信が断絶した位置に到着した。これは......何だ?」
『どうした。そこに何がある?』
そこは地獄と形容して差し支えない状況だった。
足の踏み場にするのを憚れる程に一面に散乱した内臓。無残に引きちぎられ繋がるピースの見つからない手足。まるで大型の肉食獣の襲撃にあったかの様な惨事だった。
「回収班は壊滅......。生存者は......恐らく居ない。」
顔を顰めながら残骸を確認する隊長の横で、僕はむせ返る程の臭気にえづきながら立ち尽くす事しか出来なかった。
艶めかしく撒き散らされた同胞の腹からの残滓は酷くくすみながらも、じわじわと目に、鼻腔に、脳裏に、強く焼き付いていた。
「サンプルは無事に届くだろうか?」
五年前に日本に落ちた隕石。それは首都を悉く破壊し日本の機能を停止させた。クレーターは本州を丁度分断する規模まで及び、その内部は謎の毒素が充満し電磁波が発生していた。それによってクレーター内には人が侵入できず、電波を用いた通信手段も不可能だった。その中で国家の中枢を失った日本は、諸外国の補助で辛うじて運営を続けていた。倫理的な観点から人間を中に送る事は許されず膠着状態が続いたが、ついにクレーターを探査させるロボットが完成し、それを放った。
汚染された外装を脱皮する。周囲の資源を回収して自己の内部に新たな躯体を構築するロボット。
『モルター』
回収した資源の除染と分解機能、自己を再構築する三Dプリンタ、汎用性が高く合理的な判断を下す自律型の頭脳中枢、その全てが世界の最前線をゆく叡智の結晶であり、その全てがブラックボックス……未公開技術であった。
とうとう今日、モルターが収集したデータを持って帰って来る。世界はついに、未踏の地の情報を得るのだ。
モルターを開発した企業、『ゾエア』。壊滅したと言える日本で唯一の国営企業であり、あらゆる国家の技術者との繋がりを持つ。僕、輪辺 羽浪はそこに就職して一年目になる。僕は隕石によって家族を失った。直接巻き込まれた訳ではない。まだ放射線などの危険が判明して居ない時期に両親が被災地へ救助に行ったのだ。二人は帰ってから一月程度で亡くなった。両親が死んだ原因を突き止めたかった、新たな犠牲者が出ないように危険を解明したかった、ただそれだけでゾエアに入った。しかし、何も出来なかった。僕が研修をしている間にモルターは完成した。実験中に死者が出たなんて騒ぎを、対岸の火事の様に眺める日々のまま全てが終わり、それから一年間、ずっとクレーターとは直接関わりのない研究ばかりをしてきた。だが今日、僕はデータ回収のバックアップに加えられた。遂にクレーターに関わるプロジェクトに参加出来るのだ。
『やっほー!聞こえるかい?』
画面の先から絵新善乃先輩の声がする。彼女はモルターの開発に携わった人物の一人であり、この一年間僕の教育係を兼ねてずっと助けてくれた人だ。
『モルター回収班はこれから帰還推定時間の四十八時間を此処で待機する。吉報を待っててね!』
彼女は回収班のリーダーとして帰ってくるモルターを迎えに行っていた。実のところ、モルターが帰って来るのかは不明だった。モルターは破損や周囲の環境の不適合を検知した場合、躯体の内部に新たな躯体を構築し、まるで脱皮するかのように再生、適応する。重汚染区域から軽汚染区域への移動時にも脱皮を行い汚染を広げない。クレーターでの長期活動を余儀なくされる為に必要だった最も画期的なシステムだ。しかし、異常検知システムの裁量を超えた出来事が起こらないとも限らない。システムそのものにバグがある恐れもある。一応、定義していない異常……シグネチャ外の出来事が起きた場合は直ぐに帰還する様に設定してあるそうだが、探索上限として設定した一年が経つまで何の音沙汰もなかった。つまり、クレーター内で既に再起不能な程に破損している可能性も十分にあった。だから、皆は無事を願っていた。
誰かが息を呑む音が聞こえた。
『やったぞ......!モルターが帰って来た‼︎』
漏らした歓声が聞こえた直後、通信が途絶えた。
かつて人だったカーペットを掻き分けながら必死に面影を探していた。見つからない方が良かった。善乃先輩が死んでいないという仮定を立ててよい根拠を手に入れる事を一番に思っていた。眼前に広がる光景は余りにもこれまで過ごして来た世界と違い過ぎて、自分がそこに存在している実感が全く湧いてこない。先輩は優しい人だった。今はもういない娘をとても愛していた。まるで息子の様に僕を育ててくれた。家族そのものだった。自分の体を遠隔操作しているに等しい感覚は、ブチブチと千切れる肉と骨の触感を薄めてくれた為にむしろ良かったのかもしれない。明らかに触感の違う物に手に触れた瞬間にそれの周りにあるものが誰だったのか気付いた。正気だったなら狂っていただろう。
「……サンプル。有りました……。」
五臓六腑が染み渡っていた土地に落ちていた唯一の無機物。それ以外のモノは何も見ていない。
『…………。了解した。引き続き周囲の調査を行なってくれ。』
通信越しであっても、本部の重い空気は伝わって来る。事態は最悪だった。
「隊長。襲撃者は一体…」
隊長の方を向こうと辺りを見渡すと、いつのまにか誰も居なくなっていた。“回収班の”回収班は十名。敵性存在を考慮して完全武装していた。それが、音も無く蒸発した。いや、木を隠すなら森の中。この景色の中では九人分の量が増えたところで気付きようが無い。
「⁉︎……。」
静寂の中、突然体が崩れ落ちる。
このままじゃ内臓の山に顔面からダイv……。
虚を突く襲撃に、的外れな事を思いながら地面に顔を打ち付ける。皆の仲間入りをした後で、胴体を分断されたことに気付いた。本格的に痛みを感じる以前に、意識は力無く消えようとしている。
「回収した……データは……。」
先輩が命を賭して回収したデータ。それにそれだけの価値があったのかを確認したかった。
『どうして わたしだけ』
その意味を理解する間もなく、意識は奪い去られた。
そういえば先輩は誰かと文通をしていたっけ。
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『エリア5-4にモルター多数。やれ。ハナミ。』
あの事件から状況は大きく移り変わっていた。突如クレーター内から大量に出現したモルターによる襲撃で本州は壊滅状態になっていた。ゾエアもたった一人を除いて壊滅。現在はゾエアと繋がりのあった技術者達の協力で『メガロパ』となって再編された。メガロパの理念は本州の奪還、クレーター内にある最初のモルターの破壊。実働部隊は一人、ゾエア唯一の生き残り……僕だ。
直方体から脚の生えたゲジゲジの様な金属塊が襲いかかる。一体一体の強さは大した事が無いが、時には百あまりの個体が押し寄せることもある為に油断は出来ない。
「チッ……!」
手に持った槍を薙ぎ払い表面をなぞる様に両断する。戦闘も随分手慣れた様で、手応えもなく二つになったモルターはもがきながら次第に動きを止めていった。クレーター由来の汚染物質を多分に含有した躯体は非常に処分に困る代物に他ならなず、それの処理をする事は自殺行為にも等しいものだった。瓦礫が邪魔で他の個体がどこに潜んでいるのか分からない。次の対象を探して場所を移動する。
あの日から僕達の希望であった単語は憎むべき敵の名前へと変わった。ゾエアはまるで戦犯のようになじられ、僕は人権を失った。クレーターからの毒素は雨に混ざり空を越え、世界は近いうちに通信手段と安全を失う事になる。
残された安寧という僅かな足場の上で、誰もが酷く焦っていた。
「何て物を作り出してくれたんだお前らは……‼︎」
目覚めて最初に認識したものは罵声だった。起き上がろうにも体の感覚が無い。喋る事も出来ない。僕は身動き一つ取れないまま、言葉の刃を受け続けた。
「まあその辺にしておきなさいな。彼に説明するべき事はもっと他にあるだろう。」
怒鳴りつづける男を別の男が止めに入った。
タール アスパルテーム。ゾエアに技術提供をしていた者の一人だった。
「ハナミ君。目が覚めてばかりの君には気の毒だが単刀直入に言わせてもらうよ。」
タールは優しそうな声音で話しているが、決して目は笑っていない。
「君達の作ったモルターが暴走した。攻撃性のあるクローンを大量に生み出して人を捕食している。それらの侵攻によって汚染域も拡大した。
......これは、君達ゾエアの責任だ。」
それを聞いても何も思わなかった。あの時の感覚が未だに続いているようで心と体が繋がっていない。
「モルターのクローン……今後は全てモルターと言うが、奴らは姿を少しずつ変えている。現状では陸路しか使えないがいずれ海路や空路を使えるように進化するかもしれない。……つまり、時間がないんだ。」
時間がない……ゾエアに入社したときにも聞いた言葉だった。汚染という単語がモルターに置換されただけだった。
「君にはモルターを開発した責任がある。」
『私達には、日本を守る責任がある。』……善乃先輩の言葉を思い出した。
「心苦しいが、君にクレーター内にいる最初のモルターを破壊してもらう事になった。煩い人権団体がそれ以外を許容してくれなかったんでね。」
全く申し訳なくは思っていない態度でタールは言った。結局のところ先輩達の努力は事態を悪化させただけだった。もしかしたら先輩達を煽ったのもコイツらなのかもしれない。自国に被害が広がる前に事態を収めようと無理を強いて、失敗した責任は此方に取らせる。実に能天気で文字通り無責任だ。此方の気は知らずにタールは話を続ける。
「既に君を動ける様にする手術の準備は出来ている。君の所属は我々メガロパに移された。」
ゾエアに残っていた技術を使うから運動能力は保証する、と付け加えながら最後にいやらしくこう言った。
「君が世界の希望だ!平和の為に頑張ろうじゃないか!」
反吐を吐きかけてやりたいくらいだった。
術後、体の自由を取り戻した僕は納得していた。人権団体が首を縦に振った理由が分かった。ゾエア所属という加害者だからでない。そもそも人間じゃなくなったからだ。
僕の体は七割近くが機械に置換されていた。四捨五入すれば十だ。これを人間と呼ぶのは憚られる。
「さて、病み上がりで申し訳ないがすぐに出てもらおう。君の体は機械化した部分はクレーター内でも問題なく活動出来る様になってるいるがその他の部分は毒素に耐えられない。だから、そこにだけ外装を付けてもらう。」
まるで機械の部分が本体の様な言い回しをするタールに多少の苛立ちを覚えながら僕は指示通りに準備を始める。生身の部分にアーマーを取り付け終わるとタールが先に丸い物…カバーのついた棒を渡して来た。
「おっと、ここでロックを外さないでくれたまえ。君と善乃に任せた研究の成果を少し使わせて貰った武器だ。突貫だった為にあまり量が用意出来ずこんな形だが。」
僕達が最期に研究していたのは毒素の結晶だった。普段は透明な石の見た目をしているが、少量でも電気を流すと電磁波を放ちながら発熱し琥珀色になる。僅かな電気でも超高熱になる為に有用だと思っていたが、まさか危険性の面を解決する前に実用化するとは思っていなかった。
「開発コードは『アンバーブレイド』だったが、見ての通りそのカバー内までしか刃が用意出来ていない。歪な形だから、『アンバランス』なんてどうかな?」
小馬鹿にした態度で自分の仕事は終わったとばかりに背を向ける。
「オペレーターはこの枯尾羽奈君に任せている。では、後は任せたぞ。」
そう言ってふらふらと歩いてくる一人の少女と入れ違いにタールは去って行った。僕とその少女が二人残される。
「………………。」
歳は十代後半くらい、キツイ目をした少女だった。よく見ると片脚が義肢で、それ故に歩みがぎこちなかった様だ。だった。ヨロヨロと歩み寄る少女は僕の目の前で止まり、右腕を鞭の様にしならせて殴って来た。突然の攻撃に為すすべもなく受け転倒する。少女は右腕も義肢だった。
「アタシの家族は、みんなアンタの作ったモルターに殺された……‼︎」
義肢をギシギシと軋ませながら、少女は馬乗りになって殴りかかってくる。外装のお陰で痛みは全くないが、僅かばかりの心は激痛を訴えていた。最悪の気分だな。これは。
『いた……!そこから南に三百mのビルの残骸の影。』
羽奈の指示に従ってモルターを追う。人道的配慮で人の進入を禁止した土地を僕は一人で駆けてゆく。
どうしてこうなってしまったのか。いつから僕は人間じゃなくなってしまったのか。
他人を自分と同じ人間だと思う。それは感情移入が出来るか田舎が基準なのだろう。自分がされたくない事は他人にもされたくないからしない。自分がされたいことは他人にもして欲しいからする。されたくない事をする様な奴には罰を与えて灸を据える。では、極刑という自分がされたくない事の最大限を重犯罪者に与えられるのは、それが既に自分と同じ人間だとは思えないからなのだろうか……?
自分と同じ体をしていれば、感覚も自分と同じだと思える。痛い、美味しい、煩い、心地良い、怖い、嬉しい、悲しい。自分と違う体をしているならば、それらの感覚はないかもしれない。
ゾエア所属と機械の体、たったそれだけで人間扱いをされなくなるというのは理不尽としか思えなかったが、現にこうして僕だけが此処に送り込まれた。もっと人数を増やした方が効率的なのは明らかなのに、まるで“僕”と“人間”を明確に分けるという作為の元に作戦が決まっている。一度必要悪として定義した事実を更新されない様に、僕を絶対に人間として見ない者達で僕を象っている。
人間らしく人を救いたいと思い、行動し、末路がこれだ。最後に僕を人間扱いしてくれたのは善乃先輩だった。そして、その先輩ももういない。今この地球上に僕を人間として認識してくれる人は一人も居ない。琥珀色に光る刃を視界の隅に納めながら、善乃先輩をの事を思い出していた。
……先輩はこの琥珀色の光を娘に見せたがっていたっけ。
既に叶わぬ願いだったが、それでも先輩は絶望せずに世界に希望を持ち続けていた。先輩が大切に思っていた世界を守る。例え人間扱いをされなかったとしても、人間の為ではなく先輩の為に僕は動く。それが、最期に僕をヒトとして見てくれた人への恩返しだ。
『ハナミ‼︎ 西の地中からモルターが出現……!個体数は計測不能、二百は確実に超えてる……‼︎』
焦った声音の羽奈によって現実に引き戻される。内容は絶望的だった。近接攻撃しか備えていないモルターとはいえ流石に二十を超えた時点で僕の手に余る。飛行能力や遊泳能力を備える事を危惧するあまり掘削能力は予測していなかった。自国に押し寄せる事を恐れるお上がそれなら笑い話だったが、現場の僕が見落としていたので笑えない。最早人間に感情移入をする事をやめていたあたり、僕自身が自分を人間だと思っていなかったらしい。
『逃げて……‼︎』
「言われなくとも……!」
流石にこの段階で僕を損失するのが不都合なのは分かっている様だ。家族の仇を討ち死にさせられないのはどんな気分なのだろうか? ......少なくとも、お前達の指示で死ぬのだけは御免だね。
パニックホラー映画も真っ青な程に湧き出るモルターを避けながら密度の低い場所を潜り抜ける。袋小路を塗り潰された迷路を通って行く様で、此方の意思でルートを決定する事が出来ない。誘導されている事に気が付いたのは、通信が遮断される程に毒素が濃くなってきた辺りだった。
「邪魔だっ……!」
飛び掛かってきたモルターをアンバランスで叩き落す。次から次へと鬱陶しい。刃渡りが短すぎる為にほぼ鈍器のそれとして活用されていたその槍は、長所である筈の発熱を切って棒高跳びの棒として使った方がまだ幾許か有用そうであった。思い立ったが吉日、不言実行で瓦礫を飛び越す。やはりモルターとやりあうよりも此方の方が楽だった。
「……⁉︎」
後ろから追ってくるモルターを確認しようと、今まさに飛び越えた瓦礫を確認した僕は呆気にとられた。瓦礫は『モルター』だった。そこらに蔓延るモルターではなく。
「オリジナルの……脱皮殻……⁉︎」
近くに全ての元凶がいる……瓦礫だらけの景観で自分が何処にいるのか分かっていなかったが、どうやら此処はクレーターの内部らしい。辺りを見回すと、追ってきた奴らとは明らかに違う形状の個体がちらほらいる。それらは明らかに良い素材を使用して作られており、何かを守っているという事が一目で分かった。僕の身体はモルター同様に毒素をエネルギーに変換する方式をとっている。よって、基本的にクレーター内ではスタミナ切れを起こす事はない。
......そろそろ役目を終えても良い筈だ。討ち死にであれ、罪の清算であれ。なんでも良い。僕はもう疲れた。自分のジン生に見切りをつけた僕はモルターエリートとでも呼ぶべき個体の固まっている場所を目指す事にする。
果たしてそれは直ぐに見つかった。それまで所狭しと溢れ返っていた瓦礫は全く見えず、代わりにモルターと同じ装甲で舗装された地面が広がっている。その中央にトラック程の大型の四角い箱の様な躯体......最初のモルターだ。隕石らしきものは影も形もない。恐らく全てモルターの材料になったか。アンバランスの発熱をonにして十数秒待つ。琥珀色に光り出した刃を確認し、声なくモルターへ駆けた。全てに終止符を打つ為に。
ハナミの反応消失後、メガロパは喧騒に包まれていた。ゾエアという駒を失っては、メガロパがクレーターを独占して探索する建前が無くなる。無責任な上層部は、自分達が開発した技術がモルターを経由して国外に流出するのを恐れるばかりで他国国連の干渉を妨げるだけ。ハナミの援護は全て私に任せられていた。あれはどんな理不尽な命令も聞き入れる。最初は憎悪から始まりそれは嫌悪に変わった。家族の仇は悪には見えなかった。ぶつけきれなかった恨みは不完全燃焼のまま蓄えるしかなく、いつしかあれが人に見えなくなった頃には、説明のつかない感情が胸にこびり付いていた。今、私は彼に何を思っているのだろう? 最も近い筈のニンゲン二つ分の気持ちすら理解出来ない。
オリジナルモルターはギいギィと床を削りながら踏み止まる。最初の個体であるからか、今までの個体とは明らかに動きが違う。自分の為に整えた地形を最大限に活用している。オリジナルにのみ搭載された成長する頭脳中枢によって、極限まで構築された戦闘理論なのだろう。対する此方は数ヶ月程度の付け焼き刃だ。本体である生身の体が邪魔に思える程によく動く機械の体であっても追いつける筈がない。さらに周囲のモルター達との連携がある。クレーター内では通信が出来ないのだから独自の技術を獲得しているのだろう。しか心では諦めているものの、体が戦闘を止めることは無かった。片隅に残る先輩との連帯感か、組み込まれたモルターを潰すプログラムか。何方でも良い。此処で…………終わらせる……………!
モルター達の合間を潜り抜ける様に突いた一閃が、オリジナルのモルターを貫いた。終わりだ。何もかも。そのまま薙ぎ払う事で地面に叩きつけられたモルターは孔から亀裂が広がりボロボロと砕けた。燃え尽きた僕は全身から力を抜く。死体に群がる虫の様に、周りのモルター達が遅いかかる。義腕を引き千切られた喪失感に浸りながら見た景色は、想定していたものを遥かに逸脱していた。
「内臓が、内蔵……?」普通機械には無いぞう⁉︎
オリジナルのモルターから垂れ下がる中身は明らかに生身のそれで、虚を突かれた僕はモルターの山から飛び退いた。動悸が治まらない。脳裏に染み付いたあの日が映る。
『イたィ……いタいよぉ……。』
幻聴だったのかも分からない悲痛な異音に身を震わす。みんな死んだ。一人残らずバラバラになった。バラバラになった。僕もその例外では無かった。めまぐるしくフラッシュバックする光景の中、オリジナルのモルターから何かがズルリと落ちた。それは十一かそこらの少女の形をしていた。酷く濁った目を向けながら、此方を指した。間髪入れずその少女の背中から生えた脊髄の様なアームが刺してくる。紙一重で回避したものの、全く状況が理解出来ない。クレーター内に人間がいる。それはあり得ない。じゃあアレは何だ。隕石からの謎生物、は突拍子が無さすぎる。モルターの三Dプリンタで構築されたもの、材料も設計図も溢れていた為にまだ現実的か。
モルターに使われた新技術は三つ。食う、作る、考える。瓦礫を再生利用する機能が人を捕食するに繋がり、新たな体を作る機能はクローンを大量に作り上げる結果となった。残るものは一つ、自立型の頭脳。オリジナルだけに生身のパーツ。機械の材料は瓦礫、生物の材料は生物。材料を食べる機能。…………。
「クソったれ‼︎」
想定していたよりもより嫌な事が思いついた僕は踵を返してその場を逃げ出した。どうやら少女は追って来れない様で周囲のモルターのみに専念出来る。片腕が無いせいでバランスが上手く取れないが、それでもただのモルターであれば対処は容易い。殲滅と逃走の難易度差を痛感しながらも、その余裕が、あの少女の姿を脳裏に染み付ける事を助長していた。
「ゾエアの……モルターの資料は何処にある……⁉︎」
メガロパに帰って来てすぐ、僕はタールを問い詰めた。除染をしてから入れだの喚くタールを他所に、資料があるらしい地下倉庫へと向かう。閉じたハッチを破壊しながら、邪魔するものを全て蹴散らして行く。どうせ消えると決めた身だ。途中何度も義肢を停止させる命令を送られた様だが、電磁波を遮断するクレーターの毒素に汚染された身には一切届かなかった。馬鹿め。地下倉庫の扉を刃渡りの短いアンバランスで何度も引っ掻く様に削る。此処まで追って来るものは居なかった。流石に汚染物質と閉所を共にする覚悟のある者は居ないらしい。ようやく扉を破壊し、中を見回す。モルター計画のデータを見つけ、近く画面に移し出す。パスワードは僕しか……ゾエア職員しか知らない。『人工知能について』というデータを見つけ、注意深く目を通す。そこには胸糞の悪い事実が書かれていた。
『結論から述べると、人工知能の開発は間に合わなかった。その為、モルターにはパイロットを搭載する事が決定した。
実験一[責任者:山田太郎]……失敗 [原因:生命維持装置の不完全性]
実験ニ[責任者:鈴木次郎]……失敗 [原因:人体を制御する命令との相違によって拒絶反応有り]
実験三[責任者:タールアスパルテーム]……成功 [研究員絵新善乃の新生児を使用 被験体はモルター用の生命維持装置を接続する事で生存していた 生後三日で不要部分を取り除きモルターへ移植 ]
失敗した実験は事故として処理された。完成した頭脳は栄養分を必要とする為、維持装置を改良。結果、一年半程度の活動が可能だと推測される。』
倫理だ何だと言いながら結局はこんなものだ。僕は激しい失望に包まれながらも何処か達観していた。
感情移入出来る者を同じ人間だと思うのなら、文化、法律、常識といったものを理解出来るまで精神が構築されているものでなければならない。つまり、物心のついていない人間には人権はないのだ。産まれる前の子供は中絶という形で殺す事が許されている。英語では赤子の代名詞は it だ。物扱いされている。
だがそんな事はどうでも良かった。僕はゾエアの、先輩の汚名を返上出来ればそれで良かったのだ。いや、それだって厳密には違う。僕は先輩に恩返しがしたい。それだけだ。モルターは、あの少女は、絵新善乃先輩の娘だった。あの時のめっさげの意味が分かった気がする。
じゃあ、どう動く?
「ハナミッ‼︎」
羽奈が入って来る。肩で息をする彼女に僕は全てを教える事にした。
「モルターの頭脳中枢には人間が使われている。」
「……⁉︎ ちょっと待って、急に何を……それよりどうしてこんな」
「指示をしたのはタールだ。暴走したモルターが人を襲ったのも栄養摂取の為である線が濃い。」
お前たちの下にいるのはもう御免だよ。
「ゾエアは蜥蜴の尻尾切りに使われただけだった。そしてメガロパも同じだ。僕はメガロパを離反する。さよならだ。」
視線を此方に向けながら固まった羽奈を避けて元来た道を戻る。モルター、いや、彼女は同じ気持ちだったのだろうか? 自分の在りようを知って、人間全てが怨みの対象になったのだろうか。だがそこは関係ない。僕は先輩の娘の味方をする。それだけだ。
目が覚めたとき、私は一人だった。全身の皮膚に痛みを覚えながら胸に込み上げる感覚を抑える。起き上がろうとするも上手く動けない。手脚が外されている。
「ハナ君。ハナミ君がメガロパを裏切ったよ。」
タールがとてもつまらなそうな顔をして立っていた。
「話し合った結果、この責任は君が負う事になった。まあ、もとより知っている事だろうがね。」
ハナミのオペレータになる際に最初から決まっていた事だった。しかしそれでも納得はできなかった。結局私は何も出来なかったのか。私に力があれば、あんな奴に力を持たせなければ良かったのに。
胸に巣食う感情が少しずつ明らかになってきた。
「君は毒素に全身のを汚染された。処置を施さなければ一ヶ月を待たずして死ぬ。」
どうしてあの時防護服も着けずにあそこまであれを追いかけたのか、解りかけた気がしていたのに、今では全く分からなくなっていた。
「ハナミ君のときとは違って、君には選択肢がある。」
御託はいい。早く寄越せよ。
「このまま死ぬか、ハナミ君同様に劣化した部位を全て機械に互換する。後者の場合はハナミ君の代わりになってもらうが。」
私の中の憎悪が身体を突き破る。
……ねえ。ハナミ。
ご読了ありがとうございました。ご意見ご感想ありましたらお気軽に書いてくださると幸いです。
この作品は尺の問題でボツになったものですが、物語以外で描きたかったことは全て入れることが出来ています。
実は初期のヒロイン予定はモルターの中の娘の予定でした...。尺のために削って結局尺に収まらないという....。
では、良い夏休みを。




