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汝の名は、魔王ー魔王と天使の物語ー  作者: 木彫りのクマ
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近衛という男


「……近衛様?」


「あの時…どうしてもっと必死に、若君を止められなかったのか」


「近衛様は… 近衛として、その任を全うしたまでですから」



あの後、結界内に閉じ込められた天使は暴れに暴れた。


当初に急造した結界は“触れると痛みを伴う”形のもので、

悲鳴を上げながら暴れもがく天使を、魔王は愉快そうに見ていた。


だがしばらくすると、結界に罅が入ってしまった。

結界内の浄気と、結界自体の魔素が拮抗したところに物理的に強く触れたせいだろう。


急激に漏れ出した浄気に、近衛は意識が朦朧とするのを感じ、直感的に駆けだした。

そして結界が割れると同時に―― 


鞘で天使を打ち付け、昏倒させたのだった。


「あの時、漏れ出した浄気に焦り、自分は冷静さを失ったのだと思います」


「…主君を守るために、身を挺して前に立ったのです。それのどこに落ち度がございましょう」


「天使殿は、悪意も害意も持ちあわせていなかった。それなのに、一方的に手を上げたのは代わりません」


「……私も、暴れすぎましたから。ああなっては、もう既に仕方なかったのでしょう…」



天使を打ち倒した後、近衛もまた失神していた。

気がつけば自室で寝ており、あの後、魔王がどのようにして自分たちを魔王殿まで運び入れたのかさえ定かではない。


目が覚めた近衛に知ることが出来たものは

新調された大きな御簾に覆われた、天使の『檻』の存在だけだったのだ。



「……」


「……? 近衛様…?」


「必ず、若君を説得してみせる。天使殿を解放するよう説得してみせまするゆえ… もうしばしのご辛抱を…!」


「………」



「はい、近衛様…… ありがとうございます…!」



御簾をあげることは叶わない。

この御簾にも結界がかけられており、二重に天使を封じているのだ。


それにこれは、夜間に濃さを増す魔素から天使を守るためにも必要な物だったから――



「天使殿…」


「…はい」



御簾越しに交わされる、言葉

薄いシルエットのような、天使の姿

影だけでも分かる、大きな白い翼……



森の中で見たあの美しいものは、確かにこの中にしまわれている。

皮膜のような結界ですら、彼女の本来の美しさを濁しているように思えてならなかった。



愛らしい声音

庇護欲を誘う、儚げな生命



(……自分以外に…彼女を助けてくれる者はいない)



美しい正義感が、無謀なまでに 近衛を後押ししていた。

自室に戻っても冷めることのない、高揚にも似た強い想い。



「この身は、若君に忠誠を誓った身。だが、やはり……自分は…!! クソッ!!!」




目を閉じると、暗闇の中に天使の泣き濡れた姿が浮かんでしまい

その晩は、眠ることもままならなかった。




―――――――――――――――――――――



翌日―― 奥殿



「魔王陛下、よろしいでしょうか」



近衛は魔王の社殿を訪ねると、中の魔王に声をかけた

しばらく待ってみたが反応がない。



「魔王陛下……?」



朝餉もまだの時間であり、天使のところに行くには早い。

普段ならば既に起きている時間とはいえ、眠っている可能性を考え

起こさぬように静かに階を上る。



「失礼いたします」


ゆっくりと戸を開く。

繊細な細工とは半比例して、重厚すぎる観音開きの戸。

非力な者であれば開けることすらできない重さがあるにも関わらず、軋む事はない。


そんな戸を開けている途中、声をかけられた。



「近衛か? 丁度よいところに来たな」


「すでに御起床であらせられましたか。丁度よいとは一体…」


「気を抜くな」


「?」



重い戸とはいえ、近衛にとって戸を開けるのは さほど神経を使うことでもない。

気を抜くなとはどういうことか。

そう思って顔をあげた瞬間、目の前に魔王の刀が迫っていた。


ビュッ――



「っ!!」



近衛は咄嗟に後方へと飛びのく。

つい先程まで自分の居た場所を、確実に切り裂く刀。

手を離された戸は、轟音を立てて閉じた。


「・・・・・・っ、はぁ」



寝耳に水どころではない。

避けなかったとしたならば、冗談では済まなかっただろう。

近衛が動悸を抑えようとしていると、魔王は愉快そうに自らで戸を開けて出てきた。



「くくく… よい反応だな。だが装束の端を斬らせるくらいの可愛げは、あってもよいだろう?」


「魔王陛下… なんのご冗談でしょう」


「何、少しばかり腕慣らしをな。ついでにお前の腕も試してやっただけのこと」


「腕慣らし……ですか。危うく死ぬところでした」


「そもそも、この程度で死ぬような近衛など要らぬだろう? ククク」


「……ご満足いただけたのならば、何よりでございます」



逆らうことも責める事もせずに、その場で地に伏せる近衛。

そんな近衛を見て、魔王は確かに満足そうに微笑んでいる。


「何か、俺に用があったのか?」


「いいえ、魔王陛下。用というほどのものでは。少しばかりの進言をお許しいただきたく参上いたしました」


「進言? ふむ…聞いてやってもよい」


「有難きしあわ…


「僅かでも、俺に一手をくらわせられたのならば、な… クク」



「……先程の腕試しでは、ご満足いただけませんでしたか」


「試しも何も、鳴らさぬ腕などわかるものか。俺の腕慣らしの相手役だと思うがよい。刀を抜け、近衛」


「……」



有無を言わせぬ口調。

近衛は諦めてゆっくりと立ち上がり、腰の刀を抜いて構えをとった。



「文官装束に、その構え。なかなか味があって良いことだ。だが動きづらかろう」


「自分の本分はあくまで警護にございます。まして普段は文官として仕えておりますゆえ、こちらの装束が適切かと」


「くくく… 異国の狩衣姿も、なかなかに似合っていたとは思うがな」



手合わせ自体は、あっという間に終わった。


魔王が放った数撃を、近衛はすべて避けてかわした。

近衛が打ち込んだ7手は、すべて魔王の刀で受け止められた。


それだけの攻防で、間合いが接近しすぎてしまったのだ。

お互いに刀を振るには、近すぎる距離だった。



「ふむ…。 駄目だな」



不自然な跳躍の仕方で、社殿の入り口まで下がる魔王。

近衛は深追いせず、ゆっくりと構えを解く。



「ご期待に応えられず、申し訳ありません」


「少しばかりは刀の扱いも上達したかと思っていたが、そうでもないようだ。逃げ足と反射速度は良いのだがな」


「少しばかりならば上達しました。少なくとももう、刀の向きを間違えて峰打ちにしてしまうこともありません」



魔王は愉快げに笑い、そのまま社殿の中へと戻っていく。

ふぅ、と小さな溜息をついてから、近衛もその後を追った。



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