魔王に忠する臣下達
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正殿―
ザワザワ…
ザワザワ…
「皆の者、待たせたな。ちと身支度に手間取った」
正殿の中央に設えられた御帳台へと歩み寄り、簾中へと入る魔王。
既に伺候に上がった者たちはそれぞれの居場所を定めてはいるが、落ち着きは無い。
それもそうだろう――
魔王よりも少しばかり先に運ばれてきた物は、彼らにとって不吉そのものだったのだから。
魔王のそばに近寄ってきたのは、3mほどの巨躯を豊かな毛で覆った狼のような大型の獣だった。その獣は、一歩前に進み出ると、その頭を地に擦るように下げた。
「魔王サマ… 先ほド運ばれてきタ、こノ 御簾車ハ…」
片言ながらも魔王達と同じ言葉を操るのは、この国では獣王と呼ばれている大型の獣の一族の長だった。
「うむ、これか。俺が寵愛している者だよ、皆にも紹介しようと思ってな…」ニヤ
「―――っ」ガクガク…ブルブル…
「クンクン… 匂イ、しなイ」
「ほう? 獣王の鼻にも届かないか。急造した結界だが、上手く機能しているようだ」
体躯だけならば魔王よりも数倍も大きい獅子の姿をした獣王。
彼は魔王のその愛しそうな口調を怪訝に思いながらも、御簾車の傍へと近づき嗅ぎ始めていた。
「―――ひっ」
「……?」
嗅覚を頼りに敵を判断する獣王にとって、完全に無臭であるそれは「モノ」と代わらない。
従って、なんの危機感も恐れも持つことも無い。
だが、その他の者にとっては――
「魔王殿!」ビタン!
大声を出て前に進み出たのは、一匹の竜。
青緑の肌にはかすかな光でさえ黒銀に反射させる豊かな鱗がびっしりと並んでいる。
竜、とよぶにはやや人族の形にも近い。その風貌は確かに龍ではあるが、表情は豊かで、ノイズのない大音声で言葉を操り、またその体には豪奢な衣もまとっている。
獣王と同じく、竜族の長であり竜王と呼ばれる者であった。
竜王はその体躯の割には太く硬く、明らかに重量感を感じさせる尾を、まるで鞭のようにしならせ、板張りの床を叩きつけた。
磨き上げられた床板は擦れた部分が痛み、艶やかさを失っていた。
それを一瞥して魔王は眉をしかめる。
「……ちっ。犬猫を見習って、尾を振るのは機嫌のよい時だけにしてはどうだ。さすれば多少の可愛げもあろう」
「ならば冗句を言うのも、機嫌のよい時だけにするのじゃな!」
「鱗を立てるな。竜王ともあろう者が、何をそんなに荒らぶるのか」
「~~~~っ」ワナワナ
「うふふ。大婆様、どうぞ御鎮まりくださいませな。それに、ほら。私達はまだ、魔王陛下にご挨拶もしておりませぬ」
牙を剥いて噛み付きそうな竜王をたしなめたのは、扇で顔を隠した一人の女性だった。
青漆に染め上げられた打ち掛けを引き着にしており、艶やかな印象は顔を覆っても隠しきれないほど。
だが、その声もまた、心なしか怒気を含んでいる。
「亀姫」
「ご機嫌麗しゅう、魔王陛下。お召しによりまして参上仕りましてございまする」
亀姫と呼ばれた女性は悠然とした仕草で裾を払い、床に付して長々と訪問の挨拶を述べあげていく。
その背に負った亀甲のせいか、大きく広がった大振袖もまるで亀の手のように見えた。
「相変わらずだな。慇懃無礼という言葉を知っているか」
「はい。それは“私”を意味する言葉で御座います」クス
「クク… まこと、恐れ知らずな娘であることよ」
「ありあまる寿命をもてあましているが故の、サガですわ」
「お前の寿命が長いのではなく、お前が周りの寿命を縮めているのではないだろうか」
「あら…。ならば魔王陛下が私の次に長命なのも頷けますわね。気位こそ同じなれば、女の身では殿方の豪胆さには敵いませんもの」クスクス
「ああ。俺も、お前のおしゃべりには敵う気がしない」
「ふふ…。ですが今ばかりは、饒舌になっていただかなければ困りますわ」
亀姫はそう言うと、ゆたりとした仕草で扇を広げなおし顔を覆った。
それはいかにも淑女の貞節といった風情で、普通であれば見惚れる者すらいただろう。
だが、続けられた言葉はあまりにもはっきりとした抑揚と嫌悪感を持っていた。
「……その御簾の中の者…。“天使”、ですわね?」
扇は、忌々しきものから目を背けるためだったのだ。