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「……それにしても君は本当に素晴らしいな。剣術の師範代にでもなれば、今の貧乏生活からはオサラバ出来るのではないかね?」

「いやいや、俺はこれがいいよ。面倒だし。やはり何かと動きやすい今のスタイルが、俺には似合っている」


 十兵衛がそう言うと先生はとても悲しそうな表情を浮かべた。

 それを他所に、十兵衛は改めてもう動かなくなった死体人間を見つめる。


「……しかし、どうして頭を狙え、と?」

「これに記載してあった」


 そう言って先生はある一冊の書物を差し出す。そこにはいろいろと記載されているが、残念なことに彼が理解できる言語では記載されてはいなかった。


「正確に言えば、その書物には敷島敬之助本人が書いたと思われる紙片が挟まっている。おそらく我々の言葉に直したものがその紙片に書かれているものなのだろう。そしてそれを読み解くと、ある重要な情報を得ることが出来た」

「それは……?」

「死体人間は正確に言えば、仮死状態であった……。仮死状態から生き返らせる手段は見つかっていなかったが、死体人間の技術によりそれが可能となった、ということだろうね。だから心臓か頭……正確に言えば脳髄かな? それを貫けば死ぬ、というわけだ。仮死状態ではなく、今度こそほんとうにね」

「成程ね。それにしても、先生が居て助かった。もし俺だけだったら訳が分からずずっと戦っていただろうからな」

「まあ、それは君らしいよ。さて、この死体人間とやら、どうしようかね?」

「もし何か資料があるのならば持ち帰るべきでは?」


 十兵衛は先生に問いかける。


「……どうしてそう思う?」


 だってそうだろ。十兵衛は続ける。


「これは、俺にはよく解らないが先生にとっては喉から手が出る程欲しい物なのではないか?」


 先生は十兵衛の言葉を聞いて、床に散乱している書物や、本棚に整理されている蔵書などを見回す。

 顎に手を当てて、笑みを浮かべながら先生は答えた。


「そうだねえ。確かに十兵衛の言う通り、のどから手が出るほど欲しい代物ばかりだ。けれどこれは敷島敬之助氏のものだからね。たとえ、彼が悪事を働いていたからと言って、それは変わらないよ」

「ああ、そうだった。敷島敬之助、そいつは結局どうなった? この死体人間を研究していただけ、とは到底思えないが」


 十兵衛は足元に寝ている、もう二度と起き上がらない死体人間を横目にそう言った。


「……そうだね。しかし、私の予想が正しければ、もう敷島敬之助はそれについて反応を示してもらえるか怪しい段階ではあるけれどね」

「?」


 十兵衛は先生の言葉に疑問を感じたが、先生はその疑問点について答えることなく先に進んでいった。

 十兵衛は慌てて、その跡を追いかけていった。




 書斎の奥には、敷島敬之助の部屋がある。

 彼らがそれを知るよしも無かったが、その部屋にある異変には、直ぐに気付くことが出来た。

 それは――畳の上で横になっている人間だ。

 もう既に事切れている様子だった。そして、数日かそれ以上は経過しているように見える。


「……間違いない。まあ、家族による確認も必要だが、敷島敬之助本人だと思う」

「……誰にも看取られずに、死んだ、と?」

「可能性は高いね。それに、家族を探すのもちょっと難しいかもしれない。この屋敷に住んでいるのが、誰も居ないということを考えると、ね。もしかしたら、もうこの世に家族は居ないのかもしれない」

(確かに、これほどの屋敷を持っていて人の気配が無かったことからも頷ける。それに……)


 雪斬も、どうやら何らかの事実を察知していたらしい。


「……これはいったい?」


 十兵衛はテーブルの上に置かれている分厚い蔵書を見つける。

 ぺらぺらと捲っていくと、白紙のページだらけだった。


「どうやら日記帳のようだね」


 先生の言葉に十兵衛は頷く。


「……おや。これが最新の日付か」


 十兵衛は最後の日記と思われる内容を見つける。

 そこには、こう書かれていた。


 ――私は成功した。死者の蘇生に。竜エ門を、私のもとに戻すことが出来た。

 ――家族は私の研究を気味悪がっていたが、これも竜エ門のためだ、と言っても聞いてはくれなかった。

 ――だが、この結果を見ればきっと理解してくれるはずだ。

 ――私はそう思っていた。

 ――だが、結果を見た家族は私と竜エ門を見捨てて去っていった。

 ――どうしてだろう? 満たされたはずなのに、私の心は空っぽのままだ。

 ――蘇生には成功したが、まだ『心』の完成には至っていない。考える死者の開発には、きっと私が生きている間では完成しないことだろう。

 ――それでも、私は。

 ――竜エ門を取り戻すと決めたのだから。

 ――その道が、茨の道となっていても。


「……君が倒した死体人間は、どうやら竜エ門という敷島敬之助の息子だったようだね」


 先生も日記を読み、そう言った。

 敷島敬之助は自らの息子を生き返らせるために、死体人間の研究を開始し、そして成功した。


「だが、彼も『こころ』までは開発することは出来なかった、ということだ。人間の僅かな感情や精神、と言えばいいだろうね。それがもし完成していたら、きっともっと違った結末があったのだろうけれど……」


 死体人間は感情や考えを持たない。

 ならば、敷島敬之助本人はそれで幸せだったのだろうか?


「それは無いだろうね」


 先生は十兵衛の考えを読んだのかどうかは定かでは無いが、その考えを一蹴する。


「あくまでも、この日記を見ただけの発言になるけれど。敷島敬之助はとても悲しんでいた。満たされなかった。息子の蘇生を、死体人間として実現したのはいいけれど、こころまでは再現出来なかった。……つまり、生まれたのはただの人形だよ」

「人形――か」


 先生は辛辣な意見を、十兵衛に言った。

 だが、それはあくまでも状況証拠から語った一つの予想に過ぎない。それが間違っている可能性もある。


「……帰ろう」


 死体人間の顔を見つめる。

 彼の顔はどこか、落ち着いたように見えた。もっと言うならば、笑っているように見える。同じ場所で眠れて、とても嬉しいような……。

 だが、死体人間には感情は無い。

 十兵衛はそう思うと、気のせいだと思い込ませながらも、この空間は敷島敬之助と竜エ門の二人のものだと再認識して、部屋を後にした。







 はてさて。

 死体人間の噂を追い求めた話もこれで終わり。

 彼らの話はまだまだ続くことになるけれど、それはまた別の機会に。

 それでは、またどこかで――。



終わり


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