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 敷島敬之助の屋敷は先生の家から歩いてそう時間はかからなかった。


「あまりこの屋敷に来たことは無かったが、ここまで寂れているとは……。まさか、敷島先生はもう亡くなっているのではないだろうな……」


 夜はあまり気にしなかったが、昼に見てみると屋敷の寂れ具合が見て取れる。

 屋根はボロボロ、壁にはところどころ欠けたところもある。正直、ここに人間が住んでいるのか? と十兵衛が思うほどだった。


「……うむ。夜に通ったきりだったが、まさかこのような荒廃した場所だったとは知らなかった。ほんとうに敷島敬之助は今住んでいるのか……」

(それを調査しに来たのが、今回の目的では無いのか。十兵衛)


 雪斬が彼の心に問いかける。

 普段はこのような感じにして、十兵衛と雪斬でコミュニケーションをとっている。そうでないと、即ち普段から十兵衛と雪斬が言葉で会話をしていると、変人だと思われてしまう。余談だが、雪斬の言葉は所有者である十兵衛以外聞き取ることが出来ないのだ。

 だからこそ、今のスタイルが十兵衛にとっても雪斬にとってもベストなことではあると思うのだが――如何せん、それは雪斬にとってはあまりよくないやり方なのだという。『彼』曰く、「心で話すのは気味が悪い」だとか――しかし、それを考えるともともと雪斬はどうやって話しているのか、というところに繋がるのだが、それはあまり考えないほうがいいのだろう。

 敷地内に入ると、やはりというか、予想通り中は閑散としていた。草木は伸び放題、土竜が掘った巣穴のようなものも見える。石畳で整備されていたと思われる道は、石畳が剥がれている。


「とても人が住んでいる屋敷とは思えないな」


 先生の言葉に十兵衛は頷く。


「やはり敷島敬之助は死んでいるのではないか。或いは、今この屋敷に住んでいないか」

「後者は考えにくいな。このような建物を放ってどこへ向かう? それに、物品も散乱している。このような状態で引っ越しをするのは考えにくい。……まあ、夜逃げの可能性も、無きにしも非ず、だと思うが」


 屋敷に入り、辺りを確認する。

 人はいなかった。気配すらなかった。それにも関わらず、物品はそのまま放置されているし、扉や窓は開けっぱなしだったのか風雨に長くさらされていたような感じが見える。


「……やはり」


 状況証拠を幾つ並べても、敷島敬之助が居ないという結果にしか繋がらない。


「敷島敬之助は死んでしまったのか……?」


 そう、十兵衛がつぶやいた――その時だった。


「十兵衛、危ない!」


 先生の声を聴いて、彼は振り返る。

 十兵衛が雪斬で何とか抑え込むことに成功したが、それは紛れもない――昨日剣戟を交えた死体人間だった。


「貴様か……死体人間!」


 十兵衛は何とか死体人間を抑え込もうとするが、その力はそう簡単に往なせるものではない。


「十兵衛、大丈夫か!」

「先生、離れていろ! こいつは、俺が……俺が何とかする!」


 先生も戦えないことは無いが、十兵衛の実力と比べると雲泥の差であるし(そもそもそれが理由で医者の道を歩んだとも本人が幾度となく口にしている)、仮に先生を標的にされてしまったら、彼が守ることの出来る自信は無かった。

 ガキン、ガキン――剣戟を繰り返す度に、その音が鳴り響く。

 死体人間――その身体は夜に彼が初めて剣戟を交わした時には気付かなかったが、とても固かった。


「死体人間……こいつは思ったより頑丈だぞ! 先生、何か方法は考えられないか!」

「何とか探しているよ! すまない。もう少し耐えてくれないか!」


 十兵衛と死体人間の攻防を繰り広げる中、先生は何をしているというのか。

 無論、ただ蹲っている訳では無い。

 死体人間に関する――情報収集を行っていた。

 生憎、彼らが居た場所は敷島敬之助の書斎と思われる部屋だった。だからか、蔵書が大量に散乱していた。もともと、片付けるのが苦手な人間というのはかなり同業者の間でも有名だったため、彼は別にそれについて驚くことは無かった。


「……ううむ、これ程までの西洋医学の塊。もしこのような事態でなければじっくり拝読したいところだが……」


 敷島敬之助が残した書物は西洋医学の書物ばかりだった。しかも、普通の人間が手に入れようとすればお上の目を掻い潜らなければならないほどのものばかり。なぜ敷島敬之助がそれを残していたのかは判明していないが――。


「もしこの大量の書物を見て、独自に研究をした結果がこの死体人間ならば――」


 そう、彼は言おうとしたその時――彼が見ていた書物から何か紙片が落ちた。


「おや、何か挟まっていたようだな……」


 拾い、紙片に書かれている情報を確認する。

 そこにはあること――簡単に事実が記載されていた。


「これは……」

「おい、先生、まだ見つからないか! さすがに限界が来るぞ!」

「もう少し待ってくれ。あと少しで死体人間をどうにか出来る方法が見つかると思う!」


 紙片を大急ぎで懐に仕舞い、再び解読作業に移る。紙片の情報は脳内に保管済だ。

 いや、それよりも早く、死体人間に対抗する術を見つけなければならない――。


「いや、待てよ……。固い、頑丈……だって?」


 そこで彼は死体人間の身体を確認する。

 確かに、もう既に何度も切り付けているのだ。

 にも関わらず、死体人間は十兵衛の剣を素手で受け止めている。傷は負っているが、酷い傷ではない。それに命中するたび、カキン、カキンという、『金属同士がぶつかり合うような』音も――。


「金属同士がぶつかり合う……?」


 そこで、彼はピンと来た。ある仮説を頭の中で組み上げることが出来た。

 もし、その仮説が正しいとすれば――。


「十兵衛、頭だ! 頭を一突きしろ!」


 彼は十兵衛に声を出す。大声を出すことははっきり言って望ましくないのだが、今は非常時。それ以外に彼にアドバイスする手段は無い。


「頭……一突き、ね。やれるか? 雪斬」


 先生からのアドバイスを聞き、十兵衛は雪斬に訊ねる。


「先生……あいつのアドバイスならば一度やってみるしか無かろう。ダメならばあの男に攻撃すればいいだけの話だ」

「さらっと恐ろしいことを言うねえ、雪斬は。ま、いいか!」


 十兵衛は標的を変更する。

 一瞬立ち止まり、その間に変更する。

 構えも変えて、槍を持つように、剣を構えた。


「行くぞ」


 そうして、彼は死体人間の頭を――正確に貫いた。


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