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 むかしむかしのそのむかし。

 そうだな、時代的には江戸時代も中頃にまで入った時のお話だ。この頃にもなれば農村にも貨幣経済が雪崩込んできた。そんな頃だ。

 江戸幕府八代将軍吉宗が改革をして米価の安定を図ったのもちょうどこの時だったといえるだろう。

 ここは、そんなものともまったく関係のないくらい遠い場所のことだ。とはいえ、海外だとかそういうわけでもない。別にまだ黒船も来航していないからな。

 さて、ここからが本題だ。

 今からの話は、江戸時代とある宿場街で流行った噂の話だ。

 そしてそれに信じられなかった男が、噂を検証した話だ。

 さてさて。

 これからが漸く物語の始まり。

 この話をどう取るかは――この物語を読んだ、あなた次第だ。




「死体人間?」


 酒場にて。

 十兵衛という侍は酒を飲みながら、隣に座っていた見知らぬ男の話を聞いていた。

 死体人間――といういかにも珍妙な単語を聞いて、十兵衛という侍はその男に耳を傾けていた。それが嘘である可能性だって、充分考えられたわけだが、それでも彼にとっては酒のつまみとなる話があればなんだってよかった。


「死体人間は、労働力の代わりになるだろうよ。そんなことを言っている西洋かぶれの学者だっているくらいだ」

「而して……そんなことが可能なのか? その、『死体人間』というのは」


 死体人間。

 名前の通り、死体化した人間のことを言った。そしてそれは即ち、人間の価値観に対する冒とくともいえる気がした。


「……まあ、どこまでほんとうかは解らねえけれどよ。しかしながら、死体人間というのはいかにもマズイこととはおもわないかね? 俺たちのような労働力が、死体人間にとって代わってしまうんだからよ!」


 そう言ってさらに見知らぬ男は酒を飲んだ。

 ここまでくると酔っ払いの戯言かもしれない。

 ――まあ、それを聞いている十兵衛も、すでにいい感じにほろ酔い気分なのだが。

 十兵衛はそんなことを思いながら、残っていた酒を飲みほした。



 ◇◇◇



 十兵衛が店を後にしたのは、それから暫くしてからのことだった。


「……十兵衛、気になっているのか?」

「ああ。やはり、な」


 十兵衛は独り歩きながらも、しかし誰かに語りかけるように言った。


「普通のものとは違うとはいえ、そんなことがあり得るとは思えない。本来ならば首を突っ込みたくない事案であることは間違いないが……」


 十兵衛は独り言をしているように見えて、実はそうではなかった。

 十兵衛の語り相手は、彼の携えている剣。

 その名も妖刀『雪斬』。雪の一片を切ったからそう言われている、特殊な刀剣である。

 しかしながら、雪斬が妖刀と言われているのにはもう一つの理由がある。


「しかしまあ、行こうと思えば行くことが出来る。何せ、聞いた話によればとても近いらしいからな」

「そうか。そういうことで、今から向かおうということなのだな? その屋敷へ」


 彼の話し相手は紛れもない刀剣だった。

 刀剣が彼に話をしている――そう、雪斬が妖刀と呼ばれているのは、唯一人間とのコミュニケーションをとることが出来る刀剣だと言われているからであった。


「そう遠くないところにあるらしい……とはいえ、ここから多少歩く。だから、夜道を歩くついでにお前と話をしようというわけだ」


 夜道は誰も居ない。なので、屋内から話を聞いている人からすれば大声で二人が話をしている、としか思わないだろう。

 むしろ、十兵衛にとってはそれが好都合だった。雪斬とのコミュニケーションは会話でないと成立しない。そのため、どうしても言葉を発する必要があるからだ。僅かでも彼に聞こえればいいのだが、いずれにせよ声を発しないといけないことには変わりない。


「……しかしながら、そう簡単に『死体人間』とやらが見つかるものなのかね? はっきり言って、あの噂がほんとうであったとしても、それがほんとうかと理解できないのだが」

「それは俺だってそう思っているさ。けれど、気になるほうが強いものでね。何かと興味のほうが勝るというだろう?」

「そういうものかね」

「そういうものだ」


 十兵衛と雪斬は会話を終了し、再び夜道を歩いていく。

 その時だった。

 彼の目の前に、一人の人間の影が見えた。

 それは、十兵衛に立ち塞がるように立っていた。


「……何奴?」


 しかし、十兵衛の問答にそれが答えることは無かった。

 ただ息を吐きながら、それはゆっくりと近づいてきた。


「十兵衛、何か嫌な予感がするぞ。私を構えておいたほうがいい」

「……それくらい解っているとも」


 十兵衛は雪斬を取り出して、そのまま構えた。

 そうして、それが――姿を見せた。

 それは人間の姿をしていたが、動きが人間のそれとは大きく違っていた。

 首を不自然に傾けていて、目は虚ろ、口は顎が外れたかの如く開きっ放しで涎のような液体を垂れ流している。さらにそれは足を引き摺るように動いており、普通の人間とは違う動き方をしているように見えた。

 人間と違う最大の特徴。

 それは――腐臭だ。

 まるで傷をそのまま放置させたように漂うそれは、十兵衛に近づいていくにつれ、彼の鼻腔にも届いた。


「なんだ、この臭いは……。はっきり言って、鼻が曲がる!」

「きっとあのバケモノから出ている臭いだろう。恐らくは、身体自体が腐っているのではないだろうか?」

「解らん。くそっ、こういうときは鼻が無いお前さんをとても羨ましく思うよ」

「……どうやら、軽口をたたいている暇は無さそうだぞ!」


 雪斬の言った通り、それは彼が言った直後、十兵衛に向かって走り出した。

 その珍妙な走り方はやはり生きている人間のそれとは違うものを、十兵衛は感じた。

 彼は剣を構え、それの襲撃に備えた。

 衝突。

 人間ではないそれは、十兵衛の剣戟を、自らの身体で受け止めた。

 しかしながら、当然ではあるが、生身の身体がそれを受け止めることなどノーダメージで出来ることではない。

 剣戟は左腕を掠める程度だったが、それでもその人間らしき何かにダメージを与えることは出来た。


「十兵衛、気を付けろ。こいつ、とても強いぞ」

「解っているよ、雪斬。こいつは強い。さすがに最強とまではいかないが……今まで戦った剣士の中では五指に入るだろうな」


 とはいえ、その人間らしき何かは剣すら持ち合わせていないのだが。そう十兵衛が冗談交じりに告げる。

 先に退いたのは、人間らしき何かの方だった。

 十兵衛と戦うことが長くなる――それに気づいたからか、後退し、素早く踵を返して、夜の街へと姿を消していった。

 十兵衛が呼び止めるまでもなく、ほんとうに一瞬の出来事だった。


「逃げられたようだな」

「ああ。まさかあんなに逃げ足が素早いとは、な。思いもしなかったよ」


 剣を見つめたまま、十兵衛は言った。

 何かを理解している雪斬は鼻で笑ったような声を出して、言った。


「……だが、手がかりは掴んでいるのだろう?」

「ああ」


 十兵衛は言い、紙で剣についた何かをとった。

 それは人間の肉塊のようにも見えた、ピンク色の肉だった。表面は茶色がかっていてぐじゅぐじゅに膿んでいるが、まだ中身はそこまで酷くなかったようだ。


「これをあいつに見せに行く。これで結果が解るはずだ」


 そう言ってその紙を包むと、懐に仕舞った。


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