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レベマ勇者  作者: エンリコ
第1章
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第1章 -6-


「……さま!勇者様!」


真っ暗な視界の中、ユフィルの大きな声で海斗は跳び起きた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。跳び起きた際に勢い余ってユフィルの額と海斗の頭がぶつかりそうになったことを謝ろうとしたが、起きた瞬間に感じた嫌な空気に気持ち悪くなり、それどころではなくなった。口元を手で押さえながらユフィルを見ると、彼女も気分が悪いのか俯いている。少し下から彼女の顔を覗き込んだ海斗は、彼女の表情に驚いた。


「ど、どうしたんだよユフィル!」


ユフィルは今にも泣き出しそうな目をしながら顔を強張らせ、小さな肩を震わせている。

一体何があったのか。


「ジジ様が…お話したいとのことです。」


ユフィルは小さく口を開けて声を震わせながら海斗にそう言った。こんなユフィルは初めて見た。


「わかった、すぐ行くよ。」


海斗は今のユフィルにあれこれ尋ねるよりもお爺さんの話を聞いた方がいいと判断し、すぐに床に足をつけてベッドからお尻を上げた。

ユフィルはありがとうございますと俯いたまま震えた声で言うと、ゆっくりと振り返った。

寝てしまう前のようにふと窓から夜空を見上げて、海斗は声にならない悲鳴を上げた。

先程の美しい星空はそこにはなく、紫色をした雲が禍々しく渦を巻いていた。





「日に何度も呼び出してすまない、勇者よ。」


陽の光が入らないせいか部屋の中は昼よりも暗い。ただポツポツと点在する燭台の仄かな光が、揺ら揺らと部屋の中を照らしている。お爺さんは部屋の奥にある大きな窓を見ていたが、ゆっくりとこちらを振り返った。蝋燭の灯りで、お爺さんの影も揺れている。


「急な話だが…明日、お前達には旅立ってもらう。」


お爺さんの声は数時間前に聞いた声よりも低く、嗄れている。ゆっくりとお爺さんは側にあった椅子を片手で引いた。ギギギギギッと重く耳障りな音が部屋に響く。

お爺さんは椅子に腰掛けると、背もたれにゆっくりと体重をかけながら大きく溜息を吐いた。


「気づいておるだろうが、この村は今、強大な魔力で覆われている。」


お爺さんの言葉に、右隣にいるユフィルが小さく頷いた。

気づいておるだろうがって、一般人の俺が気づいてるわけねぇじゃん…覆われてるなんて言われても……。

先程窓の外から見た気味の悪い雲を思い出して、部屋の奥にある大きな窓から空を見る。不気味な雲は、未だ空で渦巻いている。


「…勇者は、気づいておられんようだな。」


海斗は驚いて、視線を窓の外からお爺さんに移した。お爺さんは、まるで海斗の心を見透かすように鋭い眼差しで海斗を見つめている。その目は冷たい感情を海斗に向けているようにも見える。

しかしそれよりも、ユフィルが向けてくる視線が痛い。


「いや、攻めているわけではない。勇者は今初めてこの地に立ち、魔法というものに初めて触れているのだ。わからんでも無理はない。」


海斗の表情の変化に気づいてか、お爺さんは目元を緩めて先程よりも優しいトーンで海斗に言った。その声色と内容に少しだけ安心したが、鋭い眼光から優しい眼差しへの切り替えの早さに少しだけ恐怖を感じた。


「…しかしジジ様、勇者様はこれから旅立つというのにこれ程の魔力を感じないというのは大丈夫なのでしょうか。」

「その点については手を打ってある。大丈夫かどうかは…勇者次第だ。」

「え、」


突然背おらせられた責任に、海斗は肩がズシリと重たくなるのを感じた。

そんな怖い事を笑顔で言わないでくれ、爺さん。


「さて、その話は後で話すとして…先に本題を話そう。まずは突如現れたこの魔力に関してだが……これは魔王軍が送るダードロックだと思われる。」

「ダードロック!?」

「ダードロック…って何?」


ユフィルはまた驚いた顔をしてこちらを見た。また、海斗の無知さに驚いているのだろうが、わからないものはわからないのだから仕方がない。


「ダードロックとは、魔王軍が送る強い魔力で作られた所謂マーキングのようなものだ。ダードロックを送られた村は…3日後には消滅する。」

「消滅って…。」

「魔王軍が村を襲って、人も、村も…何もかもを跡形もなく消してしまうのよ。」


喉の奥がヒュッと冷たくなった。その感覚が気持ち悪くて、生暖かい唾を飲み込む。暖かいはずの唾液は、喉元を通り過ぎる瞬間に冷たくなって身体の中を通っていった。


「じゃあ、こんな悠長にしてる暇ないんじゃないのか!? 早く逃げないと!」

「まぁ落ち着け、勇者よ。ダードロックは主に、取引の際の警告として使われる。要求を満たさなければ、村を滅ぼすといった具合にな。」

「でも、今回の要求っていうのは…。」


ユフィルの疑問に、お爺さんは待ってましたと言わんばかりに右端の口角を上げる。そして長い顎髭を摩りながらながら口を開いた。その視線は海斗を捕らえていて、なんとも言えない気持ち悪さを感じさせる。


「勇者を消せ、ということだろうな。」


ゾワリと、背筋に鳥肌が立つのを感じた。爪先が冷えて感覚を失くし、まるで凍っていくような感覚に襲われる。俺を消す…?

…もしかしてこの男は、俺を殺すつもりなのか?


「勇者様を消せだなんて…そんなこと…。そもそも、魔王軍は勇者様の存在を知らないはずでは?」

「勇者の気は非常に異質だ。歴代の勇者達に実際に会ったことのある魔王軍からすれば、勇者の気を感じ取るぐらい容易いことだろう。…そう硬く並んでも良い。お主は、これから世界を救うのだ。この村の為だけに消えてもらっては困る。」


海斗の様子を見かねてお爺さんが優しく口調で言ったその言葉に、海斗は胸を撫で下ろした。しかしそれと同時に、世界を救う任務を自分が背負っていることを実感した。

俺はこの世界で唯一の、世界を救う異世界の『勇者』なんだ。

正直、この世界にきて『勇者』と呼ばれ世界を救うことを期待されたことが嬉しかった。だが今、それは全て『責任』ということなのだと気付くと恐怖に思う。

レベルがMAXというチートは持っているものの、未だ不明解である俺のデメリットもわかっていないのに…俺は、世界を救えるのだろうか…。


「それでは、一体どうするんですか?」


不安そうにユフィルが尋ねる。


「お主らには悪いが、明日には村を出発してもらう。」

「あ、明日ですかぁ!?」

「魔王軍の狙いは勇者。恐らくだが、勇者がこの村から離れればこの村が狙われることはなくなるだろう。」

「ああ明日って言われても、俺、魔法の使い方も闘い方もわからないんですが…。」


本来であれば明日からお爺さんと村の武闘精鋭達が戦術に関わる訓練をしてくれる予定であった。しかし、明日に出発となれば、その訓練を行う時間はない。

戦闘経験もないままに、旅立つことになるのか?


「そこで先程の話に戻る。勇者にはこれから、訓練をしてもらう。」

「これからですか!?」

「そうだ。だが、しっかりとした休息も取ってもらいたいと考えている。そのため、訓練に設ける時間は殆どない。この状況で訓練がどれ程意味を成すかは…勇者次第だ。」

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