第1章 -2-
海斗と少女は村へ向かうために丘を下っていた。
レベルがMAXの勇者だと告げられたことに海斗は驚いたが、あぁ、これは夢なのだと冷静になることができた。ゲームの主人公をレベルMAXにした直後に寝たことにより、その印象が強く頭に焼きつき夢に反映されたのだろう。昔からよくあることだ。恐竜映画を見れば恐竜に食べられる夢を見て、ゾンビゲームをすればゾンビに追いかけられる夢を見る。今回もその類だろう。
ただ、いつもより意識ははっきりとしているし、美味しい空気も太陽の暖かさも感じる。夢の中で痛みがあれば現実でもそこに痛みがあると聞いたことはあるが、それはあり得ない。俺が寝たところは蛍光灯の明かりが灯る埃っぽい6畳間だ。だから今回はただ五感を感じることができる夢ということなのだろう。
海斗は心でうんうんと頷き、夢を夢だとわかった満足感に浸った。
ふと、隣を歩くピンク色の髪をした少女を見る。この子は海斗が先程までしていたゲームに登場していない。いや、今まで遊んだゲームのすべてで見たことがない。この子は一体誰なんだろう。そういえば、まだ少女の名前も聞いていない。
「そういえば、君、何て名前なの?」
海斗の質問に、少女はびっくりしたような真ん丸な目をして海斗を見る。
私ったらうっかりしてました!と少女は少しあわあわした後、立ち止まり冷静に海斗を見つめた。海斗もつられて立ち止まる。少女は杖を左手で持って杖先を地面につき、右手を胸元に当てて口を開いた。
「私の名前はユフィリウス・バンクウィードと言います。ユフィルとお呼び下さい。以後、お見知りおきを。」
そう言って少女は深々とお辞儀をした。
以後お見知りおきをって、変わった自己紹介だな。実際に口にする奴初めて見た。
そう思いつつ、ユフィルが顔をあげたと同時に海斗も自己紹介をした。
「俺は山尾海斗。呼び方は、えーと普通にカイトでいいよ。」
海斗がそう言った後2人の間に暫し沈黙が流れ、気まずくなった海斗はよろしく、と小さく頭を下げた。ユフィルもこちらこそよろしくお願いします、と先ほどのように深々とお辞儀をした。そしてどちらからでもなく、再び村へ向かって歩き出した。
◇
「そういえば勇者様は何か装備をお持ちですか?」
ユフィルの言葉に海斗はキョロキョロと自分の服装を確かめ、ズボンのポケットをポンポンと叩いた。
「んー何も持ってなさそうだな。」
海斗の服装は寝入ってしまった時のままで、着古してくたびれたアニメ絵がプリントされたTシャツに、これまた着古した黒いジャージの半パンだ。
俺、こんな格好で真っ昼間の外を歩いてんだ…。
改めて自分の服装を確認し、急に恥ずかしくなった。なんとなく頭を触ると髪の毛もギトギトで、顔もなんだか脂っこい。夢だからまぁいいや、と思う反面、夢でぐらい良い格好させとけよな、と誰でもない誰かに心の中で文句を言う。
「うーん、勇者様のデメリットってこれなんですかねぇ。」
首を傾げながらユフィルが呟く。
自分のせいではないことに対して「デメリット」と言われて少しイラッとしながら、どういうこと?と尋ねる。
「召喚された勇者は、メリットとデメリットを1つずつ持つらしいんです。メリットは多分レベルがMAXであることだと思うんですけど…デメリットが何なのか…。」
少し上を見ながらユフィルが考え込む。海斗もユフィルに合わせて考える。
なんだろう。俺が折角の夏休みにバイトも部活もせず、自宅で積みゲーをやり込んでる引きオタ野郎ってことか?それともクラスのデブ野郎とべべを争う程に運動神経が悪いところか?それともクラスでそのデブ野郎と他のオタ野郎1人としか話せない程のコミュ障ってとこか?
考えれば考える程、欠点だらけの自分にガックリする。
「あ、デイブスだ。」
ユフィルが吐き捨てる様に呟いた。ユフィルの目線を追いかける様に前方を見ると、丸々と太った少年と、そいつより少し背丈の小さい少年がこちらに向かって歩いてきているのが少し遠くに見える。
ユフィルの顔を見ると、眉を歪めて口をへの字にし不愉快そうな表情をしていた。
少年達が近づいてくる距離と比例して、彼らの顔がだんだんと見えてきた。太った少年の顔は全体的に脂っぽく、おでこやほっぺにはブツブツとしたニキビと、ニキビが潰れた跡であろう穴がボコボコとある。ほっぺの脂肪で目は細く歪み、黄ばんだ前歯が口元からひっそりと見えている。
小柄な少年は栄養失調を疑いたくなる程に細く、隣を歩く太った少年とはかなり対照的だ。頬は痩せこけ、顔色も何処か悪いように見える。しかしニヤニヤと顔をニヤつかせている様子を見ると、実際に体調が悪いわけではないようだ。
「よぉ、ユフィル。その変な紋章の服を纏った男は誰だ?どこからその男を連れてきたんだ?」
「まさか、お前の大好きな異界の勇者って言うんじゃないだろうな。」
太った少年と痩せた少年は順に口を開いた後、ゲヒャヒャヒャと汚い笑い声をあげた。
紋章とは、恐らくこのアニメ絵のことだろう。黒地に白線で絵が描かれているデザインのため、アニメ絵を見慣れない人から見たら紋章に見えるのだろう。
「そうなの!よくわかったのね!」
異界の勇者と聞いた途端、ユフィルはまたパァッと笑顔になった。
少年達はポカンと口と目を真ん丸にした後、また汚い笑い声をあげた。
「異界の勇者って…ありえねー!」
「どうせ他所の国から来た奴ってことだろ?それ異界じゃねーから!」
「知ってるわよ!だから本当に異界から来たのよ!」
少年達の罵倒に、ユフィルは口を尖らせて言い放った。
「そんなに疑うならSCGで見てみなさいよ!」
ユフィルの言葉に少年達は女が命令してんじゃねーよ、とぶつくさいいながらも各々の鞄から例の眼鏡を取り出してかけた。
2人は暫く眼鏡越しに海斗を見つめた後、ユフィルと海斗を不可思議そうに交互に見る。
「…壊れてんじゃねーだろうな。」
太った少年はそう呟くと、貸せっ、と痩せた少年の眼鏡を奪い取った。その拍子に眼鏡の柄が目を擦ったらしく、痩せた少年は小さく悲鳴をあげて左目を抑えた。
「マジかよ…。」
痩せた少年から奪い取った眼鏡をかけた太った少年は、だらりと口を開けて呟いた。黄ばんだ歯がよく見える。