第1章 -1-
赤、青、黄色とカラフルな色をした無数の円盤が真っ暗な世界に浮いている。円盤はそれぞれ別の方向に向かってゆっくりと回っている。少年はその内の1つの上に座っていた。円盤は青色だ。だが、回ってはいない。ただゆっくりと、少年が顔を向けている方へと進んでいる。この異様な光景に、彼は驚くこともなく、回ってるなぁと幼稚な感想を浮かべている。
なんだ?あの光。
突如、前方に白い光が浮かんだ。光は徐々に大きくなり、真っ暗な世界を隠していく。
「 ピシャァーーーーーン!」
まるで雷が落ちたかのような大きな音が鳴ると同時に、光は爆発したように大きくなっていく。
少年は飲まれるように光の中に消えていった。
◇
「ん…ふぁあ。」
変な夢を見ていた気がする。だが、どんな内容なのかは覚えていない。山尾海斗は眠る前のことを思い出しながら瞼を指の裏側で擦った。目ヤニが指の裏と目頭の辺りで擦れて少し痛い。
そうだ、ラスボス前のレベル上げをしてたんだ。確か…そう!やっとレベルMAXになって安心して寝ちゃったんだ!
眠る前の記憶を思い出し、じゃあラスボス倒しに行きますかっと大きく伸びをした。
「あなたが勇者様ですね!」
すぐ近くから女の子の声が聞こえて、驚いて目を開けるとピンク色の髪をした可愛い女の子が目をキラキラさせて此方を見ている。
…可愛い。
歳は海斗より少し幼いか、同じぐらいかのように見える。髪は長く、右頭の上の方で少しだけ髪を纏めている。目の色は青色でまるで宝石のようだ。睫毛は長く、くるん、と上を向いている。肌は真っ白で、もちもちとしていて触り心地が良さそうだ。服装は淡いクリーム色のローブに、黒と白のストライプの胸当て。腰元は白いレース調のコルセットのようなものに、高級そうな柄をした濃い茶色の膝下スカートを履いており、スカートと同じデザインのショートブーツを履いている。スカートとショートブーツの間から覗かせる少女の生足は真っ白で、可愛らしさとエロさを見せる。ローブには金色の美しい装飾がされており、安価で作られたものではないことがわかる。少女の身につけるイヤリング、腕輪、指輪は金色の装飾がキラキラと光を放っている。
コスプレかな?
海斗は真っ先にそう思ったが、しかし、そう思うにはやや違和感がある。コスプレの割に少女に化粧っ気は無く、纏っている服の生地はコスプレによくあるテカテカな安っぽい生地ではない。上質な生地で作られた服を何年も着古しているように見える。
海斗を驚かせたのはコスプレ風の少女が突然目の前にいることだけではない。少女の背後に見たこともない美しい世界が広がっていることも、だ。遠方に広がる深緑の山々に、美しい青空。手前の方に聳える山からは少し大きな川が流れており、その川の周辺にはヨーロッパの古民家のような建物が建ち並ぶ。青空にはいくつかの真っ白な雲が綺麗な形を成して漂っており、その下を大きな鳥が優雅に飛んでいる。
海斗と少女は少し高い丘の上に居るらしく、その美しい情景が全て目に映り、まるで絵画のように見える。
「あ、あの…勇者様ですよね…?」
不安げな少女の声に、ハッと我に帰る。少女に話しかけられたことをすっかり忘れていた。
少女は先ほどの嬉しそうな表情とは違い、不安そうに眉尻を垂らしている。
そんな表情も可愛い。
つい見惚れてしまいそうになったが、いかんいかんと少女の質問に答える。
「俺は勇者とかじゃないけど…。」
その一言に少女はガーンッ!と効果音でもつきそうに悲しそうな顔になったが、ハッと何かを思い出したように腰元にある皮の鞄を漁り出す。
「そっ、そんなことはないはずです!だって…だって……あった!これを見ればわかるはずです!」
少女は鞄からお爺さんがかけるような古臭い眼鏡を取り出して掛けた。可愛らしい少女の顔が眼鏡で隠れ、少しがっかりする。
少女は眼鏡越しに真剣な表情で海斗を凝視した後、大輪の花が咲いたように満面の笑みを見せた。
「やっぱり!あなたは勇者様です!!」
「え、なんで眼鏡をかけただけで、やっぱりってなるの?」
「なんでって…SCGを知らないんですかあっ!」
少女は心底驚いたように答える。
「これはステータスチェックグラスと言って、レンズ越しに見える相手のレベルやHPなどの状態がわかるんです。」
Status Check Glass…なるほど、そのイニシャルを取ってSCGか。
不思議そうに眼鏡を眺める海斗に、少女はレンズを通して私を見て下さい、と眼鏡を手渡した。
海斗は恐る恐る眼鏡をかけ、少女を見る。
「うわぁ!」
レンズ越しに見えた少女に驚き、慌てて眼鏡を外す。いや、正確には少女のせいではない。少女の周りに映ったものだ。
少女の上には 「魔導師 Lv.15」と書かれた文字が浮かび、顔の下には緑色の丸と青色の丸が浮かんでいた。青色の丸は3/4ほどが濃い青になっている。さらに少女の横にはいくつかのアルファベットと数字がRPGのステータス画面の如く並んでいた。
「な、何だこれ!?」
「だからSCGですよ。見えたものは私のステータスです。」
驚く海斗に、少女は冷静に答える。
「えっと、君は魔導師でレベル15なの?」
「はいっ!」
もう一度ゆっくりSCGを掛けて少女を見る。
少女の横の文字はATK、DEF、MGP…といった見慣れたアルファベットが浮かび、更にその横には数字が書かれている。普段プレイするゲームと同じような見方であれば、ATKは攻撃力、DEFは防御力ということだろう。少女はMGPが1番高いようだ。彼女が魔導師であるということを考えると、これは魔法力でも表しているのだろう。
「この緑と青の丸は何?青丸は3/4ぐらい濃くなってるけど…」
「緑は体力で、青は魔力を表しています。濃くなっているのは、その分消費したってことですね。勇者様を呼び出すために使った魔力が減っているのでしょう。」
「ふーん…。」
なかなか面白いものだ。見れば見るほどよりRPGのステータス画面のようだ。
最初にSCGを掛けた時の反応とは打って変わり、海斗は興味津々になってSCGを掛けて少女を見る。
「あの…そんなに見られると恥ずかしいです。」
「あぁ、ごめん!」
照れたように眉をひそめながら言う少女に、慌てて顔を右斜め下へと向ける。側から見れば可愛い少女と、少女をジロジロと見る変態野郎の図にしかならないだろう。
お、俺は別にそんなつもりじゃないし…
なんてする必要のない言い訳を頭の中でぐるぐると思い浮かべる。
ゆっくりとSCGを外し、少女の顔を見ないように返した。
「凄い眼鏡だね、これ。俺のステータスってどんなのだろう。気になるなぁ。」
恥ずかしくなってわざとらしく話を逸らす海斗に、少女は満面の笑みになって答えた。
「あなたの職業は勇者、そしてレベルはMAXの99です!」