番外編 -デイブスの話-
この村では指折りの名家、ラーリッツ家に生まれ、魔術武術剣術etc...全ての学術でそれなりの成績を得ている。子分だっている。この村で俺に敵う同期生はいないし、歯向かう奴だっていない。
…ある1人を除いては。
「デイブス!」
今日もまた、この女は俺に歯向かってくる。後ろを振り返ると、チビっこいピンク色の頭をした女が眉尻を釣り上げて俺を見上げている。
「頭のイカれたユフィルじゃねぇか、どうした?」
「イかれてなんかいないわ!」
「イかれてんだろ。異界の勇者サマってのを呼び出す真似事を定期的にやってんだから。」
「ケヒャヒャヒャッ!」
俺の言葉に、隣にいるチヴァが嗤う。
チヴァは一応名のある家の生まれで、初めて会った時から俺の後ろを付いてきている従順な子分だ。名家の1つとはいえ、俺からすればチヴァの家なんて貧家と大して変わらない。こいつは学術の成績は塵みたいなものだが、物分かりだけはいいようだ。
「何がオカシイって言うの?私の曾祖父様は異界の勇者様を召喚したのよ。できないはずがないわ!」
「ばーか、お前の親父やジジィだって召喚できてねーじゃねぇか。」
「ジジ様を馬鹿にした呼び方しないで!」
ユフィルは手にしている杖を前方に振り回す。杖が当たりそうになったのか、チヴァが小さく声を上げて半歩下がる。
「危ねぇじゃねぇか!」
「こんな戯れ合いをしに貴方に話したんじゃないのよ。デイブス、貴方、リーノを虐めたでしょ。」
ユフィルは叫ぶチヴァの事を無視し、俺を睨みつけて言う。
「リーノっていやぁ、あの貧乏臭いボサボサ頭か。そいつがどうした?」
「失礼なことを言わないで!貴方、今朝方にリーノを蹴り飛ばしたでしょう!」
「それはあいつが俺の進行方向にいて邪魔だったからだよ。」
「障害物を退けて何が悪いんだよ。」
チヴァと2人で高らかに嗤う。
「何よ!あなたの方が障害物みたいな身体してるじゃない!」
「ハン、俺のガタイが良すぎるといってもらおうか。」
「あーもう!こんなくだらないこと言い合いたいわけじゃないの!リーノに謝りなさいって言いに来たの!」
ユフィルは頭の後ろに手を回して、髪をわしゃわしゃと乱して叫んだ。ユフィルのサラサラだった髪の毛が、くりんくりんと畝って色々な方向を向いている。
「謝るわけねーだろ、ばぁーか。」
「ケヒャヒャヒャッ!」
「ちょっと…!」
振り返ってその場を立ち去ろうとする俺の腕を掴もうと、ユフィルが手を伸ばす。
「ファイア。」
ユフィルの手と俺の腕の間に、魔法で小さな炎を灯した。ユフィルは甲高い小さな悲鳴をあげて手を引っ込める。
チヴァの背中を小さく叩いて、目で走る合図をする。チヴァはニンマリと意地の悪い顔をして笑って頷いた。流石は俺の長年の子分だ。理解が早い。
俺とチヴァは、そのままユフィルを置いていくように走った。
「あっ、こら!待ちなさい!」
ユフィルの金切り声が聞こえる。俺はそれがなんだか耳障りで、大きく高らかに笑った。チヴァも一緒になって笑う。
ユフィルは本当に馬鹿だ。
◇
「どうすっかなぁ…。」
俺は学校の廊下を1人で歩きながら、進路調査の紙を片手に呟いた。今日、チヴァは風邪をひいて学校を休んでいる。軟弱な奴だ。
この国では6歳から9歳までの間に初等学校で様々な分野の基礎を学んだ後、10歳から自分の選択した学術を深く学ぶことになる。
俺は剣術も武術が得意だ。だが、魔術だって捨てるにはもったいないほどの成績を残している。優秀すぎるってのも考えものだ。
「…………じゃねー?」
「キャッハハハハッ!」
廊下に馬鹿でかい声が響き渡ってきた。前方には壁しかない。だが、この右の角を曲がれば俺のクラスの教室がある。恐らく、そこからしてきてるのだろう。うるさい声だ。
「ほんっとデイブスってムカつくよね。」
なんだ?俺の話か? ムカつくってなんだ。
「あいつさ、家の力しかないくせにホント偉そうにしすぎだよね。」
家の力だけじゃない。俺は全教科でTOP3以内を維持している。十分偉いはずだ。
「チヴァがいないと何もできないくせに。」
違う。チヴァの方が、俺がいないと何もできないんだ。
俺の足はいつの間にか止まっている。
「それにさ、あいつ自分のことカッコイイって思ってるよね。鏡見たことあるのかって、デブ野郎が。」
「キャッハハハハッ!」
俺はデブなんじゃない。体格が良いんだ。
この角を曲がって教室に入れば、きっとこの俺への悪口を話している奴は黙る。だが、足が動かない。
「デブのデイブス!ほんとあいつにピッタリの名前だな。」
「あなたたち!」
名前への侮辱が聞こえた後、怒鳴る女子の声が勢いよく引き戸を開く音と被って聞こえた。
「どんなにムカつく相手だからって、陰口を叩くのは最低な人間のすることよ!」
「いや、でもさぁユフィル…。」
この女子の声はユフィルだったのか。確かに、こんなキンキンと怒鳴るのはユフィルしかいない。
「ムカつくんだったら直接言えばいいじゃない。あいつだって、陰口叩かれるよりはその方がいいわよ。」
ボソボソと数人の会話が聞こえた後、ガラリと引き戸が開く音と複数人の足音が聞こえた。
こっちに来るのかと身構えたが、どうやらこっち側とは反対方向に歩いて行ったようだ。
少しずつ足を進めて角を曲がると、その姿はもう見えなくなっていた。
いつもとは違いゆっくりと扉を引くと、カラカラと扉から聞こえた。扉って、こんな音もするんだな。
教室を見ると、まん丸とした目で俺を見るユフィルと目があった。こいつ、まだ教室に残ってたのか。
「げっ、デイブス。」
げってなんだよ。そんな嫌そうな顔をして言うんじゃねぇよ。
「あなたがこの時間まで学校にいるなんて珍しいわね。」
「これだよ、これ。」
進路調査の紙を指先で摘んで、ユフィルに見せる。ユフィルは「あぁ。」と呟いて数回頷いた。
「お前はいいよな。召喚師の家系だから、魔術師一択だろ?」
「まぁそれはそうなんだけど…。」
ユフィルに近づくと、机の上には理由欄が何度も消された跡のある進路調査の紙が置いてあった。
「理由のせいで何度もリテイク食らっちゃって…。」
「なんて書いたんだよ。」
「勇者様に会いたいからです。って。
馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。
「何だよその変な理由は。」
「変って何よ!」
「召喚師の家系だから跡を継ぐためにも召喚師になるから〜とかじゃダメなのかよ。」
「あ、それいいわね。」
ユフィルは妙に納得した顔をして、進路調査の紙にペンを向けた。ユフィルのピンクの髪が、紙の上に柔らかく落ちる。
「お前、何でそこまで勇者を召喚したいんだ?」
「だって、勇者様ってカッコいいじゃない!世界を救うんだよ?」
やっぱりこいつは馬鹿だ。思考が幼児のままだ。
「あのなぁ。わざわざ異世界の勇者を召喚しなくても、勇者になる奴が現れるかもしれねぇじゃねーか。」
そう、異世界から召喚された者だけでなく、俺たちにだって勇者になれる可能性はある。しかしその条件は厳しく、勇者以外の職業全てをレベルMAXにする必要がある。そのせいで、ここ数百年は勇者になれたものはいないらしい。
「あはは、そんな人現れないよ。あーあ…。早く勇者様に会いたいなぁ。」
ほんのりとした笑みを浮かべながら虚空を見つめるユフィルに苛立ち、つい握り拳をユフィルの頭の上に落としてしまった。
「いったーい!何するのよ!」
頭を抱えて叫ぶユフィルを背にし、廊下へ向かって歩き出す。
勇者になれる人なんていないって…?俺という天才がいることを忘れているのかこいつは?
廊下と教室の境目に立ち、未だ叫び続けるユフィルに顔を向ける。歯を食いしばってこっちを見るユフィルに、胸の辺りがギュッとなる。
「お前な、そのうち勇者に会わせてやるからな。覚えとけよ?」
そう言って俺は廊下を走った。歓喜に満ちたユフィルの叫び声が遠くに聞こえる。
勇者がいないなら、俺がなってやるよ。俺様に不可能なんてないんだからな。ま、そんなこと、ユフィルには言ってやらないけどな。
興奮しているのか走っているせいなのか、心臓の音が速い。頭がむしゃくしゃとして、無理矢理別のことを考える。
そういえば、俺の悪口言ってた奴らって、多分あいつらだよな。あいつら、ボコっとかないとな。
声から想定したクラスメイトの顔を思い浮かべて、俺は廊下を駆け抜けた。




