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日記(男性A、女性R)  作者: 雨無はれやか
6/6

現実(K)

ある秋。夜。

「日記の翻訳やっと終わりましたねぇ。」

そう言ってにへらにへらと笑いながら私は同僚に話しかける。

「ああ。」

同僚は私の方を向くことも無く、疲れがたっぷりと詰まった重い声で答える。

「もう、何ですかその素っ気ない返事はぁ。やっと終わったんですよ?もっと、ほら、ぱあーーっと喜びましょうよ。ね?」

ぱあーーーっと手を広げる仕草をして私は同僚の背後からさらに話しかける。

「ああ。疲れてるんだよ。話しかけないでくれ。うるさい。」

同僚は依然として振り向かずに、答える。

「かなみちゃんは喜びたいんですよ。それを分かってください。喜んでくれないなら無理やり手を掴んで喜ばせちゃいますよぉ。」

無邪気な笑みを浮かべながらそう言って、同僚に手を近づける。

「やめろやめろ。お前に掴まれると痛い。」

「じゃあ、一緒に喜びましょーよ?ね?」

「しつこいな…。わーい。わーい。これで満足だろ。」

その声は活気の色など一滴すら垂れていない乾いた無色なものだった。しかし、喜んでくれたのは確かであり、ここは妥協だと私は思うのであった。

「うーん、喜んだら次はお酒ですよね。お酒飲みましょっ!飲みに行きましょっ!」

「はぁ。もう好きにしろよ。けど、その代わり俺をしっかり連れてけよ。俺はもう、動きたくないんだ。」

同僚は諦めをありありと体で表明したいのか、地べたに寝転がり大の字になった。

「やったぁーーー。テテン!かなみちゃんの好感度が10上がった!」

ふざけたことを言いながら私は同僚を抱きかかえて職場を出た。少し、胸に押し付けるように意識しながら。





記憶が無い。記憶が無い。同僚を抱きかかえて職場を出た所から後の記憶が無い。酒。記憶が消えた要因は何だ。酒。一体何をしたんだ。酒。クソ、酒か。さっきから頭の中にチラチラ出てくる。酒を飲みすぎたからか。

そういえば同僚はどうした。そう思い辺りを見回すが姿が見えない。

「起きたか。」

声が下方から聞こえる。見ると、私がガッチリ抱きかかえた同僚がいる。抱き枕でもこれほど抱きしめられることなんてないだろうというくらいガッチリ抱いている。私の胸がしっかりと凹むくらい。

「お前のサイズだと、これは、嬉しいじゃなくて、苦しいだからな。よく分かれよ。体格差を。」

ハッとしてすぐに手を離す。

「ごめんね。まさか、こんなに酔うとは…。疲れてたから酔いが回るのが早かったのかも。ほんとにごめんね。」

「いいよ。いつもなら怒るけどさ。今日は、怒る気分にもなれないし。」

なぜか同僚は照れながらそう言って許してくれた。

「なぁ、なんだよ、その顔。いや、俺がこれで怒らないなんてあんまりないけどさ、あんなこと言われた後だとさすがに、そんな気分にならない。 」

「あんなこと?私、何か言ったの?」

私が本当に分からないでいるのが表情にありありと出ていて伝わったのか、同僚は私の顔をまじまじと見つめる。私を見つめる同僚の表情に名前をつけるとするなら、マジカコイツノ相と言った所だ。

「待てよ、待てよ。なあ、本当に忘れたのかよ。俺のことあんなにめちゃくちゃにして、あれだけのこと喋っておきながら忘れたのかよ。」

「ごめん。なんか、ものすごく大事なこと言ってたみたいだね。でも、思い出せないや…。本当にごめんね。教えてくれないかな?」

「はあ?!あ、あんなこと、俺の口から言えないから!恥ずかしすぎるからな?!絶対言わないからな?!」

耳を真っ赤にして同僚が言う。意地悪でもなんでもなく、本当に照れているのがよく分かる。私よ私、一体全体キミは何をしたんだい?これはカツ丼でも用意して一晩問い詰めても足りないくらいの大事が起きているよ?

「忘れてるならもういいよ。帰ろう。俺だけ覚えてるなんて、すごく気まずいし変な気持ちになるから。」

「うん。覚えてなくてごめんね。思い出せるように、頑張るね。」

「もう思い出せなくていいよ。どうせ遅かれ早かれ同じことが起きてただろうしな。」

そう言うと、同僚はスマホを取り出し操作し始める。同じことが起きてた、という言葉が気になるが、とりあえず私も帰りの電車を調べようとスマホを取り出す。画面には02:50の表示。もう終電なんてなくなっている時間になっていることに驚いた。しかし、もっと驚くべきことがあった。バッテリー残量があと20%しかない。職場を出る時には100%にしておいたのに、もう20%ということは、かなりの間スマホを使用していたということだ。何か手がかりがないかととりあえず、バックグラウンドで開いているアプリがないか見てみる。

「うっ」

思わず声が出た。雪写真、美術プラス、C723、outstagram、アルバム、カメラ、写真機能に関するアプリが尽く使われている。これはもしや酔っている間撮影していたのかもしれないと思い、アルバムを開こうとしたが一瞬手が止まる。ここに真実が写っている可能性はとても高い。しかし、どうする、大変なことが写っていたら。だが、ここで開かねばならない。家に帰ってからでは完全に酒の力も消えて見る勇気も無くなっているはずだから。

「あぁっ」

またもや声が出た。明らかに自撮りとわかる動画のサムネイルがずらりと並んでいる。しかも全部とんでもないにやけ面をしやがって!クソ!地雷臭しかしねぇじゃねえか!!

恐る恐る、一つ動画を開く。

「かあいいねぇ!!!しゅき!しゅきしゅきしゅき!!もうね、ちゅってしちゃうよ!ふふ!ちっちゃくてかあいいーーーんだからぁ。」

同僚を抱きかかえぶんぶんと左右に降り、頬にキスをして、にやけて笑い、今度は胸に同僚の顔が埋まるほどギュッと抱きしめて「かあいいーーー」と大声で言う、私が、映って、いた…。再生した時の音量が大きかったのか、同僚が耳を真っ赤にしてこちらを見ている。

「お前、まさか、撮ってたのか?」

「そう、みたい。でも、おかげで何をしたのかわかったよ。」

「いいか、もうその動画は全部消せよ?!絶対にこれ以上開くな!見るな!消せよ?!な?!!」

耳を真っ赤にしたまま、必死に訴えてくる同僚の姿はあまりにおかしい。申し訳なさはあるが、そんな姿をみてしまったらいたずら心が出てしまうに決まってる。

「うん。わかった。」

そう言って私は動画をもう一つ開いた。

「はぁーーーい!これから記念撮影をしましゅ!かなみちゃんの告白タイムだよ!ちゅ!君は私と付き合ってくれる?!10秒以内に答えてね!答えなかったらちょっとずつ私が押し潰していくからね!はいスタート!10!9!8!7!」

私は腕立ての姿勢になっていて、その下に同僚がいる。乱暴なキスをされたあと、いきなり告白され、しかも答えなければ私が少しずつ近づいてくる。とんでもない状況だ。

「付き合う!」

意外な答えを聞いてしまった。不覚にも、いや、きちんと構えていてもドキっとしてしまう言葉だ。

「本当にー??無理やり言わせたとかじゃダメなんだからねぇ??嘘だったらかなみちゃん悲しいから。なんで付き合うのか理由を教えてください!カウント続けましゅ!6!5!4!3!2!」

面倒臭い女だな私は。付き合うって言ってそれで満足しないのかよ。無理やり答えさせておいて嘘だったら嫌だとかどれだけ身勝手なんだ。同僚ももじもじしてるけど、さすがにこの身勝手さにはうろたえるよな。

「ずっと、好きだったから」

「んん?本当に?でまかせじゃなくて?本当にずっと好きだったの?」

「本当だよ…。ずっと好きだったんだよ。好きじゃないやつにこんなにめちゃくちゃにされたら、俺はもうここから逃げてるし、それにこんなに大人しく遊びに付き合ってないよ。」

「本当なんだねぇ。じゃあご褒美に私をあげるう!!私の下敷きになって幸せでしょ!好きな人の下敷きだよ!うへ、うへへ」

耳を疑った。いや、そのあと同僚を下敷きにしてにやにやしてる私の行動も驚いたが、同僚が私のことを好きだったとは知らなかった。同僚の方をちらりと見てみると、私のことを見たまま固まっている。相変わらず耳は真っ赤。

「ねえ、これ本当?本当に私のこと好きなの?」

いっそのこと、直接聞いてみる。同僚は息を呑んで、それからまたじっと固まる。

「ほ、ほんとう、だよ。」

絞り出したような声が聞こえた。確かに聞こえた。心がときめく。好かれるということの幸せは何より素敵だ。もう一度味わいたいから少しいじわるする。

「何か言った?君は小さいからさ、よく聞こえたなかった。ほら、もいっかい。」

そう言って同僚にぐっと顔を近づける。目を見つめる。私に比べて遥かに小さいその目を見つめる。

「本当だよ!すき、だったんだ…」

きゅんきゅんきゅん!!と心が幾千回も音を上げた。本当にときめいた時、心は音を立てるらしい。ときめきすぎて心が苦しい。でも、もう一回聞いてみたいなぁ。ダメ元でもう一回。

「聞こえなかった。もう一回言ってみて?」

「嘘つけ!いくら酒入っててもこの距離で聞こえないわけないだろ?!わざとだろ!」

「うん!もう一回聞きたくて。ね?もう一回。」

同僚は面食らって、あからさまにげぇっとでも声が出そうな表情をする。しかし、大きく息を吐くと、私をじっと見据えて

「本当だよ。好きだったんだ」

と言った。

「ありがとう。今日から付き合おっか。終電もないし、早速私のお家でお泊まりしようね。」

にやけが止まらない。抑えられない。あんまりにも嬉しすぎるし、可愛い。気持ちを抑えきれずに抱きつく。抱きついて、抱きあげて、その辺に散らばっていた上着とカバンを拾って店を出た──



店を出てしばらくたった。川沿いの道を同僚を抱きかかえて歩いていると、同僚が話し始めた。

「なあ、日記の内容、覚えてるか。」

「うん、覚えてるよ。」

「あの内容が本当なら、あの日記は人間と巨人が和解して共生するより前の記録ってことだ。」

「うん。そうだね。」

「こうやって、俺がお前と付き合えたのも、あの日記を書いたアサキとかいう人が頑張ってくれたおかげなのかって思うと、感慨深いんだ。」

「ねぇねぇ、君さ、」

「ん?何だ?」

「職場に来た時、一人称僕だったよね?あと、弱気なキャラだったよね?どうして今は俺とか使ってるの?」

「い、いきなりそんな話をぶち込むなよ。感慨深いって言ってる人間に聞く話じゃないだろ。」

「いいじゃん。ねぇねぇ、どうして?」

「そ、それは、秘密だよ。気が変わるくらい、人ならいくらでもあるだろ。」

「そうなんだ。もし、私に好かれたくて強気で男らしくなろうとしてたんなら、私は君のこともっと好きになるなって思ったんだけど。」

「………。」

「まあ関係ないならそれでいいけどね。」

「実は、」

「うん。実は?」

「実は、好かれたくて、変えました。今の俺とか使ってるのは、キャラです。嘘です。」

「へへ。素直だねぇ。可愛いねぇ。」

「き、嫌いにならない?なよなよしてるとか、頼りないとかさ。男らしくなるためなら頑張るからね!」

「いいよいいよ。こっちの君の方が大好き。キャラの君は素っ気なくてやだ。」

「そっか。じゃあ、嘘ついてキャラ作るのやめるよ。」

「うんうん。それがいい。私が好きな君だ。」

「かなみさんに出会えて、よかったよ。」

「じゃあ、日記のアサキさんとラビットさん達に感謝しなくちゃだね。」

「そうだね。」

「君は良い子だねぇ。」

そう言って私は同僚をぎゅーーーっと抱きしめて、帰り道を歩いていった。

ありがとうございました。

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