研究員Kの妄想
日記A-2,日記R-1の翻訳が終わった。
そして、日記A-3,日記R-2の翻訳作業を始めたのだが、内容に差がある。特に日記Rは1と2に劇的な差がある。
これは、きっと、男性Aと女性Rが向かった北の森で何かあったに違いない…。
一体どんなことが起きたのか…。
翻訳しなければいけないが、気になる…。
気になる…。
ああ…。
(研究員Aはペンとノートを取り出した)
北の森。誰もいない洞窟の中。
僕はラビットと二人きり。
僕はラビットの手枷と足枷を外してから、ラビットの名前を呼んだ。
「はい。何でしょうご主人様」
ラビットはさっきまで不思議そうな顔をしていたのに、今は顔が強ばっている。確かに、こんなこと、普通の奴隷の持ち主なら奴隷を処分する時にしかしないだろう。もしかすると、殺されると思っているのかもしれない。
「ラビット。君には、もう手枷も足枷もない。君は自由に動けるし、それを止める者も止められる者もここにはいない。故郷に帰ろうと思えば今すぐにでも走って帰ることができる。僕を殺そうと思えば、今すぐ殺すことが出来る。」
僕はラビットの手に腰をおろしながら、話を始めた。ラビットは平静を保とうとしているが、混乱していることがあからさまに表情に出ている。
「実は、僕は『奴隷』という人の扱い方が嫌いなんだ。君の事を買ったのは父さんだし、僕は最初から奴隷を買うつもりはなかったんだよ。父さんが勝手に処分してしまう可能性があるから、人目に付く所では奴隷として扱っていたけど…僕の部屋の中では全然奴隷の扱いなんてしていなかっただろう?」
ラビットの目が大きく開いた。とても驚いているようだ。僕が買主だと思っていたんだろう。(部屋の中で奴隷扱いしていたじゃないか!という驚きではないと信じたい)
「君を奴隷にしたくないから仲良くなろうとしたんだけど、買主に本音を言う奴隷なんて聞いたことがないからね…。実際、君に何を聞いても模範解答ばかりだ。あれが本音なら申し訳ないが、君は嘘ばかり言っていただろう?」
ラビットは周りをキョロキョロと見回した後に、僕をじっと見た。動揺しているのがバレバレだ。やっぱり嘘ばかり言っていたんだろう。
「ラビット。ここには僕と君しかいない。それに僕は君の手の中にいるから、いつだって殺せる。馬だって無いから君が逃げても僕は追いかけられない。
もし、僕に恨みがないのなら…僕を殺さないでいて、逃げないのなら、君と本音で話をしたい。君と対等な関係を築きたいんだ。」
ラビットは僕を見つめたまましばらく黙った。そして、静かに、僕が座っている手の平が動き始めた。ラビットの手は僕を包み、徐々に、締め付ける力を強くしていった。もう限界かもしれない。骨が軋んでいる気がする。僕を締め付けるラビットの目には、何の色もない。無表情だ。
「本当に、殺されてもいいと思ってここに来たんですね」
ラビットがそう言うと共に、締め付ける力が突然消えた。試されていたみたいだ。本当に殺されなくてよかった。
「ご主人様。いえ、アサキさん。あなたは不思議な人ですね。それに、優しい。いいでしょう。人間のことは信用できませんが、あなたのことは信用します。お話しましょうか」
ラビットはそう言って微笑んだ、と思う。無表情のままだが、僕にはそう思えた。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。
ラビット…いや、君には本名があるんじゃないか?話を始める前に、名前を知りたいな」
「ラビットで、いいですよ。今の名前の方がいいです」
顔は無表情だけれど、声にはハッキリとした意思があった。何か訳がありそうだが、今触れるべきことではない。
「そっか。ラビット、僕が話したいことっていうのは、君との関係のことなんだ。
僕はね、君と、友達になりたいんだ。」
ラビットの目は尚一層開いた。本当に驚いているのだろう。
「僕はあんな家の生まれだし、仕事相手も大人ばかりだし、対等な関係の友達がいないんだ。皆年上で、金の事しか見てない奴らだ。だから、本当に、寂しくてね。死んでしまおうかと思う日もあったよ。
だから、せっかく君と出会えたこの機会を無駄にしたくないんだ。君と日々を過ごすのは本当に楽しかったから。
もし君が良かったら、友達に、なって…ほしい」
こんなこと言うの初めてだ。友達って、こうやって作るものなんだろうか。間違ってるかもしれない。そもそも、奴隷として来た人間に友達になってほしいなんて、都合が良すぎるかもしれない。怒ったりしないだろうか。
ラビットの目が、さっきからずっと僕の目を見つめる。目と目が合って離れない。
何を考えているのだろうか。
「アサキさん。あなたは本当に不思議な人ですね。友達を作ると言ったって、巨人を相手にそんなことを考える人はいないでしょう。
…いいですよ。友達になりましょう」
そう言って、ラビットは微笑んだ。初めてラビットの笑顔を見た気がする。それだけで僕の緊張や不安は全て掻き消えてしまった。
「ラビット。ありがとう。嬉しいよ!」
「私も、嬉しいです。」
end
ああどうしようか。きっと徹夜で疲れているんだろう。こんな妄想小説書いてることがバレたら、首が飛びかねない。
いやしかし、これはいわゆる気分転換というもので、次の翻訳作業に集中するために必要だったんだ。うん。必要なんだよ。
よし、言い訳も出来た。
翻訳作業の続きをするか…。




