第六話「決着」
魔王が少し思案するような間を置いてから右手の薬指を突き出すと、指先の剣から小さい竜巻が発生、倒木を巻き込みながら拡大していく。
「風を操るのか?」
次々に作られる竜巻が更に規模を増して上空に駆け上がって来た。僕は右に左に、上に下にと空中機動を繰り返して竜巻を避けた。
うねり絡まる風の渦巻きに取り込まれた倒木がぶつかり合い砕け粉砕されている。
「あんなのに巻き込まれたらこっちは挽き肉だ」
ただの風だと思っていたが少し耳の奥が痛い。あの剣はどうやら重力を操り、気圧を変化させているようだ。四方を竜巻に取り囲まれ、僕は仕方なく地上に降りて森の中を走る。
「重力の方向を変えて自分が飛ぶ事も出来るだろうに、ケツの下から攻撃されるのは勘弁なのかな?」
森の木々に隠れながら魔王に接近して後ろから背中に切り掛かる。帯電させた剣が食い込んだ身体から雑魚魔が盛大に飛び散った。
「セコイ攻撃だけど百万回繰り返してやるよ」
長い両腕を振り回し、こちらに一撃を加えようとする魔王の周りを飛び回りながら喰らいつき、何度も剣を繰り出して魔雑魚を削る。
「ほらほらほら、ほらっ! 雑魚魔退治は得意なんだよ」
不意に死角から剣が懐に飛び込んで来た。間一髪、剣で受け流し距離をとる。結界の作用で間合いに入って来た謎の剣の切っ先が鈍った事に救われたようだ。
魔王の左手の小指が触手のように延び、その先には剣の刃が光っていた。剣自体の柄も伸び、刃すらも変形して自在に攻撃を仕掛けて来る。
攻撃を受けつつ徐々に魔王と距離をとりながら、小指が延びきった一瞬をついて切り跳ばしてやろうかと考えたが深追いはしてこない。どうやらこちらの考えは読まれているようだ。
「ヤクザのクセに小指を詰めるのが恐いのかよ」
ただ少し、さっきから引っかかっていた事に気が付いた。
「こいつ、もしかして二本の剣は同時には使えないのか?!」
更に距離をとると伸びていた小指も縮まり、剣は文字通り元の鞘に収まった。接近戦は封じられたが、新たな策を思いつく。同上攻撃だ。
地上に降りて森の中を走り抜けながら、適当な場所で剣を帯電させ空中に円を描きつつ放電する。移動しながら稲妻の輪を五つ作り上げた。
木々に隠れて魔王の様子を伺いながら、マントで五つの放電輪の周辺重力を微妙に操作する。五つの輪はゆっくりと魔王に接近し、周りを不規則に動き始めた。
「まるで天使の輪だな。さあ疑似餌に食らいつけ! 魔王」
まずは一輪を飛び込ませると、魔王はそれを左手で受け、輪は消え去った。またしてもあの人差し指の剣の防御力が発揮される。僕の最初の一撃も左手で受けていた。
間髪をいれずにもう一つの輪を後ろから叩きつけると、輪は魔王の腰にめり込み魔雑魚が血しぶきのように飛び散る。
「あと三つだ。天使の輪に集中しろよ」
僕はサンダーエクスプローションを構えて、タイミングをみながら魔王との距離を少しずつ詰めた。間合いに入ると同時に三つの放電輪を同時に魔王にぶつけて攻撃を仕掛ける。
輪の一つ目はまたしても左手で受けられたが、二つ目は魔王の腹をえぐり、三つ目は後頭部を直撃した。
僕の体は瞬間移動に近いスピードで魔王に接近しているが、まるでスローモーションのように周りの動きが見える。魔王がゆっくりとこちらを振り返る動作に移った時、逆手に持った剣が頭部に突き刺さった。
サンダーエクスプローションが蓄えたエネルギーを放出。魔王の体の内部で剣の雷撃が爆裂した。
「これが本来の雷撃爆裂の使い方なのさ。体の中から弾け飛べっ。魔王!」
魔王の黒い体から四方に稲妻がほとばしり、轟音が鳴り響く。魔王は断末魔のような叫び声を上げた。
剣を頭から抜いて離れると苦し紛れに繰り出された魔王の右手が僕の体を捉える。あの薬指のせいで、一瞬の重力変化に体の動きが止まってしまったからだ。体中に衝撃が走り、僕は森の木々を砕きながら数十メートル飛ばされ地面に落下した。
「くっ、結界の力が下がっている?」
一時的にエネルギーを使い果たした剣の帯電衝角はたいして使い物にならず、マントの重力変調は、あのいまいましい右手の薬指にほとんど相殺され、頼みの綱の結界はあまり力を発揮しなかった感じだ。
横たわったまま自身の体をチェックする。どうやら僕の体は致命的なダメージを受けてしまったようだ。現実世界なら全身複雑骨折に内臓破裂で瀕死だが、この夢の世界では痛みと能力の低下で実際に骨が折れている訳ではない。マントを操作する意思があれば立ちあがる必要はないし、精神力があれば剣は力を発揮する。
全身の痛みに耐えながら素早く頭の中で計算する。体は明日になれば回復するので、一時撤退を考えたがそれは止めた。魔人は苦しんでいるようだ。ここが勝負どころと決めた。
「くそっ、くそっ、くっそーー。親に気を使って、良い子して。毎日勉強して毎日我慢して、部活もやらされ無駄な塾にも通ってさ!……」
周囲の空間が僕の肌に感じられるほど帯電し始めた。握りしめた剣が浮き上がろうとするのが分かる。
「……引きこもりになってしまったこの僕が、毎日好き勝手やっている! 僕がニート野郎のクズ魔人の塊に負けるかよっ!」
全身の痛みに耐えながら剣を杖代わりにして立ちあがり、マントの力で浮き上がる。魔人は先ほどの攻撃で飛び散った大量の魔雑魚を引き寄せ回復しつつあった。
サンダーエクスプローションの力を最大限に使い果たしてもここで止めを刺す事にした。剣を両手で持ち頭上にかざす。
「くっそーー、ニート魔王なんて目じゃないんだよ! この俺がっ! 最強の戦士がこの世界の王になるんだからさっ!」
剣から放たれた三条の稲妻が天に向って広がってから角度を変え魔王に向かう。こちらに背を向けてかがんでいた魔王は左手を上にかざし防御態勢をとる。一条の雷撃がその手の剣に吸い込まれるが、他の二条が魔王の体に別角度で突き刺さり胴体の中央で交差、衝突した。
森の中に、まるで張りつめた光の膜が端から裂けるような、パリパリと耳障りな雷鳴が響き、続いて大地すら震わせるような破裂音と共に、魔王の体が一瞬膨らみ弾け、何体もの魔人がぼろきれのように中を舞い消滅する様が見えた。
「これが本当の奥の、奥の手さ。辞書でサンダーを調べてみな」
体の中で発生した音撃で胴の部分が消滅した魔王の下半身が膝をついて、上半身はゆっくりと崩れ落ち、魔王の赤い口が耳まで裂けてこちらに笑いかける。
上半身が泥人形のように崩れ始め、断末魔の魔王から辛うじて突き出された左手の人差し指が一瞬光り、今さっき吸収された雷撃が放たれる。
全ての力を使い果たした僕にはもうそれを止める術はなかった。
僕はまたしても吹き飛ばされ、地面を引きずり転がり崖に衝突してあお向けに倒れる。結界の力は成りを潜め、全身を駆け巡った稲妻は体の機能をほぼ完全に停止させた。
静寂を取り戻した空間に、今更ながら遠くの山々に反響した破裂音が木霊となって響き渡る。盛大にぶちまけられた熱量の影響か、空が急激に黒い雲に覆われ、冷たい小雨が降り始めた。
動かない体と朦朧とした意識の中で僕は考えた。この世界での死は夢からの退場を意味する。
多分現実の世界からもう夢の中へ来る事はないだろう。魔人を倒した僕の最後の戦いはこの世界で、伝説の端っこぐらいにはなるのだろうか? 現実の世界に戻ったらもう引き籠りは止めて、こちらで過ごしたように、何かを好き勝手やってみようかと思った。
僕の意識は途切れ始めた……。