第十九話「決意の時」
この一件以来ナタリアは夢の世界に姿を見せていない。
「今日で三日目か……」
魔人出現の報がないので僕は【戦士ハウス】で待機していた。
「この世界で何かショックを受けた場合に、何日か夢の中に入れないない時がありますわ」
「私たちって戦士から魔を受けるのが仕事だったから、逆は精神的にもきつかったのかも……」
アナが机に頬杖を突きながら心配そうに言う。
「僕も魔人から傷を受けたら同じようになるのか……」
現実の世界で昏睡している僕はこの世界に来れなくなるとどうなってしまうのだろうか? 一瞬、死の文字が頭をよぎる。僕は頭を振って思考を変えた。
「どんな戦士も傷を受けたら同じようになるのかな?」
「強い力を持つ騎士様や戦士様なら、聖女の力を借りずとも魔の力に打ち勝つことができますわ」
ローゼが説明してくれた。戦士としての個人の力は戦いだけではなく、このような状況でも現れるらしい。
「例えばロレンツ様ほどの騎士ならちょっとした傷なら自身の力で治します」
「皆はなんでこんな危険を冒して戦っているの?」
少しの間を置いてアナが口を開く。
「私はただ流されているだけかも……、ごめんなさい」
「いやあ、アナ。僕だってそうだよ」
「幼いころロレンツ様は私を助けてくれました。私は少しでもその時のお返しを、誰かにしてあげたいのですわ」
「そうか……」
誰かを助ける。大勢の人の力になる。現実の世界に戻る為には、何かを成さなければならないのかも……、僕はぼんやりとそう思った
翌朝、目が覚めて部屋に行くと、お茶をいれているナタリアの後姿が見えた。
「ナタリア!」
「おはようございます。シンジ様」
「良かった、来てくれたんだ」
「はい、ご心配をおかけしました」
それからの一週間、僕はナタリアと共に森の奥まで慎重に魔人を探索した。魔雑魚は相変わらず多いが、魔人の姿は確実に減っている。
ナタリアは先の失敗から学んでくれたようだ。つねに結界の庇護を意識しながら行動している。
結局二人で話し合って弓矢もナタリアに譲る事にした。僕はオリハルコンを集中して極めたいと思い、ナタリアも了解してくれた。
時々山の近くを移動している魔人をナタリアが結界で察知した。
東の山の麓、あの魔王の住処と呼ばれる場所には、たいした魔の気配は感じないとナタリアは言っている。
「魔王はもういないのかな?」
「ええ、ローゼも結界で読んでいるけど、気配は消えたままだと言っているわ」
「そうか……」
僕は少し試案する。行っても問題はないだろう。ただ、いざという時の逃げ道も考えなければならない。
「今日はこれから現地に行ってみるよ。ナタリアは先に帰っていて」
「分かった」
万が一の戦闘に備えて一人で行く事にする。逃げるだけなら一人の方が確実だ。ナタリアは察してくれた。
この世界にやって来た日、街まで来た道を逆に魔王の住処と呼ばれていた場所に向かう。
草原を抜けて森の中に入りあの場所にやって来た。前の戦士が倒された場所、僕がやって来た場所だ。
ここで倒れ、この世界を退場した戦士はなぜ、キャラクター紹介に白銀の騎士やレイの名前を書き込んだのだろうか? もしかして彼は早い時期に皇都行くつもりだったのだろうかと思った。
周囲には魔王どころか魔人、魔雑魚の気配さえ感じない。僕は決意した。
【戦士ハウス】に戻り魔王の住処に行った事を話す。
「東の森の奥に特別な気配は感じなかったよ」
「魔王はもうこの街の近くにはいませんわ」
「やっぱりそうなんだ……」
ローゼの説明によれば、確かに魔王は魔人を束ねているが、それは一時的なこの街周辺での話で、何もこの世界、魔人全ての王ではないとの事だ。
今はもう別の場所に移動しているらしい、僕は少しほっとした。
「皆に話があるんだ……」
「どうしたの? 改まって」
「僕は皇都に行こうかと思う」
三人は顔を見合わせた。
「いつか旅立ちの時が来ると思っていましたわ……」
ローゼは少し寂しそうに言い、ナタリアとアナは下を向いた。
「旅の途中で魔人を退治する事もあるかと思います。気を付けて下さい」
「うん」
「今までは私たちの結界の中で有利に戦えました」
「つまり今までより僕は苦戦するのか……」
「勝てない訳ではありませんが、注意してください」
「分かった。気を付けるよ」
それから更に一週間、僕とナタリアは街の周辺を念入りに探索した。街を離れる前に出来るだけ周辺の魔人倒しておきたかった。
「ナタリア、これも置いていくよ。使って」
僕は異世界スマホを差し出した。
「うん、ありがとう。地図を使えるのは便利だわ……」
「ただなあ……」
異世界スマホは結局、普及しなかった。多分スマホに関係している技術者がこの世界にやって来て、創造に成功し普及させようとしたのだろう。
しかしそれは失敗した。街にあったショップは閉店して今は別の店になっている。
「使えるうちは使わせてもらうわ」
現実で嫌と言うほど使っている電子機器を、なぜこんな中世を模した世界に来てまで使わなければならないのか? と多くの人は考えたに違いない。
実際、人々は農家を始めたりマーケットに店を開いたり、色々と好きな事をやって十分にこの世界を楽しんでいるようだった。
組合に加入していない僕は、指示に従う必要はないけれど聖女に助けて貰っている手前、組合の考えを尊重しようと考えた。
僕の皇都行きの話を組合に相談したローゼからの回答がきた。この街スーリフは魔人の数も減少しているので組合として問題はないとの話だった。
イザベルも新たな聖女として三人に加わってくれる事になった。
なにより今、皇都には各地から引き抜かれた戦士や聖女が続々と集結しているとの話だった。もしかするといずれこの中の誰かが皇都行きを指示されるかもしれない、とローゼは言った。
旅立ちの日、三人は街の外れまで僕を見送ってくれた。
「ローゼ、ナタリア、アナ、色々とありがとう」
僕は順番に三人と硬い握手を交わした。
「皆がいなければここまで戦えなかったよ」
「シンジ様の実力ですわ」
「そうそう、魔人から何度も助けられたし」
「年下じゃなければ、彼女に立候補したいくらいカッコイイ戦士様でしたよ~っ」
僕は照れくさくなって頭を掻いた。
「私たちからのプレゼントよ、と言ってもローゼが創造したんだけどね」
ナタリアが青いマントを差し出した。それはかつての戦士が使っていたのと同じ青色のマントだった。
「ありがとう皆。これは空を飛べるの?」
「すぐには無理ですわ、シンジ様。マントの力で飛ぶのではありません、自分の力で飛ぶのです。マントはちょっとしたきっかけに過ぎません、それを忘れなければきっと飛べるようになりますわ」
「うん」
僕はその青いマントを羽織った。
「それじゃあ行くよ、さようなら、皆。必ず騎士になって、この街に帰ってくるよ! さようなら~~」
走り出した僕は一度、振り向いて手を振った。そして、これから起こる事を考えながら真っ直ぐに前を向いて歩き始めた。
「ねえ、ローゼ。シンジ様は騎士になれるのかな?」
「皇都での戦いは大変なのに~~」
「なれますわ。見なさい、シンジ様を……。もう私たちのことを振り返りもしない」
「うん」
「うん」
ローゼとナタリア、アナの三人は姿が見えなくなるまで、その少年を見送り続けた。
第二章はこれで終わりとなります。第三章の開始まで少し時間を頂きます。