第十八話「聖女の存在」
「きゃあーーっ!」
魔人の一撃を食らったナタリアがダミー人形のように中を舞い、木にぶち当たってドサリと地面に落ちる。
「マズいっ!」
背中から例の矢を抜きナタリアに向かう魔人に放つ。矢は胴体に命中して数メートル魔人を後退させたが、いくつかの魔雑魚が飛び散っただけだ。
「ちっ! たいして効いていないのか?」
僕のミスだ。いつもより、つい余計に森の奥に入ってしまった。まさかこんな魔人にぶち当たってしまうなんて。コイツは僕らの街を目指してはいなかったはずだ。
ただ通過するだけの敵だったのに。
その日、僕とナタリアはいつものように森の奥に入っていた。ナタリアの結界で魔雑魚を見つけ出し処理して回る。今日もまた魔人の気配は感じられなかった。
「ねえ、シンジ様、もうちょっと奥まで行ってみようか」
「うーーん、そうだなあ……」
僕は深く考えずにナタリアの提案に同意してしまった。
「くそっ!」
この魔人を見つけた時も二人で二本の剣を使えば倒せると簡単に考えてしまった。魔人は明らかにナタリアだけに的を絞って攻撃を繰り出した。
三メートル級以上の魔人を見ながら倒れたナタリアに駆け寄る。
「ナタリア! しっかりして」
「ううっ……、ごめん、シンジ……様」
「剣を借りるよ」
彼女の手からローションを取り、二刀流になって一気に魔人との間合い詰める。なるべくナタリアから離れて戦わないといけなかった。結界の強度が上がるのが分かる。
飛べっ! 心の中でそう叫び飛び上がる。魔人の攻撃をオリハルコンで防ぎ、繰り出されたもう片方の魔爪の攻撃もローションで防いだ。
魔人の頭を蹴り上がり空中で一回転する。右か左か……、右だっ! 落下しつつ全体重をかけて二本の剣を魔人の右腕に振り下ろす。
腕が切断されると同時に左の魔爪が飛び込んで来る。体を仰け反らせてかわし、ローションをその腕に突き刺し手放した。
地上に降り立ち両手でオリハルコンを握り、地面に着いた両足を踏ん張って魔人の右足に叩きつける。
「根性見せろ! オリハルコン!」
腿の半分程度に食い込んだ部分が白く光り、魔人の片足が二つに折れる。しぶとくローションが突き刺さったままの腕で攻撃を繰り出すが、更にオリハルコンを突き立てると腕もポキリと折れた。
落ちて来たローションの柄を掴む。片足だけになった魔人は崩れ落ち、僕は二本の剣を握りしめ仁王立ちになった。
「魔人め~っ!!」
頭上にオリハルコンとローションを何度も振り下ろすと、頭部に続いて魔人の胴体も白く光って消え去った。
魔雑魚を全て処理して、僕は倒れているナタリアに駆け寄りローションを彼女の鞘に納める。
「大丈夫?」
「ごめんなさい……、シンジ様……」
「傷は浅いよ、さっ、【戦士ハウス】に帰ろう」
僕は彼女に肩を貸して立ち上がった。
「歩ける?」
「うん……」
「痛いかもしれないけど我慢して」
「うん、うん……」
歩みは遅いがなんとか森を抜け出ると、農家の家と納屋が見えたので僕はナタリアを下ろす。
「ちょっと、待ってて」
訪ねて事情を話すと農家の主は快く馬車を出してくれた。僕はナタリアを連れ納屋に向う。荷台に乗せると裏手から馬が引かれて来た。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
ナタリアは泣きながら何度も僕に謝る。
「大丈夫、大丈夫だって」
街中に入り【戦士ハウス】が近づいてきた。アナが通りに出て周りを見回している。もう辺りは薄暗かった。結界で見ていたはずだったが帰りが遅いので心配しているようだ。
「アナ、アナーっ! こっちだよ」
馬車の荷台に立って手を振ると、気がついたアナがこちらに走って来る。
「ナタリア!」
「魔人にやられたんだ。ローゼも呼んできて」
馬車が【戦士ハウス】の入口前に着き、アナとローゼが両肩を支えながらナタリアを家の中へ運び込む。
僕たちをここまで運んでくれた村人に御礼を言って家の中に入った。
「僕のベッドに……」
ナタリアを奥の部屋に運んでベッドの上に寝かせる。
「ローゼ、やられちゃったよ……」
「ナタリア、大した傷じゃないから。大丈夫ですわ」
ローゼが手を握りながらナタリアに話しかける。
「でもだいぶアイツらに入り込まれちゃったよ……」
「その為に私たちがいるんじゃない。心配しないで」
アナが救急箱を持って来た。
「早く手当てをしましょう。アナ、服を脱がせて」
「はい」
「シンジ様は水を汲んできて下さい。それとタオルを」
「分かった」
裏口から出て共同の井戸で水を汲む。桶を持って部屋に入るとナタリアはベッドの上で、裸で寝ていた。
タオルを取り、桶の水に浸して絞りローゼに渡した。大きな胸の左側が血に染まっていた。
「見たところ傷は左胸の三本だけですわ」
ローゼが胸の血を拭う。
「うん、前かがみになった所を魔人の右腕で吹き飛ばされた。プロテクターはバラバラになったけど、指三本分の傷で済んだみたいだ」
「頭の傷は?」
「これは木にぶつかった時に出来たんだ……」
「あっ、ああっ! 駄目、嫌っ! やーーっ!」
裸のナタリアの体が痙攣し始め、見開かれた瞳からは涙があふれ出る。
「なっ、何なんだ? 一体何が?」
「アナ、早く!」
同じく裸になったアナがナタリアの体を抑えるように覆いかぶさった。
「これはいったい?」
「シンジ様、ナタリアの手を取って下さい」
「うっ、うん……」
恐る恐るナタリアの手を取って握ると、結界が繋がるような感じが体中を包んだ。そして何か得体のしれない物が頭の中の視界に広がった。
「うっ、うわっ」
僕は手を放し、のけぞって床にへたり込んでしまう。
「なっ、なんなんだ? これは? 真っ黒な悪意と憎しみ、それから何? こんなの僕は見た事ない……」
胃の中から何かがこみ上げてくる。
「うぷっ」
僕は口を抑えて裏口から外に飛び出した。
「おえっ、ゲェ……」
口から絞り出された胃液がほとばしり出る。涙と鼻水が地面にボタボタと落ちた。
「こんな事って……」
部屋に戻ると裸になったローゼも覆いかぶさっている。ナタリアは静かに寝ていた。僕は三人の上に毛布を掛ける。
「ありがとうございます」
「いや……、ナタリアは大丈夫なの?」
「はい、体の中の魔を私たちに分散します。そうすれば現実の世界に戻った時に消えるのですわ」
「そうなんだ……」
「大丈夫ですわ。今、私も彼女の中の魔を見ていますがこれぐらいでしたら……、んっ、うっ」
ローゼとアナの顔が青ざめている。
「情けないないよ……、戦士様、戦士様なんておだてられて……、君たちの方が僕よりずっと戦っていたなんて」
僕は床に座り込んで両膝を抱え、そのまま眠りに落ちた。




