第十四話「放棄された街」
朝になり僕はこちらの世界にやって来た三人に起こされた。
「う~ん、おはよう、皆……」
「おはようございます。シンジ様」
「おはよう」
「おはよ~う」
「先に結界を張って街を探りましょう」
「はい、私が……」
アナが手を上げた。
「シンジ様は地図を見ながらアナの言葉を追いかけて下さい」
「了解」
アナは床に横になって両脇のローゼ、ナタリアが手を握った。
「……」
目を閉じて意識を集中しているアナが喋り始める。
「街の南門まで来たけど、ここまで魔人の気配はなかったよ」
「街の中に入ります。ニ、四、五…。普通サイズの魔人がいっぱいいる。数え切れないくらい……」
「両脇の建物の中に魔人の気配はなし、アイツら結界に気が付いたみたい。周りを見回している」
「アナ、魔人からもっと離れて。危ないよ」
ナタリアが声をかける。
「うん、分かった。教会が見えてきた。ここら辺にもアイツらいっぱいいるよ。北、東西への通りが見える……」
「奴ら、北の通りには少ないわ。東西は……、南の通りの半分くらいいる」
南門から中心部までの通りに魔人は多くいるようだ。
「あっ、魔人に足をつかまれた。離せ、このっ!」
アナが身を捩る。
「アナ、結界の強度を上げるわ」
「はい、あっ、ヤツの腕が吹き飛んだ。教会に行ってみます」
結界の意識に魔人は直接接触する事も、それを物理的に排除する事もできるようだ。強力な力だと僕は思う。これは聖女なら普通に持っている力なのか、彼女たちが特別なのだろうか……?
「教会の入り口は正面だけです、壁は……、通り抜けできないよ。建物の中は不明」
「高度を上げて周りを見る事は出来る? アナ?」
「うん、やってみる。だめ、ぜいぜい二十メートルまで。教会前の広場を中心にして十字の大きな通り、街並みの中には不規則な路地……」
街の状況がなんとなく理解でき、僕は作戦を考える。正面の突破は無理のようだった。
「アナ、そろそろ戻って来て」
「はい」
ローゼの問いにアナはそう返事をしてから深いため息をついた。そうとうの集中力と緊張が必要なようだった。
僕はスマホの画面に映った地図を拡大してスライドさせる。
「状況は大体分かった」
「大丈夫?」
ナタリアが心配そうに僕の顔を見る。
「う~ん、いざとなったら逃げだすよ。無理はしない」
「それでいいですわ、シンジ様」
続けてローゼから色々とアドバイスを受ける。
「とにかく気を付けて……」
「うん、分かった。行って来るね」
三人に見送りを受けて僕は街までの道を歩く。しばらく進むと門が見えた。鉄柵は片側だけが半分開いている。
こんな森の奥によくもまあこれだけの街を創造したものだ。教会の存在ありきだったのだろうか? この世界にまで宗教の概念を持ち込む理由も今一つ分からなかった。
石畳の通りに何体もの魔人が見えた。僕は街の中に入って弓を構える。
「帰りが楽になるからな……。さあ、向かってこい!」
ゆっくりと向かって来る魔人に狙いを定め、連続して矢を放つ。例の矢を五本使って魔人を倒し、剣を抜き残り三体の魔人に切り込んだ。
矢を回収すると街の中心部から、こちらに向かって来る黒い群れが見えた。
「まだ教会の周りに集まっているのか……」
魔獣たちをある程度引き付けてから路地に入り懐からスマホを取り出す。歩きスマホならぬ走りスマホだ。この世界で校則は無視しても構わないだろう。
さっきのアナの話では、ほとんどの魔人は東西南北の通りを徘徊しているようだ。慎重に路地を選びながら進み、時折出くわす魔人を切り倒す。
「さてと……」
東側の通りに出て周囲を見渡すとやはり奴らは街の中央、教会の方向に固まっている。
「参ったな……、仕方ないか」
寄って来る魔人に対して先ほどと同じように弓の攻撃を繰り返して魔人を削る。ここにいる魔人は普通サイズばかりなので排除は容易だった。
通りからまた路地に入り、今度は北側の通りを目指した。途中で五階建の建物が目に付く。この街の建物は殆どが二階か三階建だ。
東の通りからここまで魔人には出くわしていない。建物の中に入り様子を窺いながら階段を駆け上がる。中に魔人はいなかった。
最上階の窓から中央の広場と教会を見る。魔人はやはり教会周辺をうろついていた。
アナは教会に裏口はないと言っていた。
「よしっ!」
北の通りに出る。こちらも魔人の数は少ない。手近な相手を三体ほど倒して西に向かって路地を進む。通りを横断して教会のある区画に入った。
地図を見ながら魔人に出くわす事もなく、教会の裏手まで移動する事が出来た。教会の敷地は高い塀に囲まれているが、幸い隣の建物には裏口がある。
「いけそうだな……」
中に入り正面玄関の横の窓から外を窺う。魔人たちにこちらを警戒する動きはない。外に出て素早く教会の入り口に移動する。幸い扉に鍵はかかっていなかった。
教会の中に入り剣を収める。かつてこの街守る為、広範囲に渡って張られていた結界は縮小したが、辛うじてこの教会だけは守られているとの事だった。
長椅子が並び両脇の壁にはいくつものステンドグラスがはめ込まれている。黒い魔人と思われる人形と、中世風の鎧を纏った騎士が戦っているデザインだ。
「これは……聖母?」
光輝く長い髪の女性の前でひれ伏す魔人たち。他に騎士たちを先導する女性や、手に持った杖から炎が噴き出ている様子などが描かれている。
「魔法なのかな?」
正面には天と地を模したようなステンドグラスと十字架が掲げられている。祭壇の上に卵大の青い何かが置かれていた。
「これが例のレアメタル?」
僕は輝く金属片を手に取った。透明感のある青色は宝石のような色ではあるがステンドグラスにかざしても光は通さなかった。
「金属なのか……」
その奇跡のレアメタルを胸のポケットに入れてボタンを掛ける。
「問題は帰りだな」
帰路は逃げるだけなので一気に南門まで強硬突破する事にした。結界の力も期待できる。
扉を少し開けて外の様子を窺うと、魔人たちは特に教会に注意を払うでもなく徘徊している。まるでゾンビだ。
ゆっくりと表に出て扉を閉めて剣を抜く。
よしっ! 心の中で気合を入れてから、僕は無言で駆けだした。
こちらに反応して攻撃を仕掛けて来る魔人の腕を斬り飛ばす。掃討が目的ではないので本体への攻撃は行わない。
南門を目指しつつ群れの薄い方向へと進む。剣を振り回しながら血路を開くが、戦いに反応して魔人は集まりつつあった。
「まずいな!」
一瞬、教会までの一時撤退が頭をよぎったその時、前方の魔人数体の頭が吹き飛んだ。結界の力だ。
「いいぞっ!」
一気に魔人の壁を突破して中央広場から南へ続く道に入る。立ちふさがった魔人数体の頭がまたしても吹き飛ぶ。後ろを振り返ると魔人たちは追っては来ない。
南門にたどり着きもう一度後ろを振り返るが魔人たちはもうこちらに興味がないようだった。外に出て鉄柵を閉める。
ポケットから金属片を取り出し眺めてみた。奇跡のレアメタルと噂されるくらいのだから何か力があるのだろう。
とりあえず今のように身に着けていても、何も御加護がない事は分かった。敵に向けてかざせば青いビームでも発射されるのだろうか?
「試してみれば良かったな……いや、そんなご都合な展開にはならないか」
そんな事を考えながら僕は帰路についた。
温泉の建物が見えた。三人は表に出て、アナは飛び上がりながら手を振っている。なんとか任務は成功した。




