プロローグⅤ
ネーグとライネは尚も激しい闘いを続けていた。
お互い最初に一撃ずつ傷を食らったが、その後は互角に争っていた。
ネーグが敵の左腕に剣を当てた直後、カウンターを狙い心臓へ向かって一気に刃先を突き立ててきた。
ネーグは剣で防ごうとしたが間に合わず、咄嗟にしゃがんで防ごうとした。
しかし、沈むのが浅く左肩からは血が流れ出した。
「ほう、結構やるな、女よ。名前でも聞いておこうか。」
「じじい、これから入る墓標にでも俺の名前を刻んどいてもらえ。このライネ様の名前をなぁ!」
名乗りと同時に葬りたかったのか、ライネはネーグの胸へ五連撃を食らわせていった。
しかし、ネーグは一歩下がるだけでこれを避け、更なる追撃も躱しながら同時に攻撃へと転じていった。
だが、ライネもネーグの剣撃を読みながら起用に避けていく。
互いに技の読み合いとなり、攻撃は段々と当たらなくなっていた。
双方がすぐに終わると踏んでいたこの勝負は気が付けば長期戦へと入り始めていた。
二人の剣技は常に拮抗していた。
しかし、だからこそネーグは焦っていた。
彼自身、闘い始めた時から感じていた。
お互いの力はほぼ互角と言っていい。
だから、このまま戦闘が長引けば体力の差で自分には分が悪い。
ネーグは肩で息をするまでに疲労が見え始めていた。
しかし、ライネの方はまだ涼しい顔をしていて余裕があるようであった。
剣を交えながら、ネーグは一撃必殺の好機を狙っていた。
「ライネとやら、今なら剣を置けば金持ちの美男子を夫に紹介してやっても良いのだが…。」
剣を打ち込み、そしてまた更に打ち込んでいきながら年頃の娘の欲求を誘った。
しかし、ライネは興味なさ気に剣で攻撃を防ぎネーグの間合いの内側へと攻め入っていき、その剣を首元に押し込んでいく。
ネーグは身をよじらせながら攻撃を避けた。
一息つく間もなく次の連撃が始まり、それを避ける旅にまた次の連撃が襲ってくる。
相当な体力がなければこれ程まで打ち込んでいく事など出来るはずがない。
ネーグは若い奴を青臭い、と下に見ていたが、この時程若さを羨んだ事はなかった。
「けっ、何で俺があんたの世話にならなきゃいけねぇんだよ!まっぴらごめんだぜ。それに生憎、顔が良いのも金持ちも興味ねぇよ。」
「ほう、じゃあどんな男が好みなんだ?こちらで望み通りの男を見繕ってやるぞ。」
それを聞いてライネは更に笑みを深くした。
しかし、彼女の目だけは殺気に満ち溢れたままで、こちらがそんな誘い話をしても微塵も揺らぐ様子はなかった。
「それじゃあ、俺より強い奴をよろしく頼むぜぇ!!」
ライネは下から剣を振り上げ、ネーグの腹に大きな傷を作った。
だが、傷は浅くネーグは振り上げたライネの胸から腹にかけて大きく剣を振り下ろした。
「それなら…目の前におるであろうがぁ!」
「ふ・ざ・け・る・なぁ!!」
ライネは左に一歩ずれながらネーグを躱しつつ、真横にネーグの胴元を目掛けて剣を振り払った。
二人は互いの全力を剣に込めてぶつけ合った。
ネーグは右手に全神経を集中させ、ライネの懐へ飛び込んだ。
彼はこれまで培ってきた全ての剣技を込めるかのように深く、より深く念を込めた剣を以てライネに切り込んでいった。
正確な動作、俊敏な動き、屈強な腕力、そのどれもが数分前とは桁外れに上がっていく。
ネーグには特別な最強技はない。
この質素ではあるが故に、誰も捉える事も封じる事も出来なかったこの技こそが、彼にとって最終的に辿り着いた『最強の剣技』なのであった。
今まで感じた事がないくらいに悔しいがこの女は相当に強い。
自分が積み重ね、一心に磨いてきた経験や技術を既にあの若さで習得しているかのような所さえある。
歴戦の中でもあまり見せた事のないネーグの実力をこの瞬間に全てを注いで披露していた。
ライネもさすがに度肝を抜かれたのか攻撃の手を止めて防御へと回るしかなかった。
ネーグの剣は衰える事なく精度を増し、剣を振るう度に確実に急所へと近付いていく。
ライネは防戦一方のままネーグの攻撃を弾き、流しながら身を反らせて躱していた。
さすがにライネからは余裕の表情は消え、集中を高めていた。
ネーグは今、闘いの神が憑依したかのように実力以上の技を出しているような感覚さえ持っていた。
目の前の女剣士も険しい顔をしながら必死でこちらの攻撃を避けるしか出来ずにいる。
ネーグが勝利を確信した瞬
ネーグのこの攻撃は諸刃の剣である。
全ての動作やキレに制度が増す反面、深い集中力を必要とするため、体力を短時間で一気に消耗させる。
つまり、この攻撃が万が一失敗でもすれば更なる攻撃どころか、防御すらまともに出来なくなってしまうのである。
よって、この攻撃はよほどの事がない限り使わなかったが、そんな技を使わせる目の前のライネはネーグにとってそれ程強敵であった。
今までにない程の素晴らしい剣技であると自画自賛したくなるくらいに調子が良い。
しかしネーグ自身焦りを感じていた。
なぜならこの技を使い始めてから一度も攻撃が敵に当たっていないからだった。
ネーグはこの女から底知れない何かを感じ始めていた。
先程に比べて動きの速さも繰り出す技の精度も落ちてきている。
呼吸は乱れ腕の動きも疲労で思うようには動いていかなくなっていた。
彼はこの時程現役を退いた事を後悔した事なはい。
腕が剣の重さに耐えられなくなり始めた時、ネーグは攻撃を止めてライネから数歩の距離をとった。
「へぇー、結構面白い事してくれるじゃねぇか。途中ちょっとやばかったけどな。」
子供のようにはしゃぐライネに対し、上空にいるデイドがかけた言葉により、一気に現実へと引き戻されていった。
「隊長ー!何だか向こうがいつもと違ってやばい事になってますぜぇ!こりゃ早くここを俺達だけでも抜け出しましょうや!」
ライネは相手の凄技の余韻に浸りたいところであった。
しかし、上から聞こえてくる部下の声にそれは中断される事となった。
「チッ!もう少し楽しんでたかったけどよぉ、しょうがねぇ、早く終わらせるか…って、確かに向こうやべぇな。煙上がってんじゃねぇか!」
ライネはちらと目線だけで空の方を見やると、確かに煙が上がっていた。
それを見て彼女は焦らざるを得なかった。
その煙は自軍の飛空船から出ている煙だった。
空船隊長のリアンは確かに愛国心は薄い。
だが、どんな指令部の方針でも指令であっても背いた事は一度もない。
そしてそれらを守り、器用に部下達をまとめ上げる彼だからこそ信頼され、隊長の任を果たしてきた。
しかし、副隊長のギニスはリアンとは正反対で理屈よりも感情を優先させ、隊長の命令に背く事も日常的光景であった。
そんな男が副隊長の座にまで登りつめてこれたのも天才的な操縦技術と、一部からの圧倒的支持であった。
組織自体にはまとまりがあった。
しかし上からの命令に犬のように尻尾を振り従順に従うリアンを嫌う者は少なからずいて、その真逆であるギニスの反骨的で言も実も備えた彼の強い魅力に惹きつけられる者も一部ではあったが、狂信的で彼の思考と言動を絶対とする者がいた。
そんな者達の反感を買わないよう上はあえてこの危険な男を副隊長に任命したのである。
だから、リアンはこの男に隊を任せる事がどれだけ危険で愚かであるかわかってはいた。
国の方針はあくまで防衛による戦闘のみを容認し、よほどの状況でない限り戦闘兵への殺害も、船の撃墜も行ってはならないという固い掟を持っていた。
しかし、ライネが見た光景は複数機で一機を追い回しあちこちで自軍の船が燃えて撃墜されていく場面であった。
「こりゃあ…本気でヤベぇな。親父に殺されちまうぜ…。」
さすがのライネもまさかこんな事になるとは思ってもいなかった。
船は全機が最新式で速度も速く、操縦士もベテラン勢が揃っている。
そんな彼らがなぜこうもあっさり撃ち落とされているのか。
上からは威嚇程度しか反撃してこないとの話だったし、島に乗り込むのは十機程度で大丈夫だろう、と簡単に見積もっていた。
ライネは心の中で、こりゃあ戦争始まるかもな…と疲労とは違う汗をかき始めていた。