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空城にて、空賊を待つ。  作者: うさぎ荘
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プロローグ Ⅱ

事の発端はヴェノスの隣国である、小島国グノーにて起きたある二年前の事件からであった。


グノー国はヴェノス島からの分裂後、再び統合するのが不可能だという結論に達した際、一人の主導者によって独立国が建国され、貧相な土地ながら何とか作物を育ててきた。


貧相であるが故に全島民が満腹になる程の食料は収穫出来なかった。


故に作物の略奪が起こり始めた。


ある者は個人で、ある者達は徒党を組んで奪い、時には一つの小さな土芋を巡って殺人さえ起きる始末であった。


そこで見かねた善良な島民達が有志で自警団を結成した。

規模は小さいものの、それが今のグノー国軍へと発展していった。


そしてその軍部内で前代未聞の番狂わせが起こり、島中がその話題で持ちきりとなっていたのである。


「ライネには確かに強いが、さすがに大隊長には勝てんだろう。」


「いやぁ、俺は良い線いくと思うぜぇ。」


「俺は大隊長が勝つ方に賭けるぜ。」


「俺はライネに持ち金全部賭けていいぜ。」


そんな会話がその会場周囲の至る場所で聞こえていた。


このライネという人物が現れた事で会場内で行われている剣術試合は例年とは違った熱気に包まれていた。


この隊に所属する者であれば誰でも参加出来る。


この剣術試合は大隊長以外は全てが公平に勝ち抜き戦を行い、決勝にて大隊長と戦い勝者を競う大会となっており、この試合での成績によって将来の昇格や降格がが決まってくる。

上を目指す者達にとっては最も重要な大会である。


しかし、実情は滅多なところでは番狂わせなど起こる事はなく、上位者の実力と権力を見せつける場となっていた。


しかし、時代が変われば世代も変わる。


だからこそ底辺にいる若い連中はその機会を逃すまいと殆どの者が出場をしていた。


この、一年に一度行われる大会に一人の少女が出場した事からこの出来事は始まった。


確かに女の隊員もいる事から女性出場者もそれなりにはいる。


だが、十四歳という入隊可能である十三才からわずか一年での出場だけでも珍しく、周囲から誰と当たるのだろう、と注目されていた。


しかし、周囲を驚かせたのはそれだけではなかった。


一回戦、不運にも彼女は中隊長ルネンと対戦する事となってしまったのである。


周囲の者は、一回戦からルネンとは運がなくてかわいそうだと嘆いたり苦笑いをしていた。


「おい、ルネン!初めてなんだから優しくしてやれよ!」


などと、試合が始まるまでは野次を飛ばす者も多かった。



この大会の制限時間は十分間。

試合に使用される木剣を対戦者の頭か首に一発当てるか相手が降参をする、もしくは戦闘不能となれば試合は決まる。


時間内に勝負の決まらない場合は相手により多く攻撃を当てていた方が勝利となる。


木剣とはいえ、当たれば相当に痛い。


中隊長のルネンは当初、軽く振り下ろし、軽く頭に当てて勝つ算段でいた。


目の前にいるのは少女である前にどう見ても子供にしか見えない。


髪は短くボサボサで、肌も日焼けしているのか赤黒い。


太めの眉に少しふっくらとした?が余計に子供らしさを強調している。


木剣を握る姿も少年のようで試合というよりもチャンバラでもするかのような雰囲気ですらある。


全力を出す程でもないのだが、出来れば早く終わらせたい。


願わくば彼女が緊張などで動けず、すぐに試合を決められないものだろうか。


案の定、彼女は緊張からか動けずにいた。


ルネンは心の中でか弱き少女が傷付かない事を祈りながら剣を振り下ろす。


ルネンは振り下ろした剣に何の感触もない事に違和感を感じた。


最初は手元が狂ったのかと思ったので

もう一度振り上げ頭を狙った。


またも何の感触もなかった。


ルネンはもしや…と思いながら彼女の顔へ目線を下げた。


彼女は周囲に聞こえない程度の声で何かを呟いた。


「はぁ、何ですか?その弱々しい腑抜けた攻撃…。もう少し真剣にやってもらえませんかねぇ…。折角初戦から中隊長と当たれるって喜んでた私の気持ち、冷めちゃいましたよ…。」


ルネンの闘志は一気に燃え上がり、この目の前の生意気な小娘に世間の厳しさというやつを叩きこんでやろうと腰を落とし深く息を吐き出した。


観客や出場者達はルネンが目の前のか弱き少女戦士に本気を出した、と笑い合っていたが、一撃必殺を繰り出そうとしている本人の耳にそんな言葉の数々は届いてはいなかった。


さっきまでの、どこか試合というよりも余興にすら近い感覚で挑んでいた彼の雰囲気とはがらりと変わり、ヴェノス軍の兵士と対峙した時のような殺気を身に纏い、棒立ち状態の少女へと向かっていった。


確かに中隊長というだけあって動きも技のキレも一級品である。


ルネンは一分の隙もなく、急所を狙い定め、防御をかいくぐり攻め続けた。


しかし、一撃必殺で決めると攻めたものの、結局七発撃っても当たる事はなかった。



彼女はいとも簡単にルネンの懐へと入り、ため息混じりに呟きながら剣を持ち上げた。


「ハァーア、折角時間を引き伸ばしてあげたのに、この程度ですか…。」


冷めた目つきで真横に持ち上げた木剣をルネンの胴元へと軽く打ち当てた。


先程まで騒がしかった会場内が一瞬で静まり、痛々しい衝撃音が響き渡っていた。


それは風に吹き飛ばされた小枝のように無様な姿で真横に飛ばされていく中隊長ルネンが壁に衝突する音であった。


ルネンが壁に激突し、地面にだらしのない姿で横たわっている瞬間まで誰も動く事も、話す事さえも出来ずに固まっていた。


審判が担架を呼ぶ声で会場内は再び活気を取り戻した。


担架を持った救護班が慌てた様子でルネンの元へ急いで向かっていく。


彼女もルネンの倒れている場所の近くまで歩み寄っていた。


「親父が面白いから出て見ろって言って出て来たのに…、中隊長がこれじゃあなぁ。」


そう不満を漏らすと静かに控え室へと戻っていった。


会場中で聞こえていた野次や笑い声は恐怖と戦慄へと変貌し重苦しい空気に包まれていった。


それがこのライネという少女の表舞台に現れた瞬間であった。


二回戦以降は悲惨そのものであった。


決勝常連であったルネンがまさかの一回戦で敗退した程である。


二回戦で当たった一般兵などが太刀打ち出来る相手ではない。


その兵士は恐怖を振り払おうと試合開始直後一気に駆け寄ってきた。


先手必勝で頭に当てようとしたのだろう。



ライネはそんなとこだろうと読み切っており、簡単に避け切っていた。



「あんた、わかりやすすぎ。頭に当てたいんならこうやらねぇと…。」


片手で握った剣を相手の頭へ叩くように打ち当てた。



相手は頭を抱え込み、地面に蹲った。


またも担架を持った救護班が頭から血を流した相手を運び出していった。


三回戦、四回戦も同様に数秒で試合が決まり、最初こそ恐怖を覚えていた観客達も次第にライネの圧倒的な強さに熱狂するようになっていった。


ところが準決勝はそれまでとは様子が違い、会場中が苛立ちを露わにしていた。


「おいおい、今年はあいつが残ったのかよ。あの卑怯野郎が!」


「何でまだ残ってんだよー!早く負けて帰れ!!」


会場内に流れる不穏な空気の原因は目の前にいる男であるらしかった。


その男はじっくりとライネの全身を値踏みでもするかのように見やっていた。


試合が開始されるまでずっとこちらの方を凝視している。


何かを見透かそうとしているかのような気がする。


少し気色の悪い気もしたが、試合が始まればすぐに終わらせてやると先程よりかは剣を握る手に力が入っていた。


しかし、試合が始まるとライネが想像をしていたよりも数段上の出来事が起こった。


その男は剣を捨て、地面に這いつくばって降参を申し出た。


ライネだけでなく、会場中が愕然とし、しばらくの間、会場の中が静寂に包まれていた。


「おい、ふざけんな!戦う前からライネに降参してんじゃねぇ!」


「やる気ねぇなら帰っちまえ!」


会場中全体が怒り出し、この戦闘意欲に欠けた男へ一斉に罵声が浴びせられた。


だが、ライネだけはこの男に違う印象を持っていた。


ライネはこの男が地面から立ち上がり舞台を後にする一部始終をジロジロ眺めた後、急に笑い出した。


「お前面白ぇな!おい、名前は?」



「へぇ、まぁ…デイドですが…。」


このデイドという男はあからさまに関わりたくなさそうな態度でそう返事をし、その場を離れようと控え室に向かい歩き始めた。


「おいデイド、忘れ物だ!」


ライネは足元に転がっていた木剣を蹴り上げた。


掴み取ったそれを片手で回し、剣先をデイドに向けて投げ放った。


ライネの放った木剣は矢のように速く滑るようにデイドの後頭部へと飛んでいく。


突き刺さる事はないにしても直撃すれば単なる怪我では済まされない。


そんな襲いかかるように飛んでくる木剣をデイドは後ろを振り向かずに右手だけでその剣を掴んだ。


デイドは煩わしそうに顔を少しだけ回し、目だけをライネの方へ向けながら吐き捨てるように言った。


「…どうも。」





ライネは鼻で笑いながら今までの試合では見せた事のない、少し満足した笑みを浮かべて踵を返した。


決勝戦が始まる直前、会場内の熱気は最高潮へと達していた。


六年連続で勝利を続けているデウズ大隊長に今年はようやく王座から引きずり下ろす者が現れるのではとライネへ期待感が高まっていた。


デウズは例年通り変わらず落ち着いた様子で舞台へと進む。


一方のライネは初出場ながら緊張一つせず、それどころか興奮を抑えきれずにいた。


果たして試合は始まり、闘いの主導権はまずはデウズが握った。


意外にも拮抗するかと思われていた試合だけに、やはり今年も…、と嘆く者が多くいた。


ライネは先程とは違い、動きが鈍くデウズの攻撃を受けるか躱すのが精一杯の防戦状態であった。


序盤から一気に仕掛けていくデウズの気迫は凄まじく、どの出場者と比べても別格の雰囲気を漂わせていた。


技の速さもキレもライネが圧倒されている程であった。


胴には何発も打ち込まれ、狙われた頭や首は寸前のところで防いでいる状態で、何度も頭

を狙われてはそれを防いでいたが、休む事になく連続していく攻撃に、ついには片膝をつくまでに押されてしまった。



大隊長のデウズは根っからの武人気質である。

武人として己と技を磨いてきたからこそ、今回初めて出場したとはいえ、ライネの礼儀を欠く姿勢に怒りを覚えていた。


だからこそ、もし、この小娘が決勝にでも上がってこようものなら数秒で試合を終わらせ、自分との力量を知らしめるために試合開始直後から一気に攻勢を仕掛けていった。


そして、案の定、この世間知らずで自惚れている小娘など取るに足らない存在であった。


ほんの十数秒で防御すら耐えきれずに片膝をついた。


この、敵を仕留める瞬間というのが一番緊張感が増し、そして高揚を得る事の出来る瞬間でもある。


この時程多くの隙が生まれる瞬間はないと若い頃、幾度となく経験をしてきた。


だから、いつもこの瞬間はデウズは逸る気持ちを落ち着かせる事を忘れない。


だから今回も極めて冷静に、当たり前のように仕留めにかかっていく。


剣を持つ手に力を入れ、相手の頭を防いでいる剣を弾き、一気に首元を狙っていく。


小娘の焦る顔が見えた。


ライネの剣は弾かれ急所は無防備な状態となていた。


デウズにとって敵が男か女かなど関係はない。


ただ、剣を握ったかどうかでしか判断の出来ないこの武人は何の躊躇もなくこの無防備状態の小娘へと剣を振り下ろした。


そしてデウズから見たライネは不敵な笑みを浮かべていた。


ライネはその場で急速に跳躍し、瞬く間にデウズの頭上へと飛び上がった。


旋回をしながらライネは正確にデウズの首

を狙った。


デウズはこの急展開に調子を狂わされながらも後ろに大きく仰け反り後転をしながら、片腕を付いて体勢を整えようとした。


しかし、実際は片手を付いた時にはすでにライネは目の前にいて三発程顔にめがけて突きを入れてきた。


デウズは必死に体を捻りながらこれを交わし、今度こそ態勢を整えて更なる攻撃を抑止した。




「へぇ、自分より弱い相手の時はあんな風に攻めて、追い込まれた時はあんな避け方をするんですね。大体私と同じ考えなだけに…つまんないですね。もっと凄い技が見れると思ったんですけど。」


そんな風に言われてもデウズは顔色一つ変えずに剣をライネへ向けているだけであった。


「ふぅん、挑発にも乗らないんですか。さすが、今までのヘッポ…屈強な対戦相手とは格の違いってやつですかね?」



「お前のお勉強のためにやってる訳じゃないんだ。さぁ早く試合を終わらせようじゃないか。」


デウズは常に冷静な男である。


これまでの歴戦で多くの挑発を受け、多様な罵声を浴びせられ続けた彼だからこそ、ライネのような単純な挑発になど乗るはずもなく、静かに相対していた。


しかし、そんな彼の心が今までにないくらいに期待と喜びで躍動を続けていた。


こんな戦闘能力が未知数な相手に今まで出会った事がない。


彼女とこれから一体どんな闘いが出来るのだろうか。


デウズは相手に気付かれまいと浮き立つ心を抑えながら悟られないように全力でライネを倒しにかかった。




ライネは正直なところ焦っていた。


この男が本気を出したらかなりやばい。


挑発に乗って頭に血でも上れば少しはやりやすくなっただろうが、そう簡単に思い通りの展開とはならなかった。



そして今、恐らくは本気であろうデウズに今度は演技でなく、本気で押されていた。


デウズの剣は先程よりも速さが増しており、そして鋭い上に重い一撃であった。


防戦のまま攻撃に転じる事も出来ず、デウズは更に次の攻撃へ向けて好機を見定めていった。


デウズの右や左から振り下げる剣は相当に重く、ライネの重心は徐々に下がっていく。


デウズは不敵な笑みを浮かべた。


ライネは攻撃を防ぐのに必死で気付いていなかった。


自分の重心が下り、頭と首を守ろうと剣を上げてデウズから打ち込まれる強打に耐えていた。


胴が丸ごと隙だらけだと気付いた時には既に胸に三発、腹に二発突きを食らっていた。


ライネの呼吸が一瞬止まり、胸を抑えながら咄嗟に後ろへ三歩後ずさった。



その場で呼吸を整えようとすれば頭を狙われていた。


よって、デウズから距離を取るのが得策だと考えていたのだが、既に相手の術中にはまっていた。


後ろへ跳び退き、呼吸を整えると目の前にデウズの姿はなかった。


この時ばかりはさすがに本気で焦っていた。


デウズはライネの頭上に高く飛び上がってこちらを仕留める態勢に入っていた。


距離をとった事で助走を付ける事ができ、向こうに勢いを与えてしまった。


つまり、胴を突かれた時点でどうあがいてもこちらが仕留めるられるのは決定的であった。


デウズは空中で剣を逆手に持ち換える事で剣に全体重を預けた。


もはやライネの力では太刀打ちなど出来はしない。


会場はこの滅多に拝める機会のないデウズの最強技に熱狂し、歓声を上げた。


デウズのこの技は『雷撃』と呼ばれており、この技を受けた者は例外なく真っ二つに切り裂かれ、最後に到達した地面にもヒビ割が入る程の威力である。


木剣なので切り裂かれえる事はないものの、威力が凄まじい事に変わりはない。


デウズはライネに向かい降下を始めながら剣を振り下ろしライネへと到達していった。


地面からは粉塵が捲き上がり、会場中にはまさに雷のように轟くような衝撃音が響き渡った。


観客達は喝采を送り、出場者はあの技を受けたのが自分でなくて良かったと胸を撫で下ろす程であった。


当事者であるライネが今どうなっているのか捲き上っている粉塵で視認する事ができない。

一通りデウズの技に酔いしれると、観客の興味はライネがどうなったかに移り、場内は粉塵が治まるのを静かに見守っていた。


粉塵が治まると場内全体が衝撃音に包まれていく。


デウズが雷撃を放った場所にライネの姿はなかった。


ライネはデウズの背中に飛び乗っていた。


剣はデウズと等しく逆手に持ち換えて彼の首元に近付けている。


ライネはデウズの背中に乗りながら肩で息をするくらい乱れた呼吸を整えながら話しかけた。


「ハァ…ハァ…さすがですね、今回ばかりは本当にヒヤリとしましたよ…。いやぁ、でもこの技凄いですね、私も真似して使ってみましたけど、デウズ様には到底及びませんよ。私のなんてまだまだ『雷針』てとこですかね?」


「…降参だ。」


勝負は決した。


今、初めて見せた技をいとも簡単に真似されてしまった。


自分が数年かけて作り上げてきた努力の決勝を完全ではないにしろ、ほんの数秒で会得してしまう奴に勝てる訳がない。


デウズは静かに歯を食いしばりながら会場を後にした。


ライネは上官と軍事演習場内にある長廊下を歩きながら不貞腐れていた。


「おい、おっさん。デウズに勝ったんだから

俺を大隊長にしてくれんじゃねぇのかよ?」


「黙れ、実践経験不足のお前に全部隊を任せられる訳ないだろ!そもそもお前の年で小隊長になるなんて異例中の異例なんだ。最短年数な上に最年少、それだけでもありがたく思え!」


「そりゃどうも。」


「よし、着いたぞ。今日からここがお前の部屋だ。この部屋にお前の部隊に加わる部下を待たせてある。入って挨拶しろ!」


この、自分よりも格下であろう少し小太りな男に苛立ちを感じながら部屋に入ると、そこには一人の男が暇そうに立ち尽くしていた。


「部下って、一人かよ!?普通三人くらいは…。」



「貴様は実践不足だからと言っただろ!まずは一人からで結果を出せば増やしてやる!文句があるなら下っ端の重機運びからでもいいんだぞ!?」


耳元で怒鳴る上官に対し、更に苛立つライネであったが、その部下と目が合った瞬間、怒りは喜びへと変わっていった。


「おぉ!お前はデイドじゃないか!そうか、デイドなら他に部下なんていらん。邪魔になるだけだからな。」


「ククッ。めでたい奴だな。まぁ問題だけは起こさないようにやってくれよ。」


上官は何か言いたい事をこらえるかのように含み笑いをしながら部屋を振り返りもせず出ていった。


ライネは薄々と気付いていた。


この男の噂を聞いていたからだった。


組織への帰属意識が低く、隊長の命令を聞かない事など日常的にある。


仲間の窮地には目も暮れず、自分だけ逃げる事もあれば、逆に手柄を横取りした事もある。


陣形を乱し、単独行動に走る事もあれば、命令がなかったからと、その場から動かない事もあった。


だから、大抵はどこの小隊に移っても問題ばかり起こす、いわゆる厄介者であった。


つまり、上層部は自分とこの男をひっくるめて厄介払いしたかったのだろうと。


しかし、周囲の予想とは大きく離れ、二人は目ざましい成果を上げていく。


ヴェノスとの二国間空域境界線付近にて度々勃発する戦闘において、短期間で八機も撃墜させている。う


当然、飛空機の性能も数もヴェノスの方が圧倒的に上位である。


だが、二人はこれを操縦技術と連携を強化させる事で対等に戦う事が出来た。


ライネはデイドの習性をよく理解していたし、デイドもライネの緻密だが読み取りやすい戦術意図をすぐに汲み取る事が出来たので以前よりも伸び伸びと動き回る事が出来たのだった。



それが認められ、小隊長になってからたった半年で部下がもう二人追加される事となった。


ここまではライネが思い描いていた展開であり、全て順調であった。


ただ、その部下達が彼女の計画を大いに狂わしていった。


当初、ライネはこの二人の経歴を見た時、対して何も感じなかった。


デイドと同じようにこの二人もまた上層部にとって『厄介者』であった。


自分達も同じような類だし、(まぁ、また問題児達が来やがるのか。)…と思う程度で、さほど気にはしていなかった事が間違いの始まりであった。


彼らは同じような類ではあったが、ライネやデイドとは違う部分がいくつかあった。


まず、ライネやデイドと違うのは明らかに実力差であった。


半端者である上に実力も皆無であった。


だが、その割に自尊心だけは強く、その上お調子者であったので、別の隊の連中からは多分に好かれている面もあり、そんな面倒くさい二人を扱うのにライネはよく苦労させられていた。


それだけならばまだ良かった。


なぜなら彼らにとの一番の違いは『素行の悪さ』だったからである。


それはある朝、演習場にて点呼時に彼らがいなかった事に始まる。


ライネは苛立ちながら、デイドと周辺の兵卒数人を宿舎まで連れて戻り、全ての部屋をくまなく探させていた。


そんな時、急報を知らせる鐘が鳴り響き、演習場にいた連中全員が空の方へ目を向けた。


そこには一機の飛空船が力なく軍の基地へと殆ど不時着に近い状態で着陸をした。


慌ただしく救護班を呼ぶ怒鳴り声と数人の男達が船に近付き、二人の乗組員を担ぎ出していた。


その二人こそ、ライネの部下ドイルとゼイルであった。


重症のドイルはその辺の作業台に寝かせ、救護班の到着を待つ。


一方のそこまで重症ではないゼイルは、この場で応急処置をしてもらいながら救護班の到着を待っていた。


近くにいた者達が全員で彼らを助けながら、ゼイルに何があったのかを聞いていた。


ゼイルは自分とドイルがヴェノスへ

行き、向こうでどんな酷い事をされたのかを事細かに説明をした。



周りにいた連中はゼイルの話を聞きながら彼らの痛々しい姿を見て体内の血液が沸騰しているかのように怒り、荒れ狂い出した。



「ちくしょう!ヴェノスの野郎どもめ!俺達の仲間をこんなんにしやがって! ぜってぇ許さねぇ!」


暴言や悪態を吐く者、壁や周辺の機材に八つ当たりする者もいた。




そんな中へ、ライネが部下等と共に扉を蹴るようにして騒がしく入ってきた。



「おい、外から飛空船が着陸してたけど、誰が帰って…。」


ゆっくりと落ち着いて周りを見渡し、台の上に横たわっている男と椅子に座って決まり悪そうに俯いている自分の部下達を確認した。


「おぉ!ドイルじゃないか。一体どうしたんだ?ゼイルまで…お前達、昨日までは傷一つない健康優良児だったよなぁ?二人で朝まで喧嘩してたのか?」


「へ、へぇ、まぁ…。」


ゼイルの煮え切らない返事に苛立ちながらも冷静さを保ち、質問を続けた。


「ほぅ…、船に乗ってまで喧嘩すんのか?大層な喧嘩だな。ヴェノスで喧嘩してきたのか?」


周囲が見てもゼイルが小刻みに震え出したのがわかった。


ゼイルは全身でライネに恐怖していた。


この女はどこまで勘付いているのだろうか。


いや、あの話ぶりからすると見透かしているのかもしれない。


どちらにしても逃げ場はない。


だが…。


ゼイルはライネに向かってボソボソと話し始めたが、ライネには全く聞こえなかった。


「すまん。もっと大きい声で喋ってくれないか?」


「そ…その…むこ…向こうへ…き…き…金品を盗りに…。」


「ほぅ、船の操縦だってまだまだだってのに、よく単独で行ったなぁ?で、戦利品は?」


「し…し…失敗しちゃいまして…。」


「ふぅん、それはおかしいな。金品程度じゃせいぜい威嚇射撃、流れ弾に当たって足や腕を負傷する程度なんだけどなぁ…こりゃぁ全部刀傷だろ…。」



「い…いや…えーと…。はっ!いやぁ、その相手がかなり酒に酔っていまして…。もう困っちゃいましたよぉ。たった金品ごときであそこまでするなんて。それにしても酒って怖いっすねぇ。」


「ふぅん…、まぁとにかく成り行きを話せ。」


ライネは一通り順を追って経緯を聞いていった。

ゼイルから全ての事情を聞くと、もう一度目の前で救護班の到着を待つドイルをじっくり観察し直し、すぐに矛盾に気付いた。


経緯としてはこうだ。


ドイルとゼイルは夜の闇に紛れてヴェノスへ侵入し、金品蔵や食料庫内を物色していた。


そんな時、蔵の所有者に見つかり、その所有者は酷く酒に酔っていたのだという。


その酒に酔った所有者は腰に差していた剣を抜き、怒りに任せてドイル達に襲いかかり、意識を失う程に暴行を加えたのだという。


「おい、そいつは本当に酷く酒に酔っていたんだな?」


「はい。それはもう舌が回らなくなる程の酔いぶりでして…。」


「ほぅ…。」


ライネはドイルの全身に付けられた傷跡をくまなく調べた。


確かにゼイルの言う通り、身体中の至る箇所に斬られた傷や殴られた痣がある。


しかし、おかしいのはその『斬られた傷』であった。


「俺も多少だが、剣については詳しいつもりだ。殴られた跡はともかくとして、この傷は酔って付けられるようなもんじゃねぇ。こんなに正確に急所を狙えるんだ。相手は相当な手練れだな。こりゃあ死んでもおかしくねぇな…。」


周りにいた連中はさっきまで頭に上っていた血の気が一瞬のうちに引いていくのを感じた。


この目の前にいる隊長の毛穴という毛穴から殺気が漏れ出ていたからである。


ライネは特別感情に疎い事が多々あり、愛着心も人よりはるかに薄い。


愛国心などは微塵もなく、かといってヴェノスに関しても特段憎んではいなかった。


だからこそ、冷静に考察をする事が出来ていた。


「…酔っていないのにたかだか金品の窃盗ごときでここまでやる必要もないだろう…かと言って今敵国の人間殺して戦争始めても互いに利益どころか損しか生まねぇ、戦争勃発の危険を侵してでもここまでやる理由っていったらやっぱりよぉ…。」


その場所にいた全員が凍りついた。


さっきまでドイルをじっくり腰を下ろして観察していたかと思いきや、経緯を説明していたゼイルの胸ぐらを掴み、軽々持ち上げながら、その背中を後ろの壁へ叩き付けた。



「…女…かぁ?」


「え…その…いえ…。」


「どうせその蔵の所有者の娘を強姦しようとして怒りを買ったってところか?」


ライネの目は怒りで鋭く吊り上り、身体中からは更に強い殺気を放っていた。


だが、それよりも恐ろしいのは、彼女の口元が終始にこやかであった事である。


目が笑っていないだけに余計恐ろしさが増している。



「おい、俺がお前らに初見の挨拶した時、一つ掟を伝えておいたよなぁ?忘れたのか?」


「い…いえ…覚えております… 。」


ライネが 胸ぐらを掴む力は更に増してゆき、ゼイルは呼吸が苦しくなり顔はうっ血し、みるみる赤くなっていった。


「よし、じゃあ口に出して言ってみろ。」


ライネよりも体格のでかいその男は細い女の腕一本に持ち上げられながら全身を震わせながら答えた。


「 ひ…一つ…金になる物か食料になる物以外は奪わない…と…特に…女への暴力・強姦殺人等…は…ご法度…と…する…です…。」


「おぅ、合ってるぜ。で、それを破ったら?」

「や…破った者は…ンン…ングッ!」


ゼイルの気道が更に締まり、言葉が詰まっていく。


しかし、ライネは一切その手を弛めようとはしなかった。


「破った者はぁ!?」


「だ…男根を…切り落とす…であります!…グホッ…。」



「おぅ、言えたじゃなぇか。まずはお前からだなぁ!行くぞ?」




ライネは掴んでいた襟元を放し、ゼイルは地面に丸くなりながら咳込んでいた。


ようやく咳が治まると、質問を返した。


「え?ど、どこへでしょうか?」


「切り行くんだよ。」


あまりに自然体で話を進めるライネに周囲は騒然となる。


「じょ、冗談とか、脅しです…よね…?」


「はぁ!?最初からやらないなら言わないだろ?ほら、行くぞ?」


「ちょ、ちょっと待ってください!そ、そのいくら何でも罰が重すぎるかと…。そ、それに実行したのはドイルだけで…。」


半ば発狂混じりで言い逃れと言い訳を続けるゼイルであったが、ライネは一切耳を貸さなかった。


「大丈夫だ。ドイルも怪我が治ったら切るんだからな。」


ライネはゼイルの腕をグイと引き、部屋の扉へと近付いていく。


「い…いや、やめてください隊長!そんな事したら自分にはもう何の楽しみも…。」


言い訳が通じないとわかるとゼイルは大粒の涙を流しながら懇願した。


しかし、ライネの顔色は何一つ変わらず、淡々としていた。


「ん?あぁ!安心しろ。小便する穴は別のところに作ってやる!」



「そ…そうじゃなくて…切っちゃったら…その…。」


「だから大丈夫だって。切るのは俺じゃなくてボバギブ博士にお願いしてんだからよ?」


「ヒ…ヒィ!そ…それだ…オゥ…ッェェェェエッ…!!」


あまりの恐怖でついには嘔吐と失禁の末、ゼイルは気絶をしてしまった。


この顛末を聞いていた周りの連中も博士の名前

出ると途端に気分を悪くする者、へたり込む者もいた。


それほどまでにボバギブ博士という存在が恐ろしく奇妙で気色悪い変人であった。


博士と言っても医師である。


腕は超一流で国内でも最高と評されてはいるのだが、人格が非常に恐ろしい程崩壊している男でもあった。



間抜けな姿に成り果てたゼイルを見て冷めたライネは深いため息を突きながら言った。


「ったく、汚ねぇな。おいデイド、掃除しとけよ!しょうがねえから今回はこの全身お漏らし野郎に免じて許してやる。けどな、次やったらお前ら全員連帯責任で俺がスパッと一振りで去勢してやるからな?心得とけよ!」




そう言うとライネは踵を返し部屋の扉の取手を握った。


周りの男連中は股間を抑えてガタガタと震えていた。


ライネは一旦部屋を出ようとしたが、急に考え直したように、地面に横たわっているゼイルの前に来て腹を蹴った。


ゼイルの胃に残っている吐瀉物が更に吐き出され、咳込みながら意識を取り戻した。


「おい!…で?」


「グホッ…は…何か?」


「名前だよ。」


「名前…ですか?」


「あいつをあんなんにした奴の名前に決まってんだろ?」


「は…確か…ネーグという名前だったかと…。」


「ふーん…。」


さっきまでとは違う表情でニヤけているライネを見て、連中は黙って身震いをしていた。


そして、一年後、ライネは中隊長へと昇進し、彼女が直々に厳しく鍛え上げてきた特別な部隊が編成された。


彼らの部隊はどの部隊よりも強く、そして鋼鉄よりも固い絆で結ばれていた。


彼らは言葉では表せない深い部分で繋がっていた。


その強さの裏側には『連帯責任』という一人一人が抱えるには重すぎる重責を抱えていたからかもしれない。


各々が自分と仲間を守るため自主的に貞操帯を装着している事からも、その深い絆の一端を読み取る事が出来た。





そしてその更に半年後、ライネが率いる五十人の中から選りすぐられた二十五人の部下による『特別編成部隊』が組まれ、編隊は列を乱す事なく等間隔で出撃し、ヴェノスへと向かった。


名目上はドイルの報復戦であったのだが、実際のところ、ライネが単にネーグと手合わせしたいという己の欲求を満たすためだけに組まれた編成であった。


ライネは飛空船二十五機のうち五機を陽動部隊に、十機を防衛線突破に使い、残りの十機を率いて国王邸宅方面へと向かった。


ネーグへの報復戦に二年近くも時間がかかったのは、ネーグが部隊からいなくなったためであった。


特殊部隊の情報でようやく所在を掴んだため、出撃を決めたのであった。


ライネにとっては待ちに待ったこの機会に胸躍らないはずがない。


船内部にて鼻歌混じりで意気揚々とヴェノスへ向かい飛び立っていった。


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