影丞が行く
「だいぶ涼しくなってきたね〜」
暑苦しさも和らいで、夜には秋を感じさせる風が吹くようになった。
因みに、秋の風物詩である鈴虫は外来種で、元々は日本には居なかったそうで、紅葉に欠かせないイチョウも、日本にはなくて中国から来たらし。
街は豊穣期だがコレといった祭りはない。
それでも大通りにはイスや机が並べられ、持参した酒で飲み明かすらしい。
しかも、現実にはお目にかかった事のないエールと、ビールはおんなじ物。
オレが“エール”にイメージしてたのは、ラム酒とかみたいな琥珀色した発泡してない酒で、ビールと同じと聞いてビックリした。
そんな訳で、夜明けの街は酔っ払いだらけで、朝ランニングも出来やしない状況だ。
「テーブルはここでいいよな」
お皿にハムやサラダに唐揚げ。考えつくつまみの料理をならべたテーブル。
冷やしたジュースをならべ、世間様の真似事をば。
「「「カンパーイ」」」
酒はないが、日本人らしく形だけは整えてみた。
ジュースは、酒屋で薄める物なら割と手には入るが、保存料ないから足が早いんだ。
夏が長いが秋は短い。短い秋の間は冬支度に一色になるらしい。
「すぐに寒くなるらしいから、暖房とか色々集めないとな」
「雪は降らないらしいけど…」
さすがにポポタンも打ち止め。
インベントリの中にあるのが唯一の在庫。
冬は別の薬草が生えるらしいけど、流石に今となっては入らせて貰えない。
新たな採取場所を探さないとならないな。
「めぼしい場所は、魔の森に向かう途中にある、北の街道沿いの草原だな」
夏は背丈の高い草に視界を遮られて危ないけど、草が枯れる冬は比較的安全らしい。
来たばかりの時、道沿いに生えてたアレだね。
枯れるとチップ状にバラバラになってしまうから、カヤみたいには活用出来ないらしい。
腐葉土が暖かな土壌になり、冬の草が下から柔らかな芽を伸ばして来るんだそうな。
「採取にこだわるなら、スリガゼルの人達みたいにするか?」
「ああ、影丞が一緒なら冬用のテントと絶対必要だって言ってたね」
「正直、あの人らがうだつが上がらなかったなんて嘘なんじゃないかと思えるんだが」
「長く冒険者してたんだから色々あるんじゃない?」
スリガゼル今年出来たばかりの最大グループで、中堅以下の冒険者を集めて作ったキャラバンサイズの巨大グループだそうだ。
個人は大した事ないらしいが、怪我して引退した人とかも入ってるらしいし、知識や経験値がバカ高く、中堅グループのお株を奪う、新鋭グループとして活躍しているらしい。
かなりの人数を草原の採取に配置し、採取した薬草や素材を毎日馬車で輸送してくると言う。
そこまでくると、グループって言うより事業とか会社じゃないかな。
「今からの時期。スリガゼルの野営にお邪魔させてもらうのが一番なんだろうけど…」
「一見すると、とんでもない人ばっかだよね」
「オレは正直近づきたくないよ」
人相の悪さも地域一番。出会い頭に思わず腰が引ける。
腕が足がなかったり、暗がりと夜道では会いたくないオジサンばかりのグループだ。
少し前まで、年で仕事かなくて荒れていた人とか、強面じゃなくてもなんともいえないコワさがある。
シルバー軍団スリガゼルと、遅咲きの勇名を馳せている。
中堅やベテランとか昇格の基準がイマイチわかんないけど、若い時にはみんなBとかCの冒険者だったらしい。
Aなんて、地方の街なら一人いりゃいい方なんだって。
年功序列じゃない実力社会だからシステムが複雑になるのかもな。
年数は関係ないが経験値はバカにならないよね。
まあ、下手したらオレは一人でも安全だし、魔物絶対滅ぶマンがいたら、スリガゼルの稼ぎに悪影響を…。
「そりゃ。魔物が来なくなると痛いだろな」
「稼ぎが減るよね」
撃退した魔物の素材も稼ぎに入ってるみたいだから、オレはみだりに参加出来ないよ。
スリガゼルへの参加は、健と真一の二人だけで話は纏まりそうだ。
「それにしても、早く冒険者になれないもんかな」
「採取とか、魔の森の素材系依頼は結構面白そうなんだけどね」
キノコや魔物肉や色々あるが、危険地帯は冒険者じゃなきゃ入れない。
車の免許みたいなもんだね。
そんだけ危険なんだろうが、サイクロプスほど強いのはいないらしい。
多分サイクロプス強いんだろうが凄く微妙。
「真一は、騎士団を目指したりしないんだな」
「装備はあれだけど、本職の騎士とかぶっちゃけ無理」
最近は二人して革鎧だけど、騎士と蛮族(装備)の会話です。
「プレイスタイルとしては騎士だけど、リアルな騎士になりたい訳じゃないからね」
本職は、巡回とか巡回とか巡回しか見てないね。
蛮族は見たこともなし。
だが、最近は革鎧すら着てないし、街中で異彩を放つのは今やオレだけときた。
騎士の巡回の多い夕方を狙って出歩いてたせいか、影法師なんて出来過ぎな名前ついてるみたいだしな。
こんなに怪しいのに、法師様呼びする騎士がいる事にビックリしたよ。
僧侶でもない回復師は総じて法師らしいが、オレはポポ材の内職しかしてないから、〇〇法師なんて名乗りゃしないよ。
訂正。“名乗りたくない”だ。
だいたい、ギルドからもポポタン大量発生で、一時不信がられてたんだよな。それだって、精製前のポポタンが野草だから放置されただけ。こちらで言う、魔法薬草が生えまくってたら、ヤバかったんじゃないかってさ。
全く、悪目立ちしかしやしない。
「エースケ??女の子は家の中に隠れてなきゃダメだって」
「えっ?はいぃっ!?」
突然の女将さん。
ワケもわからぬまま宿屋の中に引き込まれる。
「いいかい豊穣期ってのは…」
豊穣期、田舎から出てきた農家の若者が出逢いを求め街を彷徨い。近所の男衆が余所者に目を光らせ“夜這い者”から大事な家族を守ったのが、このビアガーデン風な配置の始まりらしい。
因みに、外に居るとお誘いオケらしく、思いのほか恐ろしい風習だった。
二人のガードをぶち抜ける猛者が居ればの話だが、背筋の凍る思いをした。
この短い豊穣期だけ、夜這い婚が許されてると言うのだ。
あくまで対象は、地元民に限られて、色街や何もしらない旅人と宿屋の宿泊客に夜這いしたら犯罪になるらしい。
まだしらないルールとルーツがあるのね。
朝ランなど以ての外、女は朝まで仲間内で身を寄せ合い、現代の女子会だかパジャマパーティーみたいのをして過ごすんだとさ。
女将さんは、そのまま部屋にポイしてくれたけど、異世界は 知らない事が いっぱいだ。
危うく“捕らわれのコックローチ(In農家)”になる所だった…。
日本人まずは形からより、もっと先に目を向け気をつけよう。
今回、そこはかとなく貞操の危機だったらしい。
形骸化してるから、実害はないと女将さんも話てたけど、期間中は屋内に居るのがマナーらしいよ。
宿屋の中暇すぐる。だから早く豊穣期終われ〜。




