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影法師


たたたたたっと、軽い足音を鳴らし無人の街を走る。


早朝の体力作りですが、サラシと胸当ての効果か、余計な振動に歩調が乱されない。


朝一のマラソンは、作業ズボンを折り曲げて短くして走りやすく、サラシ〜シャツ〜胸当ての上に、袖を短くした作業ジャケット。

靴は、脱げないように足に巻きつける紐が付いたサンダル。


体力作りにマラソンしてるのなんで他に居ない。それだから、人目に付かない時間を選んで走る事にしたんだけど、ちょっとアホな子とか思われてないよな?


―疲れたら休憩して、軽く流しながら最短ルートで帰宅。


完全に息上がった状態じゃ、逃げれなくなるから、ペースが落ちたら終わるようにしてる。


一キロとか走れてるか怪しいが少し慣れてきた。最初無理して走った時には、帰り道に膝がガクガクしてたから、今は気負わずに決まったルートを走って帰るみたいな感じにしてる。


ああ、健と真一はまだ寝てる時間だよ。


真一はともかく、健は日本にいた時より朝が弱い。


最近は頑張って太陽が登りきる頃には動けるようになってきたけど、もう人間じゃなくてワニかトカゲかの変温動物じゃないかってくらいだった。


だけど、徹夜明けでケロッとしてるのは意味が分からない。


今んとこ、アバ体にマイナス要素がないのは真一だけだが、今後なんか弱体化部分出て来るのかね?


…なさそうだな。


てか、なんか出てても意外な部分で見栄っ張りだから、性格的に見せなそうだ。


弱点無き強幼なじみキャラ。そうきたら、定番なパターンは一つ。


走る足を止め、クールダウンにゆっくり歩きながら考える


「ふはっ。…つまり、真一が裏切り者になる可能性が一番高いっ!」


そうっ!!


―裏切る要素があるならな。


何を裏切るか知らんが、真一にあらぬ疑いをかけたと言ふバカな話でしかない。


「真一には済まぬ事をした…」


どうやらオレは精神的に疲れているようだ。


「よし、折り返し」


そして影丞は向きを変え再び走り出す。


前を見て走る中、街に“たった一人しか居ない黒髪の美少女”を、陰ながら見守っている幾多の目がある事を彼は知らない。



朝食を三人でモグモグ。

健も真一も夜ほど食わない。


「暁の妖精?」


「ああ、飯場で結構な噂になってるから、ランニングに行くにもちょっと気にした方がいいかもしんねーぞ」


「ふーん?」


まだ漬かりの浅かった紫胡瓜の糠漬けをパリパリ食べる。


「まぁ、噂してるのは若い連中ばっかなんだけど、なんでも朝方の街を音もなく走り抜けてくらしいよ」


「音もなく?」


朝方ときてドキリとしたが、オレ普通に足音してるし違うな。


「そ、追いかけても小柄な黒い姿しかみえなくて幻みたいに消えちゃうから、妖精じゃないかって噂になってる」


「…そんなのでるなら、ランニングやめようかしら」


暗闇の中、音もなく黒く素早くとか台所にでも出そうだな。


背筋も凍えるわ。


早朝のランニングも注意が必要か。そだねー、土方の朝は早いから走る姿を見られる事もあるかもなー。


「割と頻繁にコース変えてるからその内鉢合わせたりしたらヤバいだろ」


「あ〜、あれは。ランニングで知り合いみたいな人できちゃったりしたら、走るの止めた時にはずかしい思いしそうじゃない」


オバサンとかに“朝見かけてた〇〇ちゃん。最近見ないわね”とか噂されたり、“〇〇ちゃん最近朝見なくなったけど…”とか話しかけられたりしたくないと思うでしょ?


「そんな理由かよ。てっきり変質者対策かと思ってたんだが」

「健は、影ちゃんの人見知りを甘く見すぎ。筋金所か鉄骨入りなんだよ」


確かに、誰かに見られたり話しかけらるようなコースは何度も走りたいとは思わないけどね。

「でもね。一番の理由は人にダイエットだと思われたくないのが一番だよ」


体力作りのつもりが体脂肪の消費と思われるのは我慢ならん。


「そりゃ、こっちにはランニングなんて概念ないだろうけどさ、見た目が女の子だから気にしてるとか思われたくない」


「いや、そうじゃなくてだ」


「今んとこ、コース決めずに気の向くまま走ってるでしょ?」

「気の向くままって人聞き悪いな。一応散歩とで覚えた道の範囲内だけだよ」


「あんまり遠くまでランニングしないで、宿屋の近場だけに絞ったらどうかな?」


「いや、それはそれで問題だらけだと…」


―前述、オバサン達が


「噂してる連中が、捕まえたら見世物にして金儲けやろうかとか話してたりするから、下手に影ちゃんと間違われたらやっかいだからさ」



「ぶっちゃけ、足音がしない事以外は、全て影丞に当てはまってる」


捕らわれのコック〇ーチ。(Inホイホイ)


「やめて、アレと一緒にしないで?」


「いや、一緒どころか本人以外に有り得ねぇだろ」


「ゴキブリそのもの!?」


言うに事欠いて、コック〇ーチそのものとまで!?飯中にする話じゃねぇぞ?!


「いや、ゴキブリならカサカサ音がする」


「そもそも、誰もゴキブリのはなしなんか…、ああ確かにゴキブリと特徴が一緒だー」


「小さく黒くて見失うほど素早いか。飯の最中に、嫌なもん連想してんじゃねぇっ!」


「いてぇっ!?」


真一は箸を止め静かに納得し、健は箸の先端で、かの有名な箸でハエを捕まえた宮本武蔵御免の箸“裁き”。


眉間つつかれて超いてぇ。


「安心せい。峰打ちじゃ」


箸の先端部分を“峰”とは言わない。


寧ろ箸は、刺して切って抉れる二本槍。日本の誇る最強武器の切っ先にござる。


「かさぶたで第三の目とか出来たらどうしてくれる」


「三眼の鬼、サンジヤンだっけ?」

「ミツメて通る?」


「いや、そっちじゃなくてウェーイとかみたいの侍らした妖怪だったかな?」


「なにそのキャバ嬢」


「ああ、主人公は確かキャバクラだかカマクラに勤めてたんじゃなかったか?」


正確にはオカマバー。夜の鎌倉勤めとかも仏僧ですが、TSサイドからは心中穏やかではありません。


―このネタ全部先に解けたら凄いな。


「お水の花道。女は読経。チーンぽくぽく。はんにゃーはーらーみたじー」


「影丞それは不謹慎だからやめろ」


「般若心経唱える影ちゃんの無表情が恐い…ちょおっ!?」


なぜか逃げようとする真一を無言で捉え、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、優しくその手を握り込む。


「…さいくーやくしゃーりしー」


「うぁぁぁぁ、後光が?!影丞に後光が差してぇっ!?」


いや、部屋明るくなってきたのは太陽の位置変わっただけだって。


では。


―般若心経☆独唱。



「チーン…終わりです」


「…(ガクガク)…」



チラリとみやれば、なんか真一に怯えられてます。

魑魅魍魎か悪鬼じゃあるまいし般若心経でコレかよ。


度胸なくない?


そう言や、心霊物嫌いだったなから真一の気を紛らわせるのに覚えたんだが…。


「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイもう悪い事しませんから許してください」


え、まさか読経、いや度胸のなさが弱点すか?


「真一は邪念だらけで穢れてる!」


「いたいっ!?」


黒扇で仕上げの一叩きで、見事真一は帰ってきた。


「終わったんなら仕事行くぜ」


扉を開いて何事もなかったかのように健が入場。


「あ、うん。今行くよ」


真一もさっきまで取り乱していたとは思えない良い笑顔で返事をする。


「あ、二人ともお弁当もってけよ」


二穀米の塩握りと糠漬け胡瓜のセットを真一に渡そうと、手が触れた瞬間の事。


それはもう、盛大に仰け反られた。


ドライヤーや掃除機の音。あれにビビった猫位の勢いで、ちょっとショック。女は読経とか冗談でもやるべきじゃぁないか。


でも、二人を見送る朝の空気が何時もより清々しく感じるのはなぜ?


道端で、むせび泣くオッサンとか、居るみたいだけど、はやりなんだろうか。


真一が悪いことしようとしたら、読経するぞとか脅かしたら、予防になるんだろうか。


“悪い事したら影法師が読経しにくるぞ”どこの妖怪ですか。

にしても、読経したら久々にやり遂げた感がある。

もしかして、妖精やコック〇ーチの話云々関係ないとして、オレが鬼畜なだけすかね?


―影丞は、Sな心を取得し…ませんし、なりません。


座禅と読経も日常に組み込もうかしららら?

編み笠と尺八で徘徊

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