塗りたくり
「いや、早口言葉が言えなくて困る事あるのか?」
―ない。
何の気のない健のセリフに、思いつきで始めた特訓は夕方に終わりを告げた。
「そんなん。アナウンサーとかでもないし、言えなくちゃ会話に困るようなもんじゃねぇんだから」
気にすんなよと、板間に横になった健のなんと頼もしく見える事か。
真一は、機織り機に夢中なようだ。そうでなければ「影丞試しに言ってみて?」とか言って他人との話のネタにしかねん。
「俺は、早口言葉なんかより早く飯がくいてぇ」
「わかってますわかってます」
健達は、早口言葉のせいで遅くなった夕飯の出来上がりを腹を慣らしながら待っている最中だ。
いや、マジすまん。
作り置きのコンソメスープをインベントリから出してもらい再加熱。
野菜炒めの仕上げにドクダミ投入。
出来立ての麦と赤米の二穀米をよそえば完成。
麦はふやかして潰して干した押し麦で、赤米は古代米ね。
穀類は、牛乳を取り扱っている酪農販売店に行けば、白米以外は大概手には入る。
籾ついた家畜の餌ですが、米系が食えるなら家畜用でもいいと思います。
精米は健達が瓶に棒突っ込んでつきました。
米ぬかで、漬け物も試してるがまだまだあの味はしない。
ご飯完成ー。
食べたら井戸で汗を流してサッパリしてから寝るのさ。
セミナーの話は黙っておいた。
路地裏の川に昼間限定で、回復効果があるだなんてデマが、最近よく洗濯してるオバサン達の話に持ち上がる。
主に、宿屋の下流域に多いらし。
所詮は噂話である。
川の水に、温泉みたいな効果なんかある訳がないと言いたい所だが、冷水浴とか水の温泉も在るわけだし。
最近川に魚も増えてきてるし、魚のうんc…老廃物に副次的な効果があるとか?
それはどこかで聞いた話だの?源泉をオレにした奇跡の泉とか作ったら入浴料もガッポガッポ?
んで、不老長寿の水の巫女とか呼ばれて調子づいたら、近隣の水が枯れたら人柱にされる未来か。異世界は世知辛いぜ。
臼で曳いた米粉。小麦粉みたいに水で練って餃子の皮みたいに成形して網の上で焼く。
焼いてる最中に塩と砂糖を溶かした水を筆で塗りたくりカリカリに焼けたら、赤米の煎餅っす。
アラレも同じだが、クッキーよか作りやすい。
まぁ、ただ単に懐かしいって事かもしれんが、二人に持たせたオヤツの中で、煎餅は割と好評だ。
力仕事の合間に食べるもんじゃないのは確かだが、一番不評だったのは、生クリームタップリのパンケーキ。
オレも持ち運びが楽だし煎餅は好きだ。
バリバリと音を発てながら、竹筒に入れたドクダミ茶を手に川縁で食べるのがまた風流。
路地裏に響くその音は、骨まで噛み砕くハイエナの如し。
貪欲ですな。
しかし、人脈とかあったら、商売の方向に話向かったりするんだろうが、引きこもりみたいなもんだから、何作っても金稼ぎにならないな。
異世界転生物なら、珍しいもん作ったら商売になるし、美少女転移もんでも似たような展開なるのにね。
まぁ、知り合った仲間に売り飛ばされる展開もあるんだから異世界に飛ばされたなら、人脈は大事よ。
オレも、健と真一に人付き合いは任せているが、これも立派な人脈だ。
と、一人勝手に納得しよう。
一人の時に、余分な事すんなよとか言われてるしな。
情けないけどオレは下手に動き回らないほうが無難。
それより、問題なのは暑い事だわ。
扇子はあるし団扇は作った。
しかし、クーラーの涼しさには程遠い。
川に水車設置して部屋の中に扇風機として引っ張れないかな。
ああ、でも騒音とかアルらしいから無理か。
地下室作って氷室だっけ?氷の塊とか置いてたら涼しくなるのかな。
地下か、ダンジョンに繋がるあの地下道は割と涼しかったな。
でも、地下室なんか作っても、深く作らないと涼しくはならないし、酸欠になったら意味ないし。
大将の宿屋も冷蔵庫代わりに地下室あったけど、暑い時は二人とも日陰で涼むだけで地下室には入らなかったよな。
「薬師なんだから、スースーするスプレーみたいの作ってみるか?」
仮面を被り家に入る。
「取りあえず、ポポタンの軟膏に揮発性あるアルコール分と、ミントでも混ぜてみれば、清涼感は出るかな?」
ミントは有るんだよ。青が綺麗だからな。
大量のミントをすり潰し、汁を絞る。
―青い
出来合いの軟膏にミントの絞り汁追加。
アルコールは、酒精から作られてるアルコールランプの中身を流用。
蓋をして放置した結果。
軟膏は液体のまま、いつまでも固まらなかった。
酒精が強過ぎるらしい。
揮発性あるからヒンヤリはしてるんだけどね。
ポポ液で更に薄め、濾過。
手桶分の青い水が 出来た。
小さな容器に入れ、服を脱いで手拭いで肌に擦り付ける。
「よし、効果あり」
多少の清涼感ゲット。
「ただい…」
「あれ、影丞?なにしてた」
「おっ?おかえりー」
上半身汁まみれにした所で二人が帰宅。
本当に霧吹きがあれば楽でいいんだが…。
なにはともあれ、ダラダラに汗をかいてる二人に、軟膏改めミント液を差し出す。
「暑いなら涼しくなるぞ」
「…いや、十分冷えたわ」
「そう…だね。影丞の肌青白くなってるし体の芯から冷える思いをさせられたね」
自らを眺めれば、なんども擦り込んだせいですっかり人外肌。
「…ちょっと流してくる」
「ちょっと影丞そのまま外に行く気っ!?」
「おいこら、ローブくらい来てけよっ!」
真一に捕まり、健がスッポリとローブを被せる。
こいつら連携うまくなったな。
肌の青は水で簡単に流れたが、清涼感も一時的な物だしミント液にはまだ改良が必要そうだ。
家に戻ったら、女としての恥じらい云々について二人に延々と説かれる事になる。
サラシは巻いてたし、タンクトップ一枚とかに置き換えたら、割かし普通にいると思うんだが…。
「影丞、ここにボクの作ったキャミソールがあるんだけど…」
真一が差し出した黒い布を一頻り眺めた後、扇子で口元を隠して一言。
「黒い肩紐とか卑猥過ぎる」
機織りの成果らしいが、黒のキャミソールとかエロイヤル。
真一ORZ
オレに、そんなもん着せようだなんて百年早いわ。
「作業ズボンにタンクトップなら考えるけどね。そんなもん着て街中歩けるわけないじゃん」
コギャルやCHIJoじゃあるまいし。
「なんでタンクトップ?」
「リプ〇ーとか、女兵士的なイメージ?」
格好良くない?
「…微妙じゃね」
「背が低いからカワイイ系のが絶対似合うと思うんだよね」
娘様には似合うだろうが、真一は“オレを”どこに向かわせたいのか。
コスプレのなりきりプレイは今更流行らんぞ。
「そこまで言わないよ。普通の女の子がしてる格好してもらうだけだし」
―こちらにキャミソールはありません。
「色街ならともかく、街中でミニスカにキャミみたいな肌露出する姿してたら完璧CHIJoだぞ」
ロンスカに長袖ブラウスが基本的で肌露出は一部だけ。
「それもそうか、なら部屋着でよくない?」
よくないよくない。
「そんなにカワイイ系が欲しいなら、色町か下着屋にでも売り込みに行け」
「それもそうか、向こうの下着とか作ったら売れるかな」
その答えをオレに求めるのは間違ってる。
しかも、この会話に下心なし。妹系に癒やしを求めてるんか、妹さんまっ平らだったろうに。
ネタになるか解らないが敢えて言おう。
「真一お兄ちゃんの求める物は犯罪です」
―鳥肌
「え?」
「うわ、悪寒が」
真一青ざめ固まり。健は身を竦ませる。
オレの一言で間違いなく大惨事。
「…寒い」
汗は出るのに季節は冬 。
「影丞が下らねー事言うから心臓止まるかと思ったぜ」
ダラダラと流れる汗を拭う健に、ブツブツ「アリかイヤ無いよ。影丞だし、でもアリなのかなイヤイヤ」と、深く考え込む素振りを見せるの真一。
うわ、悲惨すぎ。
「間違っても他人の前でやるなよ。相手が死ぬぜ」
「死ぬとまで!?」
「ああ、最悪で意識が飛ぶくらいだからな」
最悪で意識飛ぶって悪いのかなんなのかわからねぇよ。
「影丞、今のはアリだ」
「アッサリ逝くんじゃねぇよ!戻ってこーいっ!」
「きてはぁっ!?」
真一の中で何かが壊れ、殴って正気に戻す健。
へし折れる家具に床板。
ただの一言から、家のまで大惨事。
こんな状況、想定出来る訳がない…。
チクショウ。娘様プレイでリベンジかけてやる。




