「私を好きにしていいから!」
本格的に書くのは初めてです。よろしくお願いします。
「約束する、俺は必ず聖騎士になって君を守る」
「約束です、絶対ですからね?」
その約束を交わしたのは何年前になるだろうか?
俺は未だに聖騎士どころか、勇者にすらなれずにいた。
世界は大きく分けて二つに分類されるだろう。
一つは地上界である他種族が暮らす世界Utopia。
もう一つは地下界ある魔族とモンスターが巣食うDungeon。
長い年月に渡り、この二つの世界の勢力は争い、均衡してきた。
Utopiaは勇者の称号を腕の立つ者に与え、dungeonの制圧を試みた。
その結果、各地のdungeonは根絶されUtopiaでの生活は大分豊かになってきている。
ただ、まだ気を抜くわけにはいかない。
モンスターはdungeonがあるだけで無限に増殖する。
全てのdungeonを制圧をしない限り、真の平和は訪れないだろう。
その為にはUtopiaの6大帝都にある巨大dungeonの攻略が必要であり、そこに巣食うbossを倒さなければならない。
そして、全てのdungeonの魔族の王である、魔王を倒さなければ、dungeonを根絶することは出来ないだろう。
だから俺は勇者の中でも最強の証である聖騎士になると彼女に誓ったのだ。
今日こそは勇者の称号を授からなければ…。
彼女から預かった首から下げているリングを握りしめ、ノクスは第一帝都センチェリオンへと向かった。
今日は年に数回行われる勇者適性試験がある。
勇者を志す者がdungeonを攻略する為に受ける最初の登竜門である。
この試験に合格出来なければ勇者はおろか、聖騎士など夢のまた夢である。
ノクスは過去に二回不合格となり、今回が三度目の正直である。
へぇ、今回はいつもより参加者が多いみたいだな
帝都に着いたノクスはいつもより多い人口に笑みを浮かべた。
自分と同じ勇者を志す者が多い事に喜びを感じていた。
「きゃっ…」
辺りを見ながら歩いていると女性と打つかってしまった。
が、不思議な事に倒れたのは彼女ではなくノクスの方だった。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
そう言って手を差し伸べる彼女の背には、身の丈と変わらない大剣が差してある。
なるほど、こちらが倒れる訳だ。
「いや、こっちこそすいません、余所見をしていて…」
「貴方も勇者適性試験を?」
「ああ、君もなのか?お互い頑張ろう」
「ええ、私、ロロニアといいます、よろしく」
「ああ、俺はノクスだ、よろしく」
「では、また後で会いましょう」
彼女はおそらくドワーフの血が流れているのだろう。
ドワーフは強靭な肉体と筋肉を持つ種族だ。
身の丈程の大剣ともなると女性が扱うのは難しいだろうが、ドワーフならば優に可能だ。
まだ試験には時間がある。
何かたべておくとしよう。
食事終了。
久しぶりに帝都の料理を堪能できた。
そろそろ会場に向かうとしよう。
帝都の中心部に位置する城の闘技場が試験場所だ。
試験会場に向かおうとした時、一際目立つ集団に目がいく。
「なぁなぁ、ちょっとだけだからさ?付き合ってよ?」
一回り小さい女性が複数の男性に絡まれているようだ。
いわゆるナンパというやつだろう。
由緒正しき勇者の試験前に不埒な事は見逃せない。
「良い加減にしなさい、私を誰だと思っているの?」
「名前教えてくれるの?お嬢さん」
「あなたがたに名乗るななどありません」
彼女の集団への対応に明らかな拒絶を確認してから、集団に向けて言い放つ。
「その女性から手を離せ、勇者試験の前だぞ!」
「なんだお前は?邪魔すんなよ」
「ウザいし、やっちゃおうぜー」
口々に同じようなことを言いながら、集団はノクスを包囲し、握った拳を放つ。
ノクスには見えていた。
自分に向けられた悪意と拳が、しかし避けずにあえてそれを全て受け切った。
相手の全力を全て受けてなお、微動だにしていない。
そこには圧倒的な力の差、相手に手を出さずとも相手を完敗させている。
「なんなんだよお前!良い加減腕が痛いわ!」
「もう行こうぜ!しらけちまった」
力の差がわからないほど愚かではないみたいだ。
自分の前から消える様に逃げて行く集団に対して、呆れながらもそう思った。
自分を守る様に間に入り、無駄に傷付いた彼に視線を向けると目が合い「大丈夫ですか?」と笑いながら話しかけてきた。
「ええ、一応、お礼は言わせていただきます。
助けていただき、ありがとうございます。
アリスです。」
よろしく、と手を差し出す女性らしい細く白い手を握り返し、ノクスです、と伝える。
その直後、帝都全体に向けて勇者適正試験が間も無く開始されるというアナウンスが入った。
それとほぼ同時にノクスとアリスは繋がれた手から、それぞれの魔力を感じ取る。
ノクスが感じたのは二つの強い黒と白だ。
イメージから闇と光の二つの魔力を感じた。
二つの魔力を合わせ持つ者は稀であり、またそれぞれの魔力がとても強い。
これは彼女が強者である事を意味していた。
先ほどは余計な手出しをしたのかもしれない。
アリスが感じたのはとてつもない闇だった。
何処までも何もない、ただただ深い闇だ。
それ故に何にも干渉を許さない、絶対的な闇の魔力だ。
その魔力に冷や汗が背を伝うほどの圧倒的な力を感じた。
それぞれの魔力に触れた両者の鑑賞もそこそこにどちらともなくお互い手を離した。
じゃあ、俺は試験があるのでこれで、また絡まれないように気を付けて、と告げて会場へと急いだ。
「…見つけた」
彼女のその呟きはノクスの耳には届かない。
時間ギリギリの受け付けを済ませ、ノクスは控え室へと案内される。
三度目の事なので案内してもらわなくとも場所がわかるのがもどかしい。
では、こちらでお待ちください。
室内のモニターで他の方の試験の様子は確認できますので、ご活用ください。
室内に入ると見知った顔に目がいく。
「ロロニア、君と同じ控え室だったのか」
「奇遇ですね、何かと縁があるみたいです」
「確かにそうだな」
「聞いても良いですか?」
?、頷き了承する。
「どうして勇者になろうと思われたのですか?」
「守りたい人がいるから、かな?」
「守りたい人、ですか」
「まぁ、ずっと昔の約束なんだよ。
聖騎士になって君を守るって、約束した人がいてさ、まだその約束をその人が覚えているのかはわからないけど、約束は守らないとカッコ悪いだろ?」
「ふふ、あっ、すいません。
別に、その…面白かったわけではないのですが、思ったより可愛いらしい理由だなと、本気なのはちゃんと伝わっています」
「呆れるだろ?
でも、どうしても約束を破る訳にはいかないなって、意固地になっているのかもな」
「でも、約束の人が羨ましいです。
相手が約束を忘れていようと、そこまで大事に思ってくれているなんて、私からすれば十分嬉しいですよ」
「ありがとう、勇者にもなれてないのに聖騎士だなんてまだまだ、先の話になりそうだよ」
「じゃあ先ずは、勇者の試験に合格するところからですね!」
試験は順調に進んでいた。
アナウンスで一人一人を闘技場に呼び出し、モンスターとの実践テスト行う。
年に数える程しかない勇者適性試験は祭の様なもので、誰もが次の英雄は誰かと闘技場へと足を運び、モンスターと戦う様子を見物するのだ。
実力さえあれば八割が合格する試験、しかしノクスは二度も不合格を言い渡されている。
そこには勇者、聖騎士を目指すノクスにとっては忌むべき自らの体質に理由があった。
試験は終盤に差し掛かり、ロロニアも無事に合格することができた。
ロロニアがモンスターと対峙してから一振り、大剣はウルフを真っ二つに切り裂いていた。
身の丈の大剣を軽々と振るう彼女に会場の見物者たちも盛り上がりを見せていた。
さて、次はいよいよ自分の番である。
一度目の試験の時からノクスは一番最後に試験を受けてきた。
祭も終盤に差し掛かり、最大のイベントが始まる。
「それでは最後に、聖騎士適正試験を行います。
その前に我らが第一帝都の王である、アルティナ・ハートフィリア姫から一言頂きたいと思います」
闘技場の一際高い所に設けられている椅子から一人の女性が立ち上がる。
透き通る様な長い金髪に、澄んだ青い目、まるで人形の様な整った容姿に人々は息を呑む。
ただただ見つめることしか出来ない。
見惚れるとはこの事だ。
静寂の中、アルティナは口を開く。
「今回も多くの勇者がここ誕生した事、嬉しく思います。
また、不合格となった者には未だ見ぬ希望の光を、自らの意思と努力で精進し、また再びこの地、この場所で輝かせる事が出来ると信じています。
可能性は誰もが持っています。
希望の光は誰もが持っています。
その光を信じて、平和の為に第一歩を踏み出した勇気ある者たちに今一度、賞賛を送りたいと思います」
一拍の静寂の後に、姫は笑顔で一言放つ。
「頑張って!」
そう言い終え、笑うアルティナ姫の後から、歓声の声が止むことがないかにみえた。
盛り上がりが最高潮に達しているなか、ノクスの聖騎士適正試験が行われる。
ノクスの聖騎士試験。
これは既に恒例行事となりつつあった。
一度目の勇者適正試験の時から、ノクスはドラゴンと対峙した。
不合格となっている以上、当然ドラゴンを倒す事は出来なかったのだが、観衆が盛り上がるには十分なイベントなのだ。
たった一人でドラゴンに挑む。
この時点で注目を集めるには十分であり、またノクスの立ち回り方は見る者を興奮させた。
そして、今回が三度目である。
「今年こそ頑張れよ!」
「いい加減聖騎士になっちまいなー」
などと観衆の声援を受けながら、二度の敗北を記したドラゴンとノクスは対峙する。
「今日こそ勝たせてもらうからな、リリィ!」
リリィとはアルティナ姫の使役するドラゴンの名前だ。
今、ノクスの目の前にいる龍がまさにそれである。
光の反射を受けて金に輝く龍の鱗は、二度に渡るノクスとの試合の中、一度も傷がついた事がなかった。
周りの観衆からすれば、ノクスにとってこれは絶望的な戦いに見えただろう。
ドラゴンを一人で倒すことなど、勇者最高の称号である聖騎士にも可能なのか不明である。
しかし、ノクスにとってこの試験は感謝以外に思うことは何もない。
自らの体質により、ノクスはモンスターを倒す事が出来ないのだ。
合格不可能な試験よりも、少しでも合格の可能性があるドラゴンを倒すという高難易度の試験の方がいいに決まっていた。
どちらにせよ、ドラゴンを倒せないようでは聖騎士になったところで、彼女を守る事など出来ない事はわかっていた。
これは必要な過程にすぎない。
覚悟を決めて腰に差した剣を構える。
しかし、鞘からその剣の刀身を抜く事はない。
単純にドラゴンの鱗に剣を当てたところで、鱗の強度が高すぎて剣が使い物にならなくなる為だ。
また、ノクスの所持する剣は魔剣であり、使用には代償が必要となる。
単純に強度は聖剣並に高いので、鞘から出さなければ、剣術を習うノクスにとってはそこら辺にある鈍器よりは扱いやすい。
元よりノクスはドラゴンを殺すことなど頭の隅にすら考えてはいなかった。
アルティナ姫の使役するドラゴンなのだ、殺してしまった日には何をされるかわからない。
まぁ、当然のことながら殺す気で挑んだところで殺せるわけではないのだが…。
ノクスの戦う準備が整い、聖騎士適正試験は開始を告げた。
三度目となるノクスとリリィの戦いは見る者を圧倒する。
常にリリィの死角に入るように動き回るノクスに対して、リリィは自らの巨体を一捻りする。
リリィを中心に暴風が吹き、長い尾がノクスに迫る。
ノクスはタイミングを計り、宙を舞い、リリィの尾を避けると、そのまま全力で魔剣をリリィの体に叩きつける。
当然ながら、リリィの鱗に傷が付くことはないのだが、魔剣を使った強力な殴打にその巨体が揺れる。
ドラゴン相手にここまで戦い、生き残れる者は何人いるのだろう?
観衆と既に勇者の資格を持つ者たちはそんな疑問を抱き、ノクスに声援を送るのだ。
ロロニアは控え室でモニターを食い入るように凝視していた。
それこそ瞬きを忘れる程にだ。
「…すごい」
自然と口から漏れた感想は、ただただ「すごい」の一言だけ。
先程からなんど「すごい」と口にしたのだろう?
ドラゴンとノクスの表情から、この戦いは見世物の茶番でない事は明白だった。
本当に互いの命をかけて戦っているのだ。
「…すごい」
もう何度目かわからない呟き。
そして心からロロニアは思う。
いつか、これ程の強さを持って彼の様に戦ってみたいと。
その瞳は輝いていた。
尊敬か、憧れか、或いは嫉妬かもしれない。
この時、ロロニアの目標は明確に決まった。
ただ他の者より強いというだけで受けた勇者への試験だった。
試験の内容はウルフという低レベルのモンスターを倒すだけという簡単な内容で、案外自分には向いているのかもしれないと思ったのは本当に一瞬だった。
いつかは追いつきたい、いや、越えていきたい。
彼の様に、ノクスの様に私はなろう。
ロロニアとって、其れ程にノクスとリリィの戦いは衝撃的だった。
二度の敗北。
それがあったからこその今がある。
ノクスは戦いながらも、自らの成長を感じずにはいられなかった。
一度目は完敗だった。
本当に何もできなかったと言っていいだろう。
先ずは恐怖した。
自分より大きくて強大な存在が自分に牙を剥くというのは、これほどまでに怖いという事を初めて知った。
二度目は自惚れていた。
一度目の恐怖を蛮勇で拭った。
不思議と恐怖は感じない、きっとそれは自分が強くなったからだ、と自分に言い聞かせた。
それから無謀という行為に走った。
目覚めて最初に言われた一言が忘れられない。
「死んだら終わりだよ?」
彼女はそう告げた。
まったくその通りだ。
何もかもが終わる。
死ねば全部終わってしまう。
そこから二度目の恐怖を味わった。
死の恐怖を味わった。
そして、今日が三度目だ。
三度目の恐怖を味わっていた。
ドラゴンと対峙して、息が苦しくなり、胸が痛くなり、体が硬くなるのがわかった。
きっと怖いのだろう。
ドラゴンと戦うことも、死ぬかもしれないという事も。
自分より強大な存在に挑むのだ。
怖いのは当然であり、きっと慣れてしまってはいけない感情だと思う。
そうした恐怖や、蛮勇や、死を知って今ここに立つとわかる事がある。
相手はそんな存在を舐めていた。
圧倒的な強さを誇る自分が負けるはずは無いと、ノクスを見下しているのを感じていた。
これは油断を産むだろうとノクスは瞬時に理解した。
一度目は恐怖で、二度目は蛮勇で、知り得なかった情報を今、初めて知った。
当然、鍛錬は怠らなかったし、精神も肉体も自身の出来る限り尽くしてきた。
それでも相手が上の存在である事に変わりは無いが、油断があるならば話は別だ。
どんなに格上の存在だろうと、油断は隙を生み、隙は敗北を生むことは知っている。
ならばそこを叩くしか無い。
勝機があるのならば、全力で縋ろう。
ノクスは全身全霊を持ってドラゴンに挑んだ。
あら?これはいけないかもしれない?
アルティナがそう感じたのは聖騎士試験の中盤だった。
リリィがイラついていたのだ。
恐らく二度に渡るノクスとの戦いによる勝利に、完全に自身が負けるはずが無いと油断していたのだろう。
アルティナから言わせれば、一度目の戦いの時からノクスにはリリィと互角とまでは行かなくとも、そこそこ立ち回る事は出来るだろうと思っていたのだ。
実戦経験が無いノクスが、ドラゴンを初めて目にして恐怖するのは当然だとはおもったのだが、恐らくは緊張と相まったのだろう、まさか戦意喪失するとは思わなかった。
彼には期待しているのだ。
約束を破った事の無いノクスが、聖騎士になると言ったのだ。
当然の事の様に疑う事なく、聖騎士になるのだろうと思っていたのだが、ノクスにとって聖騎士は相性が悪すぎた。
ノクスの努力は知っているが、努力でどうにかできる枠を彼の体質は超えていたのだ。
しかし、約束以前にノクスには才覚があるとアルティナは踏んでいた。
できる事ならば公私共々、早々にノクスを手中に収めておきたかった。
そこで提案したのがリリィとの一騎打ちである。
モンスターを倒せないノクスが勇者適合試験に合格できるはずが無い事は明確であった為、いきなり聖騎士の称号を与える事は出来ないかと思考した結果だった。
いくら聖騎士といえど、ドラゴンを相手に一人で勝つ事は難しいと提案し、ほぼ強制的ではあったが、王の権限を発動し半ば無理矢理にノクスとリリィの一騎打ちでノクスが勝利するならば、聖騎士の称号を与えるとした。
本当であればリリィが手を抜いてくれさえすれば、ノクスは即時聖騎士となる予定だったのだが、あの子は頭が堅すぎた。
「私程度に勝て無い者が、姫を守れるはずがありません!全力で行かせていただきます!」
リリィのこの発言には流石に笑顔を崩された。
しかしまぁ、問題は無いだろう。
結局はアルティナはそう決断したのだ。
時間はかかるかもしれないが、ノクスはいずれリリィに勝つだろうと確信できた。
何となくではあったが、それは今日のような気がしたのだ。
だからこそ彼には声援を送った。
「頑張って!」と渾身の笑顔で、というのもどんな笑顔だ!と思うのだが、それほどまでに私も高揚を抑えきれなかったのかもしれない。
早くノクスと思う存分イチャイチャしたいものだ。
最後に彼に触れたのは、何年前になるのだろう?
顔がにやけてなければいいのだが、そんな事を思い、ふと我に返ってリリィを見た時だった。
ノクスの立ち回りに苛立ちと焦りをリリィが感じてあるようだった。
流石のリリィも本気でノクスを殺す気はない、と思っていたのだが、これはいけないかもしれない。
リリィの眼に魔法陣が浮き出る。
突如として感じる圧倒的な魔力が、リリィの口に集中した。
まさか、龍の息吹を使うつもりなの!?
「リリィ!!」
アルティナが立ち上がり、叫ぶ瞬間にリリィの口からは膨大な魔力で生み出された火炎が闘技場を埋め尽くしていた。
俺は死んだのか?
ノクスがそう思っても仕方がないだろう。
ここまでの広範囲に龍の息吹を使われては、避ける事はおろか逃げる事も不可能だろう。
不思議と痛みや熱は感じなかった。
ただ体はいう事を聞かず、指一本動かす事ができない。
少しずつ薄れゆく意識の中で、ゆっくりと無意識に開けた瞳に映ったのは白髪の美少女だった。
顔が近すぎる。
唇に何か柔らかい感触がある様な…。
ダメだ、もう意識が…。
そこでノクスの意識は完全に途切れた。
金色の鱗を持つ龍と先ほどの青年が闘技場で戦うのを遥か上空から監視する者がいた。
白髪のツインテールが風に踊り、背から生えた悪魔を彷彿とする黒い翼に、付根から抵抗するように天使を彷彿とする小さな白い翼、四枚の翼を持った美少女だった。
傍観者の名はアリス・デモニア・シャターン。
現dungeonの統括であるルシフェル・デモニア・シャターンと堕天使ウリエルと間に産まれた娘だ。
彼女の最優先である目的は次の魔王候補を見つける事であったが、その目処がついたのだ。
先ほどの帝都で知り合ったノクスという青年の底の知れない純粋な黒い闇の魔力は、充分魔王候補に匹敵する。
後はどうやって勧誘するかであった。
人間は権力や富や名声をチラつかせれば、面白い様に協力的になる生き物だと認識しているが、果たしてあの青年にそれが通じるだろうか?
私を庇うように集団から一方的に殴られていたノクスだったが、あれだけの魔力があれば、あの程度の集団に負ける事はないだろう。
それをあえて抵抗せずに受けるような人間に、果たしてこれまでの策が通じるのだろうか?
いずれにせよ、このドラゴンとの戦いが終わるまでは手が出せない。
この姿を帝都の殆どの人間に見られてしまっては、このUtopiaを出歩く事が出来なくなってしまう。
最悪、最終手段を使うしかないか…。
そんな事を思っていると、突如として急激な魔力の高まりを感じ取った。
明らかに高威力の魔法。
恐らくは龍の息吹だ。
このままでは折角の魔王候補が消し炭になってしまう!
もはや悩んではいられなかった。
上空から急降下し、出来る限り多くの結界を自身に張った。
地面に激突しても彼を守らなければ!
この時のアリスの判断は間違ってはいなかった。
アリスは本当に地面に体を叩きつける事になったのだが、そうでなければ間に合わなかっただろう。
アリスが地面に激突した直後に龍の息吹は放たれた。
ギリギリでノクスにアリスは抱きつき、自身の持つ全力の結界を張ったのだ。
流石はdungeon統括の娘だけあって、アリスの結界は殆ど壊れる事なく龍の息吹からノクスを救うことができた。
しかし、問題はこれからだった。
このままでは周囲に自身の姿が見られてしまう。
早急にノクスを説得、勧誘してこの場を離脱するしかない。
「おい、お前!魔王なりたくわないか!?」
アリスの説得は直球であった。
勇者、聖騎士を目指すノクスが魔王になりたい訳がなかった。
「はぁ!?え!?魔王!?なんで!?」
突然の事で混乱するノクスであったが、ほとんど反射的に返事をしていた。
「え!?なりたくないの!?じゃ、じゃあ、どうしたらなりたくなるの!?」
焦るあまりアリスも意味不明な提案をしていた。
「わ、わかった!私を好きにしていいから!ほら、私って可愛い方なんでしょ?よく、帝都で声かけられるし…、で、でも…その、色々経験はないから…や、優しく、してね?」
これは確かにアリスの最終手段ではあったが、あくまで相手を魅了するという方法を取る予定だった。
自身の美貌で相手を洗脳するスキル:charmを発動させる予定だったのだが、焦りのあまり自分から媚を売ってしまっていた。
「す、好きにして良いとか!あんまり言うもんじゃないよ…」
しかもだ、ノクスには通じていなかった。
目を逸らしながら、やんわりと断られてしまっていた。
最上位の魔族であるアリスが、一人間に媚を売った挙句、断られる。
なんとも気の毒な状態である。
プライドも威厳もあったものじゃない。
後のアリスに残ったのはただの虚しさだけだった。
「え?私のお願い、きいてくれないの?」
涙が溢れてくる。
涙を流したのは何年ブリだろう?
どうして悲しいのかはアリスにはわからなかった。
本当に久しい出来事で、その涙が流れていく理由は何なのか?
悲しみ?悔しさ?怒り?憎しみ?どうして止まらないのだろう?
ほとんど無意識にアリスはノクスに抱きついた。
そして押し倒し、股がって、半ば強引に唇を奪った。
スキル:charmが発動する。
相手を洗脳状態にし、自身の意のままに操る事ができる協力なスキルだ。
最上位の魔族であるアリスのcharmはより強力であるはずだった。
いや、実際強力だったのだろう。
だからこそ、アリスは魅了される事になった。
アリスがノクスの唇に触れた瞬間、charmが発動した。
しかし、それと同時にノクスの魔力がアリスに流れ込んだのだ。
手を繋いだ時に感じた深い闇の魔力が大量にアリスに流れ込んだ。
体の力が抜けていき、驚きのあまり涙が止まった。
それもつかの間、大量に流れ込んだ魔力がアリスの体を駆け巡る。
凄まじい快感と恐怖が体の中で暴れ回られる。
アリスは目を見開き、呼吸すら困難になった。
「…っ!?かぁっ…はぁ…っ、あぁ!!」
何これ!?頭が真っ白になる!?
アリスが最上位の魔族であり、charmを使う事ができ、耐性があったからこそ自我の崩壊は間逃れたが、これを受けたものはひとたまりも無いだろう。
ノクスの魔力がアリスに流れ込んだ時に、アリスのcharm効果も一緒に流れ込んでいた。
この時にアリスとノクスは互いが互いを洗脳するという奇妙な関係となった。
読んでくださった方、ありがとうございます。
主人公ノクスは時の神クロノスからきています。
タイトルは作中のセリフから抜粋しています。
作中では全く関係ない話でした。