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百鬼伝  作者: ぺんた
3/3

鶏口伝

唐揚げ。


外はカリッと中はジューシーとは正にこの唐揚げのためにあると言っても過言ではない。


噛んだ瞬間溢れ出る肉汁と共に口いっぱいに広がるカリッという音。そして、何よりも絶妙な味付け。


人間の生み出したものの中で、ここまで人間を幸せに導くものはこれまでの人生で見たことが無い。強いて言えば、それは人間の探究心のみである。


だがしかし、人間の探究心とは時にあやまちを犯す。



味ポ○の登場である。

俺の周りにも、何人かいる。

そう、唐揚げにわざわざ味○ンをかけて、唐揚げのカリカリな衣をビタッビタにし、○ポンの味しかしなくなったであろうその唐揚げをあろうことか口に放り込むという輩が。


俺はこれが許せない。

唐揚げを食べたいのに、唐揚げの味を楽しみたいのに、なぜ味ポ○に浸った肉塊を食べなければならないのか、理解できない。


「おや、葛鬼かつらぎくん唐揚げ食べないのかい?それなら、僕が頂くとしよう。」


そう言って、近所のファミレスで木製テーブルを挟んで座る幼馴染みの女は唐揚げにレモンの汁をかけて口に運んだ。


レモン、そうレモンである。

コイツは今、レモンを唐揚げにかけたのである。何が目的で?いったい何故なにゆえに?


「おい、桃華ももか何故お前は今唐揚げにその黄色い汁をかけたんだ?」


「おやおや、葛鬼くんこんな真っ昼間からそんな下ネタぶっこまれても僕はどう返したらいいか困っちゃうじゃないかい。」


そう言いながらも

箸を動かす手は止まらない。


まぁ、無駄話はこの辺にして今回も伝えなければならない。俺達の出会った、否、俺達の前に現れた鶏の物語を。

と言っても、さっきまでの唐揚げに関する話はなんら関係のない話なのだけれど。


季節は冬、唐揚げを食べた次の日、12月30日から元旦1月1日にかけての3日間、冬休み終了間際「地縛霊」に会う前の話である。


12月30日、午前5時、車に乗り込む。

浦和うらわ家も一緒である。


俺の家族と桃華の家族は実家が同じ町にあるので共に帰郷することがしばしばある。今回の場合は年越し前に帰えって正月静かにしとこうというやつだ。


まず、実家の話をしておかなければなるまい。俺と桃華は兵庫県の南西に住んでおり実家は岡山県北部にある。それこそ温度差があるため毎年風邪をひくことになるのだがこの年はさらに酷い目にあうことになったのだ。


「葛鬼くん?まだ唐揚げの件を怒っているのかい?女みたいな奴だな君は(笑)」


ふざけたような口調(別にいつもと変わりないが)で話しかけてくる幼馴染みに、俺は朝5時に叩き起こされて眠い気持ちを押さえ込みながらこう言った。


「うるさい。唐揚げの恨みは一生消えない」


我ながら意味のよくわからない言葉だが、つまりはそういうことなのだ。自らの真の姿を見てもらいたかったはずであろう唐揚げに、これさえ着れば君は素敵になれるという悪徳商法のようにあれよあれよの内に味ポ○やレモンの汁をかけられ、唐揚げは自らに対する自信を、唐揚げとしての一生に幕を下ろしたのだ。


「葛鬼くん、また君は馬鹿なことを考えているようだけど、きちんとしなければダメだよ?じゃないとお年玉がもらえないからね」


高校2年にもなって何を言っている。

とも思った時期も確かにあったが、確かにそうだ。1年ぶりに会うのだから、多少なりとも金銭の付与があっても神は怒るまい。それこそ孫であるこの俺にメロメロであるはずのお爺ちゃんとお婆ちゃんならば、なおさらである。


そんなくだらない想像をする俺はいつの間にか睡魔に負けていた…


「ほら、起きなよ葛鬼くん、着いたぜ。」


桃華の声に起こされた俺がまず見たのは一面の銀世界である。

まぁ、ここまで北に来れば雪が積もっているのも当たり前なんだけれど。


それでも俺や桃華には物珍しく見えるのも仕方がないことなのだ。


「おいおい、置いていくよ?葛鬼くん、もう子供じゃないのだから少しはしゃんとしてくれよ。」


と、思いのほか飄々(ひょうひょう)とした態度の桃華の後を俺も歩いた。


まず、雪の中たどり着いたのは、昔ながらの木造建築物が母屋となる、我がお爺ちゃんの家だ。同じ町と言っても、ほとんど若者がおらず町民全員が家族と言ってもいい、この町の住人は34名足らずである。


そして何より、桃華のお爺ちゃんと俺のお爺ちゃんとは仲が良すぎて、桃華がうちの実家に最初の1日止まることは毎年の恒例となっていた。


やったー!JKと一つ屋根の下だぜ!


そんなこんなで、まず俺たちは昼飯を食べることとなった。朝5時に家を出たと言ってももう11時頃なので、腹が減ったのだ。


そしてメニューは…唐揚げである。


ここでひとつ、皆さんに言っておかなければならないことがあります。

それは、我が家の唐揚げ事情です。


まず最初にお爺ちゃん、彼は唐揚げの素の味が好きである。

人徳溢れる素晴らしい人間だ。


次にお婆ちゃん、まさかのポン○派である。

冗談は時々ぶっこんでくる重い下ネタだけにしてほしい。


続いて母さん、これまたポン○派。

流石にお爺ちゃんの血を受け継いでないだけあるが、理解ができない。彼女の血を受け継いでいると思うと、唐揚げに申し訳なく思ってしまう自分がいる。


続いて父さん、父さんも素の味を楽しむことの素晴らしさを知っている人である。

全く、男というものは素晴らしい生き物だ。


そして最後に兄貴だ。え?兄貴がいたのかって?いたのである。今年大学を卒業する成績優秀、頭脳明晰、完全無欠な兄貴が。


ちなみに、兄貴はかけない時もあればかける時もある。どっちつかずの朴念仁だ。

はっきり言って、甲斐性なし極まっている。


こういった感じで、我が家の唐揚げ事情は織り成されているわけであるが、お気づきになられただろうか?そう、ひとつの皿に唐揚げが山済みになっている今。


誰が最初に箸をつけ、その主導権を握るかが重要なのである。


桃華の存在は確かにデカイが、彼女は今アウェー、ドウァーである。気にするだけ無駄だ。敵はお婆ちゃん、母さん、そして兄貴。

味方は、お爺ちゃん、父さんである。


今現在誰も唐揚げに箸を付けることなく他のおかずやらご飯を食べている。

絶対に、カリカリジューシーな唐揚げを阻止せねばならない。その使命が、俺にはある。


チョロロロ…


すると、どこからともなくポン○をかける音がした。


なんだと!?誰にも気づかれることなくポン○をかけることのできるやつがこの中に?


「ほれ、みーさんあんたポン○つけるの好じゃろ?皿に入れたから唐揚げ食べな。」


お婆ちゃん!皿にポン○を入れるだと!?

それにより家族同士の戦いをなかったことにしたというのか!?なんて策士だ。


それを見た家族が各々小皿をとり、唐揚げを食べ始めた。

俺は気付かされたのだ、戦いというのは何も生み出しはしないということを…


さて、時は進み現在午後3時頃である。

俺と桃華は、親戚のチビ達と共に雪だるま作りに興じていた。不思議なもので、この歳になっても雪だるまを作るとなると、子供心に火がついてしまうのだ。


チビ達に頭を作らせて、俺と桃華で胴体をつくる。完璧な雪だるまを作るために全体力と神経を費やす。


その時、俺と桃華は耳にした。

鶏の鳴き声を、コケコッコーと天高く響き渡るその声を。


「でかい声で鳴きやがって、雪だるまの品質が落ちるだろうが。」


「いやいや、葛鬼くん流石に雪だるまにあの鳴き声が害を及ぼすとは思えないけれど?」


千丑ちひろ兄ちゃんたちなにいってんの?」


チビ達が質問してくる。

その質問に俺と桃華は応えることができなかったのだ。


いや、答えられるはずもなかった。

自分たちの耳にしか聞こえなかった鶏の鳴き声がしたなんて。


その夜、またしてもご飯のメニューは唐揚げだった。どうやらお婆ちゃんが作りすぎてしまったようなのだけれど、いがみ合うことの愚かさを知った俺たちはそれぞれの小皿に唐揚げをとって食べた。


平和的に、極めて仲良く。


コッケコッコー!


まただ、また「あの」「鶏」の声だ。

なぜ「あの」という断定的な言葉を用いたかは明らかに他の人には聞こえていないこと。


そして、部屋の中にも関わらずまるで直ぐそばで鳴いているかのような音が聞こえたからだ。


「あぁそうだ、高校生2人は後でワシの部屋まで来てくれ。手伝って欲しいことがあるから。」


そうお爺ちゃんに言われて、なんとか俺は、冷静さを取り戻すことができた。手伝って欲しいこと?なんだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食事を済ませた俺と桃華は風呂に入った後、お爺ちゃんの部屋に集まった。


「おぉ、ふたり共よく来たな。とりあえず座れや。」


少し言葉が雑だが、お爺ちゃんの中ではこれが丁寧語なのだろう。


「ところでお爺ちゃん、いったい何のようなんだ?」


単刀直入に俺が聞くと、お爺ちゃんは意外な言葉を発した。


「鶏さまの声が聞こえたか?」


鶏さま?なんだそれはと言いたいところだけれど、おおよその察しがついていたので言わないでおく。


「鶏の声なら聞こえたぜ、午後3時頃とさっきの二回な」


そう言うと、お爺ちゃんの顔がみるみる笑顔になり


「おぉ〜そうかそうか、二回も聞いたのかお前たちは運が良いの〜。」


と言った。なんの話かは、さっぱり分からない。どころか何の説明もないままお爺ちゃんは喜んでいるので、一層意味がわからない。


「おじいさん、その鶏さまとはいったいなんなのですか?」


桃華が質問した。ナイスだぜ!


「ん?あぁ、鶏さまってのはこの辺で伝えられている「言い伝え」で、なんでも昔この辺には神聖な神社が存在していたんだが、それがいくさで燃えてからは逆に災いをもたらすようになった。

その災いを鎮めるためにある坊さんが金色に輝く鶏を神社があった場所に生き埋めにしたらしい。

すると、災いはそれ以降起きることが無かったそうだ。それどころか、何年かに一度町の人間に天に轟く鶏の声を聞いたという奴が出てきて、その声を聞いたものは幸せになったそうだ。」


なるほど、話を要約するとその鶏があの声の正体か。だとしてもそんな鶏が実在するとも思えない。


「おい、桃華」


「あぁ、間違いないだろうね」


俺と桃華はその夜、お爺ちゃんから聞いた神社の跡地へと向かった。


山道をしばらく歩いていると少し開けた場所に出た。崩れた鳥居が見えるので間違いないだろう。確か名前はー。


囲熊かこいくま神社。」


桃華が呟いた。


なんでも、昔この辺で人を何人も食った熊の屍体したいから発せられる邪悪な念を鎮めるために建てられた神社らしい。


辺りには雪が積もっているが、おおよそ神社が建っていたであろう場所には雪が1㎜も積もってなどいなかった。


「異常だな。」


「あぁ、異常だね。」


未だに雪は降り続けている。少なくとも10cm以上は積もっていても当たり前なはずなのだがまるで「そこ」を避けるかのように周りだけに積もっていた。


間違いなく、そこには「居る」。

この世のものではない何かが、俺と桃華は自らの鬼の力を発揮することで鬼を視認することができる。


そして、俺と桃華は見た。



見てしまった。


お爺ちゃんが金の鶏と崇めていたモノを。


そこには人間が座っていた。

というよりも、「金の鶏」を抱えた白装束のお坊さんが座っていた。


「あんたは、その鶏を

ここに埋めた坊さんか?」


返事はない、何かしらのコミュニケーションを取りたかったが無駄らしい。

俺と桃華に特に何もする事は無かった。


あれは鬼では無かった。

というよりも、この土地の守り神に近い存在だったのだろう。


時間はすでに12月31日、午前3時だ。

山を登るのに相当力を使ってしまった俺と桃華はその坊さんのそばで眠りに落ちた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、大丈夫か?おい千丑!」


目をさますと、そこは家だった。

どうやら俺と桃華は家の前で倒れていたらしい。時刻は午後1時、何度も探したはずの家の前にいきなり倒れていた俺と桃華を家族は何度も何度も然り、そして見つかったことに喜んだ。


そしてその夜、つまりは大晦日俺と桃華はお爺ちゃんにこんな話を聞かされた。


元旦、1月1日の朝「金の鶏」の鳴き声を聞くと逆に不幸になってしまうというのだ。


そして、元旦俺と桃華は車に乗り込み実家を後にする。今回桃華は自分の実家へは帰れなかった。


あの神社があった山のふもとの道をさらに下っていく。


2度も幸運の金の鶏の鳴き声を聞いたとあって、俺はなかなか気分が良かったのだ。


コッケコッコーーーーーーーーー‼︎


山口百恵のコスモスが流れるこの車内であの声を聞くまでは…


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