濫觴伝
「鬼殺しの高校生」…
最近ネットで囁かれている都市伝説で、長刀を携えた男子高校生が鬼を狩るという誰が作ったかもわからない幼稚なお話である。
そして、それが俺、葛鬼千丑である。なぜ俺が、都市伝説の力を得たかは話をもう少し遡らなければならないので、またの機会に話すとしよう。
さて、現在俺と幼馴染の浦和桃華は学校で流行りの怪談を検証し、そして鬼と化し実体化した地縛霊に出会ったわけだが、まずはこの鬼をどうすればいいのか対話するところから始めなければな…
そう頭の中で考えながら、俺はカツカツと歩き始めた。あの鬼の立つ玄関口に向かって。
「葛鬼くん、彼女をどうするのか決めたのかい?」
「決めたも何も、いつも通りやればいい。」
俺は端的に、キワメテ事務的に応えた。
現時点で考えられることは、どう目の前の鬼を狩るのかではなく、どうやって彼女より先に攻撃を仕掛けるか、だからだ。
そう言いながら、俺は刀を抜き、構えながら鬼の前に立った。
よく見れば綺麗な顔立ちである。
もし目玉や顔半分が有れば、余裕で告っていたであろう美人さんである。
と、思いながら見なければ思わず嘔吐しそうなほどの悪臭となにか、人間の関わってはならないようなオーラが立ち込めているため俺は頑張った。ヨクガンバッタ。ウン…
「ふんっ」
刀を突き出し、鬼を突き刺そうとしたが、鬼は物の見事に後ろにジャンプすることでそれを躱した。
先ほど見せたあの綺麗な走りもさることながら、どうやら相当身体能力が上がっているようだ。
「くっそう、逃げんじゃねーよ。」
俺は鬼に向かって走る。
言い忘れていたが、都市伝説の鬼としての力を発揮した俺の脚力は、50m走約3びょ…
ギャァアァア!!!
斬りかかろうとした俺の刀よりも零点数秒早く、緑色に輝く羽のような物が鬼に突き刺さった。
「おいおい、葛鬼くん…そんなザコにチンタラしてんじゃねーぜ?」
いかにも上から目線で、まるで自らの下僕、
もとい性○隷でも見るかのような目を向けながら、桃華が言った。
「今、君が思った失礼な事はひとまず水に流してあげるから、そこを退きなよ葛鬼くん。」
ウガァア!
「がっ!?」
鬼の振りかぶった腕が俺の肩にぶち当たり、
俺はそのまま吹っ飛ばされる。
だがまぁ、守備力自体も上がっているので肩に痣ができるくらいだろう。
だが、問題はそこではない。
いまやるべき事は、鬼をどう「狩る」かでも
どうやって相手を成仏させるのかを「考える」かでもなく。彼女との対話だった。
そう、浦和桃華との対話だったのだ。
ウガァア!
鬼が桃華に向かって走り出した。
桃華は真顔で翼を後ろに伸ばし、また羽での攻撃を仕掛けようとしている。
「地縛霊、君はもう用済みなのだから消えてもらうぜ。」
冷淡で、冷徹で、なんの感情もこもらない、そんな声で、彼女は翼を羽ばたかせ…
ギャァァァァァア!
鬼の悲鳴が校内に響く。
耳をつんざくというよりも、黒板を爪で引っ掻いたような、嫌な音だ。
悲鳴を上げた主は串刺しになっていた。
俺の持つ、この刀で…
「…なーんだ、結局のところ葛鬼くんがトドメを刺すのか。まぁそれでぼくもいいんだけれどね。」
そう言いながら桃華は玄関側に歩いていく。
「アリ…ガトゥ…アリ…ありが…とう…」
小さな、とても聞き取れないような掠れた声で、鬼では「なくなった」幽霊はそう言った。
改めて見ると、超タイプだった。
おっと、そうじゃない。
なぜ鬼では「なくなった」だ。
僕の持つこの刀の銘は妖刀・鬼偽人、鬼を斬り、嘘を暴き、人を助ける刀である。桃華曰く超昔に「桃太郎」が使った刀だそうだ。
ちょーうさんくさいけど。
兎にも角にも、光に包まれた幽霊が消えるのを見届け、俺と桃華は家路についた。
季節は冬、まだまだ寒い1月の初め、雪の降る住宅街を2人で歩く。
「葛鬼くん、今日のは今までのに比べると弱かったねぇ〜、僕は呆れてしまった程だよ。」
いつも通りの余裕ぶった声で桃華は言った。
「あぁ、そうだな。」
いつも通りの強がった声で俺は応えた。
そう、今夜出会った地縛霊は、「弱かった」
たかだか学校一つで流行った「怪談」にしては強かったが、その程度だったのだ。
今まで相手にしてきた者たち、とりわけ神殺しなんかと比べてしまえば、蟻ほどの存在だった。
ことにしておこう…
さて、皆さんこれで俺、葛鬼千丑の「嚆矢濫觴」の伝え語りはお終いです。
これから始まることになる物語の始まりはもっと前だったかもしれないけれど、とりあえずここから始まった事にしておきましょう。
さてみなさん、それでは…
くれぐれも、鬼に触れぬように…