嚆矢伝
伝承ー御伽噺ー都市伝説ー
あなたは、こういった類の話を信じるだろうか?これは俺、葛鬼千丑が実際に体験した1年と半年間の伝え語りである。
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「やぁ、葛鬼くん。こんな時間まで教室で何をしているんだい?」
ひとりの女子が教室後方のドアにもたれかかっている。時間は21時、何をしているとはこちらのセリフなのだが、それは敢えて言わないでおこう。
「居残りだよ、冬休み課題のな。見たらわかるだろう?」
俺はもっともな言い訳を絞り出してみたが、なにせおつむが緩いのでこの程度のセリフしか出てこない。
「いや、分からないな。君は課題のひとつも机の上には出していないじゃないか。
つまり、今の君の状況は僕にとっては分からないことだ。」
その女子がすぐに言い返してくる。何を言っているのかこの女は、頭でも打ったんだろうか?まぁ、そんなことはどうでもいいことなんだ。
「ねぇ葛鬼くん、僕の質問はまだ終わっていないんだぜ?いったい君はこんな時間のこんな場所でナニをどうしていたんだい?」
気のせいだろうか、少し言葉のニュアンスというかアクセントが違った気もしたが。
「おい、下ネタはよせよ桃華。男子高校生かお前は?」
とりあえずツッコミをいれてみる。
「ん?下ネタ?おいおい、いきなり君は何てことを口走っているんだい?こんな時間のこんな場所にJKとふたりでいることに何かしらの欲でも湧いたのかい?」
しまった、まんまとのせられた…
まぁ、いつものことだから気にすることもないが。
ちなみに、今俺と話している女子の名前は
浦和桃華。
年齢17歳、身長168cm、体重51kg
血液型A型、瞳の色は薄い茶色で髪の毛は腰あたりまで伸びた黒髪。
最近の趣味は大日本史を読むこと、お気に入りのふりかけはごま塩だ。
平均入浴時間は30分〜40分。
悩みは特に無しである。
なぜ、こんなにも彼女のことを知っているかって?それは幼馴染だからという魔法の言葉を使用しておこう。
決してアホな男子の超ハイスペックな情報網からくるアレな情報ではない。
幼馴染だから、あぁ素晴らしい響きである。
「おっと、君が頭の中でモンモンしている内に時間が来たみたいだ。」
その言葉を聞いて、黒板の上に設置された時計を見ると針は21時30分を指していた。
「そろそろか?」
何がそろそろなのか?まぁ、説明したほうがいいだろう。
最近、僕たちの学校ではある噂話が広まっている。その内容は午後21時30分、2年4組4番の席に座っていると女の幽霊が現れて、あの世に連れて行かれるといったもので、いわゆる学校の「怪談」だ。
言い伝えられてきたというものでも、他所の学校から噂話が広がった訳でもなく、4ヶ月ほど前に2年4組4番の机の「主」が自殺してから広まったこの学校のみで語られている噂だ。
つまり俺たち2人は、現在肝試しに来て待ち合わせていたといことになっているわけだ。
ギギギギギギギィイ
何処からともなく、何かを引っ掻いたような音が聞こえる。その音を聞いただけでも一瞬耳を塞ぎたくなるようなあの音だ。
「来たか、桃華!こっちに来い。」
「言われなくたってそうするさ。」
そう言って桃華は俺のすぐ近くに走り寄ってきた。その時、唐突に漂ってきたシャンプーの甘い香りに戸惑ったが、今はそれどころではない。
ビタン!
教室後方のドアにドス黒く染まった手がかかっている。先ほどまで桃華がいた場所に今は異質な存在が確かに「居る」。
「さて葛鬼くん、僕らはアレが何なのかをキッチリ見定めなければならないのだけれど今のところ君にはどう見える?アレが」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそう言う桃華に対して俺は今見えている現状をそのまま言葉にした。
「どう見える?って、ありゃ完璧幽霊だろ。
手ドス黒いし」
「そんな単純明快な事実を聞いているんじゃないんだよ僕は、アレはそもそもなんなのかって話をしているんだこの阿保。」
アレが幽霊だという客観的な意見を単純明快と言うのはどうかと思うが、確かにそうだ。
アレはなぜそこに「居て」何を目的としているのかという事は解明しなければならない。
ズズ…っと顔を少しずつ覗かせる「彼女」は
とりあえず女だと思うから彼女と呼ばせてもらうが、明らかに生きている人間ではないナニかだ。
「ふぅー、とりあえずここは…逃げるぞ!」
桃華の手を引っ張り、教室前方のドアから廊下に飛び出した俺たちは、彼女の「居る」反対側へ走って逃げる。
後方を確認すると、彼女は先ほど見せていた驚くほど鈍くドンくさそうな動きを全く感じさせない綺麗なフォームで走ってきている。
しかも早い!
「うぉお!まじかよ!?」
「葛鬼くん!階段を降りて!」
走りながらビビる俺に対し、桃華が言った。
今現在俺たちのいる3階から2階へ行くことのできる階段が右前方に見えてきたのだ。
「よし!いっきに飛ぶぞ!」
そう言って俺は、力一杯床を蹴ってジャンプして階段を降りた。
「このまま1階まで行くんだ!葛鬼くん!」
桃華の言う通り、俺は1階まで飛び飛びで降りて階段を降りたすぐ先にある玄関から外に出た。
ブン!
すぐ後ろで何かが空振る音が聞こえた。
どうやら桃華を掴もうとした彼女の腕が空を切った音のようだ。
…どうやったら腕の振りでそんな音が出るんだ。
「だがなるほど、これでこの子の正体が分かったわけだ。葛鬼くん」
「あぁ、こいつは地縛霊だ。」
地縛霊ー地縛霊とは死亡した時にいた土地や建物などから離れずにいる霊のことなのだが
彼女の場合、玄関から出ることのできないこの状況を鑑みるに、この学校が彼女の縛りとなっているようだ。
「地縛霊か、なんだか損をした気分だね。
もう少し良さそうなのを期待していたのだけれど。」
桃華がつぶやく。
「まぁ、コイツは紛いなりにも「鬼化」している事だし、今回は良しとしようじゃないか葛鬼くん。」
鬼ー鬼とは
民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在である。
そして、鬼化というのは最近知り合った、ある男の言っていたことなのだが、伝承や都市伝説、御伽噺や怪談などの力が人の思いや念によって強まり実体化し、生きている人間に害を及ぼすかもしれない状態の事を言う。
らしい…
そして、今彼女は存在してはならないはずのこの学校に、そこに確かに「居る」
実体化している以上、確実に鬼と化していることは間違いない。
それはすなわち、彼女を消さなければならないことを意味している。
でもどうやって鬼と戦うのかって?
俺だって一端の男なのだからそれは、真っ向勝負の力比べしかないだろう?
「桃華!」
「はいはい」
バサッ!
余裕ぶった顔の桃華の背中から、綺麗なエメラルド色に輝く鳥のような翼が生える。
そして、俺が手を前にかざすとそこに無かったはずの古びた刀がそこに現れた。
隠していた訳ではないのだけれど、躊躇っていた訳でもないのだけれど、実は僕たち2人もまた目の前の幽霊と同じ、鬼である。
そして、僕は「怪談」のさらに上、最近ネットの0.2chで囁かれている
「鬼殺しの高校生」と呼ばれる。
厨二感だだ漏れの
「都市伝説」である。