アイデンティティの在処
――私が52歳の時、母は死んだ。ちょうど28年前の事だ。
――私は火葬にトラウマがあったので、52歳にしてみっともない思いをした。喪主であるにも関わらず、火葬に欠席したのだ。代理を、従兄弟に頼んだ。
――母は立派な人であった。私が乳飲み子の頃に父が他界してからというもの、誰の助けも借りずに、女手ひとつで私を育ててくれた。
――私に不憫な思いをさせまいと、母はなんでも買い与えようとしてくれた。母の服を売ってでも。私は子どもながらに遠慮した。母の、気持ちだけで嬉しかった。感謝の念をどんなに重ねても、母の火葬には立ち会えなかった。不義理をしたと思う。しかし信じてほしい。私の母への思いは真実だったのだ。
――母は、古風な人だった。まるで、20世紀を生きた人のようであった。母の患ったのは心臓であった。心臓ならば、いくらか施しようがある。万能細胞から代替の心臓を作り出し、移植する方法。人工の心臓を移植する方法。そのどちらも、母は拒んだ。
「サイボーグなんかになりたくない」
――これが母の主張だった。宗教的な理由があったわけではなかったが、母には、独自の哲学があった。
――例えば、腕のひとつを失っても、「その人」は「その人」である。そこに義手を加えても、「その人」である。では、次に足も失ったとしよう。それでもやはり、アイデンティティは揺るがない。が、この作業をどこまでも続けてみたらどうか? 人は、体をどこまで失っても同一性を保てるだろうか。たとえ脳だけの存在になったとしても。
――母はそんなことを考える人だった。そして、一切の移植手術を拒んだ。私には分からなかった。アイデンティティとは、命よりも重いものなのだろうか。
――私は2年前に、体のほとんどを失った。第4次世界大戦である。
――私は今、脳だけの存在となった。ぷかぷかと液体に浮かんだままこの文章を書いている。アイデンティティは喪失されなかったように思う。自覚のある範囲では。
――私は、母の最も嫌った方法で生き延びている。私は、つまらない自意識に縛られず、この命こそを尊重して生きている。そのことに、誇りを持っている。
――しかし、いささかこの生き方も窮屈なようである。