第4フレーム
「痛え!」
部室で懐中時計のボタンを押した瞬間、ドアの向こうから顧問の悲鳴が聞こえた。この時点では、顧問に最も近かったサオリが疑われることに思い至らなかった。
着替えを済ませ、部室を出ると体操服姿のサオリがコートで泣いていた。それでようやく自らの行いが悪かったと気づいた。だが、サオリに謝罪することはできなかった。
下校は女子バスケ部と同じ時刻だった。12月から3月までは女子が30分早く下校できた。その度に男として産まれたことが損だと感じた。
サオリが泣いていた日、サオリ以外の女子バスケ部と男子バスケ部でバス停まで歩いた。そのときに女子バスケ部の先輩たちが言った。
「あの子、大会で活躍したからって調子乗ってたもんね。これで懲りたんじゃない?」
「でも感謝しないとだよ。あのカスにボールぶつけてくれたんだから」
「ところで誰かボールぶつけた瞬間見た人いる?」
俺はその集団の最後尾にいた。特に話し相手もおらず、罪悪感に押し潰されそうだった。後ろから自転車に乗った老人が来たが、歩道を封鎖しているこの集団を追い抜けずにフラフラとよろめき、最終的には倒れてしまった。
ガシャン、と大きな音が暗い歩道に響いた。集団の足は止まり、背後で腰を押さえている老人を一瞥した。危険が迫る音ではないと確認すると、また集団は歩き始めた。俺もその後に続いた。
翌日、サオリは体育館にいなかった。次にサオリを見たのは2年生の夏休み。中学校に近いアーケードで偶然すれ違った。お互いの目が合ったとき、思い空気が2人を支配した。そのときはもう、彼女が転校したことを聞いていた。
辛い練習と顧問の圧政に耐えられず、2年の2学期からはバスケ部を辞めた。
顧問は理科の担任でもあり、部活を辞めても毎日のように顔を合わせていた。もしかしたらバレているのではないか、その思いが卒業するまで脳に貼り付いた。
その教師とは、1回だけ休日に出会った。バスの定期券を更新しようと訪れたバス会社の営業所にいた。俺の顔を見るなりこっちに近づいてきた。やはり背が高いと目立ってしまう。この頃は既に大人と変わらないほどに成長していた。
「お前、先週の期末テストでカンニングしただろ」
「いいえ。なぜですか?」
実は先週の期末テストで、確かにカンニングはした。ただし、時間を止めて廊下に行き、どうしてもわからない部分を廊下で確認して、また時間を動かしただけだ。教科書を教室に持ち込んだわけではない。そういうことは2年生になってからよくやっていた。正解率を50%程度に抑えているので発覚することはないと思っていたが、どうもこの教師は悪い勘だけ当たるらしい。
そのときは何とか切り抜けたが、卒業するまで俺への疑惑はかかり続けた。
俺は県内でベスト5に入る進学校を進路に決めた。入試も懐中時計があれば簡単だった。徐々にカンニングの罪悪感も消えていった。




