VSゴリ山最終決戦の巻2 ―矢吹と名乗る男―
―矢吹と名乗る男―
−五日間後
俺は学校に舞い戻った。
久しぶりに見るゴリ山の顔。まだ顔にはあざが残っていた。
俺を見るゴリ山の目が冷たいのは、まぁ仕方ない。
俺はだんだんアホらしくなって、いつも行く俺の部屋に行った。
サボるときはいつもここ。図書室という名の俺の愛部屋。
ガラッ…
そうそうこのかんじ。
懐かしいぜ、俺の部屋。
…ん?
何かおかしい。
いつもと何か違う。
俺の部屋に…誰かがいた。振り返ったその顔は、男のくせになんか綺麗だった。太陽を背負って、髪が金に輝いていて…見たことがない顔だった。
「…あんたもサボり?」
急に声をかけられた。
これもまた、綺麗な声だった。
「…ここ、俺の部屋」
俺は扉のところに立ったまま、そう呟いていた。
なんか悔しかった。
俺の部屋を取られたからじゃない。
この部屋が、こいつの方が似合っていたからだ。
「あ、そうなんだ。ごめん借りてた」
彼は『俺の部屋』と言ったことを否定せずに、ただそう言って窓の方に向き直った。
ちくしょう、様になってる。
俺は負けず嫌いだから、気にせず中に入った。
そしていつも座っていた場所に腰掛ける。
そこは窓の縁の台。ちょっと離れたとこにその男はいる。
出てってくんないかなぁ…
「あんたさ…」
綺麗な声が俺に話し掛ける。
「この前ゴリ山殴った人だよね?」
なぜそれを…
思わず男の顔を見た。
さっきは逆光でよく見えなかったけど、今回は近いしよく見える。
予想通り、綺麗なまるで透けるように白い肌、二重の目。整った鼻に薄い唇。
太陽の光で金に輝く綺麗な髪。
嫌になって目を逸らした。
「何で?」
「俺見てたから。そのとき」
男は言った。小さく微笑んで。
「え?」
聞き返すと、男は綺麗な長い指で窓の外を指差した。そこからちょうど見える3階の俺の教室。
なるほど
「キレたんだ?」
笑いながらそう聞かれた。俺は素直に答える。
「うん、キレた」
それからしばしの沈黙。
なんで初対面の人と話してんだろ…。だけど、口が勝手に動き出す。
「ゴリ山の口癖…知ってる?」
「あぁ、あれでしょ?『広い視野が』なんとかこんとか」
「そう、それ。俺それが大っ嫌いでさ。何発も連呼するもんだから、溜まってたのが爆発した。あいつの無知さにもいい加減嫌気がさした。全部が重なっちゃって、爆発したみたい」
すると、男は笑った。
八重歯が出ていることに気付く。
「俺もその言葉大嫌いだったな。だからなんだ?っていつも思ってた」
「うん、俺も。広い視野で物事見たって根本は解決しない。目の前の敵とばかり闘って背中を無視したら駄目なのはわかってるけど、俺達はそうやって大人になってくんじゃないのか、って思う。背中に気ぃ回ってなくて背中刺されて、それで『あ、背中も見なきゃならんな』って気付くんじゃないのか、ってさ」
そしたら、またしても男は笑った。
「へぇ〜俺以外にもそんな考えする人いたんだ」
俺以外にもってことは…あんたも?
「ねぇ、聞いていい?」
男はおもむろにそう言った。
「何?」
すると、男はまた窓の外の俺のクラスを指差した。
「あの時、最初わざと殴られたでしょ?」
おっと、そうきたか。
「何で?」
「だってわざとらしかったから。避けるタイミングは沢山あったでしょ?なのに何一つ身動き取らなかった。それはわざと一発ゴリ山に殴らせといて、あとから罪を軽くするためだったんじゃないの?」
今度は俺に笑いが込み上げてきた。
「さぁね」
こいつ…面白いかも。
「あんた見かけない顔だよな。2年じゃないだろ?」俺がそう聞くと、男は頭を縦に動かした。
「俺、3年。あんたの1個上。でも歳でいうと、2個上」
ん?ということは…
「ダブってんの?」
男はまた八重歯を出して笑った。
「そ、留年してんの。今年19になるってこと」
意外だった。
…いや、意外でもないかも。この真面目で型にはまった学校でこんなに明るく髪染めて、こうやってサボってんだから。
「あ、もしかして問題児?」
俺はニヤリと笑って言った。
2個も年上なのに、この馴れ馴れしさは何だ、俺。
「いや、別にそんなこともないよ。俺普通に卒業できたんだ。でも…急に恐くなってさ。社会の型にはまるのが」
「は?」
何言ってんだ、この人は。
「俺達って今学校の型にはまってんの。わかる?で、それと同じように社会にも型がある。人間ってなんだかんだ口では自由を求めてるけど、本当は自由なんて求めてないんだよ。人間って型にはまってたい生き物なの。学校に通ってないとなんか不安になるとか、会社をやめたら社会から省かれた気がして不安になんの。将来のためだけじゃない。生活するためだけじゃない。俺達は型の中にいないと不安なんだよ。やってけないの。みんな狭い世界で生きてんだよ。偉そうなこと言ってるゴリ山もね。どんなに凄い仕事ができる人よりも、自由を求めて一人旅してる人とか、ホームレスとか、俺はある意味そっちの人のほうが尊敬しちゃうね」
言ってることはなんとなくわかるけど、この人…何者?
「つまり、俺が言いたいのはどうせ型にはまるなら、学校の型にはまっていたかった。社会の型は恐いから…。だから俺わざと留年したわけ」
「何したの?」
すると、恥ずかしげに言った。
「夜の学校に忍び込んだ。」
「ぶはっ」
吹き出した。
やることがぶっ飛びすぎじゃん。
「今思ったら俺も恥ずかしいよ。でも、俺テストの点だってそこそこ良かったし、単位だって足りてた。今更やることといったらそれしか思いつかなかったんだよね。忍び込んで学校中の壁を黒スプレーで塗り潰した」
「よくそれで退学になんなかったな」
「うん、ならなかった。長い停学処分。まぁセンサーが反応しちゃって大変なことになったからね。学校中の全部の壁を黒くすることはできなかったんだ。ま、真似する奴が出ないように見せしめってかんじで留年」
「ふーん…」
「ていうか、知らない人も珍しいね」
…言われてみれば。
何で俺は知らないんだろう、こんなビッグニュース。
あ、分かった。
俺そん時学校来てなかったんだ、きっと。
「なんか俺あんたと気合いそう。名前なんて言うの?」
俺がこんなこと人に聞くって珍しいことなんだけど。この男に興味湧いちゃったみたいで。
だってこんな異人、滅多にいないよ。
「名前…名前かぁ…じゃあ矢吹で。」
「じゃあって…」
矢吹と名乗ったそいつの目の先には本が1冊。
【海の中の家 矢吹章】
もしかして、こっから取りました?
「本名何て言うんだよ」
すると、矢吹は無表情に窓の外を見た。
「名前なんてなんだっていいじゃん」
ま、確かに。
そう思ってしまう自分が恐い。
「じゃあ俺は…」
そう言って何かないか探した。
すると、壁に日めくりカレンダーがあった。
13日(金)
…これだ。
「じゃあ俺はジェイソンな」
―それから俺の部屋は、1人部屋じゃなくなった。
「あ、ゴリ山」
俺達はいつものように図書室という名の俺達の部屋で窓から他の教室を見ていた。
そしたら俺の隣のクラスがちょうどゴリ山の授業。
ま、あいつの受け持つ授業だから、保健だろうな。
「うえ、今日も馴れ馴れしく男子に触りまくり。気持ちわり」
俺は舌を出して、嫌な顔をした。
そしたら矢吹が涼しげな表情で言った。
「仕方ないよ、ゲイなんだもん」
…なぜ知っている
「…え?どっからそんな情報聞いたの?」
「いやいや、聞いた情報じゃなくて、俺が1回そういう目にあったからさ。知ってんの」
まじ…?
ここにもいましたゴリ山の被害者。
「うそん」
「本当だって。ま、やばいなぁ〜と思ったから逃げたけど」
矢吹は近くに転がっていたシャーペンを手でクルクル回した。
佐々木の奴とは大違い。
「じゃあ最後までいかなかったんだ」
そしたら矢吹はまた八重歯を出して笑った。
「いくわけないじゃん。ぶっ飛ばして逃げたよ」
まぁ…普通そうするだろうな…。
ひ弱な佐々木にはそんなことすら出来なかったのだろう…。
「ジェイソンこそ。なんか知ってたって面してるけど?」
クルクル回すペンを止めずに、悪戯っぽく矢吹は言った。
痛いとこに気付くなこの男。
まぁ…言ったとこで何もならんか。
「居たんだよ、俺の知り合いにも被害にあった奴」
「へぇ〜」
クルクルクルクル回るペン。
「そいつの場合最後までいっちゃったみたいでさ、そいつ最近学校やめたんだ」
「へぇ〜、お気の毒に」
ニヤニヤ笑う矢吹。
クルクル回るペン。
なんか急に不公平に思えてきた。
何も抵抗できない奴。
何事もなかったかのようにペンを回す奴。
心にダメージを受けやすい奴。
ダメージをサラリと受け流す奴。
…そして、全ての元凶…ゴリ山。
いいこと思いついちゃった、俺。
「なぁ、ゴリ山に痛い目見せてやろう」
そしたら矢吹の奴、シャーペンをポトリと床に落とした。
「何すんの?」
八重歯を出してニヤリと笑う。
「まぁ、俺にまかせとけって」