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聖夜が明けた朝の音

 そろそろ身体も随分冷えてきた。動かず、座ったまま外に居るせいだ。

「帰ろう」

 涙を手袋をとった手で拭い、奈津歩もまた立ち上がった。後ろを振り返っても誰も居ない。当然だ。

 六時までここに居るつもりが、まだ五時になったばかりで退散する事になってしまった。しかしここに居続けていると、いつまで経っても涙が止まらない気がする。

 イルミネーションは、公園に入った時より輝きが妙に寂しく見えた。これは、奈津歩の心の表れだ。木に向かって謝りたくなる。未だ輝き続けるイルミネーションには礼を忘れないでおこう。この広葉樹が居なければ、季那には出会えなかった。

「有難う……」

 広葉樹の幹に額を付けて、そっと呟いた。

 その時、奈津歩が木の根元辺りを見ていなければ、解らなかった。

「?」

 広葉樹の前に、小さな箱が放置されている。奈津歩はそれを拾い上げてみると、その箱には真紅の赤いリボンが付けられている。正方形の箱の、プレゼントだ。

 誰かの忘れ物だろうか。

「!」

 奈津歩はいけないと思いながら、リボンを解いて中を確かめた。茶色い包装紙の中に包まれているそれは、お菓子の家やクリスマスツリーが球の中に閉じ込められている、スノードーム。

 実際は何も聞こえないのに、スノードームの中では雪がシンシンと音を立てて降っているように感じられた。

 スノードームと一緒に、水色のクリスマスカードも添えられている。折り畳まれた中を、開いてみた。


『Merry Christmas. To:Natsuho』


 印刷された文字。『From:』の後には何も書かれていない。

「どうして……」

 彼は幻滅したのではないのか。訳の解らない言葉を吐かれて、怒って帰ったのではないのか。

(違う……)

 奈津歩は彼の事をどう思っていたのだろう。彼は面倒な事は嫌いな性格だが、それでも奈津歩との約束を果たしてくれたではないか。約束をしてくれただけでも、彼女はとても嬉しかったのに。

 彼は奈津歩の性格さに対して、苦の表情も感情も見せなかった最初の人間だった。だから彼女は彼に惹かれたのだ。

 彼は去って行った時に何も言わなかった。当たり前だ。奈津歩が言葉を入れる隙を与えなかったのだ。彼を黙って送り出したのは自分だ――季那が本当は、どう感じたのか聞かないままで。

「……ッ」

 彼は何を言おうとしてくれたのだろう。

 嫌われたなら、それでも良い。もう二度と自分と会いたくないと思われても、今はもうそれもどうでも良かった。

 だが奈津歩は彼に会いたい。拒まれても、彼ともう一度会って話すのだ。

 傷付いたらそれまでにしたくない。

 本心のままに動きたい。

 公園を出て、季那は左右のどちらの道に行ったのか解らない。奈津歩は右の道を行った。自宅と反対方向だ。

 冬の早朝に走るなど初めてだった。だが寒さはもうない。今は暑かった――心も、暖かい。

 ひたすら走った先には、深緑色のジャンパーが見えた。

「季那君!」

 初めて大声で彼の名前を呼んだ。

 目の前をゆっくり歩いていた者は、立ち止まって、肩越しに彼女の方を振り返る。

「あのっ……」

 乱れた息を整えながら、奈津歩はゆっくり言葉を紡いだ。

「さっきは嫌な事言っちゃって……ごめん。それで」

 スノードームを抱きながら、響く鼓動を抑える。

「――ありがとう」

 言う事はないと思っていた感謝の言葉。季那は身体ごと奈津歩と向き合った。

「それはスノードームの事?」

「うん……それもあるけど」

 それだけではない。例えプレゼントを貰っていなくても、伝えるつもりだった。

「私、季那君に教えて貰ったの。自分を嫌いにならずに、受け止めろって」

 奈津歩が自分の性格を嫌っていた。だから周りにも受け止められない、と思っていたのかもしれない。

 しかしそうではない。周りが、彼女の良い部分を探すべきだった。だが奈津歩は自分の良い部分を誰にも見せずに、ただ悪い部分に苛立っていただけ。そのせいだった。一方季那は、差別もしないで、それがその人の個性なのだと解ってくれようとしていた。だから、そんな彼に出会えて奈津歩は嬉しかったのだ。

「それに、色んな感情も自分の中にはあるんだって、解った」

 それははっきりとは表せない感情だけれど。

「もっと、もっと色んな事を季那君に教えられたけど……何か上手く言えないや」

 奈津歩は破顔した。もう二度と、彼の前では笑えないと思っていた。

 彼は何も言わないままだ。けれど、もういい。

 もう、大丈夫だ。

 これで無念は残らない。

 全部、伝えられたから。

「それだけ。本当に――ありがとう」

 さようなら、と奈津歩は季那に背中を向けた。

「奈津歩」

 彼は以前、『気が向いたら』と言って、彼女の名前を呼ぼうとしなかった。

 あまりに驚いて、奈津歩は勢いよく踵を戻した。

「たった三度、会っただけなのに」

 季那は小さく呟いた。そして奈津歩の方に歩み寄り、そのまま通り過ぎるかと思えば、彼女の片手を掴んでズカズカと歩いて行く。

「え?」

 奈津歩は男子に手を掴まれる事に赤面して、季那に引っ張られるがまま歩き出す。

「ど、何処に……」

「待ち合わせ場所。ここで帰ったら俺が早起きした意味がまったくない」

「で、でも」

「誤解のないよう言っておくけど、俺はダチと遊びたかったら、迷わずそっちを選ぶよ」

「!」

 それはどういう意味だろうか。

「正直どっちに行ってもよかった」

 ――とりあえず、まだ彼の事は侮っていたようだ。

「あははっ」

 彼と居ると心地良い。奈津歩が笑うと、季那はそっと彼女の手を離した。

「一緒に行くのは、初めてだね」

「そうだな」

 季那が上を向いて、朝を迎えようとしている空を眺める。朝陽はまだ出ていないが、空は闇から青色が覗いていた。

 二人の足が公園に向かった。


 広葉樹は未だにイルミネーションで輝いている。

「何か『お帰りなさい』って言ってるみたい」

 と奈津歩が言うと、

「そうか? 俺は『また来たのかよ。さっさと帰れ餓鬼共』って聞こえる」

「餓鬼って……」

 広葉樹に性格があったとして、そこまで酷い言葉を使うだろうか。二人の解釈はまったく違う。

「何だかんだで、あと三十分で終わりかー」

「電飾が消えるまで居るのか?」

「うん。せっかくだから」

 奈津歩はスノードームを掲げながら、広葉樹の天辺の星を見つめた。

「そうやって掲げてると、『三賢者』みたいだ」

「『さんけんじゃ』?」

「イエス・キリストが誕生した話に出てくる」

「あっ。成程。……って、あれお爺さんじゃない」

「見えなくもない」

「酷い……」

 冗談だと解っていてもショックだ。彼は気を使うという行為はすくなく、いつもストレートに言葉を使うのがある意味欠点といえる。

「『オバサンっぽい』って言われるよりはマシだと思わないか?」

「え……ま、まあ」

 それは冗談ではなく本気とも捉える事がある。確かに『オバサン』とリアルな揶揄の言葉を言われるよりは、幾分マシかもしれない。何故か、騙されている感もあるが。

「奈津歩」

「うん?」

「君からは何かないの」

「……え」

 そういえば、奈津歩はイルミネーションを一緒に見て貰う約束をしてくれた上に、スノードームという素敵なプレゼントを貰っている。さすがにここまですれば、いくら季那でも見返りが欲しくなるだろう。

「ちょ、ちょっと待って」

 奈津歩は今から商店街まで走って、何かを買っていこうと思った。閉まっていれば近くのコンビニで暖かい物をご馳走してあげよう。ポケットに手を突っ込んで、財布を探る。しかし、ポケットから出てきたのは財布ではなかった。

 奈津歩の手の中に握られた物を、季那が覗き込む。

 昨日帰りに駄菓子屋で買った、九十円のサラミ一本。

「…………」

「…………」

 お返しとしてはあまりにショボ過ぎる。ここは手編みのマフラーとか色々あるだろう。何故前以て季那に渡す物を買わなかったのか。

「ご、ごめんなさい……」

 財布はない。今から家に戻って取って来るのも情けなさ過ぎる。

「ふっ……はははっ」

 季那が笑った。確かにこれはお笑いものだ。奈津歩は恥ずかし過ぎて顔が火照った。

「有難く頂きます」

 季那は特に文句もないと言った風に、包みを剥がしてサラミを口に加えた。奈津歩は呻いた。

「最初から大した物は期待してないよ。君には」

「でも、私はこんな高い物貰ったのに……」

「そんなにしないよ。強いて見合ったお返しを要求するなら、肉まんとフランクフルトと唐揚げで手を打とう」

「い、いつ届ければいいの?」

「次に会った時でいい」

 奈津歩は彼ともうこれで最後だと思っていた。しかし彼にとっては、何処を最後にするかなど決めていないようだ。もし、彼も奈津歩と同じように友人と思っていてくれるのなら、確かにここから二度と会わないなんていうのも奇妙しい。

「また、会ってくれるの?」

「どうせ通学路なんだろ」

「う、うん」

 平然と季那が応えるのに、奈津歩は少し戸惑った。

「それとも、俺の休憩場所を奪うつもりか」

「そ、そんな事は思ってないけど」

 ただ嬉しいのだ。これで終わりにしようと思わない、季那の無邪気さが。

 もしかしたら、これから彼と接する事で、奈津歩が彼に抱く思いの答えが見付かるかもしれない。

 奈津歩がそう思ったからだろうか。季那が彼女に率直に問うた。

「好きな奴でも居るのか」

「ええっ!?」

 いきなり何を言うのだろう。とことん季那は直球過ぎる。奈津歩には彼の性格がたまに衝撃が強過ぎた。

「一番に思って欲しいとか、呟いてただろ」

 彼には奈津歩の独り言を聞かれていた事をすっかり忘れていた。一番ではないが、二番目に聞かれたくなかった小言だ。だったら声に出すなと心の中で自分を叱咤した。

「そ、そそそういう人が居たらいいなーって思っただけ、だから……」

 さすがに今は言えない。けれど、いつか言えるだろうか。そういう事を、少しだけ目の前の少年に期待していたと。

「ふーん。それより、そろそろ終わる」

「あ……」

 時間を見たら、あと三分で電飾は消える。今日の朝陽もそろそろ姿を現すだろう。

「また来ちゃうかもなあ。今度は一人で……」

「ホントは友達、少ないんじゃないのか。君」

 グサリと胸に突き刺さる。図星である。

「う、うん……比較的少ない。何かクラスの中でも孤立してるんだ。昨日のクラス会だって、行かなかったし」

 今は彼には何でも言えてしまう。自分の弱い部分も。幻滅されたくなくて、余計な事は何一つ伏せていようと思った。それは、親に対しても一緒だ。

「だったら、ここに来たらいい」

「え……」

「愚痴くらいなら聞いてやれる。……自分が弱いと‘勘違い’している奴は、心の拠り所は必要だ」

 一瞬、信じられなかった。彼がそう言ってくれる事を――そんな風に言ってくれる人が居る事を。

 この世は、奈津歩が思うより、残酷で理不尽で、優しくないなんていう事はないのだろうか。

「天辺の星の事は知ってるか」

 急に季那が話を転換する。奈津歩は何の事だか解らなくて、首を横に振った。

「ここのイルミネーションはただ光り続けるだけって事で、それ程人気はない。けど、俺は最後の一分のイルミネーションだけは気に入った」

「最後の一分?」

 時計を見る。秒針が11の所に来ているのを確かめ、ゆっくりと首を上に伸ばした。五十九分になった途端、色とりどりのライトはふっと消えて、点滅が止んだ。

 その代わり、天辺の星が七色に輝き始めたのだ。

「わあ……」

 星もライトの一部だったのだ。最後の一分に、星だけが輝く仕組みになっているらしい。

「凄い」

「だろ」

 季那が奈津歩に笑いかける。奈津歩もまた、彼に笑顔を返した。

 そして、イルミネーションが終わる。夜明けを合図するかの様に、星のライトは静かに眠りに落ちる。空では、朝陽が世界を明るくしていた。

「んーっ。空気が気持ちいい」

 奈津歩は両腕を上げて伸びをした。

「ま、これでお互い満足だな」

「季那君の言った通り、電飾が消える直前が一番綺麗だね」 

 広葉樹はもう輝きを鎮めたが、奈津歩の心は未だ輝き続けている。

「季那君」

 奈津歩は片方の手のひらを季那に向ける。

「メリー・クリスマス」

「良い一日を」

 季那と奈津歩の手がパンと程良い音を奏で、聖夜が明けた朝の唄をささやくようだった。











ここまで読んで下さった方、本当に有難うございます。

本編読んでないけど、あとがきだけ読みに来たよーな方も有難うございます。

バッドエンドにするつもりも、ハッピーエンドにするつもりも、

実はありませんでした。

キャラはいつだって、最後には自分から動くものです。

未熟な文章で大変申し訳ないです。

けれど、少しでも彼女達の物語を覗いてみてくれただけでも

奈津歩や季那に代わってお礼を言わずにはいられません。


現実では、クリスマスまであと一週間でしょうか?

では、私は皆様が楽しいクリスマスを過ごせる様、

イルミネーションに願いましょう。あ、普通は星ですね。


Merry Christmas!

 From:Namina

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