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中編

 二十五日の朝。になる前。つまり夜明け前までイルミネーションは点いているらしく、イルミネーションが消える一時間程前に、奈津歩は季那と件の公園で待ち合わせをする事にしたのだ。決行日――敢えて約束の日と言わないのは、奈津歩の性格たる所以である――は丁度クリスマス。待ち合わせ時刻は午前五時だ。季那の発案である。電飾が消える直前まで見た方が、何かと満足感が出るだろうという事らしい。

 奈津歩は喜んでいた。彼女にとっては完璧な計画を立ててくれた季那に大いに感謝しているのは言うまでもない。さらに、奈津歩は夜明け前に家族以外と出掛けた事などないので、新鮮感と、季那に対する親近感を加えて、気分は絶好調に達していた。

 二学期期末試験の良くない結果で、暗い気持ちになっていたのも吹き飛んだ。今の奈津歩は、「イベント」という名目から目が離せない。顔がニヤけて周りに怪訝な視線を向けられないよう、奈津歩は本で顔を隠す。

(嬉しい。有難う。季那君)

 そういえば今、彼はどうしているだろうか。

「なっちゃん、クリスマスパーティーの事なんだけど」

「わっ」

 急にクラスの女子に声を掛けられ、奈津歩は飛び上がった。

「そんな驚かんでも」

「ごめんね。あの……パーティーって?」

「冬休み前にね、クラス会をしようって事になったの。カラオケボックスで。聞いてない? 先週からみんな話してたんだけど」

「あ、ごめん。聞いてないや……」

 「そっか。あのね。あとで日時と準備するもの、メールで知らせるからね。携帯見ておいてね」

「うん。解った」

 用件だけを済ませて、女子生徒はそそくさと奈津歩から離れて行き、女子の溜まり場に帰って行った。

(先週から話してたんだ……知らなかった)

 奈津歩は正直な所、クラスでは明るい子のグループには入っていないので、クラスの中で決まる情報など、殆ど耳に入って来ないのだ。訊けばいいと解っているが、あまり話さない子にはなかなか話し掛けられない。友達は居る。が、それでも一人で居る事が多い。

(一人で居るのは、嫌いじゃないけど)

 しかしやはり、教室の中で孤立している自分は嫌だった。

 そして、クラス会でも孤立する事は目に見えていた。

 

       *

 

 土曜に降った雪は日曜まで延長し、月曜の朝には止んでいたが、太陽は雲に隠れたままで、校庭には少し白い雪が残っていた。今日の体育は全員体育館で間違いない。

(好都合だ。卓球が出来る)

 円盤投げは正直、もう飽きた。どうせ健康の為の運動ならば、自分の好きなスポーツをやってこそストレスも堪らずに健康でいられるものだろう。

「なあ、クラスの女子に誘われたんだけどさ」

 同じクラスの男子が、肩にどかっと肘を乗せてきた。

「クリスマスパーティーやろうってさ。季那も誘えと命じられた」

「何だそれ。高一で合コンかよ」

「教室の中じゃあ、お互い上手く話せないってモンさ。学校の中じゃあ、完璧男子と女子の間には壁が出来る。だからこそ気分が出る所で、本性を出した方が良いんだよ。でもお前、告られまくんなよ?」

「少女漫画や青年漫画じゃあるまいし。それに、場合によっては俺行けないし」

「はあっ!?」

 奇声というか悲鳴をあげられた。

「何」

「何で俺がわざわざお前を誘うように頼まれたと思ってんだよ。女子の中で、お前に気が合う子が居るからに決まってんだろ」

 友人は、極力小さい声で怒鳴った。

「いつからお前はキューピットになったんだよ。それに場合によっては、だよ。それいつ?」

「イヴの夜」

「じゃあパス。その日は早く寝るって決めてる」

 季那はさらりと誘いを断る。ちなみにさっきから教室の入り口で通せんぼされている。いい加減立ったままでいるのも面倒になり、友人をどかして自分の席に腰を落ち着けた。すかさず友人は彼に詰め寄ってくる。

「イヴの夜に彼女が出来るかもしれんのに。貴様という奴は」

「望んでない。まさか、悔しいのか?」

「ちっげーよ! クラスでカップル出来たら高校の恒例行事「ひやかし」をするのが俺の……いや、皆の夢なんだ!」

(うぜえ!)

 文句を声に出さずに友人から視線を逸らす事に決めた。

「冗談冗談。クリスマスでクラスの仲を深めるのは悪い事じゃないだろ」

 冗談ではなく本気だろうと季那は解っていた。彼とて、クラスとの交流は深めたいとは思う。

 しかし、彼にはイヴの後だが先約があった。

「予定がなかったら行くって話なんだよ。だから俺の事は諦めて」

「あ、そういう事? デートとかじゃねーだろうな」

「うーん、まあね」

 一応お相手は女子ではあるが、あんなまったく自分好みではない女子とは果たしてデートと言えるのだろうか。

 季那は軽く応えただけのつもりだったが、友人にとっては『軽く』はなかった。

 この日、クラス中に季那に彼女が出来たなどというとんちんかんな噂が広まったのである。




 奈津歩はいつも通りの通学路を通り、いつもの公園の前で足を止めた。

 吐く息が白い。雪は降らずとも、十二月ともなると防寒具は欠かせない。だがどんなに着込んでも寒いとは言わずにいられないのが、何となく悔しかった。

 上着の下で身震いする。公園のベンチの上も冷たくなっている筈だ。

「クリスマスパーティー……かあ」

 今朝誘ってくれた子は、自分を誘いたくて誘ったのではないだろうと奈津歩は思っていた。一応伝えたというだけだろう。

 奈津歩は中学時代のクラスメートとの夏の同窓会をキャンセルした過去がある。春に行った時に、自分が孤立していたのを思い出すと、もう一回行くのが躊躇われたからだ。中学時代では凄く仲の良かった友人も居たが、今はすっかり疎遠になってしまっている子が殆どであるし、クラスという一組の団体の中では奈津歩は必ずと言っていい程、孤立していた。だからクラスの集まりは、正直言って好きにはなれない。

 奈津歩は記憶を反芻して、中学の卒業式を考えた。確か、あの時自分は、友人と学校が離れる事を寂しいと、別れを惜しんでも、微塵も悲しいという感情が生まれなかったのだ。

(解ってる。全部私が悪いんだって)

 周りに馴染もうにも、馴染む努力をしなかった自分の方に非がある。そういう事だ。

「よう」

「わっ!」

 奈津歩は飛び上がり、危うく雪が解けたばかりの道で滑って転倒しそうになった――言い換えよう、実際に転倒した。


 ビッターン!


「…………」

「…………」

 そんなに痛みは感じないが、恥ずかし過ぎる。

「Are you ok?」

「う、うん」

 奈津歩は上体を起こす。目の前に居る季那が、奈津歩の腕を引っ張って彼女の膝を起こした。

「ボーッとしてないで早く帰った方が良いんじゃないのか。平日の帰りは暗くなるなと嘆いても暗くなる」

「そ、そうだね」

 奈津歩は膝に付いた土を払って、落ちた手提げを拾う。

「五時でもうこんなに暗くなるんだね」

「二月まではこうだろうな」

 他愛もない会話は続かないものだ。だが双方とも会話を活性化させる事も、話題を転換させる事もしなかった。奈津歩は急に申し訳なくなる。

「ごめんなさい」

「何が」

「口数少なくて……」

 友達を上手に作る人は、いつだって喋る事を得意とする人だ。奈津歩はその天性を持つ女子が羨ましくて仕方がない。会話を続けられないという欠点は、彼女をいつだって苦しめる。特に、交流を持たなければならないという義務を課せられる学校では――。 

 そして奈津歩は失言に気付いた。

 口数少ないと暴露し、それについて謝罪してしまっては相手を気まずくさせるだけだ。

(もうっ。何やってんの私)

 だから口ベタな自分は嫌だった。

「自分から欠点を作る必要はない」

「……え?」

「そういうのは欠点じゃなくて個性だろ。俺は、他人の性格にいちいち文句をつける気はないよ」

 季那はそう言い置いて、何故か広葉樹に上り始めた。

「き、季那君!?」

「電飾に絡まないように登れるから平気」

 そういう問題ではない。だが彼は構わず上手に木によじ登って、広葉樹の枝分かれした太い枝の上で寝そべった。漫画やドラマに出てくるやんちゃな男の子のようだ。

「木登り出来る?」

「え、私?」

 奈津歩は幹をじっと見つめた。

「……やってみる」

「おいで」

 一瞬彼のその物言いに赤面したが、奈津歩は片足を枝にかけて、慎重に登った。

 木登りは小学生の頃、友達とふざけて小学校の中庭に植えたあった木でやった時以来だ。季那の所まで何とか登り切ったその時、


 ズルッ!


「!」

 右足を上げようとした所で左足を踏み外してしまった。

 展開がベタ過ぎる。

(わあっ!)

 悲鳴も声に出来ずにいると、上手い事、奈津歩は足だけぶら下がった体勢になった。

「……?」

「こうなる予感がしてたよ莫迦」

 季那が、奈津歩の背中に手を回して上半身を抱き止めている。

「ご、ごめん」

 少し恥ずかしさで顔を赤くする奈津歩に、季那は呆れた風に溜息をついた。

 何とか季那の横に座れた奈津歩は、高い位置から見た光景に目を見開いた。

「わあ……」

 暗くなったからこそ見られる、夜の明かり。空に輝く星だけでなく、建物の電気もここから見るとキラキラと瞬いているように見える。街全体の、イルミネーションだ。

「そんなに都会でもないのに……」

「クリスマスに備えてイルミネーションを着飾っているのは、ここだけじゃない」

 言われてみればそうだ。クリスマスが近い今だから、夜が一層美しくなる。イベントを少しでも多くの人に楽しんで貰う為、商店街の人達は奔走しているお陰だ。

「それでも、君がここにこだわるのは何で?」 

 その質問は予想外だった。ただ一番近くにあるというのが最初の理由だが、商店街のお店なら家族だって誘うのに勇気は要らない。しかし――

「……何となく、かな」

「そっか」

 季那は軽く返事をしてくれた。

 ただ一言、そこで話を終わらせてくれる彼が有り難かった。

(後ろだてが欲しかったんだ……)

 奈津歩は昔から、どんな小さな願いも叶えられない事が多かった。友達と気軽に打ち解け合う事、二十飛び、料理、勉学……。練習しても出来ないで終わった結果になったものが一体幾つあるだろう。イルミネーション鑑賞もその例だ。

 だから、イルミネーションを見るという願いを叶えられたら、奈津歩は少しだけ自分に自信をつけられると思ったのだ。何かに後押しされれば、前に進み、人生に希望を持てると考えた。

 だが、我ながら下らないとも分かっていた。だから季那にも言えない事だ。

「ねえ」

 これを訊いてしまったら、さすがに彼も鬱陶しがって自分から離れて行ってしまうと思った。だが、どうしても訊かずにはいられない。

「季那君は、どうして私に構ってくれるの」

 彼には何か得があるとは思えなかった。むしろ聖夜が明けてから出掛けるなど、奈津歩にとっては大歓迎でも、彼もそうだとは言えない。今より寒くなるであろう夜明けだと、面倒で外にも出たくないだろう。

「俺は、ここのイルミネーションなら何度も見た事ある。君と違ってね」

「うん……」

「でも、つまらなかった」

 奈津歩は反応が遅れた。一瞬だが、彼は眉を顰めた。

「二年前からだから、親父とも友達とも行った。連れの方は感動したり、目を輝かせたりしてたけど、俺は何も感じなかった」

 つまらない、とも彼は思わなかった。本当に何も感じる事が出来なかったのだ。

「一人で見ても同じだった。だから、赤の他人と一緒に見ても変わんないのかなとか思ってみたりした。それだけ。何となくってトコは君と同じかもね」

「そう……なんだ」

 彼には特に意味はない。感動というものが彼にはない感情なのだろうか。それとも、奈津歩が考えているよりもイルミネーションがあまりにも呆気ないものなのか。

(あんまり過度な期待しないでおこうっと)

 楽しみなのは変わらないが。

「試しに女子とも行ってみたけど――」

「ええっ! 凄いっ!」

 彼はモテるのか。よく考えてみれば、彼は顔が良いので当たり前とも言えるかもしれないが。

「ロマンチックとも、思わなかったの?」

「俺が黙ってしれっとしてたら、あっちは何故か憤慨して五分で帰った」

「……早いなあ」

 呆れるを通り越して感心してしまう。面白くて、奈津歩は軽く吹き出した。

「一応フラれ話なんだけど」

「そうなの? ごめんね」

「笑いながら謝るな」

「だって可笑しくて」

 だがどちらかと言えば、季那が意図的にフったようにも聞こえる。彼は女子にも関心が無いのか。だから奈津歩の願いを聞き入れたのか。

「冷たいけど」

 奈津歩は正直な感想を言った。

「季那君は楽しい」

 彼と一緒に居ると楽だ。第一印象はあまり良くはなかったが、彼の楽しい所を知った。お陰で会話は弾んでいるのかは分からないが、奈津歩はまったく心に重みを感じなかった。兄弟と話しているようだ。

「誉め言葉として受け取っておくよ」

「あ、そろそろ帰らなくちゃ」

 一応家まで十分程の距離だが、もうすぐ五時半だ。六時からは奈津歩の見たいアニメ番組がある――子供っぽい部分も出来れば治したいが、趣味はどうしようもない。

「季那君、お願いがあるんだけど」

「『下りるのが怖い』」

「そ、そうです」

 さっき足を踏み外した時を思い出すと、また落ちかねないと思った。

「だから俺が下で受け止めろ、と。了解」

「違うのっ。それはさすがに恥ずかしいから……下り方を教えて」

「チャレンジャーを目指したいタイプ?」

「で、出来る事を増やしたいだけ」

「感心だね」

 からかうような口調で、季那はふっと笑った。

 彼は器用に先に木から下りる。奈津歩もそれに習い、何とか下りるのには成功した。

「ヒヤヒヤする下り方だ」

「そ、そう見えた?」

「つくづく不器用だね。君は」

「ご尤もです……」

 素直に認めるしかない。

 しかし何故だろう。今まで『不器用』だと言われて、ショックを受けるしかなかった奈津歩は不思議と不快に感じない。

(違う。季那君だから……)

 彼は本気で奈津歩を貶す事はしないと、分かっているから。

『俺は、他人の性格にいちいち文句をつける気はないよ』

 彼は個人を個人と認めている。人はみんな同じではないと理解している。個性は受け止めるべきもので、否定するものではないと、彼は正しく認識しているのだ。

「ねえ、一条さんの下の名前って何だっけ」

「へ?」

 物凄く今更に思えてならない。奈津歩は平然と答えた。

「奈津歩」

「そっか。じゃあ気が向いたら呼ぶよ」

「は、い?」

 流れ的にそれもどうかと思う。彼の行動は先が読めない。だからかもしれない。他の男子と違う面を持っているから、彼には何処か人を惹きつける部分があるのだろう。

「じゃ、じゃあ……私、名前で呼んで貰うの楽しみにしてるね」

 さよなら、と奈津歩は季那に笑顔で言って別れた。


       *


 何もかもつまらなかった訳じゃない。学校では友人と戯れてるだけで心が軽かったし、家では母が毎日美味しい夕食を作って自分や父の帰宅を待っている。何の不自由もない生活。だから望むままに生きていけている。

 それでも、彼はこれといった趣味を持ち合わせていない。夢中になれるものがなかった。

 さすがに少女漫画程ではないが、一度か二度、女子から告白される事があったが、やはりその時も何の感情も抱く事が出来なかった。

 だが彼女は違う――と言ってみたら格好が良いが、そうでもない。

 彼女の事は本人と実際に話す前から知っている。彼の憩いの場所である公園の常連学生だ。

 その公園で一際大きい広葉樹の後ろに、人目がつかないようにするのと、木陰で寝たいが為にベンチを移動させ、彼はいつもその上で座って寝るのを日課にした。

 休日はさすがにあまり寄らないが、登校時や下校時はわざわざ家まで帰るのに遠回りして、公園に来ていた。確か今年の春からだ。

 そこで彼女を初めて見たのが十一月の始めだった。小さいベンチは見事に木の幹の後ろに隠れ、彼女の良い死角となってしまった。だからこちらが先に彼女を知ったのだ。 

 何故こんな人気が少ない所に。と不思議に思っていると、彼女は広葉樹を見上げた。そういえば、もう電飾が広葉樹に飾られている。それが目的だろうと思ったが、彼女は暫く木を見上げたまま去らなかった。もっと暗くなってから出直せばいいのに、と言おうとしたが止めた。彼女の表情が曇ったからだ。

 傍観を決め込んだ季那は、そっと幹とベンチで身体を隠して彼女を窺った。

(頭隠して尻隠さずなんて馬鹿な真似はしない)

 どうでも良い考えを浮かべながら、ちらりと彼女の顔を見た。

 さすがに運命の出会いではなかった。顔は普通である。季那から見れば女は母親以外みんな同じに見えているのだが、何故かそれを本人は自覚していない。

 季那が噴出したのはそれから三分後だった。

 彼女がにへら~と笑う。それがまるで何処かの若手芸人にそっくりだった。その後急に眉を顰めて、そのまま落ち込むかと思えば腹を抑えて笑い出す――真似事をする。

 ここでは、大半が怪訝な視線を彼女に向けて敬遠するものだが、季那にとっては離れたくても離れられない。彼女の行動は見事に彼のツボに入り、腹を必死で抑えながらくっくっと笑わせた。彼の笑いどころは、周りとズレているのが特徴と言えるかもしれない。

 しかもそれが毎日繰り返されるものだから、季那は何気に彼女の観察を一日の楽しみにした。

 彼女がイルミネーションを見たがっている事を察するのは容易だった。だが何故夜に来ようとしないのかは謎だった。訊いてみるのも面倒に感じられた。

 しかしある日の土曜日。両親がそろって出掛けて、家で暇を持て余していた季那は、件の公園で暇つぶしをする事にした。外は勿論寒くて、長くは居ないようにと自分に言い聞かせながら、ベンチの上で熟睡を果たしたのだった。

 季那が起きた所で、彼女は初めて季那に気が付いた。

 ――彼女の望みを叶えようと思ったのは勿論気紛れだ。彼女が自分の中の何かを変えてくれるなど、期待しても無駄だとも思ってきている。

「季那君ー」

 母がリビングから彼を呼ぶ。

 季那はベッドに仰向けになったまま、階下に向かって大きく返事をした。

「ちょっと降りて来て」

 季那は渋々身を起こし、一階に下りた。母がフライパン片手に廊下を右往左往している。

「まずフライパンを下ろせ。中の肉が零れそうだぞ」

「わっ。いっけない」

 ドジ的性分の母親は、何処となく一条奈津歩を思い出させる。普通は母親が彼女に、と思う所なのに、何故か彼女が脳裏に浮かんだ。

「何? 買い物」

「ううん。クリスマスプレゼントは何が良いかなって」

「……冗談?」

「そこで『じゃあ金』と応えない息子は素晴らしいわ」

 訳が解らないし、褒められても嬉しくない。呆れ気味に季那は息を吐いた。

「ホントにそんな事で呼び出したのかよ。一葉さんで良いよ、じゃあ夕飯出来たら起こして」

「うわあ前言撤回」

「うるせえ」

 季那は一時間ほど床に就こうと部屋に戻った。イベント好きの母親だ。

 ふと、自室のカレンダーを見る。クリスマスまで、あと十日。

「プレゼント……ね」

 呟いたのもただの気紛れだった。

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