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第十三話 黒幕配信事故

コメント欄が戻って、二日後のことだった。

朝食の席で、父からの書簡が届いた。

いつもより分厚く、封が二重になっている。

開くと、細かい文字が何枚にもわたって並んでいた。

要約すると、こういうことだ。

王都で動いていた「不穏な人物」が特定された。

ロベルト・ド・クラウゼル伯爵。

王宮の顧問貴族を長年務める五十代の男で、表向きは温厚な紳士として知られていた。

しかし実際は、ユリウス殿下の婚約破棄を裏から操り、ベルナー家を排除しようとした張本人らしい。

理由は、ベルナー侯爵家が持つ北部貿易の権益を手に入れるためだ。

エリシアを王都から遠ざけ、家の影響力を削ぎ、その隙に権益を掌握する計画だったという。

私はしばらく書簡を見つめた。

 

「……北部貿易の権益のために、婚約破棄まで仕組んだのですか」

 

頭上でコメントが流れた。

 

『そういうことだったんだよ』

『王太子は完全に利用されてた』

『クラウゼル伯爵、前からおかしいと思ってた』

 

「知っていたのですか」

 

 

『なんとなく怪しかった』

『でも確信がなかったから言えなかった』

『ごめん』

 

「謝らなくていいですよ。何もかもわかるわけではないでしょう」

 

書簡を読み続けると、後半に重要なことが書いてあった。

クラウゼル伯爵が昨日、貴族院の会議の場で、自ら墓穴を掘ったという。

詳細はこうだ。

会議の最中に、空中に文字が浮かんだ。

クラウゼル伯爵が過去に行ったすべての不正が、日時と相手の名前つきで、会議室の空中に次々と現れたのだ。

貴族院の議員全員の目の前で。

 

「コメント欄が、貴族院の会議室に」

 

 

『流れちゃいました』

『令嬢に関係する重大事だったから範囲が広がった』

『止めようとしたけど無理だった』

『というかあれは止める必要もなかった』

 

「止める必要がなかった、とは」

 

 

『全部本当のことだから』

『令嬢を陥れようとした証拠が全部出てきた』

『令嬢の件だから流した』

 

なるほど。

コメント欄は「私に関係する場面」に現れる。

私を排除しようとした計画の全貌が暴かれることは、紛れもなく私に関係する場面だ。

 

「それで、伯爵はどうなりましたか」

 

書簡の残りを読んだ。

クラウゼル伯爵は空中の文字を見た瞬間、「でたらめだ」「魔道具による工作だ」と叫んで全力で否定した。

しかし文字は消えず、淡々と事実を晒し続けた。

否定すればするほど議員たちの目が冷たくなり、最終的に伯爵は会議室で崩れ落ちて「知らなかった、騙されていた」と言い始めたという。

誰も騙されたとは言っていない。

コメントが流れた。

 

『ラスボス小物すぎる』

『最後の言い訳が「知らなかった」って』

『貴族院で崩れ落ちるのは流石に情けない』

『これは低評価』

 

低評価、というのはコメント欄の中での評価基準らしい。

婚約破棄の夜にユリウス殿下に対しても同じ言葉が流れていた気がする。

 

「随分と、あっさり終わりましたね」

 

呟くと、コメントが続いた。

 

『そういう人ってだいたいそう』

『怖そうで実際は小物』

『令嬢が強かったから余計に小物に見える』

 

私は少し考えてから、続きを聞いた。

 

「ユリウス殿下は、どうなっていますか」

 

 

『殿下も証拠に巻き込まれた』

『クラウゼル伯爵に操られていたのが全部わかったから』

『かわいそうとは言えないけど、完全な悪でもなかった感じ』

『まあ自業自得の部分も大きいけど』

 

なんとも微妙な評価だった。

ユリウス殿下は自分が主役だと信じていて、ナルシストで、判断が甘かった。

でも、全て自分の意思でやったわけでもなかったらしい。

同情はしない。

でも憎み続けるほどのものもない、と気づいた。

昼頃、団長が書斎へ来た。

 

「王宮より連絡が入りました」

 

「父の書簡で大方は把握しています」

 

「そうですか。それから……クラウゼル伯爵の身柄は貴族院に確保されました。ハイネ男爵の件も含め、ベルナー家への不正な働きかけについて正式に調査が入ります」

 

「わかりました」

 

団長が一礼して出ていこうとした。

 

「団長」

 

「はい」

 

「……終わったのですね、ひとまず」

 

団長は少し立ち止まって、こちらを向いた。

 

「ひとまず、は正確です。まだ全てが片付いたわけではありませんが」

 

「それでも、大きな山は越えた、ということですか」

 

「……そうだと思います」

 

私は窓の外を見た。

庭のバラが、午後の光を受けている。

五ヶ月前、舞踏会で婚約破棄を宣言されたあの夜から、ここまで色々なことがあった。

コメント欄が現れて、田舎へ来て、刺客があって、コメントが消えて、戻ってきた。

その間ずっと、知らなかったところで伯爵が動いていた。

なんとも、壮大な話だ。

 

「ところで」

 

コメント欄に視線を向けた。

 

「貴族院の会議室での件ですが、あなた方が意図的に流したのですか」

 


『意図的ではない……けど、止めなかった』

『令嬢のために必要だと思ったから』

『良かった?』

 

「良かったとは言いにくいですが……助かりました」

 

 

『よかった!』

『報われた!』

 

団長が不思議そうに私を見ていた。

 

「また空に向かって話していますね」

 

「コメント欄が戻ってきたので」

 

「……なるほど」

 

今日は「なるほど」と言った。

以前は「独り言ですか」だったのに、少し変わった気がする。

信じているかどうかはわからないが、少なくとも否定はしていない。

 

『団長、令嬢のこと受け入れてきてる』

『コメント欄の存在も含めて』

『好きな人のことは全部受け入れたくなるもんだよ』

 

「好きな人、というのは言いすぎですわ」

 

「……何ですか?」

 

団長が首を傾けた。

 

「いえ、空に向かって話していました」

 

「空に向かって、好きな人は言いすぎだと」

 

「……そういうことになります」

 

妙な間があった。

団長の耳が、かすかに赤い。

見間違いかもしれないが、おそらく見間違いではない。

 

『見た?』

『耳!』

『耳赤い!!』

 

うるさい。

今は黙っていてほしい。

私は咳払いをして窓の外に視線を逃がした。

庭のバラはまだ、穏やかに咲いていた。

黒幕が暴かれ、ひとまずの決着がついて、空にはコメントが流れている。

嵐の後の静けさ、とはこういう感じだろうか。

 

『次は令嬢の番だよ』

『幸せになる番』

 

「次は、ですか」

 

 

『次は』

『やっと順番が来た』

 

私は空に向かって、小さく笑った。

やっと順番が来た、という言い方が妙に気に入った。

窓の外で、バラが風に揺れた。






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