宣告の視線
三日後。
ついに、獣王決定戦の日が訪れた。
闘技場を包む空気は、張り詰めていた。
獣人たちの熱気と闘争心が混ざり合い、重たい圧となって肌にまとわりつく。観客席では無数の尾が揺れ、耳が立ち、低い唸り声が渦を巻いていた。
このトーナメントで勝ち上がった者が、新たな獣王となる。
そして――その獣王と、スミレは翌日戦う。
開会式の中央に、現獣王ガルムが姿を現した。
岩のような体躯。その存在だけで、胸の奥が圧迫され、呼吸が浅くなる。
「さぁ!」
ガルムの声が、闘技場全体を震わせる。
「今年の獣王決定戦――開始だ!!」
宣言と同時に、歓声が爆発した。
⸻
第一回戦。
猫族の少女と、狼族の男性が向かい合う。
「剛体!!」
狼族の男性が叫び、全身を硬化させて突進した。
だが次の瞬間、猫族の少女の姿は視界から消える。
「……速い」
スミレの喉が、無意識に鳴った。
少女は一瞬で懐に潜り込み、低く身を沈める。
足払い。狼族の体が宙を舞い、鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。
闘技場がどよめく。
「年齢なんて、関係ないのね……」
リリナが小さく呟いた。
「……ええ」
スミレは短く答え、自分の手を見つめる。
胸の奥に、冷たいものが沈んでいった。
⸻
試合は次々と進み、やがて七回戦目。
現獣王、ガルムの出番だった。
「始め!」
合図と同時に、ガルムは地を蹴る。
踏み込みだけで、床が低く震えた。
拳が、金色の鎧に包まれる。
次の瞬間。
衝撃音とともに、対戦相手の体が宙を飛び、場外へ叩き出された。
攻防すら、成立していない。
「……一撃」
スミレは、知らぬ間に息を止めていた。
あれと――明日、戦う。
⸻
トーナメント終盤。
ガルムの傍らにいた、狐族の少女が姿を現す。
「始め!」
合図が終わる前だった。
少女の脚が閃き、対戦相手は為す術もなく吹き飛ばされる。
ほんの一瞬。
それだけで、試合は終わった。
ざわめきが広がり、観客たちの視線が一斉にスミレへ向けられる。
言葉にされずとも、その意味ははっきり伝わってきた。
スミレは視線を逸らさず、闘技場を見つめ続ける。
その中央で、狐族の少女が静かに立っていた。
⸻
最終戦。
残ったのは、ガルムと狐族の少女。
「始め!」
最初に動いたのはガルムだった。
全身を覆う金色の鎧が、眩く輝く。
拳を振り上げ、叩きつける。
だが――
少女の体が、炎に包まれた。
熱気が、闘技場全体を焼く。
炎をまとった拳が、連打となって鎧に叩き込まれる。
「……溶けてる」
スミレの声は、かすれていた。
金の鎧が歪み、音を立てて溶け落ちていく。
防ぎ続けていたガルムの体が、ついに耐えきれず――
次の一撃で、吹き飛ばされた。
闘技場が、静まり返る。
勝者――狐族の少女。
彼女はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐにスミレを見る。
スミレも、目を逸らさなかった。
喉が乾き、指先が冷える。
それでも、逃げなかった。
この視線は、宣告だ。
――次は、お前だ。
スミレは小さく息を吸い、胸の奥で確かに思った。
それでも、立つ。
明日、自分が折れるかどうかは――
まだ、決まっていない。




