氷魔法の訓練と、折れない心
スミレは借りた家の中で、ひとり黙々と魔力の訓練を続けていた。
手のひらを上に向けると、指先から小さな氷の結晶が生まれる。最初は四角形、次に水滴のように丸く、やがて小さな矢へと変わっていく。
「よし、次はもっと速く……」
息を整え、慎重に手を動かす。
氷の形を変えるたび、指先に微かな痛みが走った。魔力が体内で暴れないよう抑え込み、精密に形を操る。その作業は、想像以上に神経を使う。
何度も繰り返す。四角、しずく、矢。四角、しずく、矢。
失敗すれば氷は崩れ、床に水滴となって落ちる。
それでもスミレは顔をしかめることなく、すぐに次の動作へ移った。
「もっと……もっと速く……」
呼吸は浅くなり、肩や腕の筋肉は張り詰める。
手は冷え、指先はしびれていた。
それでも、氷が思い通りに形を変えるたび、魔力が体の中を正しく流れていく感覚が、確かに戻ってくる。
その小さな手応えが、胸の奥をわずかに温めた。
次の課題は、氷を空中で操ることだった。
手をひらりと動かすと、氷の塊が浮かび上がる。回転させ、矢に変え、最後に四角へ戻す。
呼吸のリズム、指先の角度、魔力の流れ。
どれか一つでも乱れれば、氷はすぐに制御を失う。
何度も失敗し、床に氷を落とす。
冷たく滑る音が、部屋に小さく響いた。
そのたびにスミレは指を閉じ、心を落ち着かせる。
足元に力を入れ、体全体で魔力を支える感覚を、何度も体に刻み込んだ。
やがてスミレは庭へ出る。
次は、氷を攻撃と防御の両方で応用する練習だ。
小さな矢を連続で放ち、即座に壁を作って防ぐ。
矢の速度、飛ぶ角度、壁の厚み。どれも、ほんのわずかな狂いが致命的になる。
「……速すぎる。まだ、追いつけない」
そう呟きながらも、息を整え、指先の感覚を研ぎ澄ませる。
氷が空中で跳ね、壁にぶつかり、再び矢へと変わる。
失敗のたびに修正し、成功した瞬間には、体の奥を小さな喜びが駆け抜けた。
窓の外から夕日が差し込み、氷の結晶を金色に染め上げる。
その光景を見つめながら、スミレは静かに誓う。
――もう、誰も失いたくない。
クリスタのことが脳裏をよぎる。
仲間を失ったあの悲しみを、二度と繰り返したくはなかった。
だから、どんなに怖くても、どんなに未熟でも、立ち向かわなければならない。
指先の氷は、次第に思い通りの形で回転するようになる。
小さな成功の積み重ねが、自信となり、恐怖の中でも手を止めない力へと変わっていった。
「少し……できるようになってきた……」
息を吐き、わずかに肩の力を抜く。
そのとき、背後から声がかかる。
「練習中に悪い……少し、話さないか?」
ルイだった。
疲れた体を休めるには、ちょうどいいタイミングだ。
「えぇ、いいわよ。ちょうど休もうとしてたところだから」
スミレは手を拭き、部屋にルイを招き入れる。
ルイは椅子に腰を下ろし、スミレをじっと見つめた。
「スミレ……本当に、よかったのか?」
その瞳には、心配と戸惑いが入り混じっている。
「獣王は……隣にいるだけで分かるほど強い。
そんな相手と戦うなんて……勝ち目は、ほとんどないんじゃないか」
スミレは一度、深く息を吸った。
「そうするしかないの。
戦って勝たなければ、力を借りることはできない……もう、誰も失いたくないの」
ルイは何も言わず、ただスミレの手を握った。
その温もりが、胸の奥に静かな勇気を灯す。
「弱くて、ごめん」
小さく零れた言葉。
スミレは首を振り、穏やかに微笑む。
「弱くなんてない。
あの時だって……硬木をたった一人で切れるのは、そういない」
その言葉に、ルイの指がわずかに震える。
「すごいことなんだよ?」
スミレは握り返す手に力を込め、決意を胸に刻んだ。
「ありがとう……スミレ」
外の光が氷を照らし、部屋中に淡い希望の模様を描く。
スミレは前を見据え、次の戦いへ向かう覚悟を、静かに固めた。




