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『1章完結!』光と闇の継承者 〜神に選ばれた少女の物語〜  作者: 加藤 すみれ
2章 歪みの中で出会う者たち

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獣の理、少女の覚悟

一つの部屋の前に立った瞬間、スミレは反射的に足を止めた。

 扉の向こうから滲み出る魔力が、皮膚を刺す。冷たい霧を吸い込んだように、肺の奥がきしんだ。


 ――これ以上、近づけば。


 背筋を伝う汗が、服の内側を滑り落ちる。

 背後で、仲間の誰かが短く息を呑んだ。


 扉が、軋む音を立てて開く。


 現れたのは、二人の獣人だった。

 灰色の毛並みを持つ、オオカミの耳と尾を備えた男。岩のような体躯が、ただ立っているだけで場を支配している。

 その隣には、白銀の狐耳と尾を揺らす少女。年はスミレと同じほどだが、その瞳には一切の油断がなかった。


 年齢など、意味を持たない。

 視線を向けられただけで、膝が微かに震える。


 オオカミの男が前に出る。

 床が、低く鳴った。


「……この国に、何の用だ」


 腹の底から叩きつけられるような声。

 空気が押し潰され、喉がひりつく。


「今の時期に来る以上、覚悟は出来ているのだろうな」


 誰も答えられない。

 沈黙の中で、心臓の音だけが異様に大きく響く。


「アクア王国の使者と聞いていたが……違う匂いだ」


 鋭い視線が、一人、また一人と獲物を測るようになぞった。


「お前たちは――何者だ」


 沈黙が落ちる。

 このままでは、力でねじ伏せられる。


 そう悟った瞬間、スミレは一歩前に出た。


 喉が渇く。

 指先が冷たい。

 それでも、止まれなかった。


 ――目の前で誰かが倒れるのを、もう見たくない。

 ……本当は、自分が倒れるのも怖いのに。


「私たちは……女神族と魔人族の戦いを止めるために集まった者です」


 声が、わずかに掠れる。


「獣人族の皆様にも、力を貸していただきたい。……どうか、お願いします」


 深く頭を下げる。

 額に触れた床は、氷のように冷たかった。


 一拍。

 そして、喉を鳴らすような笑いが落ちてくる。


「我らに関係のない戦争に、首を突っ込めと?」


 顔を上げると、オオカミの男は腕を組み、牙を覗かせていた。


「血も匂いも違う争いだ。

 それを“未来のため”などと、美しい言葉で包めば動くと思ったか」


「関係は、あります」


 胸の奥が、軋む。

 それでも、言葉を止めなかった。


「女神族が敗れれば、次に狩られるのは下界です。

 人間族も、獣人族も……いずれ逃げ場はなくなる」


 拳を握り締める。

 爪が食い込み、鈍い痛みが走った。


「力を合わせなければ……魔人王には、届きません」


 一瞬、空気が凍りついた。


「届かない、だと?」


 オオカミの男が低く笑う。


「それは女神族が脆いだけだ。

 我らは戦いで生き、戦いで王を選ぶ。

 牙を折られたことなど、一度もない」


 誇りが、獣の匂いとなって滲み出る。


 スミレは唇を噛んだ。

 怖い。

 怒らせれば、ここで終わる。


 それでも――退かなかった。


「……無理です」


 震えを押し殺し、言い切る。


「あなたたちは強い。

 でも、魔人王は……その“戦い”そのものを壊します」


 一瞬、言葉が詰まる。


「私は――あの力で、仲間を失いました。

 だから……正しいかどうかは、分かりません」


 場が、静まり返る。


「でも、行かなければ、もっと失う気がしたんです」


 空気が、わずかに揺れた。


「我らを、侮辱するかッ!」


 怒号が部屋を震わせる。

 だが、オオカミの男は――すぐに踏み込まなかった。


 その時。


「なら――試せばいい」


 澄んだ声が、怒気を断ち切った。


 狐耳の少女が一歩前に出る。

 尾を揺らし、愉しげに目を細める。


「正しさなんて、どうでもいいでしょう?

 生き残るのは、強い者だけ」


 周囲の獣人たちがざわめく。


「この者たちを、今年の獣王と戦わせては?

 勝てば“強者”。負ければ、それまで」


 一瞬の沈黙。

 オオカミの男は、スミレをじっと見据えた。


「……いいだろう」


 先ほどより低い声だった。


「我ら獣人族は、強者にのみ従う。

 三日後、獣王決定戦だ。

 お前たちは――次代獣王と相対せ!」


 その日、スミレたちは一軒の家を与えられた。

 三日後の戦いに備えるために。


「……誰が出ますか」


 マイが、恐る恐る口を開く。


「私は攻撃力が高いわけではありませんし……」


 スミレは、しばらく黙っていた。


 勝てる保証はない。

 正しいとも言い切れない。


 それでも。


「私が行く」


 声は、思ったより静かだった。


「この中で一番強いかどうかは……分からない」


 一度、息を吸う。


「でも――逃げたら、きっと後悔する」


 三日後。

 獣人族が味方になるかどうかは、

 そして、スミレ自身が折れるかどうかは――

 その一戦に、すべてが委ねられていた。

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